コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.17】牧野伸彦 ~麻雀センスのない化学者は関西を盛り上げたい~

(インタビュー・執筆:阿部柊太朗

 

牧野伸彦 (まきの のぶひこ)

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この顔に会うのも久しい。

筆者が最高位戦関西本部に在籍していたころ、大変お世話になった先輩の一人だ。

当時筆者は学生でお金に困窮しており、牧野にお金を出してもらう代わりに私が料理をふるまうという”ネオUberEats”のようなことをしていた。

筆者がこうして文章を書く仕事を始めたのも、牧野の影響が大きい。

4年前、牧野が新人王戦決勝に残った際に放った「僕の観戦記を書いて」という鶴の一声をきっかけに、今でもいくつか物書きの仕事をいただいている。

それがこうして巡り巡って、いま牧野のインタビューを執筆していることを考えると、感慨深いものがある。

当時は牧野も私もC3リーグ(現C2リーグ)所属で、箸にも棒にもかからない一端の選手だったわけだが、今や牧野はB1リーグに所属し最高位戦関西本部を代表する選手となっている。

この4年間、彼の中でどんな変化があったのか。

牧野の半生と素顔に迫る。

 

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化学を研究する傍ら、麻雀店に勤務した大学院時代

現在、関西の化学関連企業に勤務している牧野に、大学院時代のことを尋ねるとこんな答えが返ってきた。

神戸大学大学院工学研究科応用化学専攻ってところだったんだけど、理系だったから大半の学生は大学院に進むのよね。研究のテーマは「光触媒を使用した水分解」。水素はリフォーミング反応によってメタンから生成されるんだけど…

ここで筆者の魂が抜けていることに気づいたようだ。

平たく言うと、太陽光と水から環境に優しく水素を生成しようとする研究。

平たく言われたところでよくわからないが、何やら難しいことをやっていたようだ。

※韓国の学会にて研究結果を発表。外見と研究内容が一致していないように見える。

 

そんな牧野は、幼少期にサッカー、スイミング、習字、公文、色んな習い事を経験したが、全てをそつなくこなしていたそう。

何でもそつなくこなせるんだけど、器用貧乏だった。ただ勉強はよくできたと思う。

※花を愛でる牧野。

 

中高一貫の私立中学に進学し、成績も常に学年で1桁台をキープしていた牧野は、部活もそつなくこなした。

サッカー部に入ってたんだけど、進学校だったから活動が週に3日くらいでさ。あとはほとんど勉強。高校の時に英語の選抜試験で8人に選ばれてアメリカに3週間留学したこともあったね。おかげでというべきかは分からないけど、神戸大学に進学できた。

 

大学時代は、サッカー、フットサル、軽音サークルに入ってて、アルバイトは塾講師、日本料理店、焼肉屋とかやってたね。400ccの中型バイクに乗ったり、ごく普通の大学生だったと思う。

ごく普通の大学生はここまで色んなものに手を出すことができないだろう。この辺りの自己管理能力と行動力は見習いたいところである。

※軽音サークルでベースを弾く。この頃は陽キャに属していたらしい。

 

現在はどんな趣味を持っているのだろうか。

YouTubeはよく見るね。東海オンエアとかQuizKnockとか。あとはバンドやってたから音楽もよく聞く。ドラマーのかねこなつきさんとか、アーティストだとあいみょん、YOAOBIが好き。YOASOBIの群青って曲が好き。

幼少期の習い事から始まり、様々なことに挑戦してきた牧野が麻雀と出会ったのは中学2年のころだった。

中学2年のときに麻雀漫画『哲也』が学校で流行って、その影響でみんなでやり始めた。誰かの家に集まって、コタツにマット敷いて手積みで。当時のことはほとんど記憶にないんだけど、「つばめ返し」(漫画に登場するイカサマの1種。真似しませぬよう)はOKってルールだったから、その練習をしてたのは覚えてる(笑)。そのおかげで牌捌きはキレイになったね。

牌捌きがキレイになる効能があるとは、つばめ返し側もびっくりだろう。大学に入ると麻雀好きは加速し、のめり込んでいく。

大学に入ってから麻雀をする時間は増えたね。フリーに行ったり、仲間内でセットしたり、天鳳打ったり。天鳳は四段か五段かくらいだったと思う。あとは麻雀の配信を見るようになった。当時、麻雀番組はまだ少なくて、連盟さん(日本プロ麻雀連盟)の配信とかスリアロの『まーすたリーグ』とか。麻雀を打ったり見たりしてるだけでとにかく楽しかったから、「勝ちたい!」とか「強くなりたい!」みたいなのはなかった。麻雀をしながらもちゃんと単位も取ったし4年で卒業したよ。まあ当たり前だよね。

