コラム・観戦記

【飯田正人杯第9期最高位戦Classic決勝2日目観戦記】鈴木聡一郎

第9期飯田正人杯・最高位戦Classic決勝最終日観戦記 (文:鈴木聡一郎)

ある者は、傲慢に「他人よりちょっとだけツイていれば勝つ自信があります」と言った。

 

またある者は、謙虚に「最後まで諦めません」と言った。

 

 

 

前者が鈴木たろう、後者が淵田壮。


共に第9期最高位戦クラシック決勝を戦う打ち手である。

 

麻雀とは、時に傲慢に自分の都合を押し通し、時に謙虚に相手の都合を聞いてやるゲームである。
その配合が、打ち手の持つ個性の大勢を決めると言っていいだろう。


たろうが強引に主導権を取りいくタイプだとすると、淵田は真逆で、どこまでも謙虚に相手に対応する。
そんな対極にある2人が同じタイトル戦の決勝に駒を進めているのだから、麻雀は面白い。
そして、少々極端なこの2人に対して先行したのが村上と愛内。
村上と愛内は、共に傲慢と謙虚をバランス良く配合し、1日目にポイントを積み上げた。

 

 

最終日開始時トータル
村上+31.8  愛内+5.7  たろう△2.3  淵田△7.7  (宮本△27.5)※宮本は初日で敗退

 

 

6回戦
起家から愛内、村上、たろう、淵田。

東1局ドラ


まずはやはりたろうが動く。
9巡目、ツモりサンアンコのダマテンにも受けられたが、切りの両面リーチで主導権を取りにいく。



これに対して、12巡目に村上がをチーしてテンパイを入れた。
 チー


村上が仕掛けてかわし手を入れるとき、ほとんど危険牌といわれる部類の牌を切らない。
ここでも村上は、たろうに通っていない牌を引き、すっとオリを選択。
その直後、早々にオリながらも手詰まりとなっていた淵田が、村上のオリを見て、たろうの現物を打って流局に持ち込む。
初日放銃ゼロの守備力は健在だ。

 

 

東2局1本場 供託1000点 ドラ


ここもたろう。
今度は仕掛けて主導権を取る。

 

 ポン ポン⇒加カン


ヤマに1枚残っていたを終盤にツモって1600・3200は1700・3300で先制。
ソウズのホンイツに見せて他家に対応させ、他家がオリに回ったのを確認して押し切った。

東3局 ドラ
たろう36700 淵田28300 愛内26700 村上28300


前巡にをツモ切っている8巡目のたろう。


 ツモ

 

ここから打とする。
これは面白い。
手広さより、少なくともイーペーコーかドラをもう1枚使って1翻プラスする思考。
打点を高めるのが難しいこのルールでは、1翻上がるチャンスを丁寧に追うことが重要となる。

ここに村上のリーチが襲いかかる。
9巡目に絶好のをツモってこのリーチ。

たろうも11巡目にテンパイを果たし、一歩も退かない。

 

しかし、ここは村上がツモで2000・3900。
村上が一気にたろうを抜き去る。

 

 

南1局 ドラ
愛内27300 村上34600 たろう32800 淵田25300


さらにトップ目に立った後も村上は手を緩めない。
3巡目に望外のツモでテンパイを果たす。
 ツモ
これを即リーチ、6巡目ツモで2000・4000。
あっという間にダントツになってしまった。

南3局1本場 供託1000点ドラ
たろう30800 淵田23300 愛内23300 村上41600 


村上にこれ以上引き離されるわけにいかないトータル2着目の愛内。
 ロン
愛内はこの2600は2900を村上からアガって村上の点数を削ると、続く南4局。

南4局ドラ北
淵田23300 愛内27200 村上38700 たろう30800 


ドラ2枚を手にした愛内は積極的に仕掛けると、ヤマに残り1枚のをツモって1300・2600。
 ポン ツモ

 

これが村上の下記テンパイをかいくぐってのアガリなのだから力強い。

6回戦結果
村上19.4
愛内6.4
たろう△4.5
淵田△21.3

6回戦終了時トータル
村上51.2
愛内12.1
たろう△6.8
淵田△29.0

終わってみれば、たろうは常に主導権を握りながらも、村上・愛内にスパッと勝負されてかわされる。
淵田は相変わらずまだ静観。こんなにのんびりしていて届くのかと心配になるぐらいだ。

