コラム・観戦記

第6回 サンマーの名手トド松②

「ポン!」
 弾けるような感じで、親のトド松がオタ風のから動いてきた。

(やっぱりきたか)
こちらもトド松が動くのはある程度予測がついていた。
というのは、トド松の捨牌が、

であり、この2巡目のがドラなのである。

 たったふたつの打牌でこちらに身構えさせるあたりがいかにもトド松らしい。

(さあ、くるぞ)
3人がそう思った矢先のポン。

ヤツの攻撃パターンは私にもケン坊にもおおよその見当はついている。
トド松もそのへんは意識していて、逆にそのことがトド松の武器にもなる。
 唯一人そのへんの意識が薄いのがヨミの先生、そこが本局の成否を握っているといってもいい。

 さて、ポンで打ってきたのが

 いかにもこちらに考えさせるような切り順
(相変わらずヤツらしいな)
とは思っても、またいつものように、そのみっつの捨牌とトド松の顔を交互に見比べながら、ウーンと唸ってしまうのである。

 それにしても、トド松というニックネーム誰が付けたかは知らぬが、まさにピッタリのネーミングじゃないか。


 ズングリとした大柄な身体、せり出した大きな腹、いかにも腕ぷしが強そうな丸太のような腕。ヤツと一度も対戦したことがなくともその雀風がグイグイ前に出てくるものだと容易に連想させてくれる。

 名は体を表わすというが、ヤツが麻雀に疲れて横になっているところなどは、まさにトドの昼寝ソックリ。いつものことながら、そんなヤツの姿を想像すると吹き出しそうになるのである。

 だが局面は3巡目といえど、それほどなまやさしくはない、ポンの前巡私の手牌は

ここにペンを引き、早くも一シャンテンになっていたが、早いだけでうかつに牌を切り飛ばしていける手牌ではない。

ポンの同順ツモ、これは問題なく打ち。一シャンテンは広がったが、早晩後手に回らざるを得ないこともハッキリ意識している、それがトド松の狙いとわかっていても、の中に隠されたカケヒキを見てみたい、そんな意識も多分に働いていた。

 次巡のトド松、初牌の手出し。

これで捨牌は、

の、オール手出し。

 しかし見れば見るほど、こちらの目を引き付ける捨牌ではないか。

 まず、こちらが一番警戒しなければならないのが、やはり早いピンズの一色手。それもダブ暗刻といったような。

 ドラの切り出しが早い上に、余ってきたかのような打ち、さらに初牌の切り出し、おまけに第一打の打ちが、いかにも配牌から手が決まってますよの威圧を加えている。

本当に配牌から手が決まっているのなら、一色手もピンズだけとは限らず、不要牌の内からを最後まで引張ったというだけで、マンズの混一、いや、ドラを切っていてもソウズの混一もあるのではないか。

 第一打には、そういった疑惑さえもこちらに投げかけてくる。
 最大の注意を払って警戒する、これは説明した通り、しようがない。
 だが、それだけじゃ、なにかが足りないような気がしてこないだろうか。

 の切り出しが、いかにも

(ポン)

こんな手牌が入っていると思わせるあたりがかえって怪しい。

 たとえば本当にこんな手牌だったとしたらぐらいのカムフラージュを考えるだろうし、ピンズの部分がだとしたら、の切り出しが3巡目というのはいかにも中途半端で、カムフラージュの第一打か刻子の可能性を残したの後の4打目だろう。

 途中で引いたなら同じ意味でツモ切りか4巡目だ。

 つまり、必然的にそうなったのではなく、故意にという切り順にしたのではないか、ということである。

 なぜ、そんなことをする必要があるのかというと、こちらに考えさせるだけ考えさせて緩手を打たせようというのである。

 相手にできるだけ考えさせ、警戒させる。
それができれば、相手は打てる牌の範囲が狭ばめられ、手牌を歪めなければならなくなる。

 手牌を歪めるということは、自然の牌の流れに逆らって打つということになり、これはハッキリと牌勢を落とす。

 相手に大物手が入っているのに対し、こちらは対抗できるような手牌でないときは、すでに牌勢に差がついており、牌の流れに逆らって手牌を歪めるのになんのためらいもない。

 たとえ牌勢に開きがなくても、半荘には1局1局攻めと守りとの立場に分かれるのが普通の場況であるが、こういったときにも、守の立場に回ったときにはある程度手牌を歪めるのは覚悟しなければなるまい。