当たり前のように留年した筆者にこう語る牧野の素晴らしい人間性が見える。

大学院では研究の傍ら『ウェルカム三ノ宮店』でスタッフを始めた。朝昼研究、夜雀荘って生活サイクル。打数でいえば、この時が人生で一番打ってたかな。お店で打った麻雀は成績が残るから、自分の実力が見えるようなってさ。そしたら自然と強くなりたいって思うようになった。

 

とあるプロの対応に感動し、サラリーマンをしながら麻雀プロになることを決意

その後、すぐに最高位戦を受験した牧野だが、どのようなきっかけがあったのだろうか。

きっかけは3つある。1つは元日本プロ麻雀連盟の中山千鶴さんに「麻雀好きだよね。もうプロになったら?」って言われたこと。寝る時間を削って麻雀するくらいの麻雀バカだったから、向いてると思われたんだろうね。

2つ目は水口さん(水口美香:日本プロ麻雀協会)がプロになったきっかけについてのブログを書いてたんだよね。会社勤めしてたけど、どうしても麻雀がやりたくて会社辞めたということが書かれてて、影響を受けた。

3つ目は魚谷さん(魚谷侑未:日本プロ麻雀連盟)のプロとしての姿勢に感銘を受けたこと。魚谷さんに会ってみたいなと思って、初めて女流プロのゲストに行ったんだけど、結局一緒に打てなかったんだよね。そしたら帰り際に僕のところに来て「打てなくてごめんね」って書かれた手紙くれて、写真も撮ってくれて。当時から強くて大人気だったのに、ファン1人1人に丁寧に接する姿勢に感動して、こんな麻雀プロになりたいと思った。

最高位戦を選択したのにはどんな理由があったのだろうか。

本格的にプロになりたいって思ったのが大学院卒業の半年前で、2013年の夏頃だったんだけど、ちょうど最高位戦の関西本部が設立されますって告知があったんだよね。それに伴って関西会員の1期生を募集してて。だからタイミングがよかっただけで、特に最高位戦に入りたいと思ってたわけじゃないんだよね。今は最高位戦を選んでよかったと思ってるけど。

最高位戦入会の半年後に大学院を卒業し就職することになった牧野に、関西でのプロ活動を脅かす事件が起こる。

財閥系の化学メーカーに就職したんだけど、配属先が愛媛だったのよ。え?愛媛?大阪じゃないの?ってなった。大阪まで往復5時間かかるわけよ。かなり絶望したね。5時間かけてリーグ戦に行ってたし、プロアマにも参加してた。かなりキツかったけどね。

 

仕事を辞めるか最高位戦を辞めるか、牧野の決断とは!?

愛媛から大阪に通いながらプロ活動を続けていた牧野だが、入社から3年目である決断をする。

当時、麻雀も強くないし、周りに麻雀を教えてくれる人もいなかったし、勉強する時間も取れないしで、入会時のC3から上がりもせず落ちもせずで3年間。最高位戦を辞めるか、会社を辞めるかの選択しないといけないと思った。そんな時、現関西本部長の中村さん(中村 誠志)が大手企業を辞めてマーチャオ(麻雀チェーン店大手)に転職したって話を聞いてさ。本人曰く「麻雀したいなって思ったから。周りには反対されたけどね」ってケロっとしてて。それを見てたら僕も自分のやりたいことをやろうって思って、会社を辞めて関西でプロ活動できる道を探すことにした。大手の会社でこのまま働き続ければ将来安泰なんだろうけど、やっぱり麻雀に時間を費やしたいと思ったんだよね。

結果的に関西にある化学系の会社に転職した牧野。転職後、プロ活動にどのような変化があったのだろうか。

麻雀に割く時間が圧倒的に増えた。色んな大会に出場できるようになって、麻雀プロの知り合いも増えた。そしたら勉強会や私設リーグを主催したりもできるようになって。とにかく仕事以外の空いてる時間はずっと麻雀の勉強に当てられるようになった。その影響か、転職後は新人王戦の決勝に残ったり、リーグ戦で首位昇級&特別昇級リーグでB2リーグ(現B1リーグ)に上がったり、かなり成績は上向いた。もちろん麻雀の成績が水物であることは理解してるけど、勉強の成果が出たのは嬉しかったね。

 

センスがないから、理論的に説明できることを心がけて成長してきた

最高位戦入会後、5年間C3リーグで足踏みをしていたところから、勉強時間を十分に確保できてからは一気にB2に昇級。勉強とは具体的にどのようなことをしているのだろうか。

