コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.61】伊藤高志 〜大きな背中でClassicを背負い鍛えあげた右腕でさらなるタイトルをツモりにいく〜

(インタビュー・執筆:内藤岳

今期、真夏の激闘を制し、第17期飯田正人杯最高位戦Classic優勝に輝いた男。

伊藤高志(いとうたかし)

最高位戦選手ページ

X(旧Twitter)

柔らかい雰囲気と、どこか愛くるしい風貌。麻雀に真摯に向き合い、悲願の初タイトルを獲得した彼の半生を辿る。

 

麻雀と出会って一つのことに打ち込む楽しさを知った

高志はイタリアのボローニャで生まれた。父親がイタリアで料理の修行をしていたためである。父親が日本へ移る2歳半に日本へ戻り、幼少期は両親に愛され多くの習い事をこなし、勉学も優秀だったため、中学受験をして中高一貫校に入学した。

当時の高志にはまだやりたいことはなかったそうだが、中学1年生から高校3年生までラグビー部に所属しており、チームスポーツなだけあって友人関係などは良好に過ごしていた。そして、高校生の時に友人を通して麻雀に触れることになる。

(ラグビー部時代の高志)

高校1年生の頃、高校の教室で初めて麻雀をした。友人が麻雀のルールブックを持ってきていたのでそれを参考にルールを覚えたんだよね。もともと家族が家族麻雀しているのを横でみていたのもあってルールを覚えるのはすぐでした。

しかし当時の高志にとって麻雀はまだ一つの遊びであった。また、高志は大の筋トレ好きであり(後述)、ラグビー部の時に筋トレにハマったのかと聞くと、

筋トレにハマったのはもっと先の話。この頃はこれが好き!って打ち込めることが本当に無かったんです。

そして、中高一貫校でまわりが大学受験をする人も多いことからかぼんやりと大学受験を考えたが、受験はうまくはいかず浪人生活を送ることになる。その後予備校に入学するものの、目標を持てなかったことからか全力で学業に励むことができなかったという。やりたいことがなく漫然と過ごしていた高志。そんな時、麻雀の誘いが飛び込んだ。

麻雀SNSのオフ会の話があって参加してみたのがきっかけ。これが初めて知らない人と麻雀を打つ機会だったんだけど、本当に楽しくて。そこで麻雀友達もできました。

ひとつのことにのめりこむことのない人生を送っていた高志が、初めて一生懸命打ち込めることに出会ったのである。

 

東海支部設立。麻雀プロとしてのスタート

麻雀にハマるきっかけを得た高志は、浪人の一年間ひたすら麻雀をしていた。

でもさすがにアルバイトくらいしないとなと思い立ってタウンワークを開いたら、目に飛び込んできたのが麻雀店スタッフの求人。麻雀をしたくてたまらなくなって、迷わず応募して働き始めました。

しかし働き始めた麻雀店はほどなくして閉店してしまう。

その後、別の麻雀店で毎日のようにセットをしていたら、そのお店の方に「よかったらうちで働かないか」と誘われて再度働き始めることになって。1年半労働してまとまったお金を貯金することができたし、その日々は本当に楽しかったですね。

そんな時に、働いていたお店のオーナーに、この店の雇われオーナーをやらないかと誘われた。高志は麻雀業界で働いていく上でいい経験になると思い、雇われオーナーの依頼を承諾する。

ちょうどそこでスタッフを探している時、このオーナーの依頼が来るちょっと前に麻雀SNSのオフ会で会った小池諒に声をかけて一緒に働きはじめたんです。小池とはプロになる前から今まで麻雀で切磋琢磨してきた仲でした。けどそのお店は経営が上手くいかなくて、2年ほどで閉めることになってしまいました。

なかなかうまくはいかなかったが、初めて打ち込めるものを見つけた高志はその後も麻雀店で働き続ける。

(写真右が小池)

その度に小池と何度も同じ職場になることもあり、お互いに高め合っていた。そうして麻雀店を転々としている間に、当時高志は25歳になっていた。

そろそろこれからの人生を決めなければと思った時に、最高位戦東海支部設立の話を聞きました(41期後期2016年)。入会当時は、一期生だからオイシイ!といった感じでしたね(笑)。

