コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.62】小川瑠以 ~「自分の麻雀を観られるのが怖い」愛されキャラが抱えたコンプレックスとその進化~

(インタビュー・執筆:多喜田翔吾

 

敬語がやや苦手で、やり取りの際には必ず謎の顔文字をセットで送ってくる。

 

 

ひらがなをこよなく愛し、漢字が壊滅的に苦手。

 

LINEでは愛くるしさ全開のスタンプをとにかく多用する。

 

本記事の主役となる、小川瑠以。今年で27歳になる男の子だ。

小川 瑠以(おがわ るい)

選手紹介ページ

X(旧Twitter)

なんとも気が抜けた奴だな、というのが私の第一印象だったが、その印象は薄れるどころか日に日に増していくばかりである。

そんな彼は、最高位戦の選手として活動する傍ら、現在は麻雀bar×citrusで働きながら、麻雀講師や麻雀店勤務を掛け持ちするなどマルチに活動している。

そして先日開催された第48期新人王戦では見事優勝を果たし、プロアマを問わず本当に多くの仲間たちから祝福の声を受け取っていた。ここまで多くの人たちから愛される新人選手がいるだろうか。

今日はそんな彼の麻雀への想いや今後の野望をひとつずつ、紐解いていくこととする。

取材場所:麻雀×bar citrus

 

プロの壁の高さを痛感した1年目

自分の麻雀を見てくれ!なんてとても思えなかったんですよね。本当に怖かったんです。

と瑠以は語る。先日の新人王戦決勝で優勝を果たした瑠以だったが、実は彼にとっては初めての放送対局だったらしい。

瑠以は自分の麻雀に自信がないという。なんの話題に対しても「ジブン、〇〇得意ですよ」「勝負します?」と突っかかってくる彼の口から、この言葉が出てくることを筆者は意外に感じた。

自分は3年目の選手なんですけれど、1年目の時は坂本さん(坂本大志)の勉強会に参加させてもらってたんですよね。でも、正直全然ついていけなくて。

坂本さんは誰もが認める強者だと思うんですよね。プロになりたての時に、坂本さんの読みや手組みの話を聞いて、「こんなことまで考えて麻雀してるんだ」と正直すごく驚いたんですよ。それと同時に、自分がここまで強くなるなんてできるのかな、とも思っちゃいました。

坂本大志の面倒見の良さ、そしてその麻雀熱は業界内でも随一と名高い。麻雀の話になった際には必ず名前が上がり、「自分の方が坂本大志より麻雀を愛しているとはとても言い切れない」と、多くのトッププロ達に言わしめるほどだ。そんな坂本の麻雀からプロの世界を知った瑠以は、自信を失くしながらも麻雀と付き合っていく日々を始める。

しかし、そんな彼に追い打ちをかけるような出来事が起こる。

瑠以はD3リーグからキャリアを歩み始めた。そしてそのデビュー戦で、なんと彼は不幸にも親の四暗刻単騎に振り込んでしまい、その節は▲144,7と大きな黒星スタートとなった。

本当にビックリして、うわあ、こんなにも厳しいのかと思いました。でも周囲の人は「たまたまだよ、大丈夫だよ」と励ましてくれて。

その数日後には、最高位戦の代表である新津潔とも話す機会があったという。

その時には、「小川くん、四暗刻単騎なんて人生に1回振り込めるかどうか、だと俺は思うよ。その1回をデビュー戦で持ってくるなんて、君は本当に持ってる男だよ。胸を張って、これからも頑張ってくれ」と声を掛けてもらえたんです。すごく嬉しかったなあ。

衝撃の門出を迎えてしまった瑠以だったが、各方面からの励ましもあり、少しずつ消化しつつ次の対局に臨む。

しかしその3日後に迎えた新人王戦予選の2回戦トーナメント(2人抜け)で、彼はまたしても親の四暗刻単騎に振り込んでしまい、敗退。のべ1週間の間に、大事な対局で、彼は2度も四暗刻単騎に振り込んで負けてしまったのだ。

