第10期女流最高位決定戦・2日目
初日4回戦までを終えたポイントは以下の通り。
いわま +81.0
石井 +43.0
根本 +21.5
鳥越 ▲147.5
率直に書いてしまえば”三つ巴の争い”という所だろう。
いわまが最初にトップを取れば大分有利になるし、逆に根本がラスを引けば相当厳しい戦いになる。
そして2人の間に位置付け、虎視眈々とチャンスを狙う石井。
誰が優勝しても良いし、祝福されるに決まってる。
只こういう場所で負けた選手には、何て声を書けたら良いだろう…。
こればかりは何年競技選手をやっていても、結論が出せない。
普段なら「お疲れ様でした」と淡白に一言かけて終えるのだが、今日は記者という立場上そうも行かない。
(もし根本佳織が負けたとしたら、尚更悩むな…)
そんな縁起でもないことを考えている内に、時間は14時。
2日目対局開始の合図が掛かった。
☆5回戦☆
起家からいわま-鳥越-根本-石井
平場は全員テンパイ、一本場はいわまの700は800オールと静かな立ち上がりとなった東1局。
迎えた2本場でこの日初めてのリーチが石井から宣言された。
東1局2本場 供託1.0 ドラ
石井(北家、7巡目)
これに追いついたのが南家の鳥越、この形から石井のリーチに無筋を飛ばし抗戦の構えを見せる。
鳥越(南家、13巡目)
ポン
フラットな状況であればあまり誉められた押し引きでは無いが、奇跡の逆転優勝を演じるにはほぼ4連勝条件。もう後が無い状況なのは本人が一番分かっているだろう。
初日には見せなかった攻撃的な姿勢、鳥越も今日は覚悟を決めている。
しかし結果は石井がをツモ。裏は載らずもまずは一歩リード。
東3局、石井の手順が冴え渡る。
東3局 ドラ
石井(南家、7巡目)
ツモ
ドラを切ればピンフドラ1のテンパイ。は悪くないし、即リーチかと思ったが石井はノータイムで打。
鳥越のリーチを受けた後にを引き入れると、リーチの現物の為ダマに構えた。
12巡目に根本からが出て、3900+リーチ棒の加点。
石井(南家、12巡目)
ロン
先制テンパイをしても安易にドラを切らない手組。
リーチをすれば満貫になる所を冷静にダマに受けるバランス。
どちらとも石井らしい麻雀、今日の好調さを予感させる。
南入時点で点棒状況は以下の通り。
いわま 37300
鳥越 18200
根本 22500
石井 42000
東4局に鳥越から満貫を和了したいわま、この親番で石井にどこまで喰らい付けるかが5回戦最大の見所となるだろう。
しかしこの局和了したのはまたも石井。
南1局 ドラ
まず先制したのは親のいわまだった。
いわま(東家、7巡目)
入り目がというのが大いに不満だが、いわまの選択はリーチ。他家の足止めを目論んだものだろう。
誰も立ち向かわずに局が進むかと思いきや、一発目で石井がスッと河に置いたのは無筋の。
テンパイか!?
そう思った直後、次巡にを引き寄せ1300・2600を申告。
石井(北家、8巡目)
ツモ
開かれた手牌に会場中の視線が注がれる。
お気づきだと思うが、を切った時の石井の手牌はこの形。
石井(北家、7巡目)
ここから打、3面張を放棄してのダマテンである。
かを引けば一手変わりで三色にもなる。それ以前に大抵の打ち手がを横に曲げるのではないだろうか。
は無論もいわまの現物ではないだけに、傍目ではやや理解に苦しむこの選択。
決定戦終了後にこの局のことを石井に聞いた所、こんな返答が返ってきた。
「勿論を切れば3面張なのは分かってます。
でもいわまさんが親リーチをかけている状況なので、ポイントと点棒状況も加味して安全度の高いを切りました。」
確かにはが3枚切れの為ワンチャンス、と比較すれば物理的な安全度は高い。
リーチをかけたのが現状トータルトップでこの半荘も2着目の親いわま。加えて自身がトップ目であれば、放銃は最も避けたい相手だろう。
当面の敵に対して少しでもリスクを避ける選択を採ったというのであれば、何とも守備的な石井の思考らしい様にも思える。
この選択を是とするか否とするかは、おそらく意見が分かれるに違いない。
驚くべくは、さして迷いもせず当然の様にを切ったこと。
そこには自身の経験を下に築かれた、石井の確かな信念が込められていた。