 自分がアガルのは一番いいが、毎局アガルのは不可能に近く、それ以外のときは、できるだけ相手にアガらせまいとするのが、おそらく最良の方法だろうからだ。

 そのふたつのケースで手牌を歪めるのはしかたがないにしても、それが相手の策略であるとしたら話は違ってくる。

 相手の策略によって守の立場に立たされるのは正常な場況で攻と守に分かれるのとは明らかな違いがあるのであって、本来なら攻の立場、つまり手なりで牌の流れの通り打てる局を自分から放棄してしまうことになり、これは明らかに牌勢を落す。

 麻雀に必勝法に近いものがあるとしたら、相手の手牌を歪めさせ、牌勢(ツキと思っていただいても結構)を落とさせることではないだろうか、特にサンマーではその傾向が強いように思うが、これは4人打ちにも十分応用できることであって、サンマーの名手トド松にはその意識が十分あると思っていなければなるまい。

 なにかが足りない━というのはそのことであって、



 このいかにも意味あり気な捨牌には、もちろん最大限の注意は払うが、トド松のそういった狙いが隠されているかもしれない、ということを私もケン坊も十二分に意識しているのである。

 さて、私の方の手牌は、切りの次巡ツモ切り、ツモ切り、ツモで、見事に一並刻をブッタ切ってしまったことになるが、これはトド松の仕掛けがなくてもを切るところであり、しかたがないところといえる。ただツモで、

こうなったところでカンの受け入れを嫌って打ちとした。

 単純に一シャンテンの受け入れが広いという点ではツモ切りが一番ではあるが、すでにトド松の仕掛けが入っている以上、手の内に手役を作って、トド松の現物で出アガリを狙いたい。

 うまくカンを引き入ればピンフになるが、ピンフを狙うのなら、よりの形の方が結局は早い、ということなのである。

 もちろん、ツモでテンパイの後、が振り替り、

ジュンチャン三色ピンフという狙いがあるにはあるが、そうなるまでには最低でも2手が必要であり、その前にトド松に対しての危険牌を掴まされる可能性のほうがはるかに高いことは、前の半荘の経過からいってもハッキリとわかっている。

 案の定、次巡の私のツモがである。

 トド松の方は手出しの後3巡ツモ切り



と、こうなっている。

これに対して、このはどうしてもツモ切れない。

 これはしかたのないところなのだ、早いピンズの一色手が本命のところに対してとても切れる牌ではない。
 私はマンズの好形を崩してを打った。

 だが、再三書いているように、これがトド松の狙いであるかもしれないのだ。
 現に今、手牌には不必要なを切れず、手牌を狭ばめている。

 この後マンズの伸びを捉えられずアガリを逃がす━これがトド松の策略だった場合には明らかに1本取られたことになる。

 それも承知、この巡目、この牌姿ではやはりを切るわけにはいかない。

 を切るつもりがない以上、ベタオリをするか、これを使い切らなければならないが、使い切る場合、単騎にしろ対子にしろ、やはり手役が欲しい。

 この手牌ならばチャンタと三色だが、その両方に不必要なのはなのである。
 もはや、マンズの伸びがどうのといっている場合ではない。

 すぐにトド松に対しての危険牌を引き徒労に終わるかもしれぬが、とにかくツモの巡目ではこう打つしかない。

 そして次巡、トド松がなんと手出し、一様に驚きの色を隠せなかったが、この一打によってこの局がガラリと変わった。

トド松にしてみれば、とその後3巡のツモ切りで、この局を采配し切ったと思ったのかもしれない。現に、ケン坊にも困った様子が有々とうかがえていた。

 

だが、少なくとも手出しまでは早いピンズの一色手も入ってなかったことだけはハッキリした。

 正体見たり、といったところだが、もちろん警戒を解くわけにはいかない。

 それだけ序盤のは強烈なのだ。

 ところが次巡私にテンパイが入った。

ドラのを引いたのだ、さあ、どうする。

前巡まではまったく打つつもりのなかったであるが、たった1巡の間に戦況は大きく変わっている。

手出しという大きなヒントがあるのだ。

 私の捨牌はこうなっている。



 私は過去のトド松に対するデータを全てコンピューターにインプットしていた。

(つづく)

 

次回は2月1日(月)配信予定。お楽しみに!

コラム・観戦記 トップに戻る