(インタビュー・執筆:沖中祐也)
麻雀バカ御用達のお土産
おはようございます…
朝倉 康心(あさくら こうしん)
表情に覇気がない。
FACES初のオンライン取材となったこの日、画面上に現れた朝倉の声があまりに暗かったのである。
一昨日だったら元気よく話せたのに…ふふっ。
視線を外しながら自嘲気味に笑う朝倉。原因は間違いなく昨日にありそうだ。朝倉は、取材前日に行われた最高位戦A1リーグ第1節にて、大きくマイナスしていた。
麻雀の成績にモチベーションが大きく影響する朝倉。普通だったらこのままでは取材にならない場面である。
しかし大丈夫。私も朝倉との付き合いは長い。こんなこともあろうかとお土産を用意してあるのだ。
というか、私は朝倉と会うときにはこのお土産を必ず持参するようにしている。
「ところでアサピン、これ何切る?」
うわのそらだった朝倉の眼に、光が戻ってくる。
ふむ、なるほど…かでを切ることが多いってやつか…あ、でも切りたいなあ。まずとのシャンポンの状況がよくて…ツモで両面になるし…
朝倉との交流を円滑に進めるために持参するものはせんべいでもカステラでもなく「良質な何切る」に限る。聞いている私も勉強になるし、イキイキと麻雀を語る朝倉を見ていると、こっちも不思議と嬉しくなってしまうのだ。
ちなみに、私はを切ったのだがどうだろう。
それは無い気がする…から始まるひとしきりの解説をもらった後、話を聞いた。喉と脳の準備体操はバッチリである。
2歳の頃には兄とスーパーマリオブラザーズを全クリするゲーマーブラザーズ
福井県のとある優しい家庭。兄と妹、3兄弟の次男としてこの世に生を受けた朝倉は、どのような少年時代を送ってきたのだろうか。
根暗な引きこもり…というわけじゃないけどマイペースなゲームオタクだったなあ。
親から聞いた話では2歳の頃には兄とスーパーマリオブラザーズを全クリしていたそうです。記憶としては4歳の頃にFF(Final Fantasy)4をクリアしました。
この辺りの話は親の愛ゆえの盲目によって、尾ひれ背ひれがついている可能性が高い。そこで朝倉の兄である、ゆうせー氏に真相を聞いてみよう。
ゆうせー
塾講師を務めながら、Mリーグ観戦記、YouTubeなど多方面で活躍する、マルチ麻雀講師。
いや、本当にそれくらい早かったと思いますよ。2人で夢中になってプレイしていましたからね。田舎でゲームしかやることなかったんです。ただ、家のルールとして1日1時間しかやらせてもらえなかったので、2人で交代しながら遊んでいました。
高橋名人(≒昭和のファミコンプロのような存在。「ゲームは1日1時間」が名セリフ)の偉大さを感じていたところ、思い出したようにゆうせー氏は続ける。
そうそう、弟が私のセーブデータを消したことがあって、割とガチ目の喧嘩に発展したことがありました。
ときに男兄弟らしく喧嘩しながらも、普段は仲良く過ごしていたようだ。
しかし、早い段階で2人は別の道を歩み出す。
ゆうせー氏は中学、高校と進むにつれ真面目に勉強を始め、運動部・軽音部・生徒会をこなしながら京都大学法学部に現役合格したのだ。
なんという、圧倒的な漫画の主人公感。
私が勉強漬けになってから、2人で遊ぶ機会が激減しました。その後に麻雀の道で再び会うことになるのですが、今や自慢の弟です。
エリート街道を突き進む兄を横目に、中学時代の朝倉は卓球部に所属する。
卓球はあまりうまくなりませんでしたね。もともと運動神経が良くない上に、運動に関する考え方が悪かった。
運動に関する考え方…これまでの話では、ごく普通のゲーム好き少年だったが、少しだけ今の朝倉を彷彿とさせるワードが出てきた。
なんとなく練習すればそのうちうまくなるだろうと思っていたけど、もっと頭を使って効果的な練習を繰り返すべきでした。
部活と言えば先生に言われるがままの練習を繰り返すだけで、それ以上でもそれ以下でもないと思っていたが、実際に朝倉少年もそうだったのだろう。
ただ、それを振り返って「運動に関する考え方」などというワードは、普通出てこない。
1つのゲームと相対したとき、「どういうアプローチで練習すれば相手より成果を出せるか」という戦略をとことん追求していくゲーマー気質が萌芽するまであと少し…といったところだろうか。
開花したゲーマー気質
兄とは対照的に、ぼくは高校に入ってもゲーム三昧でした。
携帯アプリ『とことんなぞぷよ』で全国1位の期間があったり、シューティングゲームで全国ハイスコアを出したり…
とことんなぞぷよをとことんやっていたわけか。数々のゲームについて熱く語る朝倉はとても楽しそうである。