5回戦終了
石井+47.2 いわま+18.3 根本▲19.8 鳥越▲45.7
5回戦終了時トータル
いわま +99.3
石井 +90.2
根本 +1.7
鳥越 ▲193.2
2日目最初の半荘はこのまま石井がトップとなり、いわまとほぼ横並びのポイントに追いつく。
根本も終始手が入らなかったが、何とか3着をキープ。
☆6回戦☆
起家から鳥越-いわま-石井-根本
最初にリードを奪ったのはいわま。
東パツ17巡目にリーチし、トイトイのテンパイを入れていた親の鳥越から一発で和了。
この半荘も好スタートを切った。
東1局 ドラ
いわま(南家、17巡目)
ロン
しかし東3局。
この決定戦初めてと言って良いであろう、いわまが大きな痛手を被ることになる。
東3局 ドラ
10巡目からメンホンのイーシャンテンになっていたいわま。
いわま(北家、13巡目)
ツモ
13巡目にを持ってきた所でドラのを手放すと、これが既にテンパイを入れていた親の石井にストライク。
石井(東家、13巡目)
ロン
攻撃的な自身のスタイルも加味すれば仕方がないと言ってしまえばそれまでの放銃。
だがこの局をきっかけにいわまの中の歯車が少しずつ狂い始める行くことになる…。
これで6回戦もトップ目に立った石井だが、続く1本場では鳥越のリーチに無筋を押して放銃。
東3局1本場 ドラ 裏ドラ
鳥越(西家、11巡目)
ロン
親番は維持したいのは分かるが、石井はドラも持っていない1500点のカンチャンテンパイ。
鳥越のリーチも形か打点のどちらかは伴なっていそうだし、流石にこれは少しやりすぎか。
結果裏ドラが2つ載り、手痛い満貫の出費。
6回戦は東場の内に、満貫を和了した3人が全員満貫を放銃するという非常事態。
ほぼフラットな点棒状況に戻って南場からの仕切り直しとなった。
南1局 ドラ1
東パツと同様に先制リーチをかけたのはいわま。
いわま(南家、7巡目)
ツモれば三暗刻、出上がりでも6400の勝負手。
しかし今度は親の鳥越が14巡目に追いかけ、いわまが高目を掴み満貫を献上。
鳥越(東家、16巡目)
ロン
満貫は放銃したものの、他の局は粛々とゲームを回している石井。
持ち前の攻撃スタイルが徐々に裏目を引き始めてきたいわま。
攻撃をしようにもチャンスが巡って来ない根本。
3者の今日の好不調がこの6回戦になって如実に表れてきた。
いわまと根本は苦しいか。
オーラス平場は根本が500オールを和了し、迎えた1本場。点棒状況は以下の通り。
南4局1本場 ドラ
根本 31700
鳥越 42000
いわま 14500
石井 31800
この半荘このまま石井を連に絡ませると、特に根本はこの先が相当難しくなる。
いわまも自身はラスだとしても、せめて石井を3着にして終わらせたいだろう。
この1本場、その2人が意地と執念を見せた。
まず先制リーチは4巡目のいわま。
いわま(西家、4巡目)
3着に上がるには高目ツモ、裏一条件。
対する根本、降りてもツモられても3着以下ならばここはテンパイを取りに行くしかない。
ようやく14巡目に追いつく。
根本(東家、14巡目)
ツモ
は既に4枚見えだが、ポイント状況的にもそろそろ勝負をかけなければいけない所まで追い込まれて来ている。
はいわまの現物ではない、おそらくテンパイをとる以上はリーチをするだろう。
そしてを引いてしまったこの形では、リリースされるはいわまの当たり牌。
かを引けば問題無かったのだが、ここまでだったか…。
そう思いながら6回戦終了のメモを取る準備をしていると、根本が牌を河に置く音が聞こえた。
しかしいわまからの発声はかからない。
根本(東家、14巡目)
打
根本、何と当たり牌を止めてのテンパイを崩し。
この土壇場で、しかも自分がノーテンなら3着終了という局の終盤でだ。
なんという胆力、これが女王の底力か…。
次巡にを引いて、カンであっさりテンパイ復活。
だが試練は終わらない。
流局かと思った最後のツモ番、持ってきた牌は。
根本(東家、18巡目)
ツモ
持っているマンズ8枚は当然無筋、そして両筋とも4枚持ち。
本日一番の長考に入った根本。
その後河に置いた牌は。
こんなものは指運でしかない。
