コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.52】津田岳宏 ~友達100人チャレンジに成功した男はまっすぐに頂を見つめる~

(インタビュー・執筆:阿部柊太朗)

呼ばれたのは都心の1等地。

見上げると首が痛くなるビルに迎え入れられ、気が遠くなるほど長い時間エレベーターに揺られると、今回の主役である麻雀プロ弁護士とご対面。

津田岳宏

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最初はさ、友達100人できるかなって感覚だったんだよね。

最高位戦に入会した経緯をこう語る津田。

これは友達100人チャレンジの男がA1リーグ昇級を決めるまでのストーリー。

 

サンマで培った麻雀の基礎

麻雀との出会いは高校生の時だったかな。クラスに1人はいる”いろんな遊びを知ってるやつ”に誘われて始めたのがきっかけだった。カードでやったり、牌を持ってる人の家に行ったり。面白いゲームだなと思った。で、それから30年近く経つんだけど今もまったく同じ気持ちなんだよね。ずーっとやってるし、ずーっと面白い。

子供のような屈託のない笑顔で語る津田。30年前も同じ表情で麻雀を打っていたのだろう。筆者が相槌を入れる間もなくさらに話を続ける。

大学に入学してからは、もう麻雀漬けの生活。京都大学の経済学部に入学したのだけど、麻雀する人が周りにたくさんいて最高だった。関西ではサンマ(3人麻雀)が主流なんだよね。それでもうずっとサンマを打ってた。ごはんを食べる時間以外はずっと麻雀してました、みたいな月があった気がするくらい(笑)

まったく弁護士とはよくしゃべるものだ。

麻雀の基礎はこの時のサンマで培った。絵合わせの基本(牌効率)と押し引きの基本(テンパイとイーシャンテンの価値の違い等)。ぼくは最高位戦の中では比較的直線的に手を進めることが多いけど、それはサンマ出身であることが大きく影響してると思う。この時に打ってた本数があまりにも多いから、今でもヨンマ(4人麻雀)とサンマの生涯打数比率は1:9くらいだね。サンマとヨンマは違う部分も多いけど基本的には同じ麻雀だから、サンマを打ち込むと麻雀の基礎が身につくのは間違いないと思う。若いときに猿のようにサンマを打ったことがぼくの麻雀の太い幹になっているし、それは自分の麻雀のアドバンテージだと思っている。

 

就職氷河期で見出した司法の道

大学時代に取りつかれたように麻雀を打っていた津田だが、これだけ麻雀に時間を割いていながら、一体どのようにして弁護士の道を歩むことになったのか。

大学の学部は経済学部だったから、卒業を控えて就職活動を始めたんだけど、当時は就職氷河期で思ったようにいかなかったのよね。そこで今後の長いキャリアについて考えたとき、もう一回真剣に勉強して一生モノの資格を取ろうと思って司法試験を受けようと思った。

法学部ではなく経済学部卒で弁護士になったとは驚きだ。

当時は今と司法試験の制度が違って(旧司法試験)ロースクールに通わなくても司法試験を受けられたんだよね。ただその分合格倍率が30倍以上という難関だったから、勉強はめちゃめちゃやったよ。22歳で志して、合格したのは26歳だった。

さすがに司法試験に向けて勉強していた4年間は麻雀を封印していたのだろうか。

いや、麻雀だけはやっていた。7月に論文試験っていうのがあって、これを控えた5月と6月は缶詰になって1日14時間とか勉強していた。でもそれ以外のシーズンは勉強しながらも雀荘には行ってた、というか雀荘でバイトをしていた。オーナーが理解ある人で勉強が忙しくないときだけバイトしてくれたら良いよって言われていて。ありがたい話だよね。麻雀だけは許してと思ってやっていたよ(笑)

出会ってから今までずーっと麻雀を打っていたというのは、本当にずーっとだったようだ。

 

消極的な動機で最高位戦に入会

とにかくどんな時でも麻雀に熱中していたことはよくわかったが、最高位戦に入会したきっかけは何だったのだろうか?

