コラム・観戦記

【第38期最高位決定戦第3節観戦記 その1】鈴木聡一郎

村上 淳(ムラカミ ジュン)
人間
性別:男性
生年月日:1975/4/10
血液型:B型

中堅の中では最強との声も多く聞かれる村上が、この決定戦では苦戦していた。
気付けば、大差をつけられたまま折り返し地点の3日目。
この3日目で、ある程度の巻き返しがないとかなり厳しい。
立ちはだかるのは、規格外の攻撃力を持つトータルトップの新井である。
村上は、これまでの経験を結集し、どこまで新井の攻撃を抑え込んでカウンターを浴びせることができるだろうか。


3日目開始時点のトータル
新井 +225.9
近藤  +59.6
佐藤  △93.7
村上 △193.6

対局開始前のコメント概要は以下の通り。
村上:

いつも通り。
佐藤:
今年は1位との差をあまり気にせずに。
近藤:
1日目と同じ気持ちで。
新井:
ポイントを守るということには向いていないので、いつも通りに攻める。

9回戦
起家から村上→新井→近藤→佐藤の順。

東1局ドラ
追いかけるオヤの村上が、幸先良く6巡目リーチ。


 

なんとこのが8枚ヤマに残っている。
難なくツモアガリかと思われたが、このが他家に流れてしまい、逆にが重なった近藤が押し返してテンパイ。

 

   ポン


しかし、近藤は最終手番にを引くと、が3枚切れということもあり、少考の末ツモ切りで2900の放銃となった。

 

   ロン   ドラ

 
テンパイ料のあるルールでは、「ここさえ凌げば確実に加点(もしくは失点回避)できる
最終手番では、危険牌を押すのも有効な選択になることがある。とはいえ、ドラのが見えていない状況で危険牌を押すのはどうだったか。
少なくとも、近藤の「今日もいつも通り攻めるよ」というコメント通りの意思表示であると受け取った。

東1局1本場ドラ
イーシャンテン一番乗りはここでもオヤの村上。
5巡目にはこの形。

 

 

ところが、マンズのホンイツ狙いで3シャンテンだった南家の新井が連続で有効牌を引き、わずか4巡で村上を抜き去る。
   ツモ

 

ピンフがつくのでダマテンでもマンガン以上だが、新井の選択はリーチ。
自分の目からが4枚見えていること、全体的にマンズが安いことを踏まえた上で、仕掛け始めた近藤を制止しにいった。

新井のリーチ一発目、村上がド高目のを掴んでしまう。

 

   ツモ

 

新井の河は

 

 

新井のリーチをどう見るか?
ホンイツは確かにあるが、ホンイツであればダマテンにする可能性が高いため、本線はマンズの一気通貫絡みか。
また、チートイツだとすれば、1枚切れの、生牌のと待ち頃の牌を切ってのリーチであるため、ドラ単騎辺りだろうか。
いずれにしても「マンズを切るならテンパイ打牌」という意思の下、村上はいったんが3枚見えていてワンチャンスの打を選択していく。


この忍耐力が村上。

門前での攻撃力が目立つ村上だが、手数が少なく打点力のある村上を支えているのは、実はこの守備力に他ならない。
一撃が決まったときにしっかり上位に浮上できるように、耐えるところは徹底的に耐える。
耐えて、耐えて、バネのように沈み込んだところから一気に力を放出して大きな一撃。
これは正に

 

「The Mahjong」

 

麻雀の王道と言っていいのではないだろうか。
我慢に我慢を重ねて、しっかりと本手をぶつけていく。
一見すると簡単なようで、なかなか真似できるものではない。
並外れた忍耐力が、村上に麻雀の王道を歩ませる。

の後、依然としてテンパイが入れば倍満の放銃となる村上であったが、次巡にを引いてギブアップ。
また、近藤もが浮いていたが、すぐにオリを選択。
新井の1人テンパイで流局となる。

この局について、新井は「あの場況なら私的には鉄リーチ。結果に後悔は無し!」と答えてくれた。
この割り切りと、これをリーチに行ける傲慢さが新井の強さの秘訣。


「絶対ゴーマニズム宣言」

 

それが新井の根底にある。
この辺りは現雀王・鈴木たろうプロを想起させる。
村上が麻雀の王道なら、新井が行くのは覇道。
どちらの道が最高位に到達するのであろうか。

 

 

東2局2本場供託1000 ドラ
トータルトップ新井のオヤ番に合わせて、佐藤と近藤がリーチ攻勢。


南家近藤

 

西家佐藤


親番の新井の手牌

    ツモ   ドラ


佐藤のリーチに対しては押していた新井だが、2軒リーチとなってはさすがにきつい。
通常2軒リーチに対してはオリを選択するのがセオリーで、よほどの手牌でない限りイーシャンテンから危険牌を切って手を進めるなどもってのほか。
また、現在トータルトップという新井の立場であればなおさらオリを選択したいところで、手牌には安全牌候補のが3枚ある。
しかし、新井はここから危険牌のを何の躊躇もなくツモ切る。
画面越しに効果音が見えた。