ここで解説の第4期最高位戦クラシック優勝の坂本が言う。
「このルールだとテンパイでもオヤが流れてしまうため、包囲網を作るのが難しい。そのため、これ以上離されるときつい」


その通り。


ノーテン罰符でジリジリとトータルトップの点数を削っていくことができないばかりか、ノーテンでオヤが流れてしまうため見逃しもかけにくい。したがって、この段階で先行している村上がかなり有利といえる。

7回戦
起家から愛内、村上、たろう、淵田。

東1局 ドラ


前半荘では先制しながらも3着に終わったたろうが、2巡目に4枚目のを引く。
 ツモ


すると、アンカンして主導権を取りにいく。
ヤオチュウ牌のアンカンは、他家から見れば打点的にドラが1枚見えているのと同じであるため、それなりに圧をかけることができる。また、カンドラが増えないため、他家にカンドラが乗る心配がなく、カンしやすい。


6巡目には無駄のないイーシャンテンになる。
  

ところがそんなたろうを尻目に、先にテンパイを入れたのは愛内。
8巡目にをポンしてテンパイを果たす。
 ポン


愛内は、たろうのように強引に主導権を取りにいくタイプではないが、常に前に出続ける準備を怠らない。
前に出る姿勢を崩さないから放銃が多いのかと思いきや、ドラや手牌に対する見切りも早く、なかなか捕まらない。
「曲者」
実は4者の中で最も「厄介な打ち手」が愛内であるし、2日間通して最も打てていたのは愛内であったように思う。

そんな愛内のかわし手を打ち砕くべく、たろうが9巡目にリーチを宣言。
 


これをあっさりツモって2000・3900。
またもや先制したたろう、この半荘はトップのまま終わりたいところ。

東2局 ドラ
村上28000 たろう37900 淵田28000 愛内26100


前局にオヤかぶりし、点数を少しでも取り戻したい愛内が7巡目にをツモってテンパイ。
 ツモ

 

が2枚切れで、が3枚切れ。
打点的にもカン
でリーチにいきたくなるところ。

というより、カンにすべきだろう。


しかし、愛内は切りリーチを選択する。
見えているだけで2枚差ということを評価し、あくまで「アガリ」を取りにいく。
「まずアガリ」、これが愛内の根底にある。
アガリ優先を徹底できるのが愛内の強み。

愛内のリーチを受けた7巡目の村上。
 ツモ
村上はここから生牌のドラを切ってダマテンに構えると、同巡淵田の
併せ打ちを見て、次巡にツモ切りリーチ。


愛内から終盤にで打ち取り3900。
を打って1巡ダマテンにできる強い心。
が併せられたことを確認し、待ちの優秀さと打点バランスですぐさま攻撃100%に転じることができる冷静さ。
「ないのかよ、隙」
同卓していたらそう思ったに違いない。
やはり村上は強い。

東3局 ドラ
たろう36600 淵田28000 愛内22500 村上32900


トータル2着目の愛内が沈められ、村上の独走ムードが流れる中、意外なところから反撃の狼煙が上がる。
今まで息を潜めていた淵田だ。
相手の動きに対してやり過ぎなぐらい丁寧に対応してきた淵田が、たろうのタンヤオ仕掛けに対して終盤に無筋を何枚も押す。
そして、最終手番でツモアガリ。
 ツモ
この2000・4000で、淵田がこの半荘のトップ目に立つ。

東4局 ドラ
淵田36000 愛内20500 村上30900 たろう32600 


トップ目に立ってオヤ番を迎えた淵田は、7巡目に以下の牌姿でテンパイを果たす。
 ツモ


すると、意を決したようにリーチを宣言。
2日間通して淵田の初リーチである。
 ツモ

 

すぐにをツモって4000オール。
ついに淵田が動き始めた。

東4局1本場 ドラ
淵田48000 愛内16500 村上26900 たろう28600


村上が3着目になっている今、ラス目の愛内はなんとか村上をまくって村上にラスを押し付けたいところ。その愛内の10巡目。
 ツモ
このルールでは、サンアンコに受けてダマテンにするのがマジョリティなのではないかと思われるが、愛内は切りリーチ。
徹底して広い待ちでアガリを取りにいくが、流局となる。