34歳の時に独立して京都に”京都グリーン法律事務所”を立ち上げたのね(現在の弁護士法人コールグリーン法律事務所の前身)。その当時ぼくは麻雀業界関連の仕事をいくつかやっていて、その一環として全国麻雀業組合総連合会の顧問弁護士を引き受けていた。ほら、雀荘の扉に貼ってある白い鳥のシールの。

麻雀打ちなら誰しもが見たことがあるだろう。

その関連で飯沼さん(飯沼雅由)からスカウトされたのよ。「最高位戦に関西本部があるので一緒にやりませんか」って。飯沼さんはものすごいやり手で、ぼくにとっては駆け出し弁護士のときから仕事を回していただいたりしている恩人。そんな飯沼さんにバーでぼくが良い感じで酔っているときに「津田さんならプロでもやれますよ」とか言っておだてられたんだよね。飯沼さんの本音はプレイヤーというよりは、何かあった時の用心棒として抱えて置きたかったんだろうと思う(笑)。

恐らく津田の予想は正しいに違いない。

それで「飯沼さんの誘いを断るわけにはいかないです」とか言ってプロ試験を受けることを二つ返事で引き受けたんだよね。酔いが覚めてから正直ちょっと面倒だなとは思ったけど、当時は独立したてだったし、人間関係を広げるきっかけにはなるかもとは思った。だから入会の動機はプレイヤーとして何か成し遂げてやろうというよりは、人間関係が広がればいいなって。異業種交流会に参加する感覚だよね。友達100人できるかなってね。まあ今になって思えばあきれるほど消極的な動機だよね。

自分の強さを証明したい、もっと強くなりたい、最高位戦に入会する動機は人それぞれだが、友達100人できるかなという動機はかなり珍しい。

そんな感じだから入会した当初は強くなりたいとか全然なくて。むしろスポンサー活動とかに力を入れて、人間関係を広げたり、あわよくば仕事に繋げようみたいな感じで動いていた。具体的には多井さん(多井隆晴:RMU)、誠一さん(近藤誠一)、村上さん(村上淳)、たろうさん(鈴木たろう)、こばごうさん(小林剛:麻将連合)、アサピン(朝倉康心)らを呼んで京都グリーン杯っていう大会を開催したりしてたね。

グリーン杯には藤田社長(藤田晋:株式会社サイバーエージェント代表取締役社長)も出ていただいた。あんな雲の上にいるような人が独立したてのどこの馬の骨かも分からない弁護士が主催する大会に出てくれて、あのときの感謝の気持ちは今も忘れていない。何も恩返しできないけどABEMAは開設当初からプレミアムに入っている。麻雀プロは全員ABEMAプレミアムに入会すべき!(笑)

<京都グリーン杯の模様>

昔、誠一さんがぼくの麻雀を見て「すごい下手とは思わないけど不思議な打ち方するなー」って言ってたらしくて。で、周りの人が津田さんはサンマが主戦場なんですって説明したら納得してたらしい。関西サンマで育ったから、プロになって最初の3~4年はヨンマにアジャストできてなかったな。そんなこんなでグリーン杯をやったりして、いろいろな繋がりが増えていって、今では我が家にいろんな人を招いてセットをしたりもしてる。数えてないけど友達100人は達成されたと思う。

<津田宅開催のセットにて四暗刻単騎を和了する鈴木たろう >

<国士無双を和了しごきげんな新井啓文>

 

津田の意識を一変させた天鳳との出会い

ここまでの話だと来期からA1リーグを戦う姿勢には見えないが、何か意識の変化があったのだろうか。

2018年、事務所の仕事がだいぶ増えたから事業拡張して支店つくって東京に進出することにした。で、そのタイミングでぼくも東京に引っ越しすることにした。ただ麻雀といえば相変わらずサンマばかりしていた。ヨンマに関しては今から考えたらあり得ないくらい基本がなっていなかった。リーグ戦も2017年は降級した。それで奥さんから「東京の人はサンマなんかやらないよ。ちゃんとヨンマできなかったら東京でバカにされるよ。天鳳でもやったら!」って喝を受けた。夫に天鳳やらせる弁護士妻ってすごいよね(笑)。それで東京対策として天鳳をはじめたんだよね。