 

「ブンッ!」

 

新井の持ち味はなんといっても後手を踏んだときの押し返し。
後手を踏んだとき、競技選手の多くが手を回しながらスマートに「斬り込む」という押し返しを見せるのに対し、新井の押し返しは異質である。
新井の押し返しは、真正面から飛びかかって「殴り返し」にいくイメージ。
要は、「ただのケンカ」。
他人が攻めないところを、『おい、肩ぶつかってんだよ!』と難癖つけて一瞬で跳びかかる。
はっきり言って狂っている。
この辺りは10年ほど前に發王位を獲得した頃の現鳳凰位・瀬戸熊直樹プロに似ている。
そんな「狂気の戦闘民族」新井は、次々巡に引いたでテンパイを果たすと、2人に通っていないドラまたぎのを当たり前のように切ってリーチを宣言し、当たり前のように佐藤に3900は4500を放銃した。


  ロン  ドラ ウラ

 

このポイント状況と河情報で、この放銃ができるのはおそらく最高位戦で新井ただ一人。
決定戦初出場であるのにもかかわらず、攻撃の手を緩めないどころか、ポイントを持ったところから一層攻撃の姿勢を強めていく。


解説の石橋が言う ― 「過剰に攻めを意識している」

 

その通り。
この放銃を見て、やりすぎだと思わない人間がいるだろうか。
しかし、1つだけこの放銃を正当化する方法が存在する。
やりすぎな放銃をしたからこそ可能となる、やりすぎなアガリを取ることである。
そのようなやりすぎで傲慢なアガリを積み重ねてきたからこそ、新井は大きなポイントを持ってこの席に座っている。

その後、新井と村上にアガリが出て南入。
南1局ドラ
点数状況は下記。

村上40700、新井30700、近藤19900、佐藤28500
まずはオヤの村上が7巡目にリーチ。

 

 

これを受けて丁寧に回りながら10巡目にテンパイを果たしたのは北家佐藤。


   ツモ

 

は生牌で、周辺がある程度切られており、悪くはなさそうといったところ。
佐藤はリーチを選択する。
佐藤の持ち味は

 

「瞬発力」

 

局の中で有利な待ちになっていると判断すると、何人相手がいようと、ある程度押して鋭い待ちでスパッとアガり切る。
「アガる」ということに関する才覚に関しては、群を抜いていると思われる。
今局もそうかと思われたが、実は違った。
対局後に佐藤に聞いたところ、佐藤はリーグ戦であれば7:3ぐらいでこのリーチをかけないと返答。
それもそうだ。オヤリーチが相手で、こちらは2600のカンチャン。ぶつけるには見合わない。
しかし、トータルで300ポイントほど新井に離されている佐藤としては、この後このような勝負を何度もしていかねばならないこととなるだろう。
ここでは、佐藤がヤマに2枚生きていたをツモり、ウラ1で2000/4000。


   ツモ   ドラ  ウラ

 

アガりはしたものの、「若き瞬発力の天才」が、この段階ですでにある程度無理をしなければならない状況に追い込まれていることが浮き彫りになった。
とにもかくにも、これで佐藤がこの半荘トップ目に立つ。

南2局ドラ
新井28700、近藤17900、佐藤37500、村上35900
新井以外の3者からすれば、新井が3着以下(マイナス)の状況では、あっさり新井のオヤを流したいところ。
そんな中、村上にあっさり5巡目テンパイが入ってリーチ。


 

ドラ3高目三色の大物手だ。

このリーチに対して向かっていったのは、
お待たせしました、オヤの新井。
『誰のオヤ番だと思ってんだよ!』ではなく、一応ちゃんと「リーチ」と発声。

 

 

しかし、新井のリーチ宣言牌がで、村上に12000の放銃となる。


   ロン ドラウラ

とにかく強気にケンカを売り続けて今決定戦をリードしてきた新井がついに捕まった。
これでこの半荘、新井がラスとなり、追いかける3者としては最高の展開となる。
冒頭のコメントでは、通常営業を宣言した新井以外の3者も、この展開になったら話は別だ。
ある程度新井を押さえつける意図を持っていくことになるだろう。

南3局ドラ
近藤17900、佐藤37500、村上47900、新井16700
11巡目にオヤの近藤がリーチ。

 

 

佐藤・村上からすると、新井のラスを固めるためにこのオヤにはある程度アガってもらってもかまわない。
佐藤も村上も基本的にはオリを選択するはずで、近藤と新井の一騎打ちが想定される局面。
しかし、佐藤に手が入りすぎていた。
佐藤は、近藤の一発目にツモリスーアンコのテンパイを果たす。



 

これでは、オリることができない。
オリる理由がない。
佐藤が次巡にをツモ切りすると、近藤からロン。
リーチピンフドラ1ぐらいか。


   ロン ドラウラ

 

これがなんと18000。
不運の佐藤がこれで3着転落。

南3局2本場ドラ

近藤40100、佐藤18500、村上47900、新井13500
オヤ近藤の10巡目。

 

   ツモ

 

が2枚切れ・が1枚切れながらマンズが安く、オヤ番であれば打とする打ち手が多そう。
他方、近藤は打でピンズの一気通貫を見つつイーシャンテンを維持。
するとすぐにピンズが伸びて思惑通りピンズの一気通貫含みで13巡目にリーチ。



 

近藤の河はこう。




 

そして、このリーチが新井の肩に触れる。肩幅広っ!