南2局 ドラ
村上26000 たろう32900 淵田47100 愛内14000

 
村上が9巡目にドラ切りリーチ。


たろうも11巡目に追いかけリーチ。


村上がアガれば決勝戦の大勢が決まってしまう。
逆にたろうがアガれば、混沌としてくる。
そんな勝負所であったが、両者のアガリ牌は脇に流れて流局する。

南3局1本場 供託2000点ドラ
たろう31900 淵田47100 愛内14000 村上25000 


愛内が4巡目から積極的に動く。カンをチーしてドラ2のイーシャンテン。
 チー


数巡後にこのテンパイ。
 チー

淵田も愛内の仕掛けに気を遣いながら、10巡目にチーしてテンパイ。
 チー

最後に村上もこのテンパイを果たす。

すると、オヤ権を維持すべく攻め込んだたろうからが出て、村上が1300は1600。
供託を入れると大きな加点。
しかし、追いかける3者としては、村上を3着に抑え込んでオーラスを迎えることに成功したともいえる。

南4局 ドラ
淵田47100 愛内14000 村上28600 たろう30300 


ここで愛内が村上から7700以上直撃かハネ満をツモることができれば、トータルトップ目の村上にラスを押し付けることができる。
そして11巡目、条件を満たすリーチが愛内からかかる。



村上からの直撃は期待できないが、ツモれば文句なく3着浮上のリーチである。
しかし、これがリーチの時点でヤマに1枚も残っておらず、流局。
村上のポイントを削ることには成功したが、トータル2着~4着のポイントが入れ替わっただけで、なかなか村上に刃が届かない。

7回戦結果
淵田29.1 
たろう4.3
村上△5.4
愛内△29.0

7回戦終了時トータル
村上45.8
淵田0.1
たろう△2.5
愛内△16.9

8回戦
起家から愛内、淵田、たろう、村上。

東1局 ドラ


愛内の仕掛けに対し、たろうが6巡目リーチを軽快にツモって2000・4000。
 ツモ
たろうがまた先制する。
逆に愛内はまたもやオヤかぶり。

東2局 ドラ
淵田28000 たろう38000 村上28000 愛内26000


淵田が6巡目にツモで手を止める。
 ツモ


淵田はここから打
一応メンツ手のイーシャンテンだが、ドラを切らない手順を選択する。ここまできてもブレない淵田はさすが。

対照的なのが愛内。
愛内は真っ直ぐ進めてメンツ手のイーシャンテン。


12巡目にツモでテンパイすると、打
でダマテン。

結果は流局でアガリには結びつかなかったが、しっかり好形でテンパイを入れていくスタイルはブレない。

東3局1本場 ドラ
たろう38000 村上28000 愛内26000 淵田28000 


前局のテンパイに引き続き、愛内が仕掛けてテンパイ。
 
これを村上から
で打ち取って1000は1300。


東4局 ドラ
村上26700 愛内27300 淵田28000 たろう38000 
徐々に愛内のリズムで場が動き始めたように見える。
ここも片アガリながら愛内が仕掛けてテンパイ。
 

これに対し、村上が12巡目にテンパイとなる。


テンパイ巡目も遅く、注目を集めている愛内の捨て牌にがあるということもあり、ダマテンを選択するが流局。

南1局1本場 ドラ
愛内27300 淵田28000 たろう38000 村上26700 


愛内から主導権を取り返そうと、たろうが7巡目にドラなしタンヤオで両面チーから入る。
 チー


他家から見ればたろうにドラが固まっていることも想定されるが、ドラがトイツの愛内にとっては脅威にならない。
愛内はチートイツに向かって真っ直ぐ歩を進め、11巡目テンパイ、12巡目ツモ。
 ツモ


