コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.18】吉田葵 ~19歳で母になった富山のシングルマザー雀士奮闘記~

(インタビュー・執筆:木村 明佳吏

 

吉田葵のリーグ戦は、富山県から片道3時間、往復交通費23,000円をかけて東京にやってくるところから始まる。

これだけでも時間面と金銭面の負担は20代女子にとって大きいものだが、加えて彼女は2人の子供を育てるシングルマザーである。

シングルマザーとして、生活、仕事、子育てをするだけでも大変だということは想像に容易い。その上で麻雀プロとしてリーグ戦のたびに東京へ通いながら出場する彼女の麻雀にかける想いはどのようなものなのか。かつて静岡県から新幹線で対局に通っていた過去がある同年代の私は、共感できる地方選手の苦労や、麻雀への想いを記事にする今回の仕事を、ぜひやらせてほしいと申し出た。

 

吉田 葵(よしだ あおい)

最高位戦選手ページ

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(リーグ戦後に泊まりにきた筆者宅にて)

1991年9月17日生まれの29歳、富山県出身。普段は富山県の麻雀サークルSBという東風戦の麻雀店で従業員として働いている。現在、勤続8年目である。

吉田は時に「キングボンビー」というあだ名で呼ばれることがある。キングボンビーとは、テレビゲームに出てくるキャラクターで、これに取りつかれると不幸なイベントが発生し続けるという貧乏神的立ち位置なのだが、吉田の麻雀に幸が薄い事象がよく見られるため、親しみを込めてこのようなあだ名がついてしまったそうだ。ところが、吉田は周りからどんなに不運に見える事象でも笑い飛ばしてきた。そんな明るさとたくましさのルーツを探った。

 

19歳学生、母になった

麻雀始めたのは18の頃、当時の彼氏が麻雀してて、トイレいきたいからちょっと座ってって言われて。とりあえず本見るじゃないですか、麻雀の本。で、この中で何かやってって言われたから、何を思ったか国士無双狙ったんですよ。ルールも知らんときに、国士のページ見ながらやっとって。そしたらなんと国士アガって。みんな「えー!?」みたいになったから、なにこれ面白い…ってなって。そこから、自分でも麻雀やるようになった。

そんな彼女が麻雀と出会い、麻雀店で働き始めたのは彼女が5年制の専門学校に通っていた19歳の頃だった。校風的には、成績さえよければアルバイトに対して厳しく言われることもなく自由だったという。その中で彼女はアルバイト先として麻雀店を選んだ。

(専門学校時代、友人と)

麻雀のルールだけ覚えて麻雀店のバイト始めて、最初はお茶汲みだけやっとった。でも代走とか頼まれたけど、自分で打ちたくて。もうその頃にはルール覚えて自分で打つことできとったから。で、それからずっと麻雀店で働いとる。

こうして専門学校に通いながら麻雀店でアルバイトを始めた吉田は、日々学校に通い、学び、恋愛をし、働く、ごく普通の学生生活を送っていた。そんな中、人生の転機は突然訪れる。

19歳で子供ができた。

吉田は妊娠した。まだ学生ということもあり、色々な葛藤があったのだろうが、吉田は自分のところに初めて訪れた命を受け入れ、出産を決意する。

それが代走国士の人の子供です。4年半付き合ってたんだけど、子供できたって言ったら「俺の子供って言ったら名誉棄損で訴える」って言って逃げた。

私が彼女の立場だったら、とんでもなくショックを受けてしまいそうな出来事だ。一方、吉田は強かった。

もういいわ、めんどくさい。私一人で育てるわって思った。で、一人で産んで育てた。人生でこんなに頭きたことないってくらい、名誉棄損って言葉には腹が立った。まあ、今思えば向こうも若すぎたんだと思うけど。
学校は1年休学して復帰するか?って言われたけど、一人で育てるのにそんな余裕ないじゃないですか。だから辞めちゃいました。

吉田は学校を辞め、一人で産んで育てる決意をした。これにより、4年生まで通った専門学校の資格は高卒までとなった。文章にするとこんなに一瞬の出来事も、当時の彼女がどれほど葛藤し、苛立ち、不安を抱え決意したのだろうかと想像するだけで、同い年の私からすると頭があがらない程の体験である。

 

子供にお金の面でだけは苦労させたくない。そこだけはどうしても守りたい

その後、無事出産を終えた彼女は、1児の母として新しい出会いにも恵まれるはずだったのだが…

途中途中で付き合った男もダメ男だった。週5で浮気しに行く男もおった。

彼女は芯も強いしっかり者で、空気も読めるとても良い子なのだが、男運がやたらとなかった。これもキングボンビーたる所以なのか。どうしたらそんなに絵に描いたような不甲斐ない男性をツモり続けることができるのか。それとも吉田が男性をダメにしてしまうのか。正に富山のだめんず・うぉ~か~である。

