Mahjong Masters 2016 in Sydney 決勝戦自戦記
鈴木 聡一郎
「オーストラリアで麻雀大会あるんだけど、聡一郎も行く?」
昨年末だっただろうか。
近代麻雀で連載していたコラムのパートナー鈴木たろう(日本プロ麻雀協会)から打ち合わせ時にそう言われ、「普通、なんて答えるのかな」と思った。
「さすがに遠すぎでしょ!」
「仕事休めないんで無理っす」
「いくらかかるんすか?」
「カンガルーと打つんすか?」
オーストラリアに麻雀をしにいくという行為は、そこそこに高いハードルであるように思われた。
私はというと、二つ返事で次のように答えた。
「あっ、面白そうすね。行きます!」
好奇心の旺盛さと行動力。
人生の中で誇れる武器があるとしたらこの2つかな、と常々思っている。
そして、私は2016年4月11日から2日間の大会に参加し、とんとん拍子に勝ち進むと、気付けば2日目の決勝戦を打っていた。
ここで、ルールを簡単に説明しておこう。
まずはなんといっても、手役が日本と違う。
手役と得点の一覧はこちら↓
系統 | 手役 | 点数 | 説明&牌姿例 |
小役系 | ピンフ | 5 | 日本と違い、鳴きOK。四順子+雀頭があれば組み合わせ・待ちを問わない |
メンゼン | 5 | ||
タンヤオ | 5 | ||
一色系 | ホンイツ | 40 | |
チンイツ | 100 | ||
九蓮宝燈 | 480 | ||
字牌系 | 役牌 | 10 | 場風は存在しない |
小三元 | 40 | 役牌2種20点が必ず加わるため、最低60点 | |
大三元 | 130 | 役牌3種30点が必ず加わるため、最低160点 | |
小三風 | 30 | 例: | |
大三風 | 120 | 例: | |
小四喜 | 320 | 例: | |
大四喜 | 400 | 例: | |
字一色 | 320 | 例: | |
刻子系 | トイトイ | 30 | |
二暗刻 | 5 | ||
三暗刻 | 30 | ||
四暗刻 | 125 | トイトイ30点とメンゼン5点が必ず加わるため、最低160点 | |
一槓子 | 5 | ||
二槓子 | 20 | ||
三槓子 | 120 | ||
四槓子 | 480 | ||
順子系 | 一盃口 | 10 | 日本と違い、鳴きOK |
二盃口 | 55 | 日本と違い、鳴きOK。ピンフ5点が必ず加わるため、最低60点 | |
一色三同順 | 120 | 例: | |
一色四同順 | 480 | 例: | |
三色系 | 三色同順 | 35 | 例: |
三色小同刻 | 30 | 例: | |
三色同刻 | 120 | 例: | |
連続系 | 一気通貫 | 40 | 例: |
三連刻 | 100 | 例: | |
四連刻 | 200 | トイトイ30点が必ず加わるため、最低230点 例: |
|
チャンタ系 | チャンタ | 40 | 例: |
ジュンチャン | 50 | 例: | |
混老頭 | 100 | トイトイ30点が必ず加わるため、最低130点 | |
清老頭 | 400 | ||
偶発系 | ハイテイ | 10 | |
ホウテイ | 10 | ||
リンシャン | 10 | ||
チャンカン | 10 | ||
天和 | 155 | メンゼン5点が必ず加わるため、最低160点 | |
地和 | 155 | 東家の第一打目でロンアガリ。メンゼン5点が必ず加わるため、最低160点 | |
変則系 | 国士無双 | 160 | |
七対子 | 30 | ||
※なお、1つの役で320点以上の場合、役の複合はない |
特徴的なのは、基本的に鳴いてもほぼすべての役が成立するということ。
イーペーコーも、ピンフも、鳴いてOK。
特にピンフに至っては、4順子1雀頭があればよく、牌種や待ちは一切問わない。