アガリを優先してリズム良く攻めてきた愛内が、ついに4000は4100オールの決定打にたどり着いた。

南1局2本場 ドラ
愛内39600 淵田23900 たろう33900 村上22600 


ここで愛内に気持ち良く打たせないのが、幾多の修羅場を潜り抜けてきたたろう。
1巡目、たろうはにポンの声をかけた。
そのときの形がこれである。

そしてそのあと、後重なりのポン、ポンでなんと6巡目にテンパイ


4499s ポン ポン ポン


待ちとしてはが2枚切れでがヤマに1枚いるだけであるが、もはやそれは関係ない。
ほぼアガリなど見込めないあの配牌が、誰よりも早く5200のアガリ抽選に入っているのだから十分だ。


また、村上も「たろうの仕掛けだから何でもある」という思考で深めに踏み込んだのだが、さすがにヤオチュウ牌のポン3つに対しては対応せざるを得ない。
これで一人旅となったたろうが流局に持ち込んだ。
制空権だけは愛内に渡さない、これが支配者の牽制。

南2局3本場 ドラ
淵田23900 たろう33900 村上22600 愛内39600 


前局にまんまと流局に持ち込んだたろうが8巡目にチー。たろうは本当に手を休めない。
 チー


今度は早いテンパイだ。
これに対して村上も翻牌をポンしてテンパイ、淵田もドラ待ちチートイツテンパイで対抗するが、すぐにたろうが村上からで1000は1900。

南4局 ドラ
村上21800 愛内39300 淵田23600 たろう35300 


ついに村上をラスに抑え込んでオーラスを迎えた。
ここでもやはりたろうが場を支配しにいく。
3巡目にをチーしてこの形。


 チー

 

これは非常に優秀な仕掛けに見える。
門前で進めても4000点差を埋めるアガリを取るのは難しそうで、それならば周りに対応させながら、ドラの重なりを待つかホンイツに渡っていくという方が安定しているのではないだろうか。
さらにをポンしてここまでいく。


   チー


これに対し、先にテンパイしていた愛内がを掴んで迂回。


 ツモ
流局となるが、ここもたろうにしてみれば元々アガリが厳しそうであったため、結果としては悪くない。

8回戦結果
愛内21.3
たろう9.3
淵田△10.4
村上△20.2 

8回戦終了時トータル
村上25.6
たろう6.8
愛内4.4
淵田△10.3

ついに村上を捕えた。
あっという間にポイント差が消え、内容面でも3者それぞれが良い形で自分の麻雀を打ち切っている。

 

 

9回戦
起家から愛内、たろう、淵田、村上。

東1局 ドラ


愛内が村上から1500をアガるのだが、村上の放銃が不可解。


 ロン


終盤、村上に下記テンパイが入って
が押し出された形。

 ツモ

 

1度抑えたでの放銃。
これは村上らしくない。
もし村上が負けるなら、この放銃が敗因になるかもしれないと感じた。
前回のラスで急にポイント差を詰められたため、バランスを崩しているのかもしれない。

 

 

東1局1本場 ドラ
愛内31500 たろう30000 淵田30000 村上28500


いつものようにたろうが6巡目にをポンしてこの形。
 ポン

たろうの仕掛けに対し、愛内がカンを仕掛ける。
 チー


捨て牌的にタンヤオではないたろうは、愛内のこの仕掛けにより、逆に字牌やドラを打ちにくくなる。
愛内は、この仕掛けで自らの手を進めるとともに、たろうの仕掛けを凍結し、たろうに対応させて流局に持ち込んだ。
他家がたろうに対応させた形は、今までの戦いの中にはあまりなかったパターン。
「これは愛内が来そうだな」
そう思うには十分な仕掛けだ。

 

 

東4局 ドラ
村上24100 愛内30300 たろう31000 淵田34600 


前局たろうに3200を放銃した村上が、失点を取り戻すべく5巡目にカンをチー。
 チー


ホンイツのイーシャンテンで、チンイツでもリャンシャンテン。
極端な門前派である村上が仕掛けたのだから、これぐらいの手牌は容易に想像できる。
全員が村上に対応しながら手を進める。