※『だめんず・うぉ~か~』:倉田真由美氏による、ダメな男性ばかり好きになって渡り歩いてしまう女性の体験談を漫画にした作品。吉田から出てくる男性遍歴を聞いていると、この作品を読んでいるかのようである。

DVされたこともある。突然腹蹴られて「うるせえ」とか言われたり。

DVなど、私にとってはどこか漫画の中だけの話のように思っていたが、本当に存在するとは。DV男性から逃げてお付き合いした次の男性にも命の危機にさらされたりと、ここには書けない過酷なエピソードが次から次に出てきた。しかし、吉田は笑う。

別に自分の人生、そんな不幸とは思っとらんよ。

これがみんなから愛される吉田のたくましさと明るさなのだろう。確かに大変だったのは事実かもしれないが、彼女にとって濃厚な経験も人生の糧、いま目の前にいる我が子は宝。そして大好きな麻雀に触れていられるこの人生は、とても楽しく明るい日々なのだ。

(このころ、4歳になった長男と)

その後2人目の子供を授かった吉田は、今回も男運に恵まれず1人で出産することに決めた。富山県の家で、女手一つで2人の子供をつつましく育てながら、試合のたびに遠征し、麻雀プロとして戦う日々。そんな彼女の中で1つだけ決まりがあるという。

私の中で変なプライドがあって、子供にお金の面でだけは苦労させたくない。私がこうやって選んで子供を産んでいるから、そこだけはどうしても守りたくて。ひもじい思いをさせたくないんだよね。人並の生活って言うのかな、それを送れるようにってだけはずっと気にしてて。ほんとそこだけ、人生で気にしてる。「うちはお金ないから服買ってもらえん」とか「文房具買ってもらえん」とかそういうのは嫌。ゲームとかも人並に買ってあげたいし。だって、自分は好きなことしてるじゃん。それでお金がなくて子供がお腹すいたっていうのは違うでしょって。だからそれだけ。

吉田葵が初めて私の前で母親としての顔を見せた瞬間だった。普段彼女と会うときには、いつも「麻雀プロ」だった。仕事の話、麻雀の話、あとはくだらないような会話。東京にいれば1人の女流プロだが、富山に帰ると1人の母親なのだ。彼女には守るものがある。私と同性、同い年、最高位戦、地方からの遠征、一緒だと思っていたが、彼女は私の知らない立派な母親としての一面を持っていた。

 

これだけのことがあって麻雀プロやっとるから、ぬるい麻雀はできん

とはいえ、地方在住であり、なかなか自由がきかない生活ならではの悩みもあるという。

麻雀の経験値が圧倒的に足りんし、勉強時間も足りん。東風戦は仕事で回数は打っとるけど、最高位戦ルールはリーグ戦以外で打つ機会少ないし。勉強したいなと思うけど、子供とおる時間も大事にしたいから、なかなか東京に出てくるわけにもいかんし。

勉強時間が足りない、競技ルールをもっと打ちたいと彼女は言う。しかし、東京での勉強会のために時間を空けるということは、富山に子供たちを待たせてしまうことにもなる。

独り身で自由、静岡から麻雀がもっと強くなりたくて、思うがままに上京してきた私とはまるで違う。こういう話を聞くと、思うがままに麻雀を打てる今の私の生活はとても贅沢なのだと感じた。

しかし、そんな状況でも彼女は自分なりに努力していく。

Aリーグとか見て、解説聞きながら勉強することぐらいやけど、それはやっとる。最高位戦ルールは一応富山でもセットはできるけど、最高位戦ルールに長けとる人はおらんから、打つのはなかなかね。前に浅井さん(浅井裕介)にセットしてもらったとき、私のリーチを見返して「いや、これはダマでしょ」って言われて衝撃だった。私の中では当たり前のリーチだったから。そこからは、普段東風で打ちながら「最高位戦ルールだったらどうかな…」とか考えるのはするようにしとる。でも、お店での打数も今は東風180本くらいしか打っとらん。圧倒的に打数も勉強量も足りん。

とはいえ最高位戦女流の猛者が集う女流Aリーグに所属している吉田。最高位戦ルールの経験値はほかの人と比べて少ないとは言え、10年近く麻雀店で勤務し、麻雀で生活してきた経験がある。何が彼女を女流Aリーガーたらしめているのだろうか。

