「麻雀というゲームは、実らないかもしれない最善手を選び続けるゲームである。」
これは、村上が4年前3冠王に輝いた際に書いたコラム、その冒頭の一文である。
プロ生活13年間でタイトル獲得数はゼロ、当時の村上にとって心の支えとなっていた言葉だそうだ。そしてそれは単に心の支えというだけでなく、彼の麻雀の礎にもなっているように思う。
2010年、村上は第8期日本オープンを制覇すると、第5期最高位戦Classic、第35期最高位と、1年間で3つのタイトルを獲得。メディアなどでの露出も急増。その活躍は目覚ましいものであった。
しかし現在はと言えば、上記タイトルを全て失っていた。
それでも今年、第14回モンド杯、第10回モンド王座と、麻雀界一知名度のある人気テレビ番組において2冠を達成。4年に1度の“村上イヤー“なるものが始まったのではないか、と冗談交じりに囁かれ始めていた・・・。
2014年8月24日、第9期飯田正人杯・最高位戦Classic決勝初日。
一発・裏ドラ無し、カンドラ・カン裏無し、ノーテン罰符無し、などなど、普段麻雀愛好家のみなさんが普段親しまれている麻雀とは違ったこの一風変わったルールでの対局が、今期よりニコニコ生放送「麻雀スリアロチャンネル」にて放送されることとなった。
決勝のメンバーは鈴木たろう(日本プロ麻雀協会)、愛内よしえ(日本プロ麻雀協会)、宮本卓(RMU)、村上淳(最高位戦日本プロ麻雀協会)、淵田壮(最高位戦日本プロ麻雀協会)。
まず、この5人で初日の5回戦を戦い、ポイント上位4名が決勝2日目へ進出。4名で残りの6~10回戦までを戦って優勝者を決定する。
主催団体の看板選手として負けらない村上は、1回戦目抜け番、2回戦目ラスと出足の悪いスタートだったが、終わってみると首位で折り返すことに成功。
5回戦目のオーラスまでもつれる大接戦の中、RMU所属の宮本選手が惜しくも敗退となった。
■ 5回戦終了時(初日)スコア
村上31.8 愛内5.7 たろう△2.3 淵田△7.7 (宮本△23.5)
2014年8月31日、第9期飯田正人杯・最高位戦Classic決勝2日目。
この日の5半荘で勝者が決まる。
初日放銃ゼロ、鉄壁の受けを魅せた淵田。
たろうらしい“と表される積極的にイニシアチブを取る麻雀をいつも通り魅せたたろう。
参加する局、しない局、その判断バランスに優れた一面を魅せた愛内。
骨のある3者を前に、自身2度目のクラシック制覇に向けて初日を首位で折り返した村上だったが、まだまだ山場は多そうである。
6回戦
起家から愛内、村上、たろう、淵田。
最初のアガリはたろう。
空振りに終わったものの東1局にもリーチを放ち、続く東2局1本場には1枚目のから仕掛けて翻牌を2副露して東の加槓と、この局も積極的に攻めて場をリードする。
ポン ポン⇒加カン ドラ
これを終盤にツモアガって1600/3200。
この半荘についてはこのままたろうがリードしていくのかと思ったのだが、東3局。9巡目に村上が789の三色聴牌でリーチを放ち、14巡目に辺をツモアガっての2000/3900。
ツモ
簡単にたろうにペースを握らせない。
村上は南1局でも3巡目にドラ暗刻のチャンス手をテンパイし、即リーチ。
このペン待ちも6巡目にあっさりツモアガって2000/4000。クラシックルールにおいてこの半荘大きなアドバンテージを得る。