天鳳最高段位6段の腕を持つ奥様のアドバイスで天鳳を始めた津田だが、ここで屈辱的な経験を受ける。

はじめてからあっさり7段になって鳳凰卓にいけたんだけど、何せヨンマの基本がないからさ。そこでボコボコにされて一瞬で6段に降段したのよ。そしたら昔から付き合いのある麻雀ライターの福地誠さんに『津田弁護士の末路』って記事を書かれて、こき下ろされてさ。ああいうのは福地さん特有のネタだから何とも思わないけど、このままじゃ終われないとは思ったよね。実際麻雀であそこまでボコボコにされた経験はそれまでなかったしちょっと悔しかった。で、もともと凝り性だからこの頃から牌譜見たり本読んだりしてヨンマの勉強をするようになったんだよね。ここで意識がすごく変わったね。その後は鳳凰卓に復帰して最高9段まで行ったよ。福地さんとは今でも定期的に遊んでる。ぼくがもし最高位になったら『津田弁護士の末路2』っていう記事を強制的にnoteに書かせるつもり(笑)。

この意識の変化により、リーグ戦に臨む気持ちに影響があったという。

麻雀の成績は筋トレみたいなものだからさ、やったからといってすぐに結果に反映されるものではない。2018年も前期は昇級したけど後期はマイナス20くらいのポイントで降級した。でも2017年の降級はほとんど悔しくなかったのだけど、2018年後期の降級はすごい悔しいと感じてさ。この頃にプレーヤーとして意識の変化があったと思う。そういえば2017年の降級は、最後の半荘が衝撃的で今でも覚えているな。

最終半荘前のスコアがこんな感じで(上図)、11位以下が降級。要はぼくと楠橋さん(楠橋思)とよなちゃん(与那城葵)の中で1人だけ残留できるっていう状況。3人それぞれ別卓でラスを引いたら絶望的って感じかな。先に与那城さんの卓で対局が終わったみたいで、与那城さんが泣いてたんだよね。後で聞いたら箱下のラスを引いたみたい。そりゃ降級ほぼ決まりだと思うよね。でも最終的にぼくも楠橋さんも大きいラス引いて、結局与那城さんが残留したんだよね。そんなことある?よなちゃんは泣き損で、今でも会ったときネタにしてる(笑)。

破竹の勢いで掴んだトップリーグへの切符

以降も天鳳を打つ、対局動画を見る、戦術本を読むなどして着々と実力を伸ばしていき、魔境と呼ばれるA2リーグも1年で突破。4連続昇級でA1リーグ入りを決めた。

A2リーグの最終節がコロナの影響で延期になったんだよね。それで11節から最終節までかなり時間が空いたんだけど、ぼくはボーダーで昇級の単純確率が60%強くらいの微妙な位置だったから最終節が近づいてくる1日1日が憂鬱で。最終節とか永遠に来なければ良いのにとか思ってた。でも憂鬱じゃなければ仕事じゃないっていう藤田社長の言葉もあるじゃん。ああ自分も選手として麻雀プロになったんだなーて思ったね。

最終的には首位でA1リーグ昇級を決めたわけだが、昇級が決まったと思ったタイミングはいつだったのだろうか?