プロの世界の壁の高さを本当に痛感しました。帰り道に一人でラーメン食べてたんですけど、人生で初めて麻雀で負けて泣いちゃいました。

序盤から大きく出鼻をくじかれてしまった瑠以。そのまま46期後期リーグ戦はマイナスを重ね、▲288.4で降級点を獲得。その翌年のリーグ戦も▲239.2と大きく負け越してしまい、2期連続の降級点。不名誉にも、次のリーグ戦に出場するためには、再度プロテストを受験しての合格が必要になってしまう。

※最高位戦ではD3リーグで降級点を2獲得するとプロテストの再受験が義務となり、合格するまで次期リーグ戦への出場が禁止される。

ホントに全然勝てないな~と思っていたんですよね。でも、神原さん(神原健宏)はそんな自分の面倒をずっと見てくれて、毎日何切るを送ってくれて、教えてくれて。ウザク本っていう何切るの本があるんですけど、これのノルマを課せられたこともありました。

裏方で立会人として活躍する神原健宏は、瑠以より1年先の先輩だった。彼もまた非常に勉強熱心で、礼儀正しく、非常に面倒見がよい評判の選手である。筆者は神原に「リトル坂本大志」として、大きな期待を寄せている。

そして瑠以はまだ見ぬ栄光を夢見て、周囲の支えを得ながら麻雀の勉強を続けていく。いつ報われるか、いつか報われるのか、全く分からない世界だ。しかし、報われるチャンスが突然訪れた時に、準備不足でそのチャンスを手放すことなどあってはならない。

勉強会でも自信を失い、結果も中々出ない日々が続いたが、瑠以は勉強会やタイトル戦予選には漏れなく足を運び、地道に実力を付けながらチャンスを掴めるよう活動を続けていく。

 

今の自分のきっかけになった、カイくんと鳥ママ

そんな瑠以には、今の自身のきっかけとなった恩師が過去に2人いるという。

一人は大学時代の友人の「カイ」という同い年の男の子。

麻雀を覚えたのは中2の頃で、友達が「面白いゲーム見つけた」といって、トランプの麻雀ゲームを持ってきたんですよ。それを公園でするようになったのが最初でした。

また、自分の母親は不動産業をしていて、その取引先のおじさん達と高校生の時から麻雀するようになったんですよね。そこから本格的に麻雀を始めたんですけど、本当にずっと負けてました。

話の中で、瑠以はいつも負けている。とても新人王とは思えない負けエピソードの数だ。

でも面白かったから、大学生の時に仲が良かったカイくんに、自分と自分の母親で麻雀を教えたんですよ。そこからカイくんが麻雀にハマって、向ヶ丘遊園の『フレンズ』っていう雀荘で働き始めたんですよ。そこにカイくんから誘われて、自分も働き始めて。そこからは麻雀漬けの日々を過ごしていました。カイくんからの誘いが無かったら、今もう麻雀してなかったかもなあ。

そのフレンズで、店長を勤めていたのが最高位戦の土井孝輝プロだった。ここで初めて、瑠以は「麻雀にもプロがいるんだ」ということを認識する。

土井さんはすごくいい人でしたし、人の手牌13枚を右から左までビタで当てたりしてたんですよね。うわ、プロってすごいな、って思いました。

そうしてフレンズを中心に、カイくんと麻雀漬けの日々を送っていた瑠以だが、大学の卒業を機に農業協同組合(JA)へ就職する。彼は23歳になっていた。しかし、彼は1年ほどで退職してしまう。

JAなので、農業に関する仕事をしていたんですけど、ずっとこのまま働き続けるビジョンがあまり見えなかったんですよね。「自分て、何が好きなんだったっけ」て思うことが増えて。

退職の間際、瑠以は大学生の時にカフェ巡りを趣味にしていたことを思い出す。カフェを探索して紹介するXのアカウントも運用しており、1万人弱のフォロワーを抱えるまでに成長させていた実績もあった。

