(インタビュー・執筆:成田裕和)
麻雀プロとしての目標はあるのか?こう尋ねると、有賀はさらりと答えた。
僕、目標とかないんですよ。
これが24歳にしてB1リーグ(全10リーグのうち上から3リーグ目)に在籍している選手の言葉であるから興味深い。
麻雀プロは、何かしらの大きな目標や野望を抱いている者が多い。若ければなおさらだ。現に、以前取り上げた同世代の多喜田翔吾は、「麻雀星人と戦う地球代表になりたい」と言うほどスケールの大きい話で話題となった。若くして上位リーグに名を連ねる選手であれば、最高位などのタイトルを獲りたい、もっと放送対局に出たい、といった気持ちが自然と芽生えてくるものだと私は認識していた。
しかし、今回取材した有賀利樹という24歳は、一味違った感覚を持つ選手だった。
有賀 利樹(あるが りき)
最高位戦選手ページ https://saikouisen.com/members/aruga-riki/
Twitter https://twitter.com/rikimc_Arsenal
長期的な目標は立てないで生きてきた
「目標がない」とは、どういうことか。捉え方によってはやる気がないようにも取れる。
遠い目標を設定するのが好きじゃないというか、苦手なんですよね。何をやるにしても、まずは実現できそうなことを一つずつ達成していきたい。だから、目の前のことしか目標にはならないんですよね。そんな感じで今までやってきました。麻雀については自信もないですし、なおさらですね。今でもリーグ戦前には毎回「今日アガれるかな」とか緊張しますし、「俺は才能があるから麻雀界を変えてやるぜ!」ってタイプでもないし。
だから、今だったら目標を挙げるとすれば「(目の前の)B1リーグで勝つこと」だけですね。それ以上の目標は考えられません。
あえて中長期的な目標を設定せず、目の前の課題に取り組むスタイル。長期的な目標を口にする前述の多喜田がポジティブだとすれば、有賀はネガティブな人間ということなのかもしれないと直感した。同世代の若手上位リーガーでも全く別のタイプに映る。しかし、もし本当に目標がないのなら、何をモチベーションに麻雀プロを続けているのだろうか。
強い人と打って、もっと自分自身強くなりたいっていうのが、プロになったほぼ唯一の理由ですね。
近年、放送対局や他業種の方々との交流など、麻雀プロ活躍の場は大きく広がった。そんな麻雀界にあって、有賀は「自分が強くなることにだけ興味がある」と言う。聞けば、「上位リーグに上がって多くの人に見てもらいたい」といった欲求すらもないそうだ。
放送対局とかで見られるのは本当に恥ずかしいです。見られて何か言われるのも怖いですし。あと、解説の仕事がきたらどうしよう、って今から緊張しています。うまくしゃべれるかな、自分がヘタクソだと思われたら嫌だなって。そもそもが自信ないネガティブ精神なので、「解説やりたいです!」とかはとても言えない。仮にタイトル獲った時とかAリーグ上がった日にはやんなきゃいけなくなるんでしょうけど、ほかの人の思考を拾わなきゃいけないプレッシャーもあるし、できれば今のところはやりたくないです。
いきなり根っからのネガティブを余すことなくさらけ出した有賀。これほどまでにネガティブな24歳の新人は、どうやってリーグ戦を勝ち上がってきたのだろうか。
最高位戦ルールは勤務中に頭の中で打ち続けた
有賀は現在、業界大手の麻雀店『マーチャオ』横浜店の社員として働いている。お店では接客対応のほか、赤ありルールでお客様と麻雀を打つのが仕事だ。仕事が赤ありならば、赤なしの最高位戦ルールをどのように練習しているのだろうか。
マーチャオに入社して間もない頃、勤務中に最高位戦ルールのつもりで半年ほど打ってみたんですよ。まあ、そりゃ負けますよね、ボロ負けしました。ルールがまるっきり違うんですから。で、どうすればいいかなって考えたのがきっかけでした。「最高位戦ルールならどう打つか」を頭の中で考えながら打って、気になった部分とかは同じ団体で同じ職場の先輩でもあった村井さん(村井諒)にも聞いたりして学んでいきました。勤務中に麻雀しているとき、常にお店のルールと最高位戦ルールを同時並行で打ってる感覚です。