南3局1本場には愛内にタンヤオドラ1の2600は2900を放銃となるも、下記一手変わり三色同順となるチャンス手を2900で終わらせられたと考えれば、むしろ村上にとって悪い展開ではないだろう。
ロン ドラ
■6回戦 結果
村上:37400 愛内:32400 たろう:29500 淵田:20700
■6回戦終了時トータル
村上51.2 愛内12.1 たろう△6.8 淵田△29.0
初日首位で折り返した村上が、この日もトップスタートと、クラシック制覇に向けて快調な滑り出しとなった。
7回戦
起家から愛内、村上、たろう、淵田。
この半荘も最初のアガリはたろう。
東1局、を暗槓した後、リーチツモで、60符3ハンの2000/3900。
ツモ ドラ
最近の主流である繰り上げ満貫とはならず、2000/3900や3900オールとなるのもクラシックルールの特徴の一つだ。
東2局ドラ
2度目の戴冠を狙う村上に、この日最初の山場が訪れる。
6巡目、トータルポイントで2着目に着ける愛内から先制リーチが入った直後の村上。
ツモ
オヤでタンヤオのリャンメン待ちテンパイ。
しかも尖張牌のを4枚使っての待ちと、待ちとしてはめくり合いをするのに十分優秀であると言えよう。
だが、テンパイを取るために切る牌はドラの。
これで放銃すればもれなくドラ2以上。現在自分がトータルトップ目で、リーチを掛けている愛内が2番手では、なかなかドラに手を掛けにくい状況でもある。
それでも村上は、打を選択し、テンパイを取った。
愛内の捨て牌には
全34種中、通ってない牌はまだ28種もある。
村上の手牌にある愛内の現物は1枚のみ。
で放銃すると高打点であるのは間違いないが、放銃となる確率としてはそう高くはない。
そして、何よりめくり合いになった場合、この待ちなら勝算が十分あるとの判断だろう。もちろん、で「ロン、8000」と言われることもあるだろうが、これが冒頭にも記した“実らないかもしれない最善手を選び続ける”ということである。
村上は打の後、他家にもが鳴かれなかったのを確認し、次巡追いかけリーチ。
1巡回したのは、が鳴かれた場合に戦う相手が2人となるため、そうなったときにはダマテンに構え、終盤に入ってオリるという選択ができるように、との考えか。
結果、村上がこのめくり合いを制し、愛内から3900をもぎ取る。
麻雀のタイトル戦決勝が配信されるようになった昨今、そのほぼ全てに目を通している私の印象として、こういった選択を迫られる局面で、損得を抜きに弱い心に流されず押し切ってアガリをモノにした者がタイトル戦決勝を勝ち切っているように思う。
村上は「単に得だと思う選択をしただけ」と言うかもしれないが、体勢論者である私の見解としては、この1局で村上の優勝が決まったと確信していた。
あとは「8888888888」「優勝おめでとうございます」などのお祝いコメントを打つだけだな、と気の早い私はここで別件の所用にとりかかる。
麻雀放送は長時間になるものが多い。
接戦が続くと目を離せず最後まで見続けることもあるのだが、勝負が決まったと判断すると、あとは“タイムシフト視聴”というニコニコ生放送の機能を使い、日を分けて観るようにしているのである。全くもって個人的な話だが…。
所用を終え画面の前に戻ると、ちょうど最終10回戦が始まるところだった。最終戦をトータル首位で迎えたものが座るはずのラス親席に愛内の姿がある。
・・・なにがあった!?