そして彼は仕事を辞め、カフェ店員へと転身する。しかし、勤務日はそう多くなく、実態はフリーターであった。

こうして時間を持て余していたある日、瑠以は一緒に暮らす母からある相談を受けた。

母親に「私の誕生日だから、プレゼント代わりについてきてほしい所があるの」と相談を受けて、行ったのが新橋の『ベルバード』という麻雀店だったんですよね。そこで久しぶりにフリー麻雀して、「あ、麻雀って楽しいな」って思ったんですよね。母親もすごく喜んでくれましたし。

この出来事が、瑠以の人生を大きく左右することになる。そこから瑠以は定期的にベルバードへ足を運ぶようになり、麻雀を楽しみながら、多くの仲間たちと新たな出会いを果たしていく。

その場に居合わせていないため分からないが、瑠以は明るく、人懐っこく、愛嬌に溢れた可愛い男の子だ。ベルバードでも仲間に囲まれ、あっという間に打ち解けていったことは想像に難くない。

久しぶりに麻雀に触れ、かつて持っていた麻雀の熱を取り戻しつつある瑠以であったが、ある日ベルバードを夫婦で経営している鳥越智恵子プロ(鳥ママ)から「プロには興味ないの?」と声を掛けられたという。この鳥越プロが、瑠以が麻雀プロとして歩み始めるきっかけとなった人物である。

正直迷いましたよ。所作とかよく分からないし、麻雀は好きでしたけどそんなに強くないと自分でも思ってましたからね。でも、土井さんも最高位戦でしたし、なるなら最高位戦なのかな、とぼんやり思っていました。

ここで、物は試しと勧められた「最高位戦アカデミー」に通い始めることにした瑠以。そのアカデミーでは同期入会となる佐伯菜子鈴木夢乃高橋晃広らと出会い、共に合格を目指して切磋琢磨する日々が始まる。

そして無事に合格した瑠以は、最高位戦選手としてのキャリアを歩み始めた。

優勝した時は、嬉しさよりもホッとした気持ちが一番だった

第48期新人王戦。新人王戦は瑠以にとって3回目のチャレンジであり、もちろん決勝に進んだのは初。新人王戦の参加者は200名を超える。ここで優勝を逃したらもう二度とこの舞台に戻って来られることはないだろう、ということは瑠以も深く理解していた。

この時点で決勝の半分を消化し、優勝争いは平山駿介諌山隆平、瑠以の3者が抜けて争っている状況。「この4回戦目が自分にとって本当に本当に大事だった」と瑠以は語る。

南3局。目下のライバルである親の平山から先制リーチが入り、

そしてもう一人のライバル、諌山からもリーチを受けてしまう。この二人より上の着順で半荘を終わらせることを至上命題に掲げていた瑠以に、苦難が襲い掛かる。この時の瑠以の手恰好は、

残念ながらイーシャンテンで、4mを引いてきた所。不要牌である1mは、2軒に全く通っていない。決して悪くない手だが、ノーテンから二軒リーチを受けながら押し返し、アガリ切ることが相当に厳しいことを、瑠以もよく理解していた。

競っている2人からのリーチで、この半荘でこの2人より上の順位を取ることが、残り2半荘を戦う上で大事だと思っていたんですよね。でも二軒リーチはまずい。本当に悩みました。

この間に瑠以が使った時間はおよそ30秒。何を考えていたのだろうか。

心のふとし(渡辺太)に聞いてみたんですよね。決勝の前からふとしが自分に麻雀をよく教えてくれていて、ふとしは自分に対して「もっと押していこう」「麻雀はガッツだよ」てずっと声を掛けてくれていたんですよ。麻雀はガッツ。麻雀はガッツ。そんなことを思い出していたら、勇気が出ました。

瑠以が師事している渡辺太の麻雀を思い返していたという。

そして、イーシャンテンから危険牌の1mをガッツで勝負!その後2pをポンして仕掛け、

タンヤオ・ドラ1。

たったの2000点だが、二人のアガリを蹴り、ライバルの諌山から直撃できたことの価値は計り知れない。この半荘は平山4着、諌山3着、そして瑠以は2着で終えることになった。