村上から字牌も手出しされ、いよいよ村上とヤマとの戦いが始まった8巡目。
愛内がを引いて望外のテンパイを果たす。


 ツモ
は村上の現物で切りやすいのだが、待ちが生牌のでは仮テンと呼ばざるを得ない。自らを切っているため、ピンズのイッツーへの変化も見込めない。

とりあえずテンパイを取り、マンズか字牌を引いたらオリに回っていくのだろう。

筆者をそんな妄想から現実へと引き戻したのは、横に曲がった愛内の打牌であった。
生牌の単騎でリーチ。



一発裏ドラありなどのルールならばギリギリわかる。
ただ、このルールではどうか?
リーチという発想がみじんもなかった筆者にとっては、驚きしかなかった。
これまでの愛内の麻雀を見る限り、「打点」というよりはアガるための「手段」としてリーチをかけたのだろう。
すなわち、この手牌にアガリがあると見ているということだ。

一方そのころ村上は、チンイツの好形イーシャンテンまで来ていた。
 チー
直前に生牌のを手出しした村上の手牌には、その2つの字牌より大事なが浮いている。
手に汗がにじむ。
背筋が凍る。


 チー ツモ
これまで目立って前に出ることのなかった愛内という隠密の脇差が、闇から急に飛び出す。


 ロン
自分が太刀を見舞う番だと確信していた村上は、この
で斬られるなど思いもよらなかっただろう。

村上の気持ちを代弁すれば、「こんなで斬りにくるやつがいるなんて」だ。

点数以上の精神的な衝撃とともに、愛内が村上から3200を奪い取る。

映像で見る限り、村上がを切るときに一呼吸の間があり、それが隙になった可能性はあるが、それにしてもこれは言うまでもなく愛内のスーパープレイ。

「戦慄せよ」

これは、村上に対する愛内の果たし状。

南1局 ドラ
愛内33500 たろう31000 淵田34600 村上20900 


自然に村上を抑えこむ形ができあがっている。
正に天然村上包囲網。
あとは3者のうち誰がこの半荘を制するかだ。

まずは、たろうが11巡目にツモ
 ツモ

 

ドラがで打点が違いすぎるため、打もあるが、この接戦ならばと打リーチを敢行。
一発ツモのはご愛嬌。愛内が一発で掴んだを次巡にイッツーテンパイから放銃して2600。

南2局 ドラ
たろう33600 淵田34600 村上20900 愛内30900 


しかし、愛内はすぐに立て直す。
8巡目にタンピン三色含みのイーシャンテンになっていた愛内。

 


他家の進行、の薄さを鋭く察知し、ここからをチー。
たろうがチートイツドラ2のテンパイで追いつくが、テンパイ打牌がで1000。愛内がしっかりとたろうの攻撃をシャットアウト。


それにしてもこの仕掛けはなかなかできるものではない。
安目だと2着目たろうを直撃しても順位が変わらないのだ。
他家の手牌進行が早く、が薄いと感じ取ったとしても、まず声が出るものではない。
日頃の練習量がうかがえる。

南3局 ドラ
淵田34600 村上20900 愛内31900 たろう32600


ここでも愛内が6巡目に先制テンパイ。

村上が同巡にチートイツテンパイで対抗するも、愛内が次巡にを引いて打のリーチときたのでは、村上は守勢に回らざるを得ない。

たろうだけはをチーしてリーチの愛内に食い下がっていく。


 チー
たろうにとってもここが勝負どころ。

そんな中、守備のスペシャリスト淵田が手詰まりを起こす。13巡目の淵田。
 ツモ

愛内捨て牌

 

現物なし。スジならだが、ドラがだけに打ちにくい。
ならば、単独の形ならがリーチ宣言牌になる可能性が若干低いことに賭け、打とする。
これが愛内に捕まり、淵田にとっては痛恨の5200放銃。

南4局 ドラ
村上20900 愛内37100 たろう32600 淵田29400 


トップ目に立った愛内は、好配牌を受け取ると、ラス目でオヤの村上が上家ということもあり、2巡目にあっさりチー打でこの形。
 チー


するとこれが4巡目にマンズなら何を引いてもテンパイのイーシャンテンに急変する。
 チー


7巡目にを引くと、のテンパイを選択。
すると、ピンズのホンイツチートイツイーシャンテンだったたろうがをツモ切って8000。
 チー ロン
優勝だ。
そう思うには少し早いが、そう思うには十分すぎるほど完璧な、愛内の半荘だった。

