コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.15】長谷川来輝 ~釧路からの叫び「もっと俺を見てくれ!!」麻雀とダンスの理不尽に抗う~

(インタビュー・執筆:梶田琴理)

 

北海道釧路市在住の彼は「うお、雷門って初めて見た!写真撮ってインスタにあげよう」と興奮気味に言う。

そして夜の浅草寺をバックに何秒間か軽く踊って見せた。体が勝手に動いてしまうという感じに見える。軽やかに、意のままに自らの身体を操る。本来ならば、ステージの上、スポットライトが当たる中で大勢の観客に見てほしいのだろうが、夜の浅草は人もまばらで静かだった。彼に目を向ける者は一人もいない。

もっと見てほしい。

彼の人生を振り返れば、その欲求がダンスにおいても麻雀においても自身を突き動かす原動力だった。

第42期前期(2017年)に入会し、2年目で飯田正人杯・最高位戦Classicのタイトルを戴冠した長谷川来輝、33歳。普段は麻雀教室の先生とダンスの先生という二足のわらじを履いている。麻雀が「静」ならばダンスは「動」。相反する分野のように思えるが、「似てるよ。どっちも模倣から始まるじゃん。あと理不尽という点で似ている」と言う。

ダンスの理不尽とはどういうところにあるのか。

ダンスのコンテストに出ると、審査員との関係性で結果が左右されることが結構あるからさ。「人」が介入する理不尽っていうのは、それはもう麻雀の比じゃない。だから麻雀中に起きる理不尽には余裕で耐えられるね。

麻雀ではClassicを取ったことでメディア露出の機会はそれなりにもらえたけど、どれだけ存在感を示せたのかって思うと全然満足していない。もっともっと自分の麻雀を見てもらいたい。そのためにも色々な対局に出続けて勝たないといけない。

一つのことを極めるのも大変なのに、二つとなると生半可なことではないだろう。だが長谷川は身のこなしの軽さそのままに二つの世界を行ったり来たりし、どちらともで名を馳せようともがいている。

 

長谷川 来輝(はせがわ らいき)

最高位戦選手ページ→ https://saikouisen.com/members/hasegawa-raiki/

Twitter→ @raikisennpai

 

生まれる前から麻雀に触れていた

長谷川は釧路で生まれ育った。麻雀歴はなんと年齢と同じだという。

オカン曰く、「アンタお腹の中にいるときから麻雀やってるわ」と。物心ついた時には座卓でオトンが麻雀を打っている膝の上にいたから。ずーっと見てた。釧路の愛国東ってところに住んでたんだけど、3歳のときにその東の字を見て「トンだ!」って言ってたらしい。幼稚園の時点でリーチまでいけたよ。小児科に行った時も、待合室でみんな絵本読んではしゃいでいるのに、俺はたまたま置いてあった麻雀の本を見てたらしい。

(5歳の頃の長谷川。このとき既にリーチをかけることができた)

小さい頃に覚えた地元のルールは特殊だった。東南戦じゃなくて東北戦だからね。東場の次は北場になるの。あとみんな符計算できないから符計算なし。喰いタン、後付けもなし。今じゃ考えられないけどね。それを見て育ってきたから、テレビ対局を見たときは結構衝撃だったね。

幼い頃から麻雀にかなりの好奇心を抱いていたようだ。実際に自分で麻雀を打ち始めたのはいつ頃だったのか。

小学校のときの誕生日プレゼントが、プレステ(プレイステーション)の『新世紀エヴァンゲリオン エヴァと愉快な仲間たち』っていう麻雀のゲームソフトだった。実際に牌を使って打ったのは中学校に入ってからっすね。友達と徹夜でやってた。

サッカーやバスケットボールもやっていたが「好きじゃなかったっすね」ときっぱり。成長するにつれてさらに麻雀にのめり込むようになる。

高校のときにはもう近代麻雀買ってたね。付録が『雀鬼会』(雀鬼・桜井章一を師とし、独自の哲学に基づいて麻雀を行う)のDVDだった。『麻雀最強戦』の第4回と第5回は雀鬼会の人たちが優勝していて、それが収録されたものだったの。この人たちヤベェなって思ってまずはその真似を始めた。強い人の真似をするのが手っ取り早いと思ってたからね。今の打ち方は対極にあるぐらいだけど。

高校卒業後は1年間の自宅浪人を経て地元の大学に進学し、雀荘に行くようになる。

一方、大学ではダンスサークルに入り、長谷川の人生は一つの転機を迎えた。

 

ステージにお笑いで上がるかダンスで上がるか

最初に人前でダンスをしたのは、高校の学校祭だった。

元々友達とお笑いでステージに出ようって話してて。でも、その友達が「やっぱ俺無理だわ」って言ってオリたの。じゃあ俺一人で何しようってなって、初めてダンスした。ダンスを見るのは好きだったから、テレビ番組で見たのを完コピ(完全にコピー)してやった。めちゃくちゃ下手だよ。心臓バクバクだし。でもたまたまその学校祭で優勝したの。