根本も粘ったが惜しくもラスヅモでいわまへの放銃
と、ならずにいわまがこれを見逃して何と流局。
つまりここで根本から和了し、石井2着でこの半荘が終了することを避けたのである。
もう自身のツモ番も無い為、見逃すことで放銃する危険性はほぼ皆無。
加えて次局はノーテン罰符で根本が暫定2着になっている為、石井に3着を押し付けるゲーム運びが容易になる。
当たり前の選択とは言え見逃しをかけたいわまも流石だが、やはり讃えるべきは14巡目の根本。
もしあそこでを切ってリーチ宣言をしていたら、いわまも渋々和了する可能性が高いだろう。
石井をまだ楽にはさせない…
そんな2人の気迫が見ているだけでこちらにも伝わって来る、見事な流局であった。
しかしそんな思いも実は結ばず、次局は石井があっさりと和了し2着浮上で6回戦終了。
南4局2本場 供託1.0 ドラ
石井(北家、16巡目)
ツモ
6回戦終了
鳥越+39.6 石井+14.6 根本▲8.3 いわま▲45.9
6回戦終了時トータル
石井 +104.8
いわま +53.4
根本 ▲6.6
鳥越 ▲153.6
ついに石井がいわまからトータルトップの座を奪い取った。
根本、残り2半荘で石井との差は約110ポイント。もう後が無い。
☆7回戦☆
起家から鳥越-石井-根本-いわま
結果を先に書いてしまうと、この半荘を制したのは6回戦に続いて鳥越。
まず東パツ、ドラを引き入れての即リーチ。高目一発ツモで6000オール。
東1局 ドラ
鳥越(東家、8巡目)
ツモ
続く1本場も4000は4100オールであっという間に点棒は6万点を超える。
東2局 ドラ
鳥越(東家、10巡目)
ポン ポン ツモ
遅かった…。
鳥越の後ろで見ていた誰もがそう思ったことだろう。
せめてこの波が今日の最初の半荘で来てくれていれば、また違った展開もあったかもしれない。
既に5回戦目のラスで実質目無しになってしまった状況。
その直後からようやく実り始めた本手が、寧ろ今決定戦の鳥越の苦境を物語っているかの様にさえ思えた。
この後は石井といわまが小場ながらコツコツと加点して南場を迎える。
またも根本が取り残される展開。ここでラスを引けば最終戦を待たずに6連覇の道は閉ざされることになるだろう。
南3局、根本にとって今日初の大物手がようやく実った。
南3局 ドラ 裏ドラ
根本(東家、14巡目)
ロン
放銃したのはタンヤオドラ1を既にテンパイしていたいわま、安目かと思いきや裏がで12000の放銃。
根本が河の一列目にを重ねて並べており、又ドラのもリーチ後に切っている状況では止めるのは厳しい。
いわまにとって痛恨の放銃だが、根本にしてもこの手はいわまからだけは出て欲しくなかっただろう。
和了することで石井の着順を押し上げることになるからだ。
石井からの直撃は贅沢な発想としても、できれば高目をツモって6000オール。
せめて点棒を抱えている鳥越から和了して、石井にラス争いをさせたかったに違いない。
そしてリーチのかかった後イーシャンテンとなっていた石井は、高目のを掴んだ瞬間に悠々と中抜きでオリていた。
オーラスいわまの親番は、石井がポンテンの1000点を根本から和了。
南4局 ドラ
石井(西家、14巡目)
ポン ロン
現状のポイントを考えれば、石井にとってはいわまをラスに縛り付けるだけでも収穫十分なアガ3。
ちなみにが出れば三色がついて2000点の和了。
根本からの直撃なら石井が2着に浮上しており、最終戦はほぼコールドゲームになっていた。
7回戦終了
鳥越+53.1 根本+5.2 石井▲15.5 いわま▲42.8
7回戦終了時トータル
石井 +89.3
いわま +10.6
根本 ▲1.4
鳥越 ▲100.5
首の皮1枚繋がった感のある根本といわまだが、トータルトップとの差は根本が90.7P、いわまでも78.7P。
条件としては現実的にはトップラス、それができなくても最低3着に抑えて素点を稼ぐ必要がある。
しかも標的は守備力に定評のある石井、この局面で簡単にラスを引き受けてくれる相手ではない。
-石井の優勝だ。
観客の一部から既にそんな雰囲気すら漂い始めている最終戦。
絶対女王が奇跡への階段に足をかける…。
