コラム・観戦記

【第12期女流最高位決定戦最終日観戦記】小山直樹

――シンデレラ・ガール。
薄幸の少女が、魔法で王子様と結婚するというサクセスストーリー。

知名度も高く、決勝経験も多い石井・野添・茅森の三選手。
彼女らの前評判を覆し、一躍女流最高位の座に輝いたのが花本まなという選手。
初の決勝という舞台で瞬く間にトップ選手として躍り出たまさにシンデレラ。
そのシンデレラ・ストーリーをご覧あれ。

1日目終了時トータル
石井 あや 21.8
野添 ゆかり 12.1
花本 まな 4.3
茅森 早香 -38.2

茅森が出遅れた感があるものの、残り4回戦このポイント差では誰が勝つのかは全く想像もつかない。
苛烈で、素晴らしい戦いの予感がした。

5回戦(全8回戦)

起家から野添・花本・茅森・石井

 

東1局 ドラ

いち早くイーシャンテンにこぎつけたのは花本。

 


 

ドラドラのイーシャンテン。しかし形は苦しく、有効牌を引けぬままツモ切りが続く。
その間に三者もやはり追いついてくる。
石井はピンフのイーシャンテンに、そして茅森は


 

タンヤオ三色のイーシャンテンに。ここからと引いて345から234にスライド。
東1局から大物手のぶつかり合いかと息を呑むものの、花本から3枚目のを打たれ茅森はしぶしぶチー。
さくっと2000点を野添から出あがる。

東2局 ドラ

西家の石井が流れるような手順でリーチ。

ここへ追いかけでぶつけていったのが茅森。



ターツ選択で残したカンを引き入れてのこのリーチは手ごたえ十分。実際山に3枚残りと十分な勝負ではあっ

たが、を掴み石井に2600放銃となってしまう。

東3局 ドラ

ファーストテンパイは野添の6巡目。

ドラを切ればと1枚切れの待ちのテンパイ。ここから野添は打のテンパイとらず。次巡にツモで最高のリーチ。
このリーチの直前、親の茅森にもテンパイが入る。

 


 

前巡にを切っており、親につきカンのリーチに踏み切る手もあるが、ここは打点上昇のアンカン。しかしすぐに野添のリーチを受け、さらには野添にもツモ切られてしまう。
ドラを引き入れて野添と同テンのでリーチを打つものの、高めをツモられ満貫の親被り。
初日同様、どうにもうまくいかない女王茅森である。

続く東4局は花本が9巡目にリーチ。
これに野添がすっすっとダマで押す。
親の石井が手詰まってしまい、ノーチャンスのを打つとこれが野添の5200に捕まる。


   ドラ 

 

南1局は茅森がドラアンコリーチを打つも流局。
茅森はさらに南2局にもリーチを打つ。


   ドラ

 

8巡目リーチだが、この河が非常に強い。



 

こんな河全くわかりません!
タンピンのイーシャンテンとなったトップ目野添からを討ち取り、裏も乗せて大きな大きな3900。

迎えた南3局。ここで勝負は早くも大きな大きな山場を迎える。
ドラ

 

 

西家野添が5巡目、


 

 

ドラドラ四暗刻のイーシャンテンに!
すぐに出たをポンして高め出跳、ツモ倍のテンパイを組む。
するとこの鳴きで茅森にテンパイが入りリーチ!



 

ここで野添は一発でを引くと、現物ののトイツ落としにまわってしまう。
打点十分のため押してもよさそうな気はするのだが・・・やや不安がよぎる。
かたや花本の手牌。

   ツモ


の2枚切れを見て現物の打とするが、次巡ツモでテンパイが入ってしまう。
打ち出さなければならないのはドラの
正直、これまでの花本を見ていると、通ったばかりのを抜いてオリるか、あるいはのトイツ落としでオリ打つというケースもあるかもな、と思った。
しかし少考後、を横に曲げて打ち出す花本。

戦いの前、花本は「あたしらしい、後悔しないような戦いをしたいし、そんな姿を見てもらいたい」と語っていた。親リーチに腹を括ってかぶせる。これまで、どこか弱弱しい、迷うような花本の姿はそこにはなかった。

対する野添。このドラはアガリ逃しとはなるが、ポンすれば待ちのテンパイ復活となる。2軒リーチとはいえ二人にはドラが無いことがわかり、待ちも非常に良く、押し返す選択もあった。だが、声は出ない。恐らく、逡巡はあったのではいかと思う。え、ドラ出るの?アガリ逃した、でもここからまた鳴くの?と。