今の高志のプロ意識としては考えられないノリである。麻雀界隈での知り合いも多かったため、小池諒や柴山良太などを誘い入会。最高位戦東海支部の初期メンバーとなる。

いただいた先輩の恩を後輩にも分け与えていきたい

こうして軽い気持ちで最高位戦に入会した高志は入会して半年もしないうちに意識が変わったという。

リーグ戦ってものが特別なものなんだよね。麻雀店でわいわい楽しくする麻雀ももちろん楽しいけど、全員が麻雀のことだけを考えて過ごしている空間で、一つ一つのリーグ戦を全力で挑んだ先に最高位があることに魅力を感じました。

また意識の変わる大きなきっかけは、第46期最高位で東海支部長の鈴木優、第44期最高位坂本大志との出会いだと語る。

2人とも、勉強会で惜しみなく知識を分け与えていて、その姿勢がとても魅力的だったんです。優さんとの勉強会の時に、「我々下位リーグの選手と勉強会をしても学ぶことが少ないのではないか」と聞いたら、

何か新しい発見もあるかもしれないし、いずれ上手くなったみんなが自分に知識を与えてくれるだろうからね

って。この優さんの姿勢を見て、今まで先輩に色々恩恵を受けてきたことを、後輩に渡していきたいという思う気持ちがより強くなりました。

実際高志は、最高位戦に入会した新人や研修生との研修・勉強会を何度もしているのを筆者は見てきた。そしていつも親身に指導し、後輩達の声に耳を傾けている。鈴木優の麻雀に対する真摯な姿勢をしっかりと引き継いでいるのである。

坂本さんは麻雀を学ぶ機会をたくさん与えてくれています。今まで私設リーグに10個ほど参加したんですが、そのうちの4つの私設リーグに坂本さんがいるんですよ。

坂本は東海地方の選手を中心とした私設リーグにも参加している。高志も筆者自身も参加しているが、惜しみなく知識を分け与えまた、後輩達のコメントにも真剣に耳を傾けているのだ。

その姿勢を見習ってか、高志は東京の私設リーグにも現在参加している。また、筆者も高志との勉強会に参加させていただいているが、自分や後輩達の意見にも真剣に耳を傾けて、色々な知識を分け与えてくれる。

高志は、麻雀の知識の共有、そして学ぶ姿勢といった『最高位戦のバトン』をしっかり繋いでいる。また東海支部の事務局長に就任し、東海支部を支え彩る1人となった。

 

「絶望をしない」強みを生かして掴んだClassic優勝とB1リーグへの昇級

同期として入会した小池諒は新人王を獲得し、また同期の山口幸紀はB1リーグまで昇級と結果を出していくなか、焦らず毎日コツコツと麻雀と向き合いながら過ごしていくうちに、高志は関西B2リーグまで昇級し、遂にClassic決勝の日を迎える。

Classicルールに対してはどういう印象かを尋ねた。

Classicルールはかなり好きだね。普段はあんまり嬉しくないピンフのみとかツモのみのアガりとか嬉しくなるし、人のダマテンをケアしてやめることも普段より多くて楽しいんだよね!

普段の最高位戦ルールとはまた違う引き出しを開けることになるのが面白いのだという。高志は色々なルールを打っても一度基本に立ち返って最適な選択を選んでいるように見える。しかも今回は普段打たないルールでのタイトル獲得、間違いなく日々の努力の賜物だ。

Classic決勝で最も印象に残ってる局面を聞いたところ、

一番印象深いのは、4回戦の南3局で配牌2トイツからうまくトイツを重ねてのリーチが出来た白単騎のチートイツです。

この配牌2トイツの手から重なりそうな牌を選んで最終的に白単騎のリーチを打ち

二巡後にツモ。

ポイント的に競っていた守屋さんとトップラスを決められそうな状況で2着順縮めて6.4ptの加点が出来たあの局は、とてつもなく大きかったと思います。

このアガリが優勝をぐっと引き寄せるアガリだったと高志は語る。その他にも多くの印象に残った局面を話してもらったが、反省する局面が非常に多かった。これは高志の麻雀に対する謙虚な姿勢であり、強さの秘訣であろう。

そして最終局を無事に流局で終え、第17期飯田正人杯最高位戦Classicを優勝した。

またClassic決勝では、最善の結果を出すためになるべく淡白に打つように心がけたという。

勝ちたい気持ちが強いほど、下振れした時にメンタルが揺らぎやすいと感じていました。終わったあとはもちろん喜んだし、打つ前も気合い入っていたけれど。スポーツとかはアドレナリンが出てパフォーマンスがあがったりすることもあると思うけど、アドレナリンが出て知識とか選択が生まれることはないなって。