☆最終戦☆
起家から石井-いわま-根本-鳥越
最終戦の並びだが石井が起家という点ではいわま、根本にとって悪くない。
まずは石井の親で親被りを狙い、後は自分の親でどれだけ連荘できるかが鍵になってくる。
東1局は石井の一人テンパイで流局。
たかがノーテン罰符だが、ラスさえ引かなければほぼ安泰の石井にとってこの3000点は大きい。
続く1本場、この半荘最初に和了したのはいわま。
東1局1本場 ドラ
いわま(南家、16巡目)
ツモ
5巡目リーチの後、終盤にを引き寄せ1600・3200は1700・3300。
裏は載らずも、まずはトップ目に立った。
まずは石井にとっての第一関門、いわま東場の親番。
6巡目に仕掛けて純チャン三色のイーシャンテンになるも、同巡根本があっさりとツモ和了。
東2局 ドラ
根本(南家、6巡目)
ツモ
ドラ引きか三色の手代わりを求めてダマにするも、ツモってしまっては止むなしか。
次いで根本の東場親番は石井が6巡目のポンテンであっさり和了。
鳥越の親も軽く流れ、ここまでは石井の思う様に局だけが進んで行く。
南入時点での点棒状況は以下の通り。
石井 28900
いわま 33600
根本 31800
鳥越 25700
石井、優勝へ残すは南場の4局をつぶすのみ。
しかしここから奇跡の逆転優勝へ向け、根本の矢の雨が降り注ぐことになる。
南1局 ドラ
まずは石井の親番、根本11巡目にリーチ。
根本(西家、11巡目)
他に待ち頃な字牌で構える手もあったが、そうしなかったのには理由がある。
優勝への並びを作る為には、石井以外から当たり牌が出ても「打たれて迷惑」となってしまう。
必要なのは石井からの直撃、それができないのであればツモっての親被りをさせたい。
場況的には悪くなさそうなこの。
リーチした時点でヤマに1枚しか残っていなかったが、終盤に最後の1枚を手繰り寄せる。
根本(西家、16巡目)
ツモ
3000・6000で石井を親被りさせることに成功、まず一の矢が放たれた。
南2局 ドラ
根本(南家、7巡目)
ツモ
根本はここに持ってきたをノータイムでツモ切りイーシャンテンを拒否。
そう、今欲しいのは効率では無い。石井をまくる為の勝負手なのだ。
そして石井を追うもう一人の追撃者、最後の親を迎えたいわま。
根本より整った牌姿でイーシャンテンとなるが、6巡目に岐路にぶつかっていた。
いわま(東家、6巡目)
いわまの選択は打。
かを引けば高目6000オールテンパイ。もし和了できれば逆転優勝は一気に現実味を帯びてくる。
しかし対局終了後、いわまはこの局を最も悔やんでいた。
何故ダブル面子を嫌えなかったのかと。
確かに6000オールにはしたい。
だがを落とすのと、を1組捨てるのでは受け入れ枚数にかなりの差がある。
散家の根本は高打点に狙いを絞ることにリスクが少ないし、まだラス親も残っている。
仮に自分の手が実らなくても、いわまが連荘をすることは並びを作る上で悪くはない。
しかしいわま本人はこの手を和了できないということは、直に敗北を意味する。
と切った次局、持ってきた牌は無情にも。
13巡目に何とかこの形でリーチを宣言するも、ダブル面子を嫌っていれば次巡をツモって4000オールを和了していた。
いわま(東家、13巡目)
結果はいわまがを河に置いた直後に根本のツモ上がり。
7巡目の切りの後と引き入れ、力強い意志を成就させた。
根本(南家、14巡目)
ツモ
打点を欲する焦燥感に負け連荘を逃したいわま、流石に落胆の色は隠せない。
一方第二の矢も的を射た根本、ラス親に向けて集中力は増すばかりと言った所か。
いよいよ今決定戦も後2局、最大の勝負所である根本の親番を迎える。
優勝条件が相当厳しいいわま、そしてラス親ではあるがほぼ目無しの鳥越は余程手が整わない限り動いて来ないだろう。
即ち根本と石井、この局を制した方が実質優勝者となると言って良い。
まずは平場、根本が勢いそのままに三度弓を引く。
南3局 ドラ
6巡目でイーシャンテンとなった根本の手牌、7巡目にが重なった所でを落としにかかる。
根本(東家、7巡目)
ツモ 打
しかし次巡もってきたに手が止まった。
根本(東家、8巡目)
ツモ
河を見渡し、選んだ牌は。