野添も、「去年一歩及ばなかったのは、どこかで腹を括れていなかったように思う。今年は後悔しないよう、腹を括った麻雀を打ちたい」と話していた。

思っていても咄嗟に自分は変えられない。良くも悪くも。

筆者は野添とは同じ店での勤務経験があり、野添のことはそれなりに良く知っている。
ここで押せないのは野添の弱さであり、ここで押さないのは野添の強さでもある。

ただ、もし野添の敗因があるとするならば、それはこの局、この一瞬腹を括れなかったことかもしれない。

 

何度となくアガリを逃したのは結果論に過ぎないかもしれない。この半荘、結局野添はトップだったのだから勝負所は他にあったのかもしれない。でも、この1局で垣間見えた、勝負に対する姿勢が、気持ちが。既に左右していたのかな?と筆者には思えて仕方ない。

 

決着はギリギリまでもつれたが、最終ツモで茅森がを掴み放銃。裏ドラも乗り3900が移動。
オーラスはハイテイで親の石井がオリにまわり、花本の一人テンパイで終了。

5回戦終了時スコア(カッコ内はトータルポイント)

野添 +36.5(+48.6)
花本 +13.4(+17.7)
石井 -14.1(+7.7)
茅森 -35.8(-74.0)

☆6回戦☆

家から、野添―石井―茅森―花本

 

東1局は花本が野添から2000点をあがって迎えた東2局。
茅森が終盤に先制リーチすると、あっさりとツモ。

 ツモ ドラ 裏


これまで乗り切れず一人沈んでいた茅森だが、ようやく復活の狼煙をあげた。
続く親番こそ石井の早い仕掛けに2000点放銃してしまうが、東4局にも

  リーチツモドラ

 

この1300/2600ツモで一気にダントツへ。

南1局は、石井の珍しいバックの仕掛け。


   
   ドラ

 

ダブと三色のバックではあるが、石井という選手はこういう形の仕掛けはしないようなイメージがある。
ドラドラ仕掛けの野添のポンにいち早く反応した、ということなのだろうか。この仕掛けがぴたりと嵌り、あっさりとダブ南で2000点のアガリ。

加点したい茅森だったが、南2局はピンフドラドラのリーチを打つも、ツモ番すら回ってこないうちに花本にかわされる。しかし、迎えた親番。女王の意地が光った。

南3局 ドラ

 

全体牌譜

1巡目からポン、3巡目にをポンしてこの形。


      

 

ここから、ノータイムで打。早い巡目だからトイトイをつけたい、あわよくば混老三色同刻までという打点志向かつ味のある一打。
2巡後ツモ、そしてツモ!テンパイを取れば700オールだったのが一度のテンパイとらずで3200オールになった。この嗅覚は流石である。

南3局1本場 ドラ

この局も茅森は苦しい配牌から12巡目、

 


 

きっちりと打点を見据えたイーシャンテンに。
しかし、花本がドラのを手繰り寄せる。開かれた手牌は

   ツモ

なんとヤミテンの3000/6000。
正確な手順にツモがかみ合い、トップ目茅森を射程圏内に入れた。

オーラスを迎えて点棒は
花本 40500
野添 16400
石井 19400
茅森 43700

南4局 ドラ

 


 

不思議なのは、茅森、石井の打牌だった。


をポンしてと落としてきた親の花本。明確に危険信号である。
この信号を見落としたのだろうか?
トップ目茅森が苦しいリャンシャンテンからまず打たなさそうな初牌のを打ち出し花本がポンテン。
2分の1くらいで12000といわれそうなを石井が吸い込まれるように先切りで放銃。
逢魔が時、だったのだろうか。麻雀に潜む魔物に魅入られたとしか思えない、そんな出来事が起きてしまった。

6回戦スコア (カッコ内はトータルポイント)

花本 +51.5(+69.2)
茅森 +22.7(-51.3)
野添 -24.6(+24.0)
石井 -50.6(-43.1)

花本が少し抜け出して首位に躍り出た。
茅森・石井は自分がトップをとりたい、そして三者の一致として花本をなんとか沈めたいところ。

 

 

☆7回戦☆

起家から茅森―野添―石井―花本

 

東1局 ドラ

開局、石井が渾身のリーチを放つ。


 

高め三色のドラドラピンフ。
このリーチの一発目の花本の手牌がこちら。


   ツモ

 

を切ればテンパイだが・・・
先ほど茅森の親リーチにピンフでドラを押した花本ならば、これもいくか?と思ったが、冷静にと落とし降りていく。ポイント状況も鑑みた押し引きなのだろう、非常にバランスの取れた押し引きを見せる。

これでは流局かと思われたが、石井がきっちりと高めをツモって3000/6000。この土壇場で、やはり石井もプライドにかけて、このままじゃ終われない

東2局 ドラ

しかし花本も負けてはいない。お返しとばかりに

 