それが、私が最初に抱いた感想だった。大舞台での経験値という観点から、勝負がもつれるならば村上に競ってくる相手はたろうであると思っていたからだ。
しかし・・・
■7回戦結果
淵田:47100 鈴木:30300 村上:28600 愛内:13000 供託:1000
■8回戦結果
愛内:39300 鈴木:35300 淵田:23600 村上:21800
■9回戦結果
愛内:45100 淵田:29400 鈴木:24600 村上:20900
「村上がキー局を制した」と私が思った7回戦ですら3着、8回戦、9回戦はラス。どうやらそう簡単には勝たせてもらえないようだ。
一方、愛内は7回戦こそラスだったものの、8回戦9回戦とトップ。
後日タイムシフトで見直しても、このポジションに居ることに誰しもが納得の良い麻雀を打っていたように思う。
僅差のトップで迎えた9回戦のオーラスにおいてマンズの一色手に寄せてアガリ切ったときの判断など、クラシックルールにおける加点の重要性をよく理解した素晴らしいアガリであったと思う。
チー ロン ドラ
■9回戦終了時のスコア
愛内31.5 村上4.5 鈴木△1.6 淵田△6.9
順位点だけでもトップラスで24pt変わるだけに、全員に優勝の目があるともいえなくないが、アガリ連チャン・ノーテン罰符なしのクラシックルールではアガリが生まれないまま局が進むことも珍しくなく、やはり2位と27pt離したトップ目に立つ愛内が最も優勝に近いのは間違いないだろう。
10回戦(最終戦)
起家から、淵田、たろう、村上、愛内。
東1局ドラ
配牌ドラ対子の村上が7巡目にテンパイし、先制リーチ。
しかし、空振りに終わり、流局。
東2局1本場供託1000点ドラ
イーシャンテンで親のたろうがドラのをリリース。
ツモ 打
愛内がこれを鳴いてイーシャンテンにすると、次巡が暗刻になりテンパイ。
ポン
鈴木もテンパイして2人の手牌がぶつかったが、流局。
村上、愛内、共に高打点のテンパイを入れるもアガリにまでは結びつかない。
東3局2本場供託1000点ドラ
まずは親の村上が5巡目にドラ切りリーチ。
これに対してたろうは以下の手牌。
MAX倍満まで見える勝負手のイーシャンテンだったたろうがツモ切りで飛び込み、3900は4500。
東3局3本場ドラ
7巡目に親の村上が先制リーチ。
他家3者も手牌が整っており、腹を括って押し返してくる中、11巡目にドラのをツモアガって大きな大きな2000は2300オール。
東4局5本場供託1000点ドラ
5巡目に親番の愛内がリャンシャンテンながら、形優先でドラの切り。
ツモ 打
ドラの価値が高まるクラシックルールにおいても、こういった早い巡目でのドラの見切りというのが愛内の特徴の一つにある。もちろん常時ドラの扱いが軽いというわけでもないのだが、アガリを意識した局ではかなり積極的なドラ切りをする印象だ。
11巡目、その愛内がテンパイし、ダマテンを選択。
同巡、たろうにもテンパイが入り、こちらもダマテン。
16巡目には淵田までもテンパイを果たす。
ホンイツにツモり三暗刻がついている大物手だ。
結果は流局となったが、3者の待ちが重なるこの3軒テンパイに、場の高まりを感じずにはいられない。
東場を終え、村上が41400、愛内と淵田が27700、たろうが22200。同点の場合は順位点を分けることとなるため、この段階でのトータルポイントは
【愛内29.2 村上27.9 淵田△9.2 たろう△22.4】。
愛内と村上は僅差で、ひとアガリ生まれるごとに2転3転するような大激戦となっている。
南1局6本場供託1000点ドラ
4巡目に下記手牌となった村上。
ツモ
ここから打、次巡ツモで打と、目一杯には構えずにリャンメンを固定してスリムに構えていく。
ところが、この直後からたろうがソウズのホンイツで仕掛け始めると、下の牌姿から
ツモ 打
タンヤオに寄せ、を暗槓した後、たろうの打ったドラをチーしてテンパイ。
汩獥
これを見事ツモアガり、800/1600は1400/2200に供託もゲット。このアガリでトータルトップ目に立つも、淵田のオヤカブリにより愛内が単独2位に浮上したため、差はまだ2.1pと微差。
南2局ドラ
9巡目に愛内がチートイツのテンパイを果たすも、待ちであるドラのは他家に1枚ずつでヤマには1枚も残っていない。
