佐藤崇は寝起きが悪い。私の勝手な思い込みだろうか。開局早々に佐藤がアガッているところを見たことが無いような気がする。場況の把握に自信があるからこそ、相手の攻め手を理解したうえで押し返していく佐藤のフォームを知っているからくる誤解なのかもしれない。
その佐藤は打ち盛りの30代、バリバリのAリーグ選手。そろそろ最高位戦でのタイトルも欲しいだろう。
第7期最高位戦クラシック決勝の第1回戦、東1局は西家の宇野公介から動き出した。
ドラ
前年度のクラシックは逆転優勝での初タイトル、今年はベスト16からのシード枠からとはいえ、難関をくぐりぬけて決勝の椅子に座っている。幸先よしの手牌をものにしてクラシックに最も愛されている男になれるか。
そうはさせじと4枚目のを叩きかえしたのは、親番の須藤泰久。
昨年の決勝戦からの連続出場で今年こそは負けられないとの意気込み、本戦でのリーグはB2に甘んじているが、アガリに貪欲な泥沼流でクラシックでは好成績を残し続けている。
二人の先行宣言にも指をくわえていなかった松ヶ瀬隆弥はRMUからの参戦。RMU代表の多井隆晴をして「いつかは俺を越えていく器をもっている」とまでいわしめる逸材だ。
をポンしての打牌は2枚切れている。一ト役ついているところで、宇野の気配にもケアを怠っていない。一見いかついルックスの松ヶ瀬だが、ごり押しだけではこの席には座れないことの証左である。
宇野のポンをうけた上家の佐藤、この河に
ツモ
から打と丁寧な対応。手牌だけとの相談ならば打と粘ってもみたいところだが、これは
「ポンテンなんてかかってないでしょ」とばかりに須藤が切り飛ばしたを見てのもの。
変則傾向の須藤の捨て牌が、チートイツ志向のものならよりものほうが後の安全度が高いとの感覚か。1局勝負でもあるまいし、しっかり受けさせてもらいますの構えが『佐藤、寝起き悪し』のイメージにもつながっている。この先の10回戦、何度となく訪れるであろう勝負所を佐藤は見つけることができるだろうか。
宇野もソウズは切らずに、今局は須藤の
までで流局。名乗りを上げて、互いの小手調べとなった。
1回戦を決めたのは東4局1本場、松ヶ瀬のこの6000オール。
ツモ ドラ
この配牌からの分岐点は6巡目
ツモ 打
『チートイツにリャンシャンテン無し』との言葉もあるが、どのみちメンツ手にまとまるならば2枚か頼みのこの手牌、方針定めずの選択は8巡めツモ 打、10巡めツモ打でこの形。
連続引きでのナチュラルパワーで、大器の片鱗をみせつけた。
次局は8巡めに宇野が松ヶ瀬から7700を取り返す。
ロン ドラ
打ちあげた松ヶ瀬はドラを重ねての自然な手筋で打も、打牌の音が若干高く感じたのは気のせいではない。
ツモ 打
字面だけではテンパイかどうかは解かりにくい宇野の河だが、
松ヶ瀬は卓上から、なにかを感じ取っていたか。
曰く、「強者の強打は当たりやすい」
追手の宇野、南3局の親番では、8巡めにテンパイ。
この時点でアガリ牌は、なんと9枚も山の中だったが実らず流局。
迎えたオーラスはトップめから
松ヶ瀬42300宇野32200佐藤23200須藤22300
初戦からラスは引き受けたくない佐藤と須藤だが、手に恵まれたのは須藤。
7巡めのリーチ宣言牌に、佐藤が訝しげに「チー」。
ドラ
テンパイ料が存在しないこのクラシック。自らのアガリを求めるには、やや間合いが遠いと感じたが、ようやく目が覚めてきたのか、いまだ感覚はしびれたままだったのか。このチーで、と手に入れた宇野が、こうなる。
この手からツモ切ったに須藤の手が開いた。
ロン
渾身で『がんばらない』選択ができなかったか、佐藤。
ふたつの不発弾を忘れようとするかのように、宇野は静かに手を伏せた。
1回戦終了時ポイント
松ヶ瀬 +24.4
宇野 +4.3
須藤 -9.8
佐藤 -18.8
仕切りなおしての2回戦は、須藤と佐藤の2軒リーチから幕を開けた。
須藤は4巡めリーチ。
ドラ
佐藤が5巡めに追いかける。
この戦いはイッパツでをツモりあげた佐藤が制した。
イッパツ役は無いので1300-2600の申告、クラシックのルールでは十分な加点だが、このアガリで勝負が決まるとは佐藤自身も思ってはいなかっただろう。
しかしこの2軒リーチ、巷のマージャンではよく見るような光景だから、それが『自然』なマージャンということなのだろうが、それも回数制限が無いマージャンでのこと。
半荘10戦で勝負が決まるこの戦いで、この決着の表裏は大きい。
流局をはさんでの東3局は、松ヶ瀬がダブのポンから入る。