その中でも特にハマったのが、『東方シリーズ』といわれるシューティングゲームです。
「東方シリーズ」という文字を検索ボックスに放り込むと、避け切れるわけない数の弾が飛んでくる画像が流れてきた。
東方は卓球部を引退してからずっとやっていました。高校~大学時代ですかね。それこそ生活のほとんどを東方に割き、寝る間も惜しんでハイスコア更新のために頑張っていました。
朝倉更新…ってか。私もゲーマーなのだが、どんなゲームでもある程度うまくなったらそこで満足してしまい、違うゲームに移る。
しかし、朝倉の話を聞いていると、どうしてもトップに立たないと気が済まないらしく、1つのゲームを極めるまでやり切っていたようだ。
暴走モード突入
東京の大学に受かり、親という管理者から離れ、時間とお金を自由に使えるので暴走が始まります。大学の授業をサボってゲーセンに行くのは当然のこと、オフ会に積極的に参加したり、コミケで本を買い漁ったり、ゲーム制作会社でデバッグのバイトをしたり…
暴走モードが激しすぎる気はするものの、親から離れたときの開放感というのはとてもわかる。体力と気力が充実し、好きなものだけに没頭していく怖いものなしの時代。朝倉も目を爛々とさせ、当時に思いを馳せているようだ。
そうそう、大学時代は『ビートマニア』にハマったんですよね。
ビートマニアで当時一番難しいと言われていた「冥」という曲をクリアするために毎日練習していたら腱鞘炎になって引退しました。
「東方シリーズ」をバックスペースで消し「ビートマニア 冥」と打ち直すと、無数のバーが高速で降りてくる動画が見つかった。譜面を覚えるだけでも大変そうだ。
いや、ビートマニアは譜面もランダムで出てくるように設定するのが基本なんです。だから譜面は覚えるものじゃないんですよね。そうじゃないとうまくならないというか。
ランダムという事実に絶句する。手と指の配置…視線の位置…効率のいい動かし方…コインを投入した後に五感を研ぎ澄ませ、画面に全集中している朝倉の姿が浮かんできた。
一日の大半の時間を使ってまでハマるゲームの魅力はどこにあるのだろうか。
ハイスコアを達成したとき、誰もクリアしていない曲をクリアしたとき、めちゃくちゃ嬉しいんですよ!何か明確な目標があって、それに向かって打ち込んでいるときと、それを成したときの達成感のために自分はゲームをやっているんだな、と実感しました。
ここで、目を輝かせて語っていた朝倉がふと肩を落とす。
でも、ビートマニアなどの音ゲーは、運動神経やリズム感など多方面での能力を要求されるので、正直自分には向いていないなという意識があったんですよ。全国クラスには届かないという漠然とした予感というか。
それでも続けてこられたのは、自分のできる範囲での目標でも達成すると嬉しいし、トップを目指すだけがゲームではないということに気付いたからです。
もっと根源的な「ゲーム=楽しい」という感情も大切にしたいな、と。
トップを目指すために腕が動かなくなるまで練習を重ねてしまう朝倉は、ふと幼き頃に兄と2人でファミコンに興じていた楽しい気持ちを思い出したのかもしれない。
麻雀プロ…特に最高位戦のプロってみんなゲーマー気質みたいなところあるじゃないですか。
あなただけだと思うよ、という声を私はぐっと飲み込んだ。そんな超ゲーマー気質の朝倉が麻雀にハマったのは大学時代になる。
とてつもなくハイレベルなネット麻雀があるという噂を聞いて天鳳へ
明確にハマったのは大学4年のときですね。家族麻雀やゲームなどでルールとか役は大体わかっていたのですが、ふと誘われたセットで負けたのが悔しくて、本気で勉強し出しました。
勉強とはどのような方法だったのだろうか。
実戦と並行してネット麻雀もやっていたんですよ。ハンゲ(ゲームサイト『ハンゲーム』)で上手い人の観戦をするうちにみるみる上達していって。
そのうちにとてつもなくハイレベルなネット麻雀があるという噂を聞いて、それが『天鳳』(オンライン麻雀サイト)の鳳凰卓だったんです。
強者が集うストイックな世界観、シビアなポイント制…朝倉が天鳳に染まっていくのに時間はかからなかった。
「何か明確な目標があって、それに向かって打ち込んでいるときと、それを成したときの達成感のために自分はゲームをやっている」
自分なりのゲームの楽しみ方に気付いたはずの朝倉だったが、トップを目指して邁進しているときこそ自分が一番輝く…という本能だけはどうにもならなかったようだ。
私が感じる麻雀プレイヤー朝倉の凄いところは、引き出しの多さである。