後がない淵田もリーチ、親のたろうも3副露と、誰かしらにアガリが生まれてもいいんじゃないかと思うほど場に熱を感じたものの、結果は流局。
南3局1本場供託1000点ドラ
13巡目、親の村上にチャンタドラ2のテンパイが入る。
同巡、最後の最後まで絶対に諦めずに自身の優勝のために最善の選択を続ける男・鈴木たろうが、フリテンながら確定のタンピン三色テンパイを入れ、リーチを放つ。
実はこれ、11巡目に下記の高目タンヤオ三色一盃口のテンパイが入るも、テンパイを取らずにたどり着いた最終形。
ツモ 打
私が張本勲なら“アッパレ”をあげたいところである。
このリーチを受けて、村上が一発目にひいたはたろうに無筋。
自身がトータルトップ目でラス前、もう3段目に入っており、ノーテン罰符の無いルール。
そして、トータルで現在ラス目にいるたろうのこのリーチが安かろうはずがない。
一見オリたくなるような状況だが、たろうに8000を打っても今度はたろうがこの半荘2着目に上がり、愛内は3着目になる。
となればそれを差し引きで考えると、まだまだ現実的な優勝条件は残るため、目の前にある12000がアガリに結びついたときの有利さを考えれば、ここでのリスクの前倒しは当然とも言える最善の積み重ねであろう。
一方そんな状況を受けての14巡目、愛内はこうなっていた。
ツモ
はたろうの現物で、押している村上のスジ。
手なりなら打だが、愛内はここでのツモ切りを選択する。自分でを切っていることもあるのだが、この手牌にこの景色、に手を掛けない自信が私にはまるでない。
場に就き闘ってる者だから止まるなのか、理詰めで止められるなのか、今の私の知識量では分からない。しかしこの”当たり牌”を切らずで村上のアガリを潰し、流局に持ち込んだことで、視聴者のオーラスに向けた期待感は最高潮に達していたことだろう。
私が桂歌丸なら、座布団3枚はあげたいところである。
南4局2本場供託2000点ドラ
淵田と鈴木は条件が厳しく、ほぼ村上と愛内のアガリ勝負。
最初に聴牌を入れたのは・・・・・村上だった。
この役無しテンパイをダマテンにする。
仮に愛内がテンパイしていたとしても、ノーテン罰符なし・アガリ連荘であるため、流局に持ち込んでも勝ちが確定する。そのため、愛内の上家に位置する村上の立場では、後に愛内に対して対応できるようリーチは掛けたくないところ。
ところが次々巡、村上は逡巡の後、「リッチ!」を発する。
この2巡で変わったことと言えば、が3枚場に見えたことで、自分の手がリャンメン待ちの役有りテンパイに変化する可能性が下がり、愛内がこの先仮にを引いても使えない可能性がほんの少しだけ上がったということぐらいのように見える。
それが、リーチに・・・否、リッチに踏み切った理由なのだろうか。
脇からは出ることはまずない状況なので、リーチのメリットは愛内が切ったをしっかり咎められること。
リーチしないメリットは、終盤絞りに回るという選択肢が持てること。
どちらかを選べばどちらかのメリットは放棄することとなる、難しい判断である。
対局後、とある有名競技選手がツイッター上で「ちょっとだけ得な選択」とこのリーチを評していたぐらいであるし、きっとこれも最善の積み重ねということだろう。
11巡目、村上がをツモアガり、この熱戦に幕を閉じた。
そんなこんなでアナコンダ、「飯田正人杯・第9期最高位戦Classic」は村上淳の優勝となった。
初の最高位戦Classic決勝の配信だったわけだが、対局内容も素晴らしく、放送としても大成功だったように思う。
最後まで村上と競って対局を盛り上げた愛内よしえ、随所に独特な受け判断を魅せた淵田壮、淡泊になりがちなクラシックルールの対局をよく動かし放送的に緩急をつけてくれた鈴木たろう、優勝した村上淳を含め、4人の個性がぶつかりあったからこそこのような面白い対局・放送になったのだろう。心から感謝の言葉を贈りたい。
おもろい対局を、あざーーっす!
■最終結果
優勝 村上 淳 38.5
準優勝 愛内 よしえ 30.6
第3位 淵田 壮 △17.1
第4位 鈴木 たろう△25.5
(文責:玉利一)
編集より: 鈴木たろうプロ(日本プロ麻雀協会所属)を上記観戦記中ではネームブランドと畏敬の念をもって「たろう」と統一表記にさせていただきました。