9回戦結果
愛内27.1 
淵田3.4 
たろう△9.4 
村上△21.1

9回戦終了時トータル
愛内31.5
村上4.5
たろう△2.6
淵田△6.9

最終戦を前に、ついに愛内が村上をまくった。
しかも、ただまくっただけではなく、逆に村上に対して27ポイントもの差を付けている。
まだまだわからないが、この状況だと愛内がかなり有利である。

10回戦(最終戦)
最終戦はトータルポイントが低い順に起家から、淵田、たろう、村上、愛内。

東1局 ドラ


再逆転を目指す村上が、ヤマに残っていた最後のを引いて7巡目リーチ。
ドラ雀頭の勝負手だ。


しかし、引けども引けどもが村上の手には触れることはなく、流局。
もう愛内に届かないのか。

東2局1本場 供託1000点ドラ
たろう30000 村上29000 愛内30000 淵田30000


 ツモ

オヤのたろうが11巡目にここからドラのを打っていく。

すると、あろうことか愛内がこれをポン。
 ポン

対するたろうはを引いてアンカンし、ツモ 打で真っ向勝負。
  

愛内はこのを鳴かない。
おそらくこれは、すんなりテンパイしたときにたろうからアガれる可能性を考慮したもの。
仮にすぐテンパイしたとき、1フーロならアガリ牌を打ってくれるかもしれないが、2フーロ以上だとその期待はかなり低くなる。

これに対し、そもそも鳴きが厳しいので自力テンパイの可能性を上げるためにポンした方がよいという意見を聞いた。


同じような意見として、そもそもを鳴かない方がよいのではないかとの意見もある。

おそらくこのポンとポンせずには様々な意見があると思う。
第一感では、筆者も愛内と同じ「鳴かず」が有利のような気もしたのだが、あの状況下では、鳴くべきであったように感じている。


ここで言う「あの状況下」とは、主に「そこに座っているのが愛内であること」、「これまでの愛内の戦い方」、「をポンしたこと」を線でつなげた場合ということである。


これまでアガリに重きを置いて打ってきた愛内が、チートイツのイーシャンテンからを鳴いた。
おそらくアガリを取るにはチートイツが有利であり、このポンは「アガリ」というより「牽制」を取りにいった鳴きではないだろうか。
とすると、牽制の意味合いをより強めながら自力でのアガリに近づくポンが、自然な選択のように思えるのである。


を鳴かないのであれば、から鳴くべきではなかった」
非常に微妙な判断だと思うが、この決勝戦で愛内が繰り出してきた素晴らしい打牌の数々を1本の線としてつなげて見た場合、それが今のところ抱いている筆者の結論となる。

愛内・たろうともにテンパイして一歩も退かなかったが、流局。

東3局2本場 供託1000点ドラ
村上29000 愛内30000 淵田30000 たろう30000 


村上が5巡目にツモを引いてドラ切りのオヤリーチ。

同巡、たろうが生牌のを勝負。
一歩も退く気配がない。


見れば大物手のイーシャンテンだ。
しかし、押し返しもむなしく、たろうがを掴み、3900は4500。村上が止まっていた時間を動かし始めた。

東3局3本場 ドラ
村上34500 愛内30000 淵田30000 たろう25500


村上が、7巡目にイッツーが崩れるツモで、打のオヤリーチ
 ツモ

このオヤリーチに対し、淵田、たろう、愛内全員が押し返していく。
愛内


淵田


たろう

村上のはヤマに残り1枚。
これは村上のピンチと言ってよいだろう。
相変わらず押す3者。
村上危うし。

 ツモ
2000は2300オール。


こういうアガリを見たとき、人間という生き物は素直に「強い」と感じるようにできていると思われる。
筆者も思わず声に出た。

「強え」
もちろんこのツモがイコール麻雀の強さというわけではない。
ただ、こういうアガリには、力強さと、勝利への途を感じざるを得ないのである。

東3局4本場 ドラ
村上41400 愛内27700 淵田27700 たろう23200


村上が逆転優勝に前進したとはいえ、たろうや淵田にもまだまだチャンスは残されている。
そのたろうの6巡目。
 ツモ


前巡にを切っているのにもかかわらず、たろうは打を選択する。


そして、ツモで薄いフリテンでリーチ。

 