北家新井
   ツモ


巡目を考えれば、このは押しにくい。
は良さそうに見えるため、いったん辺りを切っておいて、すぐテンパイした場合のみを勝負するのが一般的か。ちなみに自風のは1枚切れ。
珍しく新井が少考。
そして、

 

「ブンッ!」

 

がツモ切りで打ち込まれる。

先に仕掛けて下記テンパイを入れていた南家佐藤もを音速でツモ切って勝負。

 

   チー   ドラ


しかし、勘違いしないでいただきたいのは、佐藤の方はテンパイからの押し返しということ。
そうそう、これが正常な人間の反撃だ。
なんだか無性に佐藤を応援したくなる。
それが正常な人間の感情だ。

だが、新井が次巡にあっさり追いつく。
しかも、一発目にを打ったためにテンパイに取れるを引いてのテンパイである。

 

   ツモ

 

なんということだ。
こんなことがあっていいのか。
新井はこれをリーチしてあっさりツモ。
新井の肩にぶつかって先行していった人間どもを拳一つでねじ伏せる。


   ツモ   ドラウラ

 

1000/2000は1200/2200。
何度後手を踏んでも殴り続け、気付けばラス抜け。
逆にラスに落とされてしまったのは、さきほどまでトップ目だった佐藤。
きっとこれは悪い夢か何かだろう。
そうだ、たぶんこの後、「大成功」と書いた看板を持って代表の新津が登場するのだろう。
そうでなければ居たたまれない。

南4局ドラ
佐藤17300、村上46700、新井19100、近藤36900
このオーラスは、佐藤・新井のアガリ競争局。
事件は2巡目に起きた。
事件の主はもちろん新井。
新井は2巡目にをツモる。


   ツモ

 

すると、なんとここからドラのを叩き切ったのである。
解説席では人間の総意が、驚きの声色で代弁される。


「これはもったいないのでは?ドラが重なれば少なくとも素点を稼ぐチャンスになるし、なにより佐藤にポンされたら一大事ですよ。」
 
これに対して新井は言う。

 

「もったいないとは思えない。絶対的にアガリが優先の局面なのだから、役牌同士ならドラからが自然」

 

つまり、東場の子方でどうせ切るなら東からというあの発想と同じである。鳴かれたら嫌な牌は、どうせ切るなら相手に重なる前。
新井はこう続ける。

 

「親の佐藤にポンされるのは寒いですが、村上・近藤がポンする分には自分には得だと思う」
村上・近藤がポンした場合、オリていたらラスになってしまう佐藤が圧倒的不利ということである。
「また、ポンされなければ脇の打点が2000点未満になる可能性が高まるので得。
単純に自分がアガった時の点数は落ちますが、順位点を取りやすくするべきと思う」


人間にとって奇異に見える手筋でも、新井にとっては必然。
ただ、このドラ切りについて真に特筆すべきポイントは、あの悪配牌から「アガリを取る」という闘志を心の底から持てることではないだろうか。
それが新井にはあり、我々人間にはない。
その違い。

そして、まっすぐに手を進めると、新井は9巡目に村上の切ったをチーしてイーシャンテン。


   チー

ここで、人間側・新井側共に確認しておきたいことがある。
新井の仕掛けに対する「村上の姿勢」である。
この半荘トップ目である村上の姿勢としては、2通り考えられる。


1.この半荘のトップを確定させるために、新井の手を進めさせる牌を切っていく
2.この半荘のトップをまくられるリスクを負ってでも、トータルトップである新井の手を進ませないように打ち、新井のラス落ちを狙う

 

村上がどちらを選択するのかに注目が集まる。
村上は、手牌にがあるにもかかわらず、(2枚切れ)、と打ち始める。
そしてこの後、村上の手から789の関連牌が打たれることはなく、終盤にリーチをかけた近藤・佐藤の2人テンパイで流局する。

ここで1つの共通認識が生まれた。
「村上は新井に厳しく打っていく」
それが、村上の「至高の忍耐」が出した答え。

南4局1本場ドラ
佐藤17800、村上45200、新井17600、近藤37400
新井がラスに落ちたとはいえ、村上・近藤がツモアガリすると新井が3着に上がってしまうという状況で、村上が近藤から2600は2900。


   ロン


村上の強い意思が、新井を封じ込める結果となった。

第9回戦結果
村上 +50.1  近藤 +14.5  佐藤 ▲22.2  新井 ▲42.4
第9回戦終了時トータル
新井 +183.3  近藤 +74.1  佐藤 ▲115.9  村上 ▲143.5

 

第38期最高位決定戦第3節観戦記 その2 へ続く・・・

 

 

記:鈴木聡一郎

 

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