私も迷った牌姿で「〇〇ルールならどうするか」を後で考えることはあるが、常に別のルールも同時並行で考えているとは恐れ入る。手元で職場の麻雀を打ちながら、頭の中では最高位戦ルールもまた常に打っているのである。そんな器用な人間がいるとは思いもしなかった。一方で、最高位戦ルールの実践練習はどのようにしているのか気になってくる。
人見知りなんで、そんなに知り合いもいなくて、私設リーグとかセットとかもあんまりやれてないんですよね。基本は勤務中に自分の頭の中で考えながら打つのが練習方法です。
これには驚いた。麻雀プロの大半は、練習セットや私設リーグを積み重ねることにより、競技麻雀の手組、押し引き、リーチ判断などの要素を磨いていく。有賀はそういったセットや私設リーグをそこまで行わず、勤務中に自ら考えてきたことを、リーグ戦の中で実践しながら調整していると言う。なんという器用さだろうか。
リーグ戦で勝つために強くなるのではなく、強くなるためにリーグ戦を打っている
このように独自の方法で最高位戦ルールを学んできた有賀は、リーグ戦の最中も普段と何ら変わらない。
リーグ戦って1日4半荘あるじゃないですか。長い戦いのなかで気になった牌姿とか忘れちゃうので、1戦終わった後の休憩時間に気になった牌姿をメモしておいて、後日振り返りをおこなっています。気になった牌姿を持ち越して次の半荘に入ると、モヤモヤしながら中途半端な麻雀を打ってしまうんですよね。1回吐き出して、リセットしてから次の半荘に臨むようにしてます。
(写真:リーグ戦での対局の様子)
リーグ戦に対する取り組み方は選手によって様々だが、やはりリーグ戦で勝つことを目的に打っている選手が大半だろう。一方、有賀にとっては、やはりリーグ戦も強くなるための手段という側面が強いように見える。もちろん「リーグ戦で勝ちたい」という思いはあるが、それよりも目の前で気づいた反省点や検討論点を取りこぼすのが許せない。目の前のことを一つ一つこなし続けるとはいっても、ここまで淡々とこなせる人間はそういないのではないだろうか。
あと、つい最近からなんですけど、リーグ戦の振り返りを書くブログを開設しました。始めたからにはリーグ戦で考えたことを真面目に書いていくので、ぜひ見てください。
有賀利樹のブログはコチラ
私もブログを覗いてみたが、挙げる局面が興味深いのもさることながら、簡潔かつ的確に場況を記憶しておく力が非常に高いと感じた。まだ一つしか記事が挙がっていないのがなんともマイペースな有賀らしいが、リーグ戦ごとに更新されるのであればB1リーグの楽しみが増えたという気持ちになった。
乃木坂46の大ファン。推しは生田絵梨花さん
ところで、取材当日、有賀はもともと休みを取っていたらしい。わざわざ予定を空けてもらったのかと申し訳なく感じたのだが、そうではなかった。
今夜、乃木坂46のインターネットライブがあるんですよ。リアルタイムで見たいんで、今日はもともと休みを取ってました。実は乃木坂を知るきっかけになったのが麻雀なんですよね。麻雀を始めてすぐ、友達とセットしているときに有線で流れたのを聞いて、気になって番組見てみたらかわいいし面白くて。すぐハマっちゃいましたね。つまり、乃木坂歴=麻雀歴です。ちなみに推しは生田絵梨花ちゃんです。
夕方からのインターネットライブのために1日空ける程、乃木坂ファンである有賀のTwitterを見てみると、乃木坂と麻雀がちょうど半分ずつぐらいで構成されていることがわかる。この翌日のツイートもちょうどこんな感じである。
ライブ見るために地方遠征とかも普通に行きますね。コロナ禍になる前は年間10回前後ぐらいはライブ行ってました。
ぜひ地方遠征時の写真を載せたかったのだが、「自分の写真とか撮ってないですね。知らない人に写真お願いするのとか無理です」と一蹴。さすがの人見知りである。
そんな有賀は神奈川県相模原市生まれで、幼少期にはサッカーに夢中だった。
父親の影響でサッカーを始めて、中学校からはクラブチーム『SC相模原』のユースチームに入って、レベルの高い環境でやらせてもらってましたね。ポジションはユースに入ったときにCB(センターバック)からMF(ミッドフィルダー)に変わったんですが、肩や尾てい骨をはじめ、至るところの骨を折ってしまって。悩んだ結果、高校ではサッカーをやらないことにしました。