例えば、これらもピンフである↓
チー チー チー チー ロン
ロン
なお、ドラやリーチは存在しない。
鳴きイーペーコーなどもできるなら簡単にアガれるかというと、アガリ条件にからくりがある。
今回の大会では、役の合計が15点以上ないとアガることができない「15点縛り」があるのだ。
例えば、こんな手牌。
チー
だとの10点とイーペーコーが付いて20点のアガリが成立するが、だとの10点しかないためアガることができない。
ところが、ここで他家からが出たとしよう。
そこはすかさず大ミンカンだ。
白をカンすることで1カンツの5点がつくため、今度はでも15点となり、アガれるようになる。
このようなルールであるため、当然に片アガリが多くなる。
そこで、片アガリをしやすくするためにフリテンや食い替え規制がない。
そんなルールではすぐに役を限定できるし、放銃しないのでは?放銃しなければ勝てるのでは?と考える方もいると思うが、そこは得点計算に秘密がある。
例えば、AがBに40点を放銃したとしよう。
得点は必ずアガリ点の3倍になるため、40点×3で120点をAがBに払うかと思いきや、そうではない。
アガリが発生した場合、今回の大会では30点まで放銃者以外も負担する必要があるのだ。
つまり、この場合、アガリとは関係ないCとDが30点ずつ払い、残りの60点を放銃者Aが支払う。
そのため、誰かが放銃しても必ず持ち点が減る。
結果として、オリることの価値が低くなるため、前のめりになり、アガリが生まれやすくなるという仕組みだ。
そして最後に、オヤと子の得点に差はなく、連荘もない(=1半荘は必ず8局)点を説明し、基本ルールは以上となる。
以上のルールを踏まえると、基本思考はこうなる↓
1.局数が少ないため、高打点を狙っていく。特に、出現率がそこそこあって高得点のジュンチャン(チャンタ)かチンイツ(ホンイツ)を狙うため、基本は中張牌からの切り出しとなる
2.放銃しなくても点数が減るため、基本的にはアガリに向かっていく
3.ただし、ジュンチャン三色、チンイツ、三色同刻、日本の役満はかなり高得点であるため、それらが相手に入っていそうなときにはある程度ケアする
これがルールと基本的な考え方である。
そして、冒頭の決勝。
32人がランダムに4半荘打って、その合計点で順位が決まる。
賞金としては、1位が約400万円、2位が約160万円、3位が約80万円、以下決勝に残った32人に賞金が出る。
1位と2位以下に大きな差があるため、上位者はみな当然優勝のみを狙っていく。
決勝も残すところ1半荘。
私は現在7位。
1位とは500ポイント差である。
500ポイント差を1半荘でまくれば優勝なのだが、上位陣が加点した場合のことも考え、600~700点辺りの加点を狙っていく。
1半荘で自分のアガリは多くて3回程度。
1アガリ平均は40~50点であるため、1度はジュンチャン三色やチンイツといった100点クラスの大物手を決める必要があるというわけだ。
その東1局、思わぬ形で私にいきなり手が入った。
序盤、すぐにこのイーシャンテンとなる。
をチーしてタンピン三色イーペーコーか、などと思っていると、7巡目に意外なテンパイを果たす。
を切れば門前5点+タンヤオ5点+2アンコ5点の15点でアガれるテンパイになるのだが、ポイントを叩かなければならない身であるため、4アンコも見据えて打とする。
スーアンコ、もしくはこんな狙いがあった。
を引いての、3の三色同刻。
ツモ
例えばこれなら、門前5点+タンヤオ5点+3アンコ30点+三色同刻120点で160点。
160点×3=480点のアガリとなり、一気にトップに並びかけることができる。
すると、次巡4枚目のを引く。
少しでも点数のほしい私は当然カンすると、リンシャンから引いたのは。
アンカン ツモ
