コラム・観戦記

第3回 若き流転の雀士ケン坊③

ケン坊の見事な打ち方を見て、オレの体は燃えだした。そして挑んだ勝負・・・。
「負けるはずない」そう思っていたが

 ケン坊がを打った直後、思いがけないことに下家がを打ってきた。

「ロン!」

親が手牌を開けて、裏ドラに手を伸ばした。

オレは、思わず椅子から立ち上がって、壁牌に隠れて見づらい親の手牌を覗き込んだ。
親の手牌はこうだった。

 裏ドラは乗らなかったが、それでもリーチ一発ドラ1で7700。

 下家がケン坊のを見据えながら、

「こんなところでなんかが出るから、ハマっちゃったよ」
と恨めしそうにそう呟いた。
(なんてことを言ってるんだ、このオッサンは)

(お前さんには、リーチの手出しが見えないのかい)

(なぜリーチがをここまで持っていたかも考えようとしないで、笑わせるんじゃない、まあ、だからヘタなんだがな)

 そう思わずにはいられなかった。
 もちろんケン坊はその理由を説明しようとなんかしない。
「安牌が1枚もなかったからね」
 笑って答えていた。

 それにしても下家の放銃は望外で、ケン坊にしたって、まさか、自分が1枚使っているを他家に打たせようとしたわけではあるまい。

 ただ、がテンパイまで引っぱられたことを考えれば、は安全牌の1枚もない手牌の中では一通し安い牌であり、は一番の本線だったというだけのことであろう。

 放銃の可能性が一番低いというだけで安全牌ではない。もともと安全牌など一枚もないピンチに立たされていたのだ。

 1牌はシノげても、次にはまた打牌に窮する。だからケン坊もホッとしたはずだ。
 事実、このピンチを脱したケン坊はこの回トップを取っている。


 基本がしっかりしている打ち手は、こうした望外の好結果に恵まれることがある。

 まあ、それも道理で、の意味を考えない者と、応用問題を即座に解くほど基本を積み重ねきた者とでは差ができて当然なのであるが。

 

 

ヨシ、3年振りにケン坊と打ってみるか。タバコを手に持ち気合いを入れ立ち上った。

「ラス抜けか・・・」

放銃のオッサンが口惜しそうに呟き、イイヨ、オレが抜ける。ちょっと約束もあるしな」と7700を打ってもらったハゲ頭が気をきかすように、小指を立ててみせながら立ち上がったが、別にどちらだろうと大差はない。

 

打ちを見せられて、いやでもヤル気にさせられていた。

 後からバタバタと来た常連たちの間で別卓が行なわれ、結局その4人のままで20回近く打っただろうか。だが、結果から先に書けば、気合いが入っていたにもかかわらず、ケン坊の1人勝ちで終わった。

 その負け方が納得できなかった。

 金銭的な面はどうでもいい、だが最後までケン坊と他三者との、ある一線を越えることができなかったのだ。

(なぜ、負けたんだろう)めずらしく自問していた。

 麻雀で負けることは別に珍しいことではない。
 調子が悪ければ負けるし、体調が悪くて負けることもある。
 他のことが頭にチラついていて勝負に集中できないことだってある。
 そんな負けは気にもならない。
 敗因がハッキリしているからだ。

 調子が悪ければ、極力負けを少なくするような手段をとればいい。
 もちろんズルズルと負けるわけにはいかないので、100の負けのところを50に押さえるようにする。

 退散するのは50の負けで押さえ切れないと感じた時だけで、首尾よく100の負けを50で押さえられれば、50勝ったのと同じくらい価値がある。
 だから負けること自体いっこうに気にはならない。
 だが、昨夜の負け方はどうにも敗因らしきものが見当らなかった。

 体調も悪くなかったし、なによりもケン坊の打ちを見せられて気合いが入っていたはずだ。

 ケン坊は確かに強敵であるが、それがこちらにとって不利なことかというと、実はまったく逆なのであって、麻雀はメンバー構成によってガラリと変わるものなのである。

 まず第一に場が荒れづらい。
 これが1人だと、こちらがよほどの好状態でない限り、相手3人を封じきれない、つまり何が起こるかわからないということになり、これは一番困る。

 場が荒れさえしなければ、そうそう最初から差が開くものではなく、均衡状態からのスベリ出しとなる。

 その均衡状態も、四者間に力量の差があればあるほど早く崩れ、徐々に力の差と同等の体勢の差ができ上っていく。
 そういう展開が一番望ましい。

 他三者の間で体勢作りが行なわれてしまってからでは容易でない。
 勢い(ツキ)の差を技術でカバーしようなどと思ったら、これは相当の根気がいる。

 また、最初から技術でカバーできると思っている自称上級者がいるとしたら、
「アイツは上手いけれど勝ち切れない」
 そんなふうにいわれる上級者、まあ、そんなとこだろう。

