永世最高位がどのタイミングで来るのか――。
ギャラリーのみならず最高位決定戦の経過を待つ人間全てが関心を寄せるところである。
初日、二日目と快調に首位を走る佐藤。
このまま第3節も佐藤の危なげない展開になるのか。
しまし、全5日間あればどこかで過去幾度と無く見せてきた永世最高位による巻き返しのドラマがあるはずだ…。
そんな風に大衆に思わせること自体が異質である。
麻雀は大差のない牌効率で山という偶然を捲りあうゲームである。
そこに打ち手の膂力や手の入り方という要素は介在しえない、という考え方もあるかもしれない。
しかし、人間の能力というのはもの凄い可能性を秘めている。
一定のことに何十年も集中すれば、その部分に対する感覚が“特化”するものだ。
永世最高位は対戦相手の研究をしなければ自分の牌譜も見ない。
ただ信ずるのは己の場に対する「感性」であるという。
そしてその感性を活かす好機を作るために下地を作る。
強く、正しく、丁寧な手順で、粘り強くて、そして時に状況を抉じ開けるような戦術で。
「運気」と「下地」を意識して麻雀を打つかどうか。
水巻と村上がそういったことを念頭に置いて手牌を進めることはない。
常に毎局、毎巡与えられた状況の中でベストチョイスを模索する。
佐藤の溜めも飯田ほど極端なものではない。
それで勝ってきたから永世最高位。新しい波として勝ち上がってきた3人の麻雀がどう映えるのか。
今回の決定戦では最大の見所の一つであると思われる。
[展開および所感]
緒戦の起親は飯田。
(東1局 東家 ドラ)
4巡目にをニ鳴き。
水巻は早くも飯田をマークし、1牌も鳴かさない構え。やや固さも見られるが、水巻が絞りに入ったらまず甘い牌は下ろして来ない。
村上も飯田プロに対する警戒心が強い。飯田の仕掛けは強そうには見えないが、長引くと飯田プロの思うつぼになるかもしれない…。
私はそんな思いで永世最高位に挑む3人の戦いに立ち会った。
佐藤、8巡目に鋭く手出しで切り。充分形のイーシャンテンだろう。
案の定、暗カンを挟んですぐにリーチ。
退き気味に手を進めていた村上がここで、と引き込んで急激に追いつく。
佐藤の宣言牌である待ちのダマ。
を勝負。
次巡のは空切り。を行っているので、ツモ切りでも良いと思うが何らかの思惑があってのことだろう。
結果は佐藤がを掴んで放銃。
しかし、運気が下がるような打ち込みではないように思えた。
逆に、村上の細かな手順選択が目立つ東場になる。
まず、
① [東2局 南家 ドラ 4巡目]
ツモ
ここから山に残っていそうな切り。
面子手と並行するにしても、場況的に萬子を外して行っても良さそうな手である。
②[東2局1本場 南家 ドラ 12巡目]
ツモ
が3枚見え。
イーシャンテン以上確定の水巻の河にがあるが、構わずリーチ。
前局、前々局と我慢をしていた水巻のドラ打ちに対する勝負。
結果は飯田から出アガリというこの日の起爆をもたらす結果となる。
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→同局その水巻。
ツモでこの形
ツモ
マンズの関連牌は村上が4巡目に切ったぐらい。
水巻は躊躇無くドラ切り。
今節はこういった打牌が非常に多かった。
この状況ならば私は切りの一手だと思う…。
イーペーコーの目、ドラの重なり、ドラを絡めたソーズの横伸ばし。
どれも打点と手格好のバランスが見合う。
私は開局、東2局あたりまでは対応を迫られたとき以外は大きい和了を狙う。途中経過の細かな点棒の遣り取りよりも“運気”や“状態”を上げることを意識するからだ。
ましてやラス親のスタートで開局2局をきっちりと対応したところなので、親番までは大きく打ちたいところである。
しかしそんな私の麻雀感とデジタルな思考をもつ水巻が相見えることはいつもなく、彼の中ではドラ打ちが必然なのである。
同じように水巻の[東4局 東家 8巡目 ドラ]。
ツモ
一枚切れのに期待を寄せて切り。
裏ドラやオカで[素点]をカバーする水巻らしい一打である。
「退きの正確さと早さ」という水巻の生命線ともいえる点に関しては今節も鮮やかな局面が多く見られた(後記「水巻の章・参照」)。
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話を村上の手牌と全体の展開に戻そう。
[東3局 東家 ドラ 12巡目]
ツモ
親番で萬子の一色手に走る村上。前巡にを余らせた(ように見せた)村上に対し、を切ってきた水巻。
次巡持ってきたを止められず突っ込んでしまい5200の献上。
本人も痛恨の一打である。
残りの巡と脇二人の河からメンホン七対が成就する可能性はやや厳しいか。
水巻の速攻と、村上の拙攻が続く中、佐藤が南の親番でリーチ!
