コラム・観戦記

第34期最高位決定戦3日目 その①

【最高位決定戦3日目】

この決定戦が、少しもピリピリとした鋭い空気だけに覆いつくされることもなく、緩やかな流れでいるのは、金子正輝、この男のせいだと断言しても過言ではなかった。

―筆者はここ2年間、決定戦には観戦記、採譜といった形で全日程参加している。

今期のAリーグは、肩の力を抜いて参加していたと金子が話している。と、人伝に聞いた。

今までに見たことのない、力がうまく抜けている金子。取り巻く空気でさえ鋭くしてしまう程の気合いを、隠さずむき出しにしていた男の心境の変化は、勝負の結果にどう影響するのだろうか。

前節は展開とツキには完全に見放された金子。

―男の逆襲が、始まる。

【9回戦】

荘家 飯田
南家 石橋
西家 金子
北家 尾崎

【東1局・ドラ

この日は、大魔神のリーチから始まる。

《飯田・5巡目》

、と縦のツモが続いたのち、6巡目にを引いた飯田。暫く考えてを切る。

8巡目にをまた引いた飯田は、感触悪そうに河に並べていた。次巡フリテンのを引き打とし縦に未練を断ち切ると、聴牌は12巡目のツモ

《飯田・12巡目リーチ》

 

このを石橋がポン。

《石橋》

ポン

3巡後にあっさりとドラのを食い取られた飯田。石橋だけでなく金子にも七対子の聴牌を入れられて3人聴牌となって流局。

大魔神の和了は、これを皮切りに、長い間遮られていく。

【東1局1本場・ドラ

10巡目にドラ対子から暗刻になった飯田。

《飯田・10巡目》

早くに仕上げたい飯田だったがツモが伸びずのこの巡目の一向聴、同巡、先にリーチを打ってきたのは尾崎だった。

《尾崎》

ツモ

リーチ

リーチを受けてすぐ、飯田もツモで聴牌、打でリーチと出るが、この勝負手があっさりと横移動で決着してしまう。

《石橋・11巡目》

ツモ

2人の共通安牌はなく、飯田の現物の、さらにワンチャンスの打で凌ごうとした石橋が、尾崎に一発の2600は2900を放銃。

本手が真直ぐにぶつけられずに終わってしまった飯田。何か言いたそうに口を少し開けて、終局を見ていた。

【東2局・ドラ

親の石橋・4巡目に聴牌。

《石橋》

両面、三色の手変わりを待つ選択をした石橋。さらに次巡のツモで打と聴牌を外す。

これが裏目に出て次の6巡目にツモ。小考してツモ切り。

場況としては索子が1枚、2枚と飛んで5巡目にしてはかなり安く、石橋自身は索子の聴牌まで待つ予定だったらしい。しかしすぐに両面になったことで、フリテンリーチを打つことも考えていたそうだ。

目論み通りの索子はなかなか引き込めず、8巡目のも残すと9巡目、ツモで聴牌でリーチ。

《石橋・9巡目リーチ》

道中はさらにツモとまた裏目、溜息をつかずにはいられない石橋。肩で息を吐き出す姿は、和了という光ある出口を見つけ出せずに、長いトンネルをただ彷徨っている人の様だった。

【東2局1本場・ドラ

 

 

トイツ場という麻雀における言葉がある。縦にツモが続いて、七対子や対々和などが和了によく見られる場のことである。1種類は4枚しかない麻雀に於いて、同じ牌を2つないし、3つ揃えるのはそんなに楽なことではない。

しかしこの局、何かに操られているかのように、4人が2枚ずつ牌を揃えていく。

《石橋・12巡目》


(ツモ)

《金子・14巡目》


(ツモ)

《飯田・14巡目》


(ツモ)

《尾崎・15巡目》

(ツモ)

動いたのは尾崎。七対子濃厚な河だが、小考して待ちを単騎にしてリーチに出る。

皆が超一流なのは、この深い巡目に於いて、全員待ち牌が山にいることである。飯田、石橋の、尾崎のは1枚、金子のは2枚生きている。全員の河が異様なこの曲面において的確な山読みは流石の一言。

