コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.36】中郡慧樹 ~チェスの元日本代表は麻雀で静かに身を焦がす~

(インタビュー・執筆:野添ゆかり

 

中郡 慧樹(なかごおり けいき)

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中郡慧樹は不思議なひとだ。

 

いつも無表情で淡々としている。

必要最小限のボリュームでしか話さない。

大きな声を出しているのはついぞ見たことがない。

あまり目も合わせてくれない。

 

なのに、とても社交的だ。

どんなコミュニティにも臆することなく入っていくし、何の違和感もなくそこに居る。

思うに彼にはあまり無駄がない。

知らない人への偏見や不安。

感情の揺れやブレ。

余計な言葉もない。

それが対峙する人に安心を与える。

 

意外とかわいらしい顔をしていて、丸いフォルムも相まってゆるキャラのようにも見える。時々アイドルのような扱いをされているのを見かけるが、それに関してわたしはあまり納得していない。

(石橋伸洋・塚田美紀夫妻の長女みなみちゃんからも熱烈に愛される中郡)

 

チェスの日本代表として海外遠征に行った学生生活

子供の時から無口だよ。年子の妹がいるけどあまり話した記憶ないな。誰かと話した記憶もあまりない。

では、いったい何をしていたというのか。

ずっと読書してたね。青空文庫とかミステリを読んでた。小4からは勉強しかしてなかったよ。

小学校4年生で中学受験を決めた中郡は四谷大塚に通い、名門麻布中学校に合格。勧誘を受けて中学1年生でチェス部に入部した。

家にチェス盤はなかったから学校以外ではネットチェスで数をこなしてた。本でも勉強したけど、日本には中級者以上向けのものがないから、輸入してそれで勉強した。

みなさんは本を輸入したことなどあるだろうか。少なくともわたしはない。「中学生」と「本を輸入」という結びつきにくいワードが結びつく。

そういう本って大体英語で書いてあるんだけど、当然英語だけじゃわからない。でも、盤面とかも載ってるから、大体何が書いてあるかはわかったね。それでこういうときはこうするのかって勉強していった感じ。

その後、中郡は大学までチェスを続けることになる。そして大学2年生と5年生の時、二度にわたって学生チャンピオンとなった。

日本代表としてオリンピアードに出た。その時はイタリアだった。チェスの対局で海外には結構行ってて、フランスにも2回行ったし、今大変なウクライナにも行ったな。

普段や麻雀の対局中、中郡が常に落ち着いているのは、こういった経験も関係しているのかもしれない。

ちなみに中郡は日本人で7人しか取得していないFIDEマスターという称号を有している。その7人の中に羽生善治という名前が並んでいることを見れば、紛うことなきチェスのトッププレイヤーであることがわかるだろう。

 

麻雀では全ルールで強くなりたい。強い人はどのルールでも強いと思ってるから

さて、2003年、2006年とチェスの学生チャンピオンになっている中郡だが、実は2006年にはμカップの決勝にも進出している。

翌年2007年に最高位戦に入会するのだが、それ以前から石橋伸洋、新井啓文、園田賢らが参加する勉強会にも足を運んでいた。

大学5年生の時に働いてた『池袋れっど’s』で沖野さん(沖野立矢)に誘われたから最高位戦を受験したのもあるけど、もっと競技麻雀を打ちたいとは前から思ってた。

ちなみに、わたしは同店で中郡と知り合い、そのまま最高位戦でも同期入会となった。その後、大学を卒業した中郡はSI(Systems Integrator)会社に就職し、システムエンジニアの道を歩む。会社員麻雀プロとして今年で16年目になる。

ところで、チェスを突き詰めた中郡が16年もの間、麻雀プロとして打ち続けるモチベーションはどんなところにあるのだろうか。

とにかくもっと強くなりたいんだよね。強くなりたいっていうのはずっと思ってる。

ではそれを達成するためにどのようなことをしてきたのか。

これはチェスでも一緒なんだけど、やっぱり麻雀もいっぱい打って、いっぱい考えるってことしかないよね。あと、強い人の麻雀を見る。放送対局が多くない時代はとにかく後ろでずっと見てたし、今は放送対局を見てるよ。最近だと、最高位戦リーグとMリーグは大体見てるね。

最高位戦とMリーグではルールの最適解が違うから、それを考えるのが面白い。ルールに応じて得になりやすいのがどんな選択なのかを見つける感じで。

中郡がこう考えるのには理由がある。

さっき「強くなりたい」って言ったけど、それは「麻雀の全ルールで強くなりたい」ってことなんだよね。強い人はどのルールでも強いと思ってるから。だから、実際どんなルールでも打つよ。四麻の東風戦や東南戦はもちろん、一般的な三麻もマイティ三麻も天鳳三麻もやるしね。

昨年12月、中郡は第5期新輝戦で優勝し、自身初となるタイトルを獲得した。

(対局画像提供:㈱スリーアローズコミュニケーションズ)

新輝戦はステージごとにルールが異なるタイトル戦だ。

【一次予選】最高位戦ルール

【二次予選】赤ありルール

【本選】最高位戦Classicルール

【ベスト16、準決勝】最高位戦ルールのトーナメント

【決勝】赤ありルール(コールドあり)

これだけ様々なステージを制しての戴冠だった。

日頃からルールによる最適解の違いを考察してきた中郡には、適応力と柔軟性がある。この新輝戦はまさに誂え向きと言えたのかもしれない。

では、チェスを含め様々なゲームを経験してきた中郡が、「全ルールで」というほど途方もなく麻雀で強くなりたいと思ったのはなぜなのだろうか。

なんで麻雀だけここまで特別に強くなりたいと思ったのか不思議だね。もしかしたら、麻雀って「強い」の基準が難しいから、とかはあるかも。まあでも、たまたま出会って面白いと思ったのが麻雀だったってことなんだろうね。

 

タイトル獲得を目標にしていたわけじゃない。まあ嬉しいけど

32期後期(2007年)入会。わたしも同期であるが、15年の月日が過ぎた。

15年。たまたま出会って、強くなるために費やすにはとても長い年月だ。15年でやっと獲ることができた初タイトル。感情を表に出すことがあまりない中郡だが、タイトルはやはり嬉しかったのだろうか。

まあ、嬉しいんじゃない?そりゃ。もちろん。嬉しい嬉しくないで言ったら、まあ。

あまりにも中郡らしい物言いで笑ってしまった。

でも、それで生活が変わるわけじゃないし。

そうは言うが、タイトル獲得を目標にやってきたのではないのか。思ったままに聞いてみた。

それがね、違うんですよ。タイトルは嬉しいです、そりゃ。獲れたら。でも、あくまで麻雀強くなるのが目標なのであって、タイトルを目標にしてたわけではないんだよね。じゃあ、その強さをどこで証明するのかと言われるとすごく難しいんだけど。例えば、最高位戦にいる限りはリーグ戦で証明するってことになるんじゃないかな。

中郡は今期C2リーグ。

「強くなりたい」

彼はいつもと同じように目を合わさずに言った。

語気が強いわけではない。

熱を感じたわけでもない。

しかし、普段多くを語らない彼の口から発されたからこそ、それは何より摯実な言葉だと感じた。

 

鳴かぬ蛍は、思った以上に身を焦がしている。

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