 そういった意味で、ケン坊という強敵が入っていることはマイナスどころか、こちらにとってはずい分と心強いのである。

 2対2なら、順当にいけば押さえ切れる。

 場を荒らさず、他力の勝負に持ち込む。

 そうしておいて、一番ツイていない者を、まず作るのである。

 後は楽で、もちろん自分で100勝つのが一番望ましいが、ケン坊が100勝ってもいいのである。

 100の出所は一番ツイていないところからであって、ますます弱体化するのだから。そことの勝負にはまず勝てる。ケン坊の作ってくれた道を後から通るだけで30や50は勝てるものなのである。

 念を押しておくが、麻雀は1対1の勝負ではないのである。

 強敵同士がシノギを削るものではなく、一番ツイていない者を叩くゲームなのだ。
 決着をつけたければ、それ相当の人選が必要になってくるのであって、大方こちらも勝ったがあちらも勝ったというのがほとんどであろう。

 最初にツイテいない者を作り、後は周りから包囲する。
 負ける役が決まっている。こんな楽なことはないのであって、間違っても自分がその役を背負い込まないようにするのである。

 だから金銭的なことはどうでもいい、いかにしてツイている者とツイていない者との間に厚い壁を作るか、そのプロセスが大事なのである。

 その意味で昨夜の負け方は納得できないのである。

 プロセスにおいての失敗がどうしてもわからないのだ。

 これさえ解ければ、負けはどうでもいい。
 だが、解らなければ思わぬスランプを呼び込んでしまうかもしれないのだ。

 

 敗因が解ったのは次の日、ほんのちょっとしたことからだった。

 今思えばあの時ケン坊の打ちを見せられて気合いが入った。完璧な麻雀を打ちたいと思った。

 だが裏を返せばそれは危険だ。
 いっぺんになにもかもやろうとすると無理が生ずるのだ。
 こんな局面があった。

 私の手牌はかなり早くからまとまっていたのだが、なかなかテンパイが入らず、この一シャンテンになってからもうすでに4巡ツモ切りを繰り返していた。
 

もう12順目になっていたが、ドラがで、たとえ三色にならずとも値段がそう変らないことと、全体的にソウズが安く、ソウテンになれば出アガリが望めること、そしてなによりも、ここまでのケン坊の一人舞台でありこのへんでなんとかキッカケを掴みたいという気持ちが、私を行く気にさせていた。
 下家の放銃のオッサンが露骨にピンズの一色手をやっていたが、かなり焦っているのがミエミエで、中盤まで手出し牌が多く、強引に一色手に向った感じであり、ここはそう恐くはない。テンパイが入ればを切り飛ばすつもりでいた。


 むしろ警戒しなければならないのはケン坊の方で、ピンズを整理した後安全牌が打たれてり、2牌ツモ切りをしている。
(ヤミテンが入っているな)私はケン坊の捨牌を注視していた。

 そこへ引かされたのが。これはケン坊に対して相当イヤな牌で、通常ドラがと持っていると、他のメンツが十分形であれば早切りされる公算が高い。ケン坊の捨牌にはちょうどそんな感じでが切られていた。
 私は現物のに手をかけようとして、ちょっと思い直した。次にを引けばもう一枚のをハズし、この後を持ってくると・・・
(確実に回るんならマンズに手をかけない方がいい)ヤツの捨牌にがあるのを確認してを切った。
 それがアタリだった。

三色ドラ1でゴーニィ。
 この日は急所でこんな放銃が何度かあった。
 体勢のいいケン坊に対してグズグズしているとこちらが完璧に打ち回そうとすること自体間違いなのだ。

 そのことに素直に打てば、負け役に一番近い位置にいるピンズ屋がツカしてくれるだろう。
 逆にこちらにスンナリテンパイが入りが打ち出されるようなら今度はケン坊が私の後ろに回り込むに違いない。

 厚い壁を作るプロセスとはそういったものであろう。それを忘れて完璧に打つことばかり考えていたのだから、失敗して当たり前なのである。
 ふとそう気がついたと同時に、ケン坊のいそうな雀荘に電話をかけていた。
「ルルル・・・」

 

 

次回は12月21日(月)配信予定。お楽しみに!

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