これには少し迷う。
切りのテンパイを取ると、3アンコ30点+三色小同刻30点+門前5点+タンヤオ5点+1カンツで75点と、そこそこの高打点テンパイになる。
しかし、を切らずにさらに4アンコをつけることができると、一撃でトップを大きく抜き去ることができる。
私の決断は打のテンパイ取り。
アンカン
仮にをツモった場合、状況次第ではアガらず打としてのみアガるパターン
アンカン
や、打としてスーアンコやをポンしてトイトイをつけるパターン
アンカン
まで想定した。
しかし、結果としてはすぐに下家が打。
出ては仕方がない。
アガって75点×3=225点を手にした。
アンカン ロン
これをきっかけに、私のアガリが連続する。
チー ロン
タンヤオ5点+ピンフ5点+三色35点で45点×3=135点
ポン チー ポン ツモ
南と北が切れて小三風の目が消滅したため、仕方なく發に受けてツモアガリ。
チャンタ40点×3=120点
ポン チー ロン
チャンタで使いにくい牌を多く受け入れられるサンシャンテンから仕掛けると、予定通り周りのチャンタ仕掛けをスピードでごぼう抜きして出アガリ。
タンヤオ5点+三色35点で40点×3=120点
これで目標の600点分をアガったことになる。
リアルタイム表示の順位ボードを見ると、現在の順位は3位まで上がっていた。
しかし、上位2名がさらに加点し、この時点で私より250~300点多く持っている。
残り2局で300点差。
南3局
ジュンチャン三色を狙える配牌を祈るも、タンヤオ系で高得点が狙えず。
途中からオリに回り、横移動でマイナス30点。
残りは1局。
このルールの練習量が足りない私にあるのは、今まで日本麻雀で培った手役構想力と、2日間で吸収したこのルールの速度読み。
武器は、この2つだけ。
たったの2つだが、この2つだけでなんとかするしかない。
大丈夫、自信を持とう。
日本で今まで相手にしてきたのは、今まで見てきたのは、今まで話を聞いてきたのは、化物みたいに強い打ち手ばかりだったじゃないか。
絶対に優勝する。
優勝して、日本麻雀の、最高位戦の強さを証明してやる。
そう心に言い聞かせ、最終局の配牌を取り始めた。
普段通り、相手の表情を見るところから始める。
3人とも、あまり得点ボードを見ていない。
それはつまり、賞金が変わる境界線上にいないということ。
そのため、手牌に素直に、まっすぐアガりにくるはず。
1巡目
100点(×3=300点)付近のアガリまで持っていくには、ジュンチャン三色かマンズのチンイツ。
どこまでいけるか。
まずは確実に不要なから切り出す。
4巡目、ここまで進む。
難しい。
からのより、マンズのでイーペーコーを作り、が重なるパターンを考慮して打。
そして5巡目、ついに三色ターツが完成するを引く。
ツモ
このとき、下家がすでにをチーして仕掛け始めている。
マンズとソウズの3や7辺りをバラ切り。
ピンズのホンイツ本線だが、ホンイツ崩れでピンズのイッツー、456の三色も十分あり得る。
もし456の三色だった場合、私から以外はすべて出るため、速度がかなり上がるか。
対面は字牌からの切り出し。
手牌が整っておらず、狙いも定まっていないのだろう。
まず字牌から切り出し、方向性を見定めているところ。
そういう手牌は、チャンタではない三色か、イッツーになりやすい。
まだ仕掛けが入っていないため、そんなに早くはならないだろう。
上家はでチー。
手役はほぼ三色で確定。
これはあまりうれしくない情報だ。
上家が567三色の場合、を持っている可能性が高く、はすでに下家が1枚切っているので残り1枚しかない。
つまり、のイーペーコーは成就しない可能性が高い。
とするとこの手牌、ジュンチャンにするためにはから1メンツ完成させ、や他の1・9牌で雀頭を作る必要がある。
そんな時間が残されているのか?