筆者もこの対局をずっと見ていた。瑠以は年下の後輩であったし、何より瑠以とは麻雀の話を殆どしたことがなかった。麻雀を観つつ、終わった後に何かアドバイスをしてやろう…そんな慢心があったと思う。

しかし、この日初めて見た瑠以の麻雀は強く、非常に洗練されており、何より「時間をかけて勉強してきたこと」が打牌に色濃く反映されているように感じた。「何かアドバイスを」などと思っていたことを非常に恥ずかしく思ったことを覚えている。それ程に、この日の対局者5名は本当に強かったと感じた。

自分はバカですし、麻雀の話は自信ないので、あまりしないんですよね。

と言いながら瑠以はケラケラと笑っていた。しかし、瑠以の麻雀を観てその強さにアッと驚いた人も多いのではないだろうか。彼が自信がないと言い、ずっと隠してきた麻雀は、既に多くの麻雀ファンを魅了する水準まで育っていたことを、本人が一番分かっていないというのもおかしな話だなと思う。この気の抜け具合もまた瑠以らしさなのだろう。

そして、22時22分。6回戦南4局は、全員の手牌が伏せられる形で終局。のべ11時間以上に及ぶ激闘を制し、瑠以は念願の第48期新人王を獲得した。この瞬間の想いについて、瑠以はこう語る。

とにかくホッとしました。実は自分の対局の3日前に、citrusで店長を勤める柚花さん(柚花ゆうりプロ・日本プロ麻雀協会)がプリンセスオブザイヤーで優勝していましたし、お客さんからもすごく沢山の応援の声を貰っていました。麻雀教室をやっている銀座の柳でも、自分を育ててもらったベルバードでも、日吉のジャンナックでも、自分の新人王戦の映像を流してくれていて。本当に色んなお世話になったお店や人たちからメッセージを貰っていました。負けてばっかりだったので、こんなに応援してもらったり、期待してもらったこと無くて、がっかりさせたくない、てずっと思ってたんですよ。だから最後に優勝が決まった瞬間はホッとしちゃいました。ああ、これでゆうりさんの所に帰れるな、って。

多くの人から期待の声を寄せてもらっていた分、喜ばせたい。その使命感が背骨となり、瑠以は11時間闘い続けることができたという。ファンや仲間たちへの報恩の想いを強く持てていたからこそ、強気の打牌選択に繋げることができたのだと語る。

彼の優勝報告のポストには、本当にたくさんの祝福のコメントが届いていた。

対局中も彼を応援する声は非常に多く、本当に多くの人に愛され、応援されていることを実感したのではないだろうか。

ほら、多喜田さん。新人王になるとこれが貰えるんですよ。羨ましいですか?

そう言ってニヤニヤと目元を緩めながら、優勝のトロフィーを持ち出してくる瑠以。

一瞬手が出そうになったが、憎めないなと感じさせる愛嬌が彼の魅力なのだろう。

 

麻雀が強いって、よく分からないんです

見事に新人王を獲得した瑠以だが、今後の野望などはあるのだろうか。

難しいです….あまり考えられてないんですよね(笑)。麻雀はもっと強くなりたいんですけど、そもそも麻雀が強いって何だろう、て思っちゃいますし。でも、ふとし(渡辺太)はすごく麻雀強そうなのに、全然偉そうじゃないし、いつも優しく遊んでくれるし。こういう風になりたいな、って思います。

そして、また大きな舞台で闘って、勝って、みんなを喜ばせたいです!

麻雀が強い、ではなく強そう。その素直さもまた面白い奴だなと思う。

何より、「放送対局は怖い」と語っていた瑠以だったが、この闘いを通じて、応援してくれている人たちの期待に応えられる喜びを知り、今では次の機会を楽しみにするようになった。大きな変化だ。その時が来るまで、きっと瑠以は変わらず気の抜けた奴で、みんなの人気者でありながら、隠れて麻雀の勉強を続けるのだろう。

新人王戦で魅せた強烈な麻雀が、次の機会で更に洗練された姿でお披露目されることを、筆者は一人のライバルとして、また一人のファンとして、心から楽しみにしている。

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