この時点で既にが自分から四枚見え。がヤマに残っていると踏むや即方向転換。
実際にはは2枚ともヤマで、は鳥越がトイツなのだが、そんなことはどうでも良い。
一歩道を踏み外せばお終いとなるこの状況でも、根本は飄々と最善の一手を打つ。
次巡を引き盤石のリーチ、12巡目にツモって2600オール。
根本(東家、12巡目)
ツモ
これで怒涛の3連続ツモ上がり。
石井の表情も明らかに陰りが出てきている。
この和了でトータルポイントは以下の様になった
根本 52800(+59.2)
鳥越 18100(▲142.4)
石井 18300(+67.6)
いわま 23000(+13.6)
その差わずか8.4P。
後1本。
後1本の矢で優勝を射止めることができる位置まで来た根本。
会場の雰囲気も最終戦開始前には予想もつかなかった緊張感に包まれている…。
南3局1本場 ドラ
この局も根本の牌姿が良い、3巡目で既にイーシャンテン。
根本(東家、3巡目)
2000オールをツモればトータルトップに浮上できる状況だが、中々これがテンパイしない。
一方配牌は悪かったがツモが噛み合った石井、12巡目に先制リーチを打つ。
石井(西家、12巡目)
石井の本音を言えば、ここで場況的に良い訳でもない両面でリーチすることは最も避けたかった行為だろう。
もし根本に追いかけられて放銃するようなことになればラスに転落し、形勢は完全に逆転することになる。
しかしもうどこかで腹を括らねばならない。
リーチすれば当然脇の2人は当たり牌など切ってくれないが、根本から出てくる牌を取り逃すわけには行かない。
そんな決死の思いが見ている側にも伝わって来る様なリーチ。
そして16巡目、石井の最も恐れていた根本からの追撃が入った。
ピンズの愚形を処理し、満貫確定となった手で追いかける。
根本(東家、16巡目)
2軒リーチの時点でお互いの待ちは山に3枚ずついたが、結果は流局。
流局時に根本の手を見せられた石井。
正しく喉元に刃を突き立てられた気分だったろう。
当たり牌を掴まなかっただけでも良しといった所か。
南3局2本場 供託2.0 ドラ
根本の手はまだ衰えない。
根本(東家、1巡目)
決定戦の当日、この配牌を背後で見ていた時私は正直思った。
6連覇だと。
絶体絶命の状況下で唯一本垂らされた蜘蛛の糸。
それを切らすことなく登り続け、天から最後に祝福を受けるのはやはり根本佳織なのだと。
「リーチ」
しかし先にリーチの発声をしたのはまたも対面の石井!!
2巡目の速効両面テンパイで勝負をかけてきた。
石井(西家、2巡目)
当然根本も黙っていない。
無筋を切り飛ばしてテンパイを取りに行く。
観客が固唾を飲んで見守る中、遂に雌雄は決した。
石井(西家、10巡目)
ツモ
石井ほぼ優勝を決定づける値千金のツモ上がり。
いわまをかわして2着に浮上し、最大の砦を攻略。
迎えたオーラス。
鳥越の一人テンパイが2回続いた2本場。その時が訪れる。
南4局2本場 供託1.0 ドラ
鳥越 20900(▲119.6)
石井 21400(+90.7)
いわま 18800(▲30.6)
根本 57900(+56.5)
現状のトータルポイント差だけ見れば一人抜け出した状態の石井だが、根本以外3人の着順が簡単に入れ変わる僅差。
根本のツモ条件は役満のみだが、直撃なら2000は2600以上で石井を同点3着に落とせる為条件を満たす。
そして運命の9巡目。
まず先制リーチは鳥越。
鳥越(東家、9巡目)
1巡ダマテンで回すも、次巡持ってきたをそのまま横に曲げた。
思えばこの2日、鳥越に勝利の女神が微笑むことは結局一度も無かった。
ようやく手が入りだした2日目中盤には既に手遅れな状況。
本人もこのオーラスを踏まえて、どの様なスタンスを採れば良いのか葛藤と戦っていたことだろう。
それでも最後まで手を歪めることなく自分の麻雀を貫いてくれた鳥越。間違いなく今回の名勝負を最後まで盛り上げてくれた功労者の一人に違いない。
表彰式の後、張敏賢選手が労いの言葉をかけていた様に、「次につながる戦い」をしていたと私も思う。
まだ始まったばかりの競技生活。今日の結果を誇りと糧にして、これからの活躍を期待したい。