度重なる怪我をきっかけにサッカーから離れた有賀は、高校時代に麻雀と出会う。きっかけは、バイト先の回転寿司屋で一緒に働いていた先輩に教わったことだった。やがて先輩とのセットに誘ってもらい、その時に大敗を喫した有賀は、どうやったら強くなれるかを必死に一人で模索していた。
(写真:高校時代の有賀)
まずは動画をひたすら見始めました。プロ団体のリーグ戦をよく見てましたね。でも動画見ただけじゃわかんなくて。その後、自分の麻雀を強い人に見てもらうのがてっとり早いなって思ったんで、天鳳を実況しながら配信で打って、その牌譜を高段者に見てもらって意見もらったりして。
この辺りはこれまでの人見知りとは正反対の行動だ。それほどまでに麻雀にハマったということなのだろう。なぜこうも麻雀にハマったのか。
麻雀の面白いところはやっぱり「強い人が勝つとは限らないところ」だと思ってます。初心者でも強い人に勝つ可能性があるので、初心者でもハマりやすい要因の一つだと思いますし、僕もそれに惹かれて始めました。今は、「答えがないところ」が麻雀を好きで続けているところですね。存在するかわからない答えを必死で考えるのがたまらなく楽しいです。
ここまで、麻雀については非常に論理的に強くなる方法を考え続けてきた有賀だが、サッカー時代にも現在のように人知れず思考する少年だったのだろうか。
いや、サッカーやってたときには考えたりってほとんどしなかったですね。なんとなくやってました。本気で考えたりしてるのは麻雀が初めてかもしれないです。
今でも麻雀の対局を見て勉強したりしますし、麻雀を見るのは続けてますね。どちらかというとMリーグとかっていうよりは、最高位戦A1リーグとか赤無しルールとか、自分がリーグ戦で打つルールに近いものをよく見てますね。見るときはだいたい解説者で選ぶことが多くて、Mリーグだと渋川さん(渋川難波・日本プロ麻雀協会)や村上さん(村上淳)の解説の時によく見てます。しっかり盤面の情報を拾ってくれる解説が好きですね、勉強になるんで。麻雀を見るならしっかり勉強しながら見たいじゃないですか。見ながら解説を聞いて気になった局面とかはスクショして考えます。それを毎回やってると時間が足りなすぎるんですけどね。
私は周りの人に意見を聞くという勉強法を選択することが多いが、有賀を見ていると一人でもできることはまだまだあるとわかる。
拝啓・有賀一宏様、本当の有賀を決めましょう
一人で研究を続ける有賀にも、最高位戦で尊敬する先輩が二人いるという。一人は同じ職場で働いていたこともあるという、村井諒。
麻雀の話をよくするのは村井さんなんですけど、話してても強さを感じますね。今はB2リーグに在籍しているんですけど、打牌ミスが少なく丁寧で、守備力が高い麻雀打つんですよ。
しかも僕と村井さん、性格的に似てるんです。ひっそりしてて印象に残りづらいというか。そういった部分が麻雀にも現れているかもしれないです。また、村井さんがやっていたセットに何回か声かけてもらって競技麻雀の勉強をできたのは感謝しかないですね。もしそれがなかったら今の雀力になってなかったのは間違いないです。
もちろん、同じ職場で働いてた時の仕事への姿勢や言動も本当に尊敬してます。とにかく優しくて人を否定しないところ、伝え方が上手なんですよね。麻雀では「僕はこう切るけどそれもありだと思うよ」といった感じで教えてくれるので、聞く側も村井さんに教わりたいなと思うことが多くて、色々な人からの信頼が厚いスゴイ人です。僕もそういう風になりたいなって常々思ってます。
これに対し、B1リーグ前節で有賀と同卓した吉田光太は有賀の印象をこう語る。
まじめ!実直!手順もしっかりしてたよ。あと、24歳の新人とは思えないほど所作がきれいだった。
ただ、もう少しリスク負って踏み込んでも良かったかなと。(5人打ち卓で)吉田3連勝、彼が4連続2着だったの。脇の2人は追い付いてないことが多かったから、1回ぐらい上を見て踏み込めるところもあったんじゃないかなと。もちろんわからないけどね。
