(インタビュー・執筆:大平亜季)
西嶋 千春(にしじま ちはる)
ついにFACES執筆依頼がきてしまった。今号の主人公は先日、みごと自身4度目の女流最高位に復冠を果たした西嶋千春。西嶋といえば――「強いこだわりは持っているが思考を披露する意欲や飾り気は感じられない」という印象を筆者は持っており、彼女の魅力を伝えることができるか不安であった。が、やったことがない事はやってみたい大平が、さっそく西嶋のもとへゆく。
西嶋は2009年入会の14年目。女流決定戦は7期進出し、3連覇を含む4期優勝。また、女流最高位はこれまで初戴冠と連覇の歴史で、一度手放した者が再び獲得したのは今期の西嶋が史上初の快挙となる。
よく写真ではドヤ顔を披露している。が、語りはじめると、「自信は常にないです」とケロリとしている。彼女は真面目な性格だ。冗談や思ってもいないことを言っているのをみたことがない。ドヤ顔は、そんな彼女がなんとか人を楽しませたいと唯一獲得した顔芸なのかもしれない。
(この顔である)
絶妙に不器用で、水面下では試行錯誤している。そんな女王西嶋の組成を探っていこうではないか。
子供時代
西嶋は3人兄弟の末っ子として埼玉県で育った。ごく普通の子供時代を過ごす西嶋少女を変える出来事は小学5年生の時に起きた。一部のやんちゃな児童達により学級崩壊が起こったのである。5年生はあまり授業が行われず過ごしたと西嶋は語る。
本当は5,6年と同じ先生が担任をするはずだったけど、この影響で6年生は大柄な熱血教師がかわりに担任としてやってきたんですよね。
熱血先生はなんとか勉強に興味をもってもらおうと優秀者を貼りだしたり、手を尽くしたらしい。やんちゃな子達も大柄な先生の前ではおとなしくなったようだ。
成果を出せばほめてもらえるのが嬉しくて勉強にハマって、成績がどんどんよくなったんですよ。
麻雀プロは子供の頃成績優秀だった者がほとんどというのが筆者の印象だが、西嶋少女のように学問への興味より「ゲームを攻略する感覚」が原動力となるケースは多いのではないだろうか。いい意味でのゲーム脳が西嶋の現在の仕事にも活きているように思う。
好きなことに執着し続けた学生時代
中学校に入っても成績優秀だったという西嶋。西嶋といえば名門、早稲田大学出身なのでこのまま優等生として過ごしてきたのかと思いきや、
それが、今度は漫画にハマりまして!オタクだったんです。高校では勉強についていけませんでしたねー。
いわゆるサブカル漫画と呼ばれるマイナーな作品群に熱中していたそうだ。ファッションも個性的なものを好んでいたそうで、インタビューの現場に現れたワイン色のワンピースにつやつやに手入れされたロングヘアの西嶋からは想像もできない。
サブカルチャーへの傾倒は大学時代も継続し、アナーキー散歩部というさもありなんすぎる名前のサークルの仲間と楽しい学生生活を送ったという。
そんな個性的な学生だった西嶋にも就活の時期が訪れた。
出版業界に興味を持っていたものの、好きなことを仕事にしたい西嶋は大手への就活に意欲が湧かず。また周囲の文芸ガチ勢の知識を前に気後れもしてしまったらしい。
「就活はせず好きなことをやりたい」と家族にプレゼンし、無事、家を追い出された西嶋は古本屋でアルバイトをしながら一人暮らしをはじめた。そして大学卒業後ようやく、麻雀と出会うのである。
西嶋 meets 麻雀
西嶋は突然、麻雀店でのアルバイト募集をみて門を叩く。それまで麻雀を打ったことはないそうなのに、なぜかと聞くと、
大学の近くにあって、目には入っていたんですよね。あと、漠然と父の「麻雀はおもしろいぞ~」という言葉が頭に残っていたんです。
と西嶋。麻雀を学ぶことになったこの場所ではのちに、当時若手の急成長株であった石橋伸洋との出会いもあり、最高位戦という団体を知るに至った。
3年ほど働き麻雀漬けの生活をしていたある日、西嶋は「そろそろやめて他の職に就こうか」と就職を支援するセンターに訪れていた。が、その帰りに偶然麻雀店で知り合った女性と再会し、別の麻雀店で働きはじめることとなる。切っても切れない、麻雀との縁を感じる。
そして新しい職場で研鑽を積みながら、ついに最高位戦のプロ試験を受けるのだった。
新人時代
デビュー年の34期のリーグ戦では「さっぱりダメだった」という西嶋は、翌35期はリーグ戦を休場しひたすらAリーグ(現在のA1リーグ)の観戦に努めた。全節である。当時のAリーグには村上淳、水巻渉、佐藤崇など現在も活躍する面々が所属していたが、中でも水巻選手を師と仰ぎ、教えを乞う日々を送った。