この次巡、石橋はツモに悩む。と共に1枚切れだが、はリーチの現物。現張りに受けるか、現物を切るかの選択だ。待ちとしては現張りの方が若干優秀そうだが、代わりに放銃の危険もあり、は現状1枚見えで、3枚、2枚、2枚見えとあれば山にいそうでもある。が、、ドラのが生牌でシャンポン待ちへの放銃も少し高い。

暫く考えた後、結局石橋はをツモ切りを選択、これで見えぬ飯田への放銃から免れた。

そして、実は影で和了へのチャンスが訪れて、そして失っていた飯田、次巡ツモで窮地に追い込まれる。

は1枚切れで、は3枚飛び。飯田にしては長い考察時間だった。は、石橋の最終手出しのを見て、嫌な感じがあったせいで切らずに待ちにしていたらしい。

しかし飯田、をリーチに押し切れず、尾崎に通りそうなをゆっくり抜くと、嫌な感じが現実になり襲いかかってきた。

9600は9900。リーチが2局も流れた後のこの出費はかなりのダメージである。

飯田は、ここから這い出すまで、本当に苦戦に強いられることになった。

【東3局・ドラ

石橋がさらに加速しようとしたところを、そっと脇から虐げたのは金子だった。

東2局2本場は、石橋からタンヤオのみの1300は1900を和了り連荘を阻止した金子が、この親で一気に捲りあげる。

好配牌から4巡目一向聴。

《金子》

5巡目にドラをツモ切り、8巡目にが被るも素知らぬ顔で、13巡目にようやくリーチも、やっとかといった感じで打牌に力も入らない金子。

《金子・リーチ》

ところがこのを即ツモ。裏1で6000オール。

金子は一発裏で最大限に化けた手牌を軽く眺めた。この半荘、1日を決めてもよさそうな大きな和了。

しかし変わらずテンションも低めに申告すると、黙々とサイを振り始めた。

 

 

1本場は飯田の1人聴牌で流局。

続く東4局も、飯田がピンフドラをリーチしてまた不発。大魔神が、少しずつ増える聴牌料を手にしながらも、相変わらず和了には辿り着けずにいた。

【南1局3本場・ドラ

ここはという飯田の親だったが、配牌はイマイチ。

《飯田・配牌》

しかし2枚の引きで3巡で一向聴になるも、ここは先に仕掛けられる。

金子が5巡目にドラのをさっと離すと、次巡ツモ切りリーチ。

《金子・6巡目リーチ》

飯田は、諦めずに真直ぐに向かうも、あっさりと掴まされる。1300は2200。

飯田は、また少し口を開けて、小さく息を吐いた。

 

 

【南2局】

石橋は少しでも前に出ようとするが、アガリには結び付かず。
3人聴牌の後は、飯田が尾崎への3900は4200を放銃。

2着は見えそうな位置にいた石橋だったが、3着争いから尾崎が抜け出し石橋に追随する。

大魔神が1人沼に脚を取られている隙にと、それぞれが前へと突進んでいった。

【南3局1本場・ドラ

親の金子に、大きな手が入った。

《金子・4巡目》

次巡ツモで打のシャンポンに取り、僅か5巡でダマ跳満の聴牌。息を殺して獲物を待つ金子、各々が淡々と手を進めている様子は見て取れるのだが、なかなか当たり牌が出てこない。

11巡目に石橋がを打ってくるのだが、両面待ちへの手変わりやドラを考えると打でのペンには受けづらいのでこれは仕方ないだろう。

金子は一切のピンズにも、和了にも辿り着けず、最終ツモを前にを引き打とするも流局、を打たれた石橋にも聴牌を入れられて2人聴牌。

唯一あったツモ和了が、12巡目のツモではかなり苦しい。

金子、これを決めれれば、先ほどの6000オールと合わせ、一気に借金がなくなる状態になっただけに、見た目にも明らかな落胆を見せた。

【南4局・ドラ

東家 尾崎 24700
南家 飯田 9700
西家 石橋 31500
北家 金子 54100

オーラス、やっときた尾崎の親だったが、9巡目に二向聴とかなり苦しい。

10巡目に金子がのポンテンを入れると、次巡ツモ。

尾崎を3着に止どまらせて、まず1勝。マイナスを半分以上返済して、勢いよく席を立った金子。前節、最後に苦しみから救ってくれた、あのネクタイと共に勝利に挑む。

【9回戦結果】

金子 55600 +55.6
石橋 31100 +11.0
尾崎 24000 △16.0
飯田   9300 △50.7

【9回戦までのトータル】

尾崎 107.8
金子 △22.1
石橋 △38.5
飯田 △47.2

 