この言葉にもまた高志の強さを感じた。強い気持ちは持っていながらも冷静。それでいるからこそいつも通りの麻雀をすることができる。初めての大舞台でも普段どおりのパフォーマンスができたのは日々の積み重ねに他ならない。

結果より道程を大事にしてるのは日々の筋トレと麻雀に似てるものがあるなと。筋トレの積み重ねのおかげで、目的に向かって淡々と積み重ねる胆力とメンタルには自信があります。

そう高志は大の筋トレ好きでSNSでもよく筋トレメニューや食事を投稿している。

  

もちろん負けたら悔しいけど、麻雀負けても俺には筋トレがある。そう思うことで、麻雀と筋トレの2本の精神的な柱ができた。筋トレに励んで以来、より精神的に安定したなと感じています。

筆者には難しい内容であったが、このあとキラキラした目で筋トレについて語っていた(内容は割愛させていただく)。

あとそもそも麻雀が好きだから、いつまでも元気に麻雀をしていたいんだよね。健康のせいで選手生命を短くしたくないし。プロを退く年齢になったとしてもどんな形でもいいから麻雀を続けていたい。

これに関しては筆者も同感だ。タイトル戦となると1日に6半荘打つ機会もあり、長い時間を集中して打ちきる体力が必要になるため、対局日のコンディションも絶好調が良いに決まっている。そういう意味でも高志はプロ意識を高く持っていると言える。

さらにClassicで優勝した後は、関西B2リーグの最終節最終戦オーラスで魅せた。

最終戦の昇級の条件は同じ東海支部の相川まりえとの着順勝負。相川から倍満の直撃もしくは三倍満以上のツモ条件で迎えたオーラス。絶望的な条件だが高志は諦めなかった。メンゼンでホンイツを仕上げ、14巡目にリーチ。そして8sをツモ。リーチツモ三暗刻ホンイツ北、裏3で三倍満ツモ条件を奇跡的に達成し、あまりにも劇的な大逆転。B1リーグへの昇級を掴みとった。

自分の強みとして、「絶望をしない」ってのは強みなのかなって思っていて、そういう意味では、Classicよりも関西B2リーグの最終節でその強みは出せたかなって。みんな思ってることだとは思うんだけど、絶望したって得はないから、結果は関係なくやることをやるだけだって冷静に臨むようにしていました。

もちろん皆最後まで諦めないで逆転のルートを模索するわけだが、心のどこかで諦めている人もいるだろう。自分の強みが絶望しないことと認識することで、誰よりも最後まで粘り強く打ち抜く原動力になっている。

実際、この一局だけを切り取ると本当にツイている人なのだが、この条件を最低限残したこと、そして最後まで諦めずに逆転のルートを探し続けたことがアガリ牌の8sを手繰り寄せ、裏ドラを見る権利を得たのである。ここで掴んだチャンスを活かして、来期のB1リーグでたとえどんなに絶望的な状況を迎えたとしても、冷静に淡々と鍛えあげた麻雀を見せてくれると思うと本当に楽しみで仕方がない。

 

もう1つタイトルを獲って自分をどんどんアピールしたい

これからの目標を高志に尋ねた。

タイトルを取ってからの1年が活動のチャンスになると思っています。ありがたいことに自分の全ての行動に以前より注目が集まりますよね。また、タイトル戦シードを活かしてもう一つタイトルを取って、自分の麻雀をアピールしていきたいと思っています。自分の活動次第ではMリーガーになるのは絵空事じゃないよね。

いつも謙虚な高志が大きな夢を口にするのを聞いたのは、実は初めて…ではない。

Classicを取る前からも、どうすればもっと麻雀プロとして自分を押し出していけるか悩んでおり、もっと自分を押し出す機会の多い本部移籍も以前から考えており、来期からは本部に移籍する決断をしている。そして今回Classicという大きなタイトルを取ったおかげで地方の一選手から団体を代表する選手の1人となれた。

そして、東海支部入会時からお世話になっている鈴木優さんと同じリーグで戦うことも大きな目標です。いつか上のリーグで戦えるように、益々パワーアップしていきます!

これからが高志の目指す麻雀プロの本当のスタートライン。今まで通りトレーニングをコツコツ続けながら、陽の目を見るその時、いやその先までを見据えてひたすらに自らの麻雀を鍛え上げている。

そのたくましい右腕で、さらなるタイトルをツモりあげるために。

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