西嶋いわく、当時多くの選手の麻雀を見た結果「これぞ自分の目指す麻雀」と考えたのが水巻の麻雀であったそうだ。メモを片手に麻雀を見ては、気になったことや疑問点を対局後に質問する…。地道な方法で自身の麻雀の土台を固めていこうとしていた。
ちなみに周囲から聞こえてくる西嶋エピソードによると、彼女は理解することに貪欲で、要領のよい若手ならすぐ「分かりましたー」という場面でも自分の頭で理解するまでしつこく質問しがちである。
翌36期から再びリーグ戦に復帰しつつ、採譜係やペアマッチの運営などの仕事も積極的にやっており、5年後輩の筆者も「西嶋さんといえば採譜」というイメージがある。
なお、分かりづらいが36期が女流11期なので、西嶋はこの2年後の女流13期に初の決定戦を経験する。当時は放送対局がはじまったばかりで緊張し、思うように打てなかったという。翌々15期の決定戦は筆者も同卓したが、この年の西嶋は1日目運に見放され、優勝には縁遠い決勝だったことを覚えている。
3連覇と環境の変化
西嶋の快進撃は女流17期から。この年、選手生活9年目にして念願の女流最高位決定戦初優勝、そして18,19期と3連覇を達成した。
激動の3年がはじまる以前に西嶋は結婚しており、はじめて女流最高位として過ごすことになる優勝の翌年の5月には出産、産休に入っていた。
(母になったじまさん)
この頃のことを、筆者ははっきり覚えている。「えー、西嶋さんあの対局欠場するのかぁ…そりゃないよう…」
他人に託しても仕方ないのに、自分(前年度まで女流最高位だった)が勝てなかった対局に西嶋が出ない選択をしたことに、勝手な不満を持ったものである。
大きな対局を欠場する無念は、何より本人が一番感じているはずなのだ。
(左から筆者、西嶋。なぜか唐揚げ)
私の話はともかく、この頃西嶋はプライベートでも大きな出来事があり、環境も激変させていた。
初タイトルに出産とめでたいことが続く一方で、家庭を持ち、子育てにも注力する中で練習時間や他の選手とのコミュニケーションをとる時間が減ることへの不安があったという。
そして迎えた連覇を懸けた18期決定戦。選手インタビューではそんな苦悩もどこ吹く風のように見えた記憶があったが、納得のいく準備ができなかったという思いがあったのだろう。だがしかし、連覇。
19期は休んでいた麻雀店の仕事にもようやく復帰することができたものの、やはり打つ回数に不満があり、不安を抱えての決定戦だったという。だがしかし、連覇なのである…。
いつもケロリとやってのけたように見えていた。実際は、不安や葛藤がありつつも着々と結果を積み上げた西嶋。そしてこの3連覇達成以降、不安よりも評価に対するプレッシャーや結果を残したいという気持ちが勝りはじめ、より強くなるため試行錯誤する。
(3連覇を達成した19期)
今期の西嶋
今年、久々に見た西嶋の麻雀は確かに以前と違っていた。「試行錯誤の結果、以前より守備を重視するようになった」と西嶋。
そんな西嶋の守備が光った一局。
2022年11月13日、第22期女流最高位決定戦最終日
渡辺との着順勝負となった最終戦の南3局。
オーラスの親を残すも渡辺に後れを取った状況で、苦しい手牌ながらテンパイを目指し、9巡目に八九のペン七ターツを落としはじめていた西嶋は、直前の親・野添の六手出しを見るやいなやターツ落としを中断し、野添の現物を抜いている。
この六切りで野添はドラの發アンコの五八待ち、渡辺か西嶋からの直撃を狙うヤミテンを入れていた。
この巡目で西嶋の手牌では確かにテンパイには程遠い。が、最高位戦ルールの決勝戦で野添のトータルポイントなら「リーチが入るまでは」と粘りたくなってもおかしくはない。
何より神経が擦り減るような決勝の4半荘目終盤で、高い集中力を見せた。
そしてオーラスにもつれ込んだ二人の着順勝負は、ぜひアーカイブ動画を見てほしい。結果を知っていても手に汗握る1局だから――。
(4度目の優勝。満足することなく挑戦は続く)
4期目の女流最高位として
そんな激戦を制し、自身4度目の女流最高位に返り咲いた西嶋に今の心境を聞いてみた。
ありがたいことに周囲は、通算4期といえば、通算5期での『永世女流最高位』への期待をしてくれますが、今はとにかく目の前の対局に勝ちたい。特に今期は対外試合で結果を出して、最高位戦によい報告をしたいと思っています。
次の挑戦に向け、西嶋は力強く語る。
彼女得意のドヤ顔を見られる日が、今から楽しみだ。
(画像引用:株式会社スリーアローズコミュニケーションズ)