 

 

【10回戦】

荘家 尾崎
南家 金子
西家 飯田
北家 石橋

【東1局・ドラ

いきなり大物手の匂いを撒き散らしながら、金子が尾崎の親に襲いかかる。

《金子・3巡目》

 

さらに次巡をチーして4センチ。

《金子・4巡目》

 

卓内は開局早々に、今決定戦の中で過去一番の重い空気になる。

さらに金子、を加カンして新ドラは。手牌の1枚のと共に、金子は一向聴で猛進していく。

すると、しばし腕を組み立ち止まっていた尾崎が、決意に満ちた顔で、河にを鋭く叩き付ける。

《尾崎・12巡目》

ツモ

そして2巡後、金子が下家にいることなど関係ないとでも言うかの如く、リーチに出た尾崎。

《尾崎・15巡目リーチ》

親リーチを受けて、金子は4枚の手牌からオリに出る。

金子、そして尾崎に完全に攻め込まれたこの局、飲まれてしまったのは大魔神だった。

元々のドラのは14巡目に全部河で見え、新ドラのは終盤に暗刻になった飯田。十分に被せにいけて、まっすぐ攻めていたら恐らく1枚も鳴かれることも、当たることもなく飯田は今日の初和了に繋がっていたのである。

3枚目のをツモった瞬間、いつもどおりおしぼりを頬に当て、明らかに顔が歪めた大魔神。呪縛が、飯田を締め付け続ける。

【東1局1本場・ドラ

前局は渾身の気合いで前に出た尾崎、勢いはそのままに好手を手にしたこの局もまた、先制聴牌を果たす。

《尾崎・11巡目》


ツモ

この打を石橋が叩き、さらに自風のもポン。

《石橋・13巡目》

金子もをチーして聴牌。

《金子・14巡目》

この鳴きで石橋にが入って聴牌。

尾崎は次巡のツモを石橋に切り切れず、打。しかし次巡ツモは。思わず天を仰いだ尾崎、実際は石橋への放銃だったのだから免れての聴牌維持ならファインプレーだが、一瞬は悔しさを見せる。

金子は終盤まで安牌ツモが続いて聴牌維持で流局した。

そしてまたしても1人置いていかれた飯田。

いつもは風のように和了をさらう男の影は、今日は未だに見えてこない。

【東1局2本場・ドラ

何かから開放されるのを求めるかのように、飯田が先手を取りにいく。

《飯田・2巡目》

ポン

しかし親の尾崎が止まらない。6巡目、ツモがしっくりと噛み合いリーチ。

《尾崎・リーチ》

カン待ちの聴牌を入れていた飯田が、を掴み、7700は8300に飛び込んでしまう。

次局は金子のリーチに石橋が刺さり、5200は6100でようやく長かった東1局が終わる。

既に半荘の終盤のような、全員の荒い息遣いに、観客は完全に吸い込まれていた。

【東2局・ドラ

尾崎はこの半荘を攻め切ると決め込んだと思わせるような、早々の聴牌でさらにリーチ。

《尾崎・7巡目リーチ》

慎重に迂回し一向聴の親・金子が追いつく前に尾崎がツモ和了を決める。1000・2000。

 

 

東3局の飯田の親番は、金子がリーチでツモれずも機嫌良さそうに1人聴牌の流局を受け入れていた。

 