東風打っとるからかもしれんけど、どうやってアガるかを考えるのはわりかし得意かな。唯一褒められるところはアガリに対する嗅覚。それなのに今はビビっちゃってダメだなって思う。なんかAリーグ行ってからみんな強く見えて思うようにできん。ビビっとるから押せんくて、(流局して)開けてみたら思ったより安かったなっていうのけっこうある。去年の女流プレーオフに残ったときなんか、私ここにおって良いのかな…って思った。女流Aとか、私には早かったんかな…とも。

さきほどまでの威勢はどこへやら。強くたくましい立派な二児の母も、麻雀の舞台に立つとこのような思考になってしまうのか。彼女にとって、リーグ戦はそれほど重いものなのだろう。

リーグ戦で負けると死にたくなるぐらい落ち込む。このお金(遠征費など)や時間があったら子供たちにもっと何かしてあげられたんじゃないかとか、そういう風に考えちゃうんだよね。たまたま女流Bを1位昇級して、去年女流名人戦も準決勝残って、モチベーションが続いてるけど、ほんとたまたま。去年女流A降級しそうになって、降級したらプロ辞めるかもなって思った。通うだけのモチベーションが続かないかなって。たまたま女流Aは残留したんですけど、去年降級しそうになってモチベーションが続かないかもって思ってしまった。またBから頑張るメンタルがあるか不安だった。

リーグ戦を降級したタイミングで引退する選手は少なくない。1年かけて一生懸命積み上げてきたものがもう一度やり直しになるのは確かに苦しい。降級すると、以前経験したリーグでもう一度、長い時間をかけて戦わなければならない。一度は自分が通ったはずの道をもう一度。降級した後に取り戻すための時間は、大半の選手にとっては厳しく長い時間に思われるが、彼女にとってはさらにのしかかるものがある。交通費と遠征時間、そしてそのために犠牲になってしまう子供と過ごす時間。

これだけのことがあって(麻雀プロ活動を)やっとるから、ぬるい麻雀はできんと思っとるし勝たないとって思っとる。麻雀だけは負けられん。

遠征する選手が思う「これだけ費やしたお金と時間を無駄にしてしまうかもしれない」という不安。かつて静岡から対局に通っていた私も、プロ活動維持費に年間80万弱かかっていた。これが4年。300万かけて通って戦って、何も勝てなくて成果も残せず、ただ在籍しているだけの人になってしまったら…そう不安になることなど何度もあった。ほかの選手もそれぞれ背負うものがあって対局に向き合っているのだろうが、20代にしてこれほどまでのものを背負い、それでも対局と向き合っている吉田葵という選手がいることを、私は多くの人に知ってもらいたい。

本当に私、最高位戦の人たちが好きなんですよ。たまにしか会えんけど。この関係も大事って思っとるから、プロ辞めるのも考えたこともあるけど、この関係を手放すのか…と考えたら、もったいないなとも思った。富山におるだけじゃこれだけ多くの素敵な人たちには会えん。普段はお店の人と家族くらいしか会えんしなぁ。

これほどまでに競技麻雀を愛し、最高位戦を愛し、地方からただひたすら勝つために一生懸命通い続けて技量を磨く選手が、彼女の麻雀に対する真摯な想いが、少しでも長く続いてほしいし、そのためのサポートがある麻雀界になってほしいなと私は願う。

プロ活動をしていく上で、私にはやっぱり何か制限はうまれてくるし、全部の対局出たりとかはできんけど、それは誰かのせいではないし。私は今の環境の中でできることを目一杯頑張りたいと思っとる。ありがたいことに家族も店のみんなもプロ活動応援してくれとるし、協力もしてくれとるから、結果出せれば嬉しいなって思う。

吉田葵はかっこいい。もちろん、制限がある中でこういった努力をしていることも尊敬できるのだが、何よりも私の好きな吉田葵は「別に男なんていらんて思う。一人で育てあげるし、麻雀もしたるわ!」と、あっけらかんと笑って、当たり前のように現状のすべてを受け入れる、そんなおおらかな姿だ。

嘆きたくなることもあるのでは?もうやってられないと思ってしまうこともあるのでは?私のまったく知らない世界で生きる同い年の彼女は、そんなことは思っていない。今の環境の中でできることを見つけ、大好きな家族と麻雀と向き合っている。

(2人の子供と)

 

思うに、人は現在不幸の真っ只中にいる人をいじることはできない。であるならば、吉田が親しみを込めてキングボンビーといじられるのは、どんな出来事に対しても前向きに笑い飛ばしてきた勲章だ。

吉田葵は今日も片道3時間をかけてアガリにくる。

アガリに対する嗅覚を武器に、目指すは女流最高位。

男性に対する嗅覚がなかったことを笑い飛ばしながら。

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