しかしテンパイ一番乗りは6巡めの須藤。
ドラ
こんどは表とでてほしい須藤だが、8巡目のはシレっとツモ切り。
マークされているであろう松ヶ瀬の捨て牌を見ても、このが場に打ち出されてくるのには相応の理由がありそうだが、この待ちで押し通すのが須藤の持ち味なのだろう。
待ち替えからのヤミテン継続にのみアガリはあったかのようだが、打点的に不満だったか。
次局は4巡めに佐藤の手が止まる。
ツモ ドラ
少考は456のサンショクを意識したもの。みなさんなら、なにを打ちたいだろうか。佐藤は、もしもピンズの形がなら迷うことないと同義の打ち。ストレートな進行なら、リャンメンふたつからのドラ入りリーチが頭にあっただろうが、先に到着したのは須藤だった。5巡めのテンパイトラズに味があった。
ツモ 打
はじめの泡沫テンパイにはこだわらずに、手牌の伸びを残す手筋だ。を重ねてのヤミテン待ちから、ドラのを引き入れてからのリーチと、仕上げも念入り。前半戦でのマイナスを清算した。
南3局3本場には佐藤がをポン。
ドラ
ここからの1打も、いわゆる『何切る』問題。
ペンチャンを嫌っていくならとのどちらでもよさそうだが、問題は裏目をくったときの話。
打ツモなら、
打ツモなら、
『イーシャンテンにフリテンは無い』ので、上の形ならもう一度ターツを選びやすくはないですか? よって佐藤も教科書どおりの打。
1局1局が短いマージャンでは、強者は迷わない形を作りに行くものだという。対して巧者は最後まで選択の余地を残そうとする。
強者は常にいるものだが、巧者はそれを目指すもの。私は正解の出ていないこのゲームで、最後まで迷って、悩んででも正解に一歩でも近づこうとする巧者(になろうとするもの)を支持する。抽選だけのゲームなんだったら、一生サイコロを振ってればいい。でも、それは機械の仕事なんじゃないのかな。わかりにくいかもしれないけれど、これは佐藤応援の観戦記だったりもするのである。佐藤、しっかり打たんかい!
南4局、僅差のトップめにいる佐藤はラス親。できればリーチも安いレンチャンもしたくないと思うところが人情か。しかし2巡め、
ドラ
からのツモ切りには驚いた。気持ちはわかるが遠すぎやしないか。
焦りからのワガママが出たかとおもうが、ワガママついでに3巡めはをポンしてみるのも面白かったのではないだろうか。アガリに結びつくかどうかはべつとして、他家のスピードには変化があったかもしれない。
おとなしく打ったのが災いしたか、三者三様のテンパイが入った末に須藤の最終ツモ、指はピンズの下のほうからなぞっていって、そのまま。須藤、気持ちよさそうにツモりあげた。
2回戦終了時ポイント()内はトータル
須藤 +19.2(+9.4)
佐藤 +5.5(-13.3)
宇野 -6.0(-1.7)
松ヶ瀬 -18.7(+5.6)
3回戦、東1局は、宇野の500オールから。
ツモ ドラ
1本場は、北家の松ヶ瀬。
ツモ ドラ
簡単に絵があう展開は次局も続いた。
宇野が2巡めにを叩いて残ったのは、この形。
ドラ
なんとも不確かな形に見えたが、5巡後にはこのテンパイ。
他家のテンパイも許さずに、13巡めに「ツモ」。
いつもこんなに簡単だったら、マージャンも楽しいだろうと見ていると、東4局も4順めに宇野から「ポン」の声。
ドラ
2巡後にもってきたを手に留め、ホンイチへの移行を計る。
しかし受けながら手を進めてきた佐藤がテンパイとなったのは、一足お先の11巡めだった。
こんなことがおこるのが、マージャンならではの対応の妙ともいえるのだが、14巡めのツモ
なぜか、これが打てない。あわただしく、手じまい。受けの手順からはいったとはいえ、勝負手として十分な形だとおもったのだが、後に佐藤曰く、「宇野の仕掛けはワンズのホンイチが本線。ならば字牌をもってのテンパイだろう。だとしたら、この發待ちは宇野に持たれてもう無いかもしれない。もしもワンズの一色手ではなかったら、ドラを固めての仕掛けだろうから、最後に残ったリャンメンがありえるが打てなかった」
理由をあげるのなら、そのくらいしかないのだろうが、私には佐藤が打牌を急いだように見えただけに、疑問が残った。マージャンは見えない部分が多いゲームだけに、時間をとればとるほど畏れがわいて出てきてしまうが、本当に佐藤が納得して選んだ打ちだったのか。
もう半拍、時間が取れている精神状態だったら、この手が成就していたのでは。1枚のパイフは残念な結果を残している。 佐藤、メンタルがぶれてはいないか?