第10期女流最高位決定戦 第4位
鳥越 智恵子
南家石井は1枚切れのを河に置き、続いていわま最後のツモ捨て。
役満ツモしか条件が残されていない中、次局以降へと奇跡を託しを合わせ打った。
今回の決定戦、いわまが優勝にかける意気込みは正直並々ならぬものだったと思う。
最高位戦ルールでのセット会に何度も出し、決勝初日が終わった後にはすぐに牌譜を並べて検証会も催していた。
その姿を知っていた私は今回はいわまが優勝するのではと予想していたが、その努力は実ることなく今年も冬を迎えることになる。
4度目の決定戦を首位で折り返しながらも、載冠を逃した悔しさを簡単に語ることはできないだろう。
だが夢が今日途絶えた訳ではない。
再びこの舞台、そして女性初の最高位戦Aリーグを目指して来年もその豪腕を振るってくれるに違いない。
第10期女流最高位決定戦 第3位
いわま すみえ
鳥越が石井を3000点以上離した2着になれば、ハネツモが優勝条件に加わる根本。
逆転の時が来るのを待ち、静かに鳥越の現物を河に置く。
主役の座こそ譲ることにはなったが、今回の決定戦でも一番多くの観客を後ろに集め、魅了したのはやはり根本佳織だった。
冒頭で「根本が負けたらどんな言葉をかけていいか」と書いた私だが、今ならこう伝えたい。
(当日は上手く声をかけれなかった)
本当に強かった。
そしてできれば来年も根本佳織のいる決定戦が見たい。
ありきたりの言葉だが、この2日間の決定戦を見た私の素直な感想である。
「悔しい気持ちより、たくさんの応援に応えられなくて申し訳ない気持ちで一杯です。」
後日本人がこう述べた様に、この日敗北が決まった瞬間、彼女の背後からは優勝者への歓声をかき消す程の大きな溜息が聞こえてきた。
きっと聞こえきた応援団の声は今日までの覇道の中で築き上げた大きな財産の一つに違いない。
いつの日か再び歓喜の声援の下帰還する時が来ることを信じて、絶対女王はその玉座を明け渡す。
第10期女流最高位決定戦 準優勝
永世女流最高位・根本 佳織
そして根本の切ったに、この決定戦最後の発声があげられる。
憔悴したその声が、2日間の激闘を物語っていた。
「ロン、1000は1600。」
石井(南家、9巡目)
ロン
これまで幾多もの挑戦者が挑みながら、5年間誰も突破できなかった次代への扉。
その扉が「2冠」という鍵言葉によって、ついに開錠される時が来た。
第10期女流最高位
石井あや
石井の麻雀最大の特長は”見極めの早さ”だと私は思う。
麻雀というゲームは自分がポイントを上積みする為には、リスクを抱えて前に出る必要がある。
そしてそのリスクとは常に変移するものであり、巡目や局面によって自分の勝率や期待値をその都度計算して押し引きを見極めることができる打ち手が「バランスが良い」と賞される。
最高位戦でも然りだが、近年の競技選手は攻撃的なスタイルを採る打ち手が多い。
序盤から中盤までは自分の都合で手組を進め、最終的な押し引きの見極めは終盤まで引き延ばすことで、加点の機会を多く得ようとするものだ。
これは麻雀ルールがインフレ化している現代ではマジョリティのスタイルとも言えるのだが、終盤での見極め判断が多くなる分リスクも当然増えるだろう。
しかし石井の場合は、この押し引きの見極めを中盤までに決めてしまうことがかなり多い。
当然細かな加点を取り逃すケースはあるのだが、それ以上に致命的なダメージの回避を徹底して避けることで安定したポイントをキープしている。
四暗刻は放銃したけど(笑)
攻撃力を持ち味とする根本佳織とは大きく異なる、独特な守備的スタイルで頂点に登りつめた石井あや。
正に今年の最高位戦、いや麻雀界を代表するニューヒロインの誕生の瞬間だ。
「自分でも驚いていますし、まだ実感がわきません。
未熟な点も多いですが、1年間よろしくお願いします。」
自身ですら想像し得なかったこの1ヶ月の間の戦果は、これからの競技生活と周囲の目を劇的に変えて行くに違いない。
そして来年秋に控える2つの防衛戦。
今度は追われる者としての真価も問われることになるだろう。
石井あやの本当の戦いは寧ろこれから始まっていくのかもしれない…。
文責:武中 真
(文中敬称略)