(インタビュー・執筆:小宮悠)
2021年9月某日。
とあるグループラインでは、一人の男が人生初のタイトルを奪取するその瞬間を見守るべく、盛り上がりを見せていた。
黒ぽん?誰?とお思いの方も多いだろう。
当日生配信されていたこの対局でも、「黒ぽんがんばれ!」というコメントに対し、小田をよく知らない実況解説陣の間には「黒ぽんって誰だ…?」という空気が漂っていたのは言うまでもない。
小田 直人(おだ なおと)
1992年生まれ 福岡県出身
最高位戦関西本部 45期後期(2020年)入会
最高位戦関西本部に入会してわずか1年半。まさにその名にふさわしい、第46期新人王(2021年)に輝いたのが、この「黒ぽん」こと小田直人である。
上記グループラインは、AmongUsというゲームのために作られた、麻雀プロやその友人など数十人が参加する、小田と筆者が接点を持つきっかけとなったものだ。
小田は、新人王戦ベスト32を首位通過(ジャンプアップ)し、誰よりも早く決勝への切符を手に入れた。なお筆者は予選で見せ場もなく敗退し、その日のうちに二つ返事で決勝の実況を引き受けたのだが、グループラインで「(実況になったから)まぁ決勝で待ってるわ」という謎の先輩風マウントをかましていたら、本当に小田が決勝まで駒を進めたのだった。
決勝当日、リアルでの初対面を迎えると、「俺、こみさんに実況してほしかったから頑張ったんよ!」と言う小田。その様子を見て「でっかい子犬みたいだなぁ」と思った記憶がある。いや、もしかしたら口に出したかもしれない。
第46期新人王戦決勝、小田は開幕2連勝と大きめの2着でダントツ。残り2回を残して2位との差は100pt以上。誰が見ても小田の優勝はかなり濃厚だった。
しかし、筆者は小田の気が緩むことを懸念していた。頭ではわかっていても、目の前に「優勝」がちらつくと欲や焦りが出て、普段しないようなミスをしたり、集中力が途切れたりするものである。新人であればなおさらだ。
ところが、そんな筆者の心配をよそに、小田は冷静かつ繊細な選択を繰り返し、堅実に新人王への道を歩み続けた。そんな大型(体型の話ではない)新人の小田は、どのような人生を歩んできたのだろうか。
「なんとなく」で生きていた普通の子
俺の身の上話なんてなんもおもろいことないよ、書くことなかったらごめんやで。
インタビュー当日、開口一番で小田はそう言って苦笑いした。それではこちらも商売上がったりである。まずは幼少期の話から聞いていく。
小田は三人兄弟の末っ子として福岡県で生まれ、小学生から高校生までずっと野球一筋の野球少年だったという。「俺、昔は瘦せてたし意外とスポーツできるねんで」と言うと、筆者の顔を見て笑った。意外そうな顔をしていたなら申し訳ないなと思ったが、筆者はどうも顔に出てしまうタイプらしい。
ずっと野球やってて、高校のとき母校はインターハイに出場したけど、自分は試合には出られなかった。勉強も普通くらい。やりたいこともなくて、なんとなく推薦で行ける大学を選んで進学して、なんとなく選んだ会社に就職して、職場が大阪だったから引っ越して、今大阪にいる感じ。ね、面白くないでしょ?
筆者がそのときどんな顔をしていたのかはわからないが、きっと面白くなさそうな顔をしていたのだろう。インタビュアー失格ではあるが、なるほど確かに、所謂「普通」の幼少期を過ごしていたのかもしれない。そんな普通の少年が、どのように麻雀と出会ったのだろうか。
全部ポンは絶対アガれるけど、全部チーはアガれないこともある
大学が推薦入試だったから、受験が終わってから大学入るまでが暇で、当時流行っていたモバゲーで麻雀のゲームをやるようになって。麻雀そのものは知ってたけど、ルールは全くわからんくてさ。光った(=鳴ける)ボタンは全部押して、ポンチーして形そろってるのに何でアガれないのって思って。しばらくそのまま打ってたら、「全部ポンは絶対アガれるけど、全部チーはアガれないこともある」ってことがわかった。ほんとにそんなレベルでしばらくゲームで打ってたんよね。
「普通打つ前にルール調べたり本読んだりするやろ?」と思ったが、どうやら顔には出ていなかったらしい。とにかく打ってみる、という姿勢が面白い。聞けば、日常生活でも取扱説明書などはほとんど読まず、使いまくって覚えるタイプだそう。
大学入ってすぐノートパソコンを買ってもらって、ちょうどその頃『第一期天鳳名人戦』が始まったから全部観てた。当時は多井さん(多井隆晴:RMU)、こばごーさん(小林剛:麻将連合)、アサピンさん(朝倉康心)とかマークⅡさんとかが出てたかな。観てるうちになんとなく麻雀のルールがわかってきた。一番好きだったのはこばごーさんかな。よく鳴くから面白かったんやと思う。
確かに小田は比較的鳴きを多用するタイプの打ち手である。小林の麻雀を好きで観ていたからなのか、はたまたモバゲーで全部ポンチーしていたからなのか。どちらにせよ、小田は結局実践と観戦だけで麻雀のルールを覚えてしまったらしい。末恐ろしい話である。
その影響もあって天鳳を始めて、ニコ生で配信したりしてて。その時のハンドルネームが「黒ぽん」だった。由来はあまり覚えてないんだよね(笑)。昔からのあだ名だった。新人王戦の決勝の時に当たった稲川くん(稲川佳汰)も当時ニコ生配信してて、お互いの名前と存在は知ってるって感じだったんだけど、初めて会ったのが新人王戦の会場だった。人生何があるかわからんなって思った。