もしも友達とお笑いでステージに立っていたら、ダンサー・長谷川来輝はいなかったのかもしれない。たった一人で初めてダンスを披露し、称賛された高揚感や達成感が、その後ダンスの道を進むきっかけになった。

大学で入ったダンスサークルでは色々なジャンルのダンスをやった。ストリートダンスっていうのが総称ね。その中にヒップホップ、ブレイクダンス、ロックダンス、それから筋肉を弾くポップダンスとか諸々ある。

モテたかったんだよね、と笑う長谷川。実際にモテたのかどうかは分からないが、お調子者の青年はどんどんダンスにのめり込んでいった。

(大学生時代の長谷川)

2歳上の姉が元々ヒップホップをやっていて。何かと張り合って育ってきたから、「俺は別ジャンルのダンスをやろう。自分の方が盛り上げられるわ」と思っていた。最初にやったのがポップ。で、色々な出会いがあってロックをやるようになった。ダンスバトルっていうのは、かかった曲に合わせて即興で踊る。あ、この前ショーに出たのはビバップって言ってジャズ系の音楽に合わせて高速のステップを踏むやつ。33歳にして初挑戦だったの。

そう言っていくつかの動画を見せてくれた。大学から始めて練習を積み、地方開催ながら有名ダンサーが参加するようなコンテストで優勝するまでになった。

(知床ドリームダンスというストリートダンスのコンテストで優勝。左が長谷川)

ダンスのことを語る長谷川はとても楽しそうだ。と思っていたら、「やっぱ見せるの恥ずかしいな」などと言い出す。そういえば喫茶店での取材中、長谷川は飲み物を一口飲むたびにマスクをきちんと着用する。

だって恥ずかしいんだもん。面と向かって喋るって恥ずかしくないすか?Twitterのアイコンが自分の写真なのも恥ずかしいし。マスクして麻雀するようになってから、もう外すのが恥ずかしいぐらい。

目立ちたがり屋と恥ずかしがり屋が同居する。忙しい人だ。

ところでダンス界にはプロがあるのだろうか。

プロっていう定義がはっきりとは分からないんだけど。今年からMリーグみたいな感じでダンスでも『Dリーグ』というプロリーグが始まった。あの人たちはプロって言っていいんじゃないかな。まあ、俺には関係ないけどね。

この辺りのあっさりした感じも実に長谷川らしい。

 

ダンスと麻雀、好きなことで生きる

大学卒業後、釧路で医療関係の事務職として働き始めた。5年目に札幌に転勤となったが、過酷な労働環境だったこともあり、ほどなくして退職する。

残業5時間とかやっても0円。休日出勤しても振替休日もくれない。ブラックでしょ。俺、おかしいと思った時は目上の人だろうと全部意見言うから。曲がったことが大嫌い。仕事内容でどう考えてもおかしいことを上司に言ったんだけど、納得のいく答えが返ってこなくて、ここで働く価値はもうないなぁと思って辞めちゃった。

30歳手前。長谷川は失望しつつも、自分にはダンスがある、という心の支えがあった。

仕事辞めて何するってアテはなかった。でも元々30歳ぐらいになったらダンスの先生になりたいって思ってたから。予定よりちょっと早いけどダンスの先生を始めるか、と。

札幌から釧路に戻り、地元でダンスを教え始める。

そして、雀荘にまた通い始めた。大学時代はダンスの傍ら雀荘にもよく行っており、熱が再燃した形だ。

通ってた釧路の雀荘のオーナーに「来輝、プロにならないか」って言われたの。釧路にプロっていなかったから。それでプロ試験を受けたの。北海道にプロの知り合いはいなかったし、自分ではそんなになるつもりはなかったんだけど。自分の麻雀は全部強い人の物真似っすね。中学からモンド杯見てたから。金子さん(金子正輝)の摸打がシャープでかっこよく見えて、そっからファンだった。金子さんがいたから最高位戦選んだんだよね。でも、プロになるときにファンを辞めた。尊敬はしているけど、自分が勝つから。それぐらいの覚悟じゃないと勝てないと思った。

長年趣味だった麻雀に、改めて本気で向き合う決断をした長谷川。試験を受けると決めてから、戦術書をひたすら読み漁ったという。その数100冊程度。独学でコツコツと基礎を固め、引き出しを増やしていった。

 

ダンスで人間の理不尽を味わいすぎて、麻雀の確率通りにいかない理不尽なんて理不尽とは思えない

札幌で行われるリーグ戦には釧路から片道4時間かかり、対局前日に移動しなければならない。北海道内といえどもかなりハードだ。

最初は札幌の人たちと接点がなくて、向こうから見ても俺は「釧路の人」って感じで完全にアウェーだった。みんないい人だけどね。Classic取ってからかな、仲良くなったのは。それで言うと東京の人ともClassic以降にいろいろ接するようになった。東京に来るタイミングでAリーガーの人とかからセットに誘ってもらえたり、ありがたいよね。