対面席から見ていて勝ちを予感した。
佐藤がこんな場面で外すのは見たことがない。
この時点では-2.6の3着目だが、東場を見た限りではこの半荘は大丈夫そうに思えた。
ほぼツモ和了ではないだろうか。
結果、村上の追っかけを振り払い4000オール(待ちは想像よりも厳しかったが)。
さらにサイコロはピンピン。切り出し・!
佐藤の連荘濃厚!などと思っていると、案の定7巡目にリーチ。
しかし、ここでこの日の結果を運命付ける飯田の和了。
ツモ ドラ 裏
佐藤はここから5時間見せ場無しの奈落の底へ。
ドラ無しの手なのでダマにしていれば村上からがこぼれていたと思われるが…。
しかし流れは飯田プロに完全には傾かず、この局を契機に村上に門前で力強いツモが舞い降りることになる。
ここからこの日は6000オールを4発。
その間隙を水巻が突く、という長い今日一日の図式となる。
[村上の3節目]
脅威の裏ドラ率と翻牌先打ちの因果関係はあるのか?
これが3節目の村上の裏ドラリストである。
2戦目 東4局 東家 食い下がり 裏3
2戦目 南2局 西家 メンタンツモ 裏3
2戦目 南4局 東家 メンピン一発ツモ・ドラ1 裏2
3戦目 南1局 東家 リーチ流局 裏4
同 1本場 ダマ 仮テンツモ 裏3
同 2本場 リーチ・ツモ・イーペー 裏2
4戦目 東一局 東家 メンタンツモ 裏3
*赤字が成就
また、1戦目東1局から前節までと同様に役牌からの切り出し。
→その後も東2-1本場、東4、東4-1本場、南1、南2、南2-1本場、南3-1本場と徹底して逆切り。
奇跡的にも目に見えるマイナスはさほど無し。
ただし、[2回戦 南3局]では当面のテキである飯田の風牌を切って鳴かれている。
[2回戦 南3局 南家 ドラ 3巡目 +14200点]
ツモ ここからを鳴かせ
飯田に次巡あっさりと聴牌を入れさせてしまう。
(村上は鳴かれたツモ筋によってうまい具合に高目567のテンパイが入るが、結果は水巻に放銃)
今日は異常なまでの門前場だったのでツモに恵まれた村上に軍配が上がったが、状況を加味しない役牌からの打ち出しに秘めた村上の狙いが気になるところである。そして裏ドラ率との因果関係は…?
[佐藤の3節目]
2回戦の途中から傍目で見ていても佐藤のリーチの待ちが重くなってきている。
このあたりでワンクッション鳴きを入れて調整することは出来なかっただろうか?
門前に固執したのか、はたまた全く出来なかったのか。
佐藤は1戦目の東4局1本場に中のポンテンを取った後、14局ものあいだフーロを入れていない(次は2戦目 東4局)。
不幸な出来事もあったが、佐藤の悪い部分が露呈された一日となったと思う。
先ず、件の勝ち体勢から転がり落ちたリーチ。
[1回戦 南2局1本場 東家 ドラ 7巡目 +10400点]
ツモでリーチ
「変化はノミ手しかないから何回やっても曲げるし」との弁。
→佐藤が負けるときは“佐藤の中の正着を打って負けたら仕方ない”というものが多い。
また、[2戦目 南一局]、3回戦では[東3局]と[南2局3本場]にボーンヘッドとも言える放銃で点棒をバラまく。
ジリ貧の展開で迎えた3回戦のラス親では3着確定の水巻の早いリーチに対し、ラスやむなしで踏みとどまりを見せる。
しかし、4戦目 東3局 飯田に満貫をオリ打って顔を上げてしまった感があった。
無論、誰しも負けたりエラーをすることはある。
だが、そんな手合いでも舞台でもないのだ。
私などが想像するよりも遥かに思いプレッシャーを受けていた以外に原因は考えられない。
緩手を打ち、村上には爆発され、肉体的にも精神的にも酷いダメージを受けた第3節だった。
それでも最終戦の飯田の親リーに立ち向かった姿勢。
ここから三暗刻を捨てノミ手リーチで暗刻スジのを勝負。
見事に飯田から1300を討ち取り、結果2着の連に絡んだ。
値段じゃない、待ちの良し悪しだけではない。
的確に状況判断をして勝負に出る佐藤の麻雀が残り二日はまた見ることができるだろう。
[水巻の3節目]
何と言ってもやはり攻守のバランスが際立っていた。