(中央が小田、右から2番目が稲川)
なんだそのエモい青春映画みたいなストーリーは。「黒ぽん」の由来がいまだにハッキリしないことにはモヤモヤするが、目を瞑ることにした。
自分の意志で決めた麻雀教室の仕事
4年前に実家の母親が病気して、看病のために仕事を辞めて実家に戻ったんだけど、結局2年くらいして両親は離婚して、俺はまた大阪に戻った。この頃すっかり麻雀にハマってたんだけど、フリー雀荘とかより健康麻雀とかで人に教えるほうが好きだなって思ったから、麻雀教室の求人を探して『まーすた』で働き始めた。
聞けば、兄は小学校教諭、姉は保育士だという。「教えることが好き」という気持ちの根本はもはやDNAに刻まれているのかもしれない。
まーすたで働き始めたころ、『大三元』(大阪で老舗の雀荘。大会会場となることも多い)によく遊びに行くようになって。1年くらい通ってたんだけど、めちゃくちゃ成績もよくてさ。あとは大三元の常連だった最高位戦関西本部の人たちと仲良くなったり、麻雀講師をしてたから「麻雀プロ」として講師をできた方がいいなと思って、その頃から麻雀プロっていう存在を意識するようになった。コロナで試験が延期になったりしたんだけど、結局45期後期(2020年)に関西本部の試験を受けて合格したんよね。
これまで「なんとなく」で人生の岐路を進んできた小田が、初めて自分の意志で生きる道を選択した。それが麻雀教室と麻雀プロだった。
センス派の天才肌
小田は最高位戦入会後、デビュー戦となるリーグ戦こそ降級点となったものの、その後関西D3リーグでは首位昇級。最高位戦Classicでは本戦へ勝ち上がり、昨年の新輝戦ではベスト8進出、そして先日の関西Classicプロアマリーグ2021でも決勝進出と、プロ歴1年半とは思えないほど結果を出している。麻雀のスタイルとしてはやや鳴きの多いタイプではあるが、押し引きや読みに関しても繊細で非常にバランスの取れた選手である。
そんな小田はどのようにして麻雀を学び、今のバランスに至ったのだろうか。この問いに対し、やはり衝撃の回答が返ってきた。
俺、麻雀をちゃんと勉強したことないんよね。戦術本も全く読んだことないし、特定の人に教わってるっていうのもない。勉強会とかも関西やとあまり参加できる機会なくて。
なんだ、天才か。率直にそう思った。
所謂“センス派”なのだ。麻雀において「センスがある」とは、直感で選んだ打牌がその場面に応じた最適解に近い選択になるのが多いこと、と言えるだろう。麻雀を体で覚えてきたちょっと大きな野生の子犬は、盤面から最適解を導き出す力に自然と長けていた。
教室とかで教える基礎的な部分はもちろん理解してるんだけどね。自分でも、自分の対局の打牌を論理的に説明しろって言われたら難しいなって思うし、感覚派なんやろうなって自覚もある。だから、解説とかで他人の思考をくみ取って説明できる人はすごいなって思うし、自分に足りない所だと思う。プロになるまではなんとなくで勝ててたし、正直向上心とかもあんまりないタイプだったんだけど、最初のリーグ戦でめちゃくちゃ負けて降級点取った時に、天狗になってたなって自覚していろいろ見直すようにはなったかな。
自分の長所と短所を理解しているところも小田の強みなのだろう。この先、論理的思考や言語化能力が高まっていった時、小田はどこまで強くなってしまうのだろうか。
応援が力になるってよくわからんしカッコつけてるだけやろって思ってた
ここまでリーグ戦昇級やタイトル獲得、タイトル戦上位入賞など、小田の麻雀プロ人生はまだ始まったばかりだが、まさに順風満帆と言えるだろう。この先目指す明確なビジョンはあるのだろうか。
もちろん他にもタイトルを獲りたいとかもあるんだけど。ちょっと前に、浅井さん(浅井裕介)がA2リーグの最終節終わった後のインタビューで、「今までは応援が力になるとかよくわからないと思っていたし、応援してもらって牌の巡りが変わるわけじゃないんだけど、自分が集中を切らさず打てているのは応援してくれてる人のことを思い浮かべているからで、応援って本当に力になるんです」のようなことを言ってたのがすごく印象に残ってて。
記事を書くにあたり振り返りたいと、放送アーカイブを探し出し最後の選手インタビューを聞き始めたら、解説の園田賢がひたすら麻雀の話をしていてなかなか該当シーンにたどり着かず、思わず笑ってしまった。興味がある方はぜひ第46期A2リーグ最終節のアーカイブをご覧いただきたい。
自分もタイトルを獲るまでは、打つのは自分で、選択するのも自分で、応援が力になるってよくわからんしカッコつけてるだけやろって思ってたんだけど。新人王戦の時にグループラインとかでみんなに応援してもらって、めちゃくちゃ力になったんだよね。これからは、もっとたくさんの人に知ってもらって、応援してもらえるプロになりたいかな。
照れたように、そして半年前の新人王戴冠の記憶を手繰り寄せながら、小田はいつもの子犬のような顔で笑った。素直で人懐こい大きな子犬の行く末を多くの人に見届けてもらいたい。そんな飼い主のような気持ちで、センス溢れる子犬が育っていくところを筆者も見守っていく。