高め三色のリーチ。同巡、茅森もおいかける。

 


 

この時二人の待ちは山に互いに2枚と五分のめくり合い。茅森が花本から直撃を取れるようであれば、勝負の行方はわからくなってくる・・・が、安めながら花本がを引き当て1300/2600。

東3局 ドラ

三色場、というのがあるのかどうかはしらないが、茅森の先制リーチはまたしても高め三色。安めの700/1300をツると東4局。だ、まだ。こんなものじゃ終わらない。そんな声が聞こえてくるような、茅森のリーチ。

 

   ドラ

 

入り目がと三色が崩れる形となったが、贅沢は言っていられない。なんとかこれをツモって花本に親かぶりでもさせて・・・

   ツモ

そんな茅森の望みも、あっさりと花本に止められる。
すっと現物を打ち出しての現張りヤミテンをすぐにツモ。ハネマンをツモったはずのトップ目石井にあと2000点というところまで追いついてしまう。

1本場は野添が二役ドラ1の1600/3200をツモり、上位の争いに加わってくる。

南入の時点での点棒は、
茅森 21000
野添 29700
石井 37000
花本 32300

茅森が若干苦しいがまだまだ混戦模様。ここから花本を沈めるぞ!という三者の思惑は、見事なまでに打ち砕かれることとなる。そう、ここからはもはや花本劇場の始まり。

まずは南1局。


   ロン   ドラ

 

あっさりと7巡目にヤミテンすると、茅森から3900出アガリ。

 

続く南2局はというと


   ドラ

 

この配牌を手にすると2巡目のツモは、3巡目に急所のカンをチーしてテンパイ。
ほどなく6巡目に満貫ツモ。
ダメ押しに近いこの満貫。他の3人ははもう苦笑いしか出ないか。一瞬、三者の戦意が削がれたのが見て取れた。

 

流局を挟んだ南3局1本場、ここでも花本が魅せる。

配牌からチートイツに決め打つと、ミスなく10巡目にドラの単騎のテンパイを果たす。

 

ここでをもってくると打。すぐさま茅森が掴み1600点の出アガリ。
追われる立場、しかもトップ目と来たらドラはあがれずともあまり放したくはない。
だが、この非常に良さそうな単騎ならば、すぐにあがれると踏んでの待ちかえだろう。非常に冷静かつクレバーな選択といえる。
オーラスは親番で悠々と手牌を伏せ、いよいよ花本が女流最高位に王手をかけた。

7回戦スコア(カッコ内はトータルポイント)

花本  +44.1 (+113.3)
石井  +16.0 (-27.1)
野添  -14.3 (+9.7)
茅森  -46.8 (-98.1) 

 

 

☆最終8回戦☆

起家から茅森―花本―野添―石井

 

首位花本と2位野添の差は103.6ポイント。
およそ4万点差のトップ-ラス。まだ非現実的な数字ではない。
実際に今期の準決勝最終戦、花本は同じくらいのポイント差を覆して決勝進出を決めた。

しかし、もはや誰にもそれだけの力は残されてはいなかった。

 

粛々と、まるで儀式のように。

 

それは一歩一歩、花本が階段を上っているかのようにも見えた。

 

一つだけ欲を言えば、もう少しの間だけ、もっともっと足掻いて、もがいて、苦しみながらも戦う石井の、茅森の、野添の姿が見たかった。
最終戦、2900以上のアガリはなく、淡々と局が潰れて行き、オーラス石井も連荘こそするが最後はテンパイを入れることが出来ずに終了。


ここに、花本まな新女流最高位が誕生した。

冒頭、花本まなをシンデレラと評した。
誤解のないように願いたい。彼女は、決して魔法の力だけで頂点に上り詰めたわけではないことを。

シンデレラだってそうだ。
シンデレラは元々王子に見初められるだけの器量を持っていた。美しく、気立てもよく、苦しい環境でも曲がらず。魔法は、ほんの少しだけ、彼女にチャンスを与えただけ。

花本の女流最高位決定戦2日目、放銃は最終半荘オーラスのテンパイから打った2900だけである。
誰が見ていても、一番になるにふさわしい麻雀を打てていたのは間違いない。

それは、彼女が今まで積み重ねてきた努力に、想いに、ほんの少しだけ魔法がかかっただけなのだろう。

表彰式で見せた涙が、それを伺わせた。

 

第12期女流最高位 花本 まな

(写真左から、石井あや 花本まな 野添ゆかり 茅森早香)

 

ハッピーエンドのその先は、誰も知らない。

これからの花本新女流最高位にご期待ください。

 

(文中敬称略)

 

執筆 小山 直樹

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