普段はAリーグの牌譜を見る、配信を見る、天鳳を打って牌譜を見返す、がメイン。最高位戦会員が見れる最高位戦Aリーグの過去の牌譜は何回も見たね。放送対局を見るときは、その都度再生を止めて、自分なら何を切るかを考えてから進むようにしてる。自分と選択が違う時は、どうしてその牌を選んだかを考えて、分からない時は本人に聞くようにしてる。坂本さん(坂本大志)、浅井さん(浅井裕介)には、特にお世話になってる。最高位戦は理論的に喋れる麻雀バカの先輩が多いのがいいところだね。

※坂本前最高位に最高位決定戦の打牌理由について尋ねると、丁寧な返信をもらったとのこと。

 

他には木原さん(木原浩一:日本プロ麻雀協会)のブロマガにお世話になってる。月540円、1日たったの18円でほぼ毎日麻雀に関するブログを更新してくれる。かれこれ5年くらいブロマガ会員を続けてるけど、ここから学んだことは本当にたくさんある。あとは最近だと一流プレイヤーが自身の打牌を解説する配信をしてくれるのも助かってる。特に園田さん(園田賢)、堀さん(堀慎吾:日本プロ麻雀協会)、天鳳位太くないおさんの配信はよく見てる。電車で堀さんの配信見てたら、横にサクラナイツの森井監督がいたこともあったな(笑)。

※牧野の写真フォルダは、思い出ではなく麻雀で埋め尽くされている。

 

単純に「打つ」だけではなく、こういった座学にたくさんの時間をかけている理由はどういったところにあるのだろうか。

僕は麻雀のセンスが全くないのよね。ここでいうセンスとは、直観で選んだ打牌が正解に近いこと。自分でぱっと見で選んだ打牌は間違ってることが多くて。だから理論的に説明できることを目指して勉強するのが一番良いと思った。そしてそれを言語化することかな。それにはやっぱり今まで話した勉強方法が今のところ最良だと思うんだよね。

そして、理論的に打牌を説明することが実況・解説にも生きていると牧野は語る。

配信の音声をOFFにして見たり、天鳳を観戦しながら一人でPCに向かって喋る練習をしてる。言葉の使い方にも気を付けたりしてるね。例えば「ピンズの場況がいい」ではなく「ピンズがたくさん切られている」って言うようにしてる。場況という言葉の定義がハッキリしてなくて、人によって捉え方が違うからね。そういうところを買ってもらって実況・解説の仕事をさせてもらえるのはありがたい。あとはアウトプットの練習の一環として、YouTubeでまきラボと称して打牌検討や対局配信もしてる。園田さんがその研っていう名前でYouTubeやってるけど、あれは僕のまきラボから発想を得たんじゃないかな(笑)。

※女流最高位戦Aリーグの実況を努める牧野。

 

関西事務局長は関西から羽ばたく人材を育てたい

最高位戦は東京の本部以外に、関西、北海道など地方にも活動拠点がある。関西リーグでは昇級を重ねると本部リーグに合流する仕組みとなっており、牧野が在籍するB1リーグは東京で行われている。関西に住みながら東京で活動する難しさはないのか。

めちゃめちゃある。リーグ戦は万全を期して挑むためにホテルを取って前乗りして新幹線で来てるから、時間的・金銭的な負担は大きい。あとセットや勉強会を組みにくいというのもあるね。関西はそもそもの選手数が少ないことに加えて、トッププレイヤーがまだまだ少ないから。連休や休みを利用して東京でセットを組んでもらうようにしているけど、中々難しいよね。こういうのも含め、関西全体として強い人がもっと増えて欲しい、盛り上がって欲しいという気持ちはある。

選手だけでもそのような大変さがあるのに、今期から関西事務局長にも就任した牧野。なぜ事務局長になったのだろうか。

事務局長とは言うものの、本部長の補佐的な立場だね。事務局長になろうと思ったきっかけは、最高位戦が好きだから。運営などの中核的な仕事をして最高位戦に貢献したいと思ったんだよね。Mリーグの影響もあって、関西の選手数、プロアマの参加人数も増加傾向にあるから、この勢いを持続させられるように活動していきたい。もうすぐプロテストなんだけど、最高位戦の関西本部は、最高位に繋がるリーグ戦が関西からスタートできるって点が魅力的かなと思う。どんな選手が入ってくるか楽しみだね。

様々なことをそつなくこなしてきた牧野のことだから、きっと事務局長もさらりとこなしてしまうのだろう。選手としても、運営としても、あのとき”ネオUberEats”で助けてもらった牧野が活躍してくれることは、ネオ配達員としては嬉しい限りである。

 

インタビューを終えると、牧野は待っていたとばかりにすぐさま天鳳を打ち出した。

センスは自身で磨くものだ。

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