ヤメ時は徹底して早い。
村上、飯田台風が吹き荒れる中でも何とか聴牌料でバランスをとり、耐え凌いだ。
そして水巻らしい押し引きも見せている(但し、途中の手牌進行については微妙)。
[3回戦 南2局1本場 南家 ドラ 12巡目 ▲12300点]
というマンズの形から単騎を選択してこの形。場況良し。
ここに飯田の親リーチを受けてツモ。
少考して打!確定三色崩し(本当に?)。
その後、14巡目に分岐点。
ツモ
を勝負すればがフリテンの三面張。しかし三色を崩しているので当然行かず。通っている筒子の1面子落とし(結果は次巡3ツモ)。
そして流局1巡前に
ツモ
で通っていないを勝負して聴牌料を手に入れる(そもそもが水巻にを切らせた飯田プロのリーチも強引である)。
この局だけ本人に尋ねると「飯田さんの宣言牌のまたぎは50%ぐらい入り目かアタリ牌が絡んでいそう。最後はとが3枚見えて、ドラの無いリーチだから聴牌料を取りに行った」とのこと。
また、4回戦では
[4回戦 東1局1本場 西家 ドラ 14巡目 ▲1000点]
ツモ
から佐藤のリーチに対して、もも切れないのでドラ2チートイツを止め。
確かに佐藤の待ちはソウ。
しぶとく回って、面子手で形テンに辿り着いている(但し、12巡目に単騎から単騎に受け変えたのは疑問。おそらく飯田プロが切ったばかりのが狙い目と考えたと思われるが…)。
さらにご褒美の倍満をあがった後の東ラス。
[4回戦 東4局2本場 供託4000点 北家 ドラ 4巡目 +9000点]
4巡目にをポンして打・。
着順キープと供託を取りに行った水巻らしい一打(確かに筒子は安い)。
当然、緑発が被ってもおかまいなし(3枚目も被っているが)。
ポン ポン
この聴牌で村上のリーチに突っ張る。
ここまでは普通の戦術だが、村上のアタリ牌であるを持ってきてピタリと止め(残されたスジと巡目を冷静に分析)。
また、その他の局でも随所に水巻の真骨頂とも言える手牌進行のバランスを見せている。
少ない戦力で戦う時間と、取りこぼしのない戦術を徹底している水巻。
ここまで最小のラスとトップながら首位に立っているのは、これだけ門前で手がぶつかり合う中、放銃につながる喧嘩を避けている点が考えられる。
そして何と言っても特筆すべきはあのスピードと対応を支える抜群の集中力である。
水巻が最後の争いに加わっていない可能性はかなり低いだろう。
[飯田の3節目]
今日も前2節と同様に本手、抉じ開ける手を織り交ぜて門前攻勢。
2戦目では
[2回戦 東3局1本場 親家 ドラ西]
をツモり上げて裏3で8000オールの噴火を見せる(そもそも先行リーチの佐藤の待ち牌が全く山に居ない時間帯ではあるが)。
[1戦目 東2局1本場]でイーシャンテンから村上のリーチにドラで放銃するが、その他の距離感に誤りはなさそう。
圧巻は[2戦目 南1局1本場 西家 ドラ +23000点]
自身に肉薄する勢いの水巻の親リーを受けて、15巡目にカン待ちから無スジのを超強打。
そして薄氷のを水巻から討ち取って、上昇の目を摘む。
15巡目、親リーチ、こちらはカンチャン待ち。
それでも簡単に退かずに打ち克つ。さすがの勝負勘である。
一転、次局の村上の6巡目リーチに対しては数牌を打つことを嫌ってか、一発目からドラのの対子落とし。
4、2、2着で素点で浮いていたが、最終戦のラスが痛かったか(展開ラスではあるものの)。
今節最も良い麻雀を打ったのは数字通り水巻である。
逆に、負ければ終わりの状況から這い上がった村上は僥倖とも言える本日4発目の6000オールを引いた最終戦を3着で終わったことが悔やまれる(ここで這い上がったこと自体すごいが)。
佐藤が自分を取り戻すことが出来るか。本人は5日間あればこんな日だってある、という噛み締め方だ。
村上の勢いは今日で鎮火し、その分水巻の足はさらに早くなった感がある。
そして、飯田プロの“寄り切り”の力はこんなものではないはずだ。
冒頭に書いた通り、残り二日の焦点はやはり飯田プロの状態に向けられることとなりそうだ。
(文章中敬称略 日本プロ麻雀協会 吉田光太)