しかし、このままジュンチャンを捨てれば三色35点+ピンフ5点の40点×3で120点にしかならないため、上位2名の大きな失点待ちということになる。
どうする?
何が最も優勝確率が高い?
どの選択が最善なんだ?
このルールでは毎巡のようにノータイムで打っている私が、珍しく5秒ほど考えただろうか。
熟考の末、私は打を選択した。
私が選んだ最善は、ジュンチャンを捨てたピンフ三色。
日本の競技麻雀で鍛えられた手役構想力と、2日間で他国のプレイヤーから学んだ速度読み。
その2つの武器が「ジュンチャンでは絶対に間に合わない」と私に告げた。
また、上位2名は競っているため、前のめりになり、他家の大きな手に振り込むことも十分ありえる。
それらを総合的に判断し、自分が信じる最も優勝確率の高い勝負をかけることにしたのだ。
そして、決断からわずか3巡後。
私は、手牌を開け、2日間そうしてきたように手を挙げ、アガリ点確認のためレフェリーを呼ぶ。
チー ロン
「Forty points」
レフェリーが得点を告げ、長い2日間の戦いが幕を閉じた。
私の卓は最も早く終わったため、あとは別卓の結果待ちとなる。
結局、200ポイント差まで詰めたが、上位2人は失点することなく、私は3位のまま終わった。
結果は変わらなかったかもしれないが、最終局でジュンチャンを捨てた判断が正しかったのかどうかはわからない。
ほぼ無理筋に見えても、ジュンチャンに向かった方がよかったのかもしれない。
ただ、今の私の力では、どうしてもこれが最善に見えた。
もしかしたら今後、これとは別の判断を下せるようになるかもしれない。
だから、もしかしたら来るそのときまで、打ち続けるしかないだろう。
今回、毎日このルールで打っている猛者たちと対等に戦えたこともあり、日本麻雀が持つルールの洗練性、日本人プレイヤーの探求心、これらが育んでいる麻雀の基礎力の高さを実感することができた。
これからも、そんな恵まれた環境で、多くのプレイヤーに教わり、成長していくほかあるまい。
閉会式で、最後に主催者が言った。
「Let’s play Mahjong!」
わかった、わかった。結局それしかないよな、と同意し、少し笑った。
完
<執筆後記>
こんにちは。日本に帰ってきました鈴木聡一郎です。
この自戦記、忘れないうちに帰りの機内で書いたんですよ。なにせ9時間もありますからね!オーストラリア、遠っ!!
慣れないルールなんであやふやなところもあったんですが、日本のみなさんにもっとこのルールに挑戦してもらいたいと思い、がんばって書いてみました。
おそらく、日本初となるこのルールの詳細な記事(観戦記or自戦記)なのではないでしょうか?
今回、競技麻雀団体からは、私、鈴木たろう(日本プロ麻雀協会)、小倉孝(日本プロ麻雀協会)の3名が参加したんです。
そして、250名参加で、2日目のベスト64までなんと3名とも残ったんですよ。
すごくないですか?
決勝(ベスト32)には、たろうプロが惜しくも敗退し、私と小倉プロが残ったんですが、それでも3名出て2名決勝ですよ?
すごいですよね?
たろうプロや小倉プロとも話していたんですが、日本の麻雀(特に競技麻雀)をやっている人って、かなり麻雀の基礎力が高いんだと思います。
昨年たろうプロが準優勝したマカオの大会が、今年12月にも開催されるようですので、興味がある方はぜひ1度参加してみてはいかがでしょうか!
http://worldmahjong.com/ja/
また、オーストラリアの大会も毎年開催されるようです!
http://mahjongaustralia.com.au/en/
(写真)今回の大会初日、1回戦開始前の様子
日本の麻雀で培った強さで、世界を驚かせましょう\(^o^)/
私も次は優勝できるよう精進します!
では、いったん日本の麻雀に戻ります!
鈴木聡一郎