最終節の3回戦に東場で3000-6000をツモったんだけど、そこで初めて結構いけそうだなと思ったかな。それまでは気持ち的な余裕はないし必死だった。特に記憶に残ってるのが最終節2回戦のオーラス。後続をかなり離したトップ目親番だったんだけど、終盤にラス目の光太さん(吉田光太)からリーチがかかるのね。河、点数状況、ポイント状況、雰囲気、絶対に四暗刻だと思った。役満ツモられたら着落ちするから、光太さんがツモモーションに入るたびに心臓が止まる思いだったよ。結果的には流局するんだけど案の定四暗刻だった。あのとき光太さんに龍が降りてきていたら危なかった。

龍の降臨を回避し、掴んだA1リーグへの切符。来期へ向けての展望や抱負が気になるところだ。

A1って入れ替わり人数が少ないからこれまでは毎年同じようなメンツで打つことが多かったと思う。そんな中で今年昇級した4人は全員が初めてのA1リーグなんだよね。これって最高位戦の歴史ではじめてのことのはず。だから今までにないような新しい風が吹いてくれたらなと思ってる。若いメンツがかき回して鉄強勢が面食らうような展開にならないかなってね。見てる人もそれは楽しそうじゃん。

誠一さんとか村上さんとか昔グリーン杯に出ていただいていた方にはぼくが選手として強くなったところを見せたいよね。不思議な打ち方するねって言われたあの時から、成長した自分を見せたいな。とはいえここまで培ってきた打ち方を大きく変えるつもりはないけれど。

A1リーグでは直線的な打ち方をする選手が苦労しているイメージがあるが、打ち方を変えないというのはどういう考えなのか。

個人的に張さん(張敏賢:第31、32期最高位。後に退会)と交流させていただいていて、飲んだときなんかに競技麻雀の大局観とか心構えとかを話してもらっている。去年A2リーグで戦い始めて、仕掛けやリーチの平均的なレンジがそれまでのリーグよりもかなり狭かったんだよね。それで自分が場にアジャストできてないんじゃないか、打ち方のバランスを変えた方がいいんじゃないかって不安になったことがあったのよ。それを張さんに相談したらそのままでいいって笑い飛ばされてさ。あのアドバイスは貴重だった。あれがなかったら付け焼刃の変なバランスで麻雀して昇級逃しているかもしれない。そんなことがあったから、来年も基本的には今のバランスで貫いていこうと思ってる。それでボコボコにされたらまた張さんとハイボールを飲みに行くよ(笑)。

 

麻雀は総合力のゲーム

津田のように仕事との兼ね合いで麻雀に充てる時間を多く確保できないプレイヤーも多いだろう。そういった方に向けてアドバイスをもらえないだろうか。

天鳳はかなりおすすめだね。新幹線の移動時間、打ち合わせと打ち合わせの間、寝る前。こういう隙間時間を使えるからね。プレイヤーのレベルも高いし、牌譜を見返して検証できるから勉強になる。本気で強くなりたいと思っているならやって損をすることはない。

ツールとしてはやはり天鳳がイチオシのようだ。津田は続ける。

仕事との兼ね合いで麻雀の時間を確保しにくい人は、自分の強みに特化して太い幹の部分で勝負することを心がけたら良いと思う。まずは絵合わせと押し引きの基本部分だけは身体に染み込ませて。あとはこの展開になったら自分が勝つみたいな得意パターンを増やしていくイメージ。最速のアガリだけは逃さないとか、一色手だけは逃さないとか。麻雀って勉強すべき分野が膨大だから。時間が取りにくい人は、色んなことを中途半端に勉強するよりは、これだけは負けないっていう自分の強みに特化していった方が勝ちやすい麻雀になると思う。

麻雀って総合力のゲームだと思っているから。仕事をがんばることが麻雀の強さにもつながると思っている。ぼくなんかだと法律はバランスの学問なので法律を勉強することで麻雀のバランス感覚を鍛えることにもつながっていると思う。麻雀で大切な忍耐力や決断力も仕事をしていく中で鍛えられる。麻雀に時間が割けなくても仕事を一生懸命にやっていたらおのずと麻雀の強さにもつながると思うよ。

100人友達できるかなで入会した男の今の目標を聞かせて欲しい。

言うまでもなく最高位です。

消極的な動機で入会した7年前とは違う、今は本気で頂を目指している。

麻雀界異色の弁護士雀士・津田から最後に一言。

事故に遭ったらコールグリーン!

 

(画像引用:株式会社スリーアローズコミュニケーションズ)

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