不調の大魔神をさらに押さえこめるのは、やはりこの男しかいないのかもしれない。

苦しそうに時折小さな溜息をつき、頬を支える仕草も頻度が増えていく、あきらかに落ち着きがなくなってきた飯田。

うかない気持ちが表情からも溢れると、飯田を想う者をも憂鬱にさせていくのだった。

【東4局2本場・ドラ

回った石橋の親番、先制リーチを打つも流局。なかなかアガれない石橋も、飯田と同じように肩を落としていた。

何とか積み棒を重ねるも、また調子が落ちない金子に先制されてしまう。

《金子・8巡目リーチ》


ツモリーチ

自風のをツモり上げて1300・2600の2本場に供託2本。尾崎を1人走らせはしないと、金子が闘志を燃やして前に出る。

【南1局・ドラ

尾崎のリードは全力で捲りにいくと言わんばかりに、金子がこの局もリーチ。

《金子・11巡目リーチ》

親の尾崎は、点棒表示とボードをふと眺めて、手を壊してオリに回った。貯まったポイントは100P超。ラス目の点棒がない以上、素点を守りにいく。ある程度の素点を抱えたら冷静な尾崎、抑えるには、攻撃で上回るしかない。

すると石橋、を仕掛けていたがそれに呼応するかのように、全ての無筋の牌を豪快に切り飛ばして、全力で押しに出る。リーチの前に聴牌が入っていた。

《石橋・10巡目》

ここは石橋の勝ち。をツモで1300・2600。

男たちの戦いは、寸分足りとも休むことがない。相変わらず目が離せない展開でこの半荘も終盤に突入していく。

【南3局・ドラ

南2局は、尾崎が金子の親を蹴りあげて1000を石橋から和了、飯田の親番を迎える。

積極的に仕掛けにきたのは尾崎だった。

1巡目に自風のを1鳴きすると、さらにをポン。

《尾崎・4巡目》


ポン

ラス目の最後の親だったが、飯田は相変わらず苦しいまま。

《飯田・5巡目》

ここで尾崎の仕掛けに被せて手を進めていた石橋。

《石橋・6巡目リーチ》


ツモリーチ

三暗刻が出来ていたが、横のを引くと、ドラを最大限に使う、なら両面に受ける。さらにを打てば符が跳ねるも、自分で暗刻使いの牌を鳴かせまいと、切りでリーチ。実に石橋らしい思考である。

それでも尚、尾崎が1副露して攻め立てる。

《尾崎・10巡目》


チー

この尾崎と石橋のやり取りを見てる間に、飯田が諦めてオリてしまった。

《飯田・11巡目》

ツモ

さすがにこの一向聴になったら少しは押すだろうと踏んでいたギャラリーは、こぞってのけ反る。

ラス目の親だから少々危険でも押す、ではなく、まだ聴牌前、さらに当たると思ったら押さない。

本来麻雀の、基本となるバランスが、決定戦の、窮地に追い込まれたラス前のラス目親番でも崩れない。

ここで無理しなくても自分のターンを待つ。これが、大魔神が大魔神であるが故、なのかもしれない。

金子は当然の防戦、飯田がオリてしまったとあれば、尾崎と石橋の勝負。尾崎が長考のちに打で、裏1の5200を石橋がもぎ取る。

仮に飯田が押していても和了は見えなかった。しかし飯田が押していたら、親には打ちたくないだろう尾崎の攻撃も、なかったかもしれない。

手が入らなくとも、和了がなくとも、飯田がゆっくりと尾崎の背後に忍び寄っていく。

【南4局・ドラ

東家 石橋 34300
南家 尾崎 33200
西家 金子 40600
北家 飯田 11900

親の石橋、ひとまず連荘すべくを仕掛けるも、ここは攻撃に傾倒してきた半荘である。諦めずにトップを狙う尾崎、最後に3枚目のドラを埋めてリーチに出る。

《尾崎・8巡目リーチ》


しかし石橋が相対し、またも石橋の勝利。500オールをツモり連荘を得る。

次局は、苦せずに入った役牌ホンイツで、石橋がトップ目の金子から5800は6100を直撃。

2本場は渾身のリーチで捲りにかけるも、ツモれず流局に嘆いた金子。

ラス前から大外一気でトップをさらい、一気にプラス圏内に入り込んできた石橋、顔を柔らかく崩しながら、満身の笑みで引き上げてきた。

【10回戦終了】

石橋 41900 +41.9
金子 36000 +16.0
尾崎 30700  △9.3
飯田 10400 △49.6

【10回戦終了時トータル】

尾崎  98.5
石橋    3.4
金子△  6.1
飯田△96.8

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