印象としては有賀が自身で語る麻雀そのもののようだ。ただ、編集長の鈴木に聞けば、吉田がこうやって真っ直ぐに褒めることは多くないと言う。有賀本人は印象に残りづらい麻雀と言ったが、周りはしっかりと有賀の実直な麻雀を覚えているし、評価を勝ち取っていた。
有賀が尊敬するもう一人の選手は、同じ会社で働く、同じ苗字の有賀一宏。3月に行われた最高位戦ドラフト会議でも選出されるなど、業界内で麻雀の評価が高い、いわば「有名な方」の有賀である。
同じ苗字なのもあって、勝手に尊敬していました。有賀さんはマーチャオ内でも1回会ったことあるぐらいなんですけど、人柄も麻雀も評判はめちゃくちゃ良くて、いつか一緒に打てたらなと思ってたら、(今期のB1リーグで)思いのほかすぐ一緒に打てることになって。今は同じリーグなので、本当の有賀はどっちか決めてやるって感じですね(笑)。先を走っている先輩方を、早く越えていきたいです。
これを有賀一宏に伝えると、こんなコメントが返ってきた。
僕を超えたければ文字通り命懸けで挑んできてほしいです。リーグ戦で当たったその時には全力でぶつかってきてください!ま、勝つのは僕ですけどね。
有賀という苗字の麻雀プロが二人いるだけでも珍しいが、同じ団体で同じ会社、しかも在籍しているリーグまで同じという奇跡が起きている。今期B1リーグの有賀対決に注目だ。最初の有賀対決は、7/17(土)B1リーグ第6節。
同世代ではトップでありたいという譲れない欲求
ここまで、自分自身や先輩について話を聞いてきたが、同世代や後輩の話になったときに有賀の意外な側面を見ることができた。
僕より年下の人たちに並ばれたくないんですよ。年下の人に負けたくないっていうのが自分のなかで大きくて。その人たちに並ばれたくないっていうのもあるから降級したくないし、できるだけ早く昇級したい。
これは、麻雀が強くなること以外で、今日初めて見た有賀のストレートな欲求だ。ここまで言い回しなどにも気を遣いながら話していた有賀が、これほどまでにストレートに表現してくることに驚いた。
B2リーグにいる村松君(村松海斗)とかも最高位戦入る前から仲いいんですけど、気づいたら新輝戦の決勝まで残ってたり、特別昇級リーグで優勝して一気にB2リーグまできていたり。強いなって感心すると同時に焦りますよね。そうしたライバルもいるなかで、やっぱり同世代ではトップでありたい気持ちが強いです。
焦りを与えるライバルという言葉を聞けて、少し安心した。このまま有賀が焦りを感じなければ、複数人で研究するといういわば余力を残した状態で選手を続けることになりかねないと思ったからだ。
おわりに~人見知りな青年は余力を残してB1リーグを打つ
インタビューを終えて、有賀の印象として強く残ったのは、ここまで純粋に強さを欲している選手がいるということだ。当然麻雀プロとして根幹にあるべき意識なのだが、マイペースで掴みどころのない若者がこういう尖り方をしていることに、脈々と受け継がれてきた、強さを追い求める麻雀プロの源流を感じた。
そこには、どうやら人見知りという性格も大きく関わっていそうである。よく「人見知り」だと言う者に出くわすが、有賀に比べれば大概の「人見知り」は「社交的」に変わるのではないだろうか。
そんな人見知りな有賀だからこそ、ほぼ一人で麻雀の研究を続けてきた。それ自体は間違っていないのだろうが、私はここに有賀の余力を感じた。数多くの強者が麻雀プロ団体に所属してきたことや、トップ選手の多くが私設リーグや練習をこなしていることを見ても、おそらく麻雀は一人で強くなれる類のものではない。まして、実践経験が少ないトップ選手など皆無だろう。
ところが、有賀は実践経験という余力を残してB1リーグまでするすると上がってきたかと思えば、同卓者からも評価がついてきている。リーグ戦の実践経験がほとんどない状態でこの活躍なのだから、今後様々な選手と交流を持ったときには、私たちが見たこともないような飛躍があるはずだ。
その第一歩はおそらく、「乃木坂46ライブ会場で通りすがりの人に写真をお願いすること」辺りになるのだろうなと思いながら有賀を見ると、やはり目を逸らされた。