意外だった。
カンリーチにいかなかったことに筆者が違和感を感じた直後、解説の新津も言う。

「たろうはカンでリーチいくのだと思っていた」。

 

ここは、好形というよりはピンフという打点を追いにいったのだと思われるが、この打ち手が鈴木たろうなら、やはり違和感が残る。
結果、がたろうのツモ筋にいて、はいなかった。

南1局6本場 供託1000点ドラ
淵田27700 たろう22200 村上41400 愛内27700


前局も村上以外の3者がテンパイしながらも流局し、6本場で南入。
ここは誰もがアガリを取りにいきたいところ。

まずは、やはりたろうが動く。


ここから7巡目のをチーしてこの形。
 チー

この仕掛けに対して勝負に行ったのが村上。
たろうの下家でソウズを連打していき、をアンカンしてリンシャンからを引くと、を打った。
  ツモ 打


そもそもは、両面固定で先打ちしていたが、たろうが仕掛けた後に再度引いて抑えていたもの。
たろうのソウズ一色が明確になったため、ソウズにアガリがないと判断すると、引き戻したを雀頭にすることを第1候補に手を進め、マンズとピンズで形が決まるや否や、安全牌のを残してを雀頭に固定した。
ここへきて村上の状況判断が実に的確である。

このをたろうがポンしてドラ切り。
 ポン チー 打

たろうが切ったドラをチーして、村上が先にテンパイを果たす。
 チー 


これをすぐにツモって800・1600は1400・2200。
村上はこのアガリで、わずかながらトータルで愛内をまくる。
ついに村上がきた。
この半荘、2つの勝負どころを制し、トータルトップでオーラスを迎える。

南4局2本場 供託2000点ドラ
愛内26300 淵田25500 たろう18800 村上47400 
村上はアガるか流局で優勝。


オヤの愛内は、1アガリでいったん村上をまくる。
淵田は、村上をまくって3500点差をつけることが必要であるため、村上からハネ満直撃が必要。
たろうは、村上をまくることが必要であるため、村上から倍満直撃条件。

全員が条件に向けて手作りを行う中、アガればよい村上は、5巡目にこのテンパイをダマテンに構える。

ところが、7巡目にを引いたところで村上の手が止まる。
この2巡の間にが3枚見えてしまい、両面への手替わりが薄くなっている。
また、このまま局面が進むと、たろう・淵田が愛内に差し込んで延命するため、結局自分がアガるしかこの局で決着する方法はなさそうだ。
ならば、たろう・淵田を自由にさせず、愛内との1対1に持ち込む方が有利なのではないか。

「リッチ」

ツモ切られたが横に曲がり、村上の決意を込められた1000点棒が卓上に置かれる。

愛内も無筋を連打し、この形。

当然退く気は一切ない。

はヤマに2枚。
愛内は上家であるノーガードの村上から仕掛けることもできる。

この時点で村上が有利な点は「先制テンパイであること」の1点に絞られた。
ただ、それこそが村上を支えてきたものであり、麻雀で最も有利な攻撃条件の一つである。

 ツモ

村上が力強くを引き寄せた。

その瞬間、
愛内は落胆し、
対応し続けた淵田にはどっと疲れが押し寄せ、
たろうは延命のために愛内に差し込まなくてよくなったことに安堵した。

最終結果
優勝  村上 淳   38.5
準優勝 愛内 よしえ 30.6
第3位 淵田 壮  △17.1
第4位 鈴木 たろう△25.5

筆者は、村上淳の言動がわりと嫌いだ。

戦前には「勝てるかどうかわかりませんが、普段通り最善を尽くします」。
戦後には「みなさんより少しだけツイていました」。

そんな正論を聞きたいわけではないのだ。
スカしてんじゃねえよと言いたくなる。
強いんだから少しぐらい謳えよと腹が立つ。

ただ、それは、謙虚さを忘れずに麻雀と真剣に向き合った村上だからこそ許された、傲慢なパフォーマンスのようにも感じるのである。


呆れるほど謙虚に邁進する打ち手、第9期最高位戦Classic村上淳。

筆者は、そんな村上淳という人間がかなり好きだ。

文:鈴木聡一郎

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