長谷川は、入会2年目で初めて出場したClassicであれよあれよと勝ち上がる。そして決勝は、新津潔村上淳、愛内よしえ(日本プロ麻雀協会)、伊藤聖一という錚々たるメンツが相手だった。手応えはどの程度あったのだろうか。

自信は全然なかったね。でも俺はテレビ対局マニアで、ビッグネームの対局はたくさん見てきたから、誰がどういう打ち方っていうのは想像できた。向こうは俺のことは当然知らない。そこが有利に働いた気はする。タイトル戦に関しては、勝つには何回でも出続けないといけないと思ってた。結果が出るのがたまたま早かっただけ。
ダンスのバトルもそうなんだけど、ずっと勝ち続けるって無理なのよ。ダンスは本当に何回負けたか分からない。Classicの決勝は初めての放送対局だったけど、人に見られることに慣れているっていうのはあったかもしれないね。優勝したときはマジで実感わかなかったけどね。

プロ歴としては2年目でも、大舞台で頂点に立つために必要な気の持ちようは彼なりに理解していた。だからこそ、パフォーマンスを最大限に発揮できたのだろう。

ダンスも麻雀も似てるよね。どっちも模倣から始まる。あとは歴史を知ることじゃないかな。流行りのものばっかりやってると個性がなくなっちゃうんだけど、歴史を勉強して、その上で自分はこうするってやっていくと個性が出る。

ダンスはパフォーマンスに対して他人が評価するもの、麻雀は自分の選択によって結果が左右されるものだから、性質は違うと思っていた。だが、長谷川に言わせれば似ているという。

ダンスで人間の理不尽を味わいすぎて、麻雀の確率通りにいかない理不尽なんて理不尽とは思えない。だってダンスは俺の方が上手いのに審査員の贔屓で負けるんだよ。ダンスでメンタルを鍛えられたから、麻雀中に苦しいことがあっても打牌選択には影響ないかもね。

多少のことではメンタルがブレないのは、紛れもなく長谷川の強みだ。

 

最高位戦ドラフト会議で選ばれなくて悔しかった。だからもっと結果を出す

そして、二つの世界を行き来しているからこそ麻雀界について思うところもある。

麻雀の世界って狭いなぁって思っちゃう。トッププロって言っても日本国内だけでしょって。放送対局の解説なんかも擁護してばかりな気がするし。麻雀の打牌は自由かもしれないけど、プロはその意味を履き違えちゃダメだと思う。麻雀の強い弱いって、何回か見てみたり話してみたりしないと判断できないじゃない。俺って環境的にあんまり話す人がいないの。だからこそ、もっと表舞台に出て行って結果を出したいんだよね。

長谷川は最近、オンライン対戦麻雀ゲーム『雀魂』の配信を行っている。元々オンライン麻雀では『天鳳』で八段に到達していたが、雀魂が流行り始めるとすぐに移行した。

雀魂で『魂天』(ゲーム内で最高の階級)になる方が、ライト層にも分かりやすいからね。プロ初の魂天を目指そうって思ったの。

プロとして見られ方にこだわっており、良い意味で計算高い。

そんな長谷川は、先般の最高位戦ドラフト会議2021で選出されなかったことをとても悔しがっていた。

最高位戦の内部でも選ばれないなら、団体主催のタイトルを取った意味ないじゃん。打てる奴ここにいるから!って思ってた。残念だったなぁ。だから今度は發王戦を取ってやりたい。Classicと發王戦の両方を取った人はまだいないからね。

もどかしさをバネにして更に結果を求めるのが長谷川らしいところだ。

最高位戦北海道リーグは現状北海道で完結していて、最高位への道はつながっていない。麻雀のために北海道を出ることは考えていないのか。

Classic取った時はちょっと考えたんだけど、シードもらえるのはたかが1年だし。1年頑張ってみてもう一つ何かで勝ったらって思いはあったかな。でもそんなに甘くなかった。それに、釧路にダンスの生徒もいるしね。やっぱ釧路で麻雀もダンスも広めたいんだよね。

長谷川はよくTwitterに「麻雀はスキル」という言葉を書いている。真意はどういうことなのか。

麻雀が運だけで決まるゲームだとしたら、勉強しなくていいじゃん。でもそうじゃなくてスキルでどうにかできる部分があって、自分が勉強を怠らないために書いてる。時々、自分の麻雀スキルに自信があるって意味だと勘違いされちゃうけどね。

お調子者で、時々ビッグマウスとも思える発言をする長谷川。でも、業界で存在感を示したいならば彼ぐらいガツガツと貪欲でないといけないのかもしれない。そういえば、麻雀の実力向上に熱心な選手は多くいるけれど、そこに加えて自身をどう売り出すのかまで考えている選手は案外少ない。入会期の浅い選手となればさらに少なくなるだろう。

スポットライトが気まぐれな順番で巡ってくることを誰よりも知っている長谷川は、今日も釧路で躍動し、理不尽を笑い飛ばしてそのときを待つ。

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