ある程度打ち慣れてくると、1つの手牌でどれを切るかなんて大体決まっている。パッと見これ、あとはこれもあるか、というように選択肢は多くてもせいぜい3つだ。
しかし、朝倉は第4、第5の選択肢を持ってくる。
(画像:タンヤオ確定のテンパイからタンヤオ片アガリのテンパイに組み替えた局面)
特に鳴きに関しては人が思いつかないような選択を平然とやってのけ、そして勝ちまくった。
最高位戦入会時に歓迎されていない空気感も感じた
こうして生活の全てを天鳳に注いだ朝倉は初代天鳳位になり、その後も多方面で活躍していくうちに、2018年に最高位戦に入会する。
B1リーグデビューという特別入会(当時のB1は現在のA2、つまり上から2番目のリーグにあたる)。
数ある麻雀団体の中から、なぜ最高位戦を選んだのだのか。
麻雀バカみたいな人たちが好きで、そういう知り合いが一番多いのが最高位戦だと思いました。麻雀観にもとても共感したんですよね。
しかし、最初から歓迎されたわけではない。朝倉は何かを思い出したように目を伏せた。
B1リーグからという措置に不満を持っている選手もいたと思います。直接嫌がらせを受けたというわけではないけど、歓迎されていない空気感というか。あの選手はよく思っていない、というような噂もいくつか聞きました。
落ち込みやすい朝倉のことだから、辛かったのではないか…と推察していたが、朝倉はキッパリとした口調で否定した。
でも関係ないですよね。自分が選んだ道ですし、すぐに馴染めるとも思っていませんでした。それに、特別入会を受け入れられない選手の気持ちも分かるんですよね。
自身のリーグ戦の価値を重く見ている…そして最高位戦に誇りを持っている、という気持ちがあるからこそ、ポッと出てきた新人を受け入れられないのは当然です。
朝倉は普段ヘラヘラしているように見えるが、こと麻雀となると譲れない一線を強く主張してくる。批判も嫌悪も覚悟の上で、プロの世界に身を置いたのだった。
その後、朝倉を取り巻く空気はどうなったのだろうか。
節が進むごとに同卓者と感想戦をして打ち解けていきました。こっちが包み隠さずに話すと、相手も全力で返してくれて。
軽い気持ちで入ったわけではないこと。
とにかく麻雀というゲームを突き詰めたいこと。
麻雀バカをさらけ出した朝倉は、麻雀バカの集まりである最高位戦に受け入れられていったのである。
入会年にMリーグ参戦、A1への昇級、結婚
最高位戦入会の2018年には、Mリーガーに選ばれた直後、一発でA1リーグへの昇級を決める。
プロ入り、トップリーグへの昇級、Mリーグ参戦…と大活躍した1年だった。
Mリーグのドラフト会議で名前を呼ばれてびっくりしました。直前に最強戦のトーナメントでも勝ったんですよね。昇級だったり最強戦の勝ちだったり、何か1つでもなければ呼ばれていないと思います。
次々と成功を収めていく朝倉に、さらに大きな転機が訪れる。Mリーグ2018シーズン終了直後に入籍を発表したのだ。
(画像:結婚式にて、Mリーグ・U-NEXT Piratesのチームメイトと)
奥様との馴れ初めや結婚生活について詳しく聞きたいものだ。
え、詳しくですか…
途端に言葉が止まる。いつものことだが、朝倉は麻雀の話とそれ以外の話でテンションがガラリと変わってしまう。特に恋愛系の話はべろんべろんに酔わせないと全く話してくれないのだ。
円滑な取材のため、懐にしまってある「良質な何切る第二弾」を取り出そうかと思ったとき、渋々…超渋々と言った面持ちで朝倉は語りだした。
最強戦の打ち上げの席で会ったのが最初でした。すぐに意気投合し、彼女の働いているゲームバーのようなところに行ったりしているうちに付き合うことになったんです。そして同棲を経て結婚しました。
だいぶ端折った感があるが、朝倉にしては頑張って話してくれたほうなので仕方ない。
そして結婚から2年後の2021年5月、朝倉夫婦は新しい命を授かった。これが麻雀プロ朝倉康心にとっても大きな転機となる。
コロナ禍での出産にあたり、A1リーグを休場
コロナ禍での第一子誕生にあたり、リーグ戦を休場したことが話題になった。
プロ雀士にとってリーグ戦、特にトップリーグであるA1リーグを休場するなんてプロを冒涜しているという風に受け取られるのではないかと不安でした。
考えすぎではないかとも思うが、確かに麻雀第一の朝倉が休場することに私も少なからず驚いた記憶がある。
最初は自分も「リーグ戦は休むものではない」と思っていました。休むという考えすらなかったです。