そして続く南1局には、ぶれない男・松ヶ瀬がやってきた。
ゴツゴツと音が聞こえそうなツモで、早くも5巡めにこの選択。
ツモ ドラ
どちらのタンキに受けてもカリテンの感覚ならばと、ドラの受け入れを残したテンパイトラズで打と大きく構えた。うまく目と出ればスーアンコ。この戦いを左右しかねないところだったが、これにはからずもアヤをつけたのが佐藤。おもわず口から出てしまったような「ポン」がとの居場所を変えた。
見えないときには打てるものが、見えたとたんに打てなくなってアガリを逃したりすることもある。それがマージャンの対応ということでもあるのだが、それはどれだけの精度でもってできているものなのか。いまだ頂上の見えないこのゲームだけれど、この精度を上げていくことが、サイコロ打法に打ち克つためのプロの仕事のひとつなのではないだろうか。
卓の中からでは、誰も知るよしもない『佐藤の呪い』が効いたか、松ヶ瀬が5200、7700と連続で放銃するも、会心の一撃でゲームを取り戻した。
3回戦終了時ポイント
松ヶ瀬 +14.5(+20.1)
宇野 +6.3(+4.6)
佐藤 -3.2(-16.5)
須藤 -17.6(-8.2)
だれも大きな傷を負うことなく進んだ4回戦、南2局7巡め。親番の須藤の手が少しだけ止まった。
ツモ ドラ
トップめの佐藤とは6700点差の親番、だれでも「リーチ」といいたいところだが、リーチをかけることで、この手が流れてしまう怖ろしさも重々承知しているからこそ起こる、『間』。
しかし、この手がリーチでアガれなければ優勝も見えてこない。そんな思いが胸中を走ったからこその逡巡だったのではないだろうか。場に流した1000点棒は、次局に松ヶ瀬が拾っていった。
南4局は、
東家・佐藤 33500
南家・宇野 27400
西家・須藤 25800
北家・松ヶ瀬 33300
と団子状態。
イッツウとサンショクの受け入れを残していた宇野の分岐点は、この10巡め。。
ツモ ドラ
トップを目指すなら1300-2600のアガリが目標だが、いくつかの選択もあったかのように思う。
4回戦終了時ポイント
佐藤 +15.5(-1.0)
松ヶ瀬 +7.3(+27.4)
宇野 -6.6(-2.0)
須藤 -20.2(-24.4)
初トップに、ほっとしているだろう佐藤に、応援団のギャラリーが声をかけた。
「かろうじましたね」
なかなか二の矢が打てないよ、という佐藤にはビッグイニングの予感もなかっただろう。
しかしそれは突然にやってきた。
本日の最終、5回戦東2局、かぶり無しのチートイツ。テンパイ打牌のは少し重めに打たれたか。あとは受けつぶすだけかと思われた宇野の最終手番、手拍子のに佐藤が昂ぶった声をあげた。ひどいボーンヘッドともいえるが、これがあるのがマージャンの怖ろしいところ。前回のオーラスが、宇野のメンタルにもヒビを入れていたのかもしれない。
このカンフル剤が効いたか、佐藤は二の矢、三の矢を放ち、みるみるうちに加点していく。
ツモ ドラ
ツモ ドラ
南入りの1局め8巡めに松ヶ瀬に8000点を献上するが、それも
この形から。
ロン ドラ
エンジンを開けて、54800点のトップで今日を締めくくった。
初日終了時ポイント
佐藤 +35.8
松ヶ瀬 +34.8
宇野 -33.6
須藤 -37.0
4人で1日、よく戦ってのこの数字。最終戦の勢いを翌週まで持ち越せるか、佐藤。はたまた安定感ピカイチの松ヶ瀬が、それを許さないのか。下位に甘んじている2人には逆転の一手が入るのか。今年のクラシック、夏の終わりにもう一汗かいてもらいたい。
末筆になったが、第2期のクラシック覇者でもあった飯田正人さんが5月18日に逝去された。
飯田さん、あなたのマージャンを見てきた僕らは、いまもこうして牌に触れています。
いままで、本当にありがとうございました。
(文中敬称略)
*筆者・プロフィール
村田光陽(101競技連盟)
1968年生まれ。
1990年、11期順位戦から101競技連盟に所属。
2012年の第33期順位戦では13回目のA級選手をつとめる。
日本麻雀最高位戦には1992年から2003年の12年間所属、うち6期はAリーグ選手だった。
闘牌原作、麻雀コラムなどの仕事もこなし、西原理恵子さんの『まあじゃんほうろうき』、片山まさゆきさんの『素人伝説』などで、漫画俳優として活躍(?)した経歴も持つ。