でも、コロナの影響…特に妊婦に与える影響などが全くわかっていない状況で、奥さんに休んでほしいと言われたんです。
自分が生きていくだけでも厳しい時代に、新たな生命を守っていくことに対してどれだけ不安があっただろうか。奥様の切実な気持ちも理解できる。
結婚生活って夫婦によっていろんな形があると思うんですけど「ぼくが麻雀に全振りしたいからそれを支えてくれ」というのは不平等で良くないと思っています。
家族という1つの共同体がより幸せになるために支え合うのが結婚生活だと考えています。
独身貴族の私からは、朝倉に後光が射しているように見えた。眩しすぎて直視できない。ずっと自分の意志を貫き通してきた朝倉が、どうして急にそこまで大人びた考え方になったのだろうか。
結婚してからも奥さんとたくさんの話し合いを重ね、自然とそういう考え方になりました。だから、休場したことは全く後悔していません。
麻雀は相手の立場で考えたり長期的な視点で考えたりすることが最重要なゲームであり、当然朝倉はその能力に長けているから強いわけだ。
家族がどうやったら幸せになれるか、相手の立場も含め長期的な視点で考え、納得するまで話し合い、1つの結論を出す。
これまでの価値観では突拍子もない選択でも、第4・第5の選択を選んだように、この休場についても冷静に考えることができたのではないか。
そして、朝倉は一度決断したら迷わないし後悔もしない。
「自分の意志をも曲げる意思の強さ」
矛盾している一文だが、朝倉は1人のときとはまた違った強さを携えているように見えた。奥様の考え方は素敵だし、朝倉にも共感する部分が多かったからこそ、足並みを揃えることができたのだ。
独身最強説を唱える私だが、守るものがあるという幸せもいいものだな…と、うっかり優しい世界に取り込まれそうになってしまった。危ない危ない。
ただ…どう譲歩してもらっても、麻雀の時間が減るということは事実としてあります。少ないながら家事も分担しているし、ご時世的に気軽に麻雀店で麻雀を打つこともできなくなったので、どうしても打数が減ってしまいました。
全ての競技・スポーツに共通することだが、麻雀においても同様に、数日牌を触らないだけで感覚が鈍ってしまう。
実戦の少なさは、天才を凡夫に変えてしまうのだ。
Mリーグで言うと2~3年目あたりですかね。練習量が足りていなくて、しっかり準備してきた人に勝てるはずがない…いや、勝つべきじゃない、という精神状態に陥ることもありました。
髪型をいじって誤ツモした苦い記憶が蘇る。
…あのときは本当にきつかったです。他の人たち、たとえば最高位戦に新しく入ってきた後輩からの目も怖かった。こんな男がトップの舞台にいていいのかと。
そんな風に思っている者はほとんどいないと思うが、負けが続くとどうしても悪いように考えてしまうのは理解できる。そこから麻雀がおかしくなってますます勝てなくなり、勝てなくなるとどうしても批判する声が大きくなってしまう。
まさに負のスパイラルだ。
帰ってきた麻雀バカ
ただ…
暗い話が続く中、朝倉の目に光が戻ってきた瞬間だった。
今季(2021-2022シーズン)のMリーグはしっかり準備して臨めました。
時間をみつけて『雀魂』(オンライン麻雀サイト)を打ったり、セットや勉強会を組んだりして打数を増やしたんです。家族との時間を大切にしつつ、それ以外の時間のほとんどを麻雀に投入しました。
こうして朝倉は、2022年の47期A1リーグに戻ってきた。
休場明けの初戦となる昨日(第1節)こそマイナスを喫したものの、場はしっかりと見えていて戦っていける感触を持てたという。
麻雀には嘘をつかない。
勝って反省し、負けて反省する朝倉だから「戦っていける感触を持てた」という言葉に偽りはないだろう。
多くの練習を経て、朝倉は完全に自信を取り戻した。
ようやく…
モニター越しの朝倉と目が合う。
麻雀バカに少し戻れたかな。
とても穏やかな表情だった。
シンデレラ・ストーリーに乗り、神がかったタイミングでMリーガーになったように見えていた朝倉だったが、それは偶然ではなく必然だったのかもしれない。
朝倉の打牌選択には一つ一つ明確な意志・理由が込められている。
麻雀と同じで、人生における大事な選択も徹底して考え、自分の生きたいように生きるという強い意志を感じた。
自らの運命をこじあけて突き進む朝倉。
天鳳の後輩として、最高位戦の後輩として、私はずっとその背中を追い続けていくだろう。
(画像引用:株式会社スリーアローズコミュニケーションズ/ABEMA麻雀チャンネル)