コラム・観戦記

第32期最高位決定戦観戦記2日目

2007年10月24日

私がそこに足を踏み入れると、光を反射したホワイトボードが妙にまぶしい。

なるほど、そこに記された文字を見て氷解。

―――「最高位決定戦」

最高位という称号が、眩いばかりの威光を放ち、そこにある。

会場となっている「ばかんす」さんのご厚意で、ホワイトボードは先週のままにしておいてくださったそうだ。全く音の無い店内に、先週行われた4回戦までの経過が佇んでいる。それはまるで、時が止まっているかのよう。

第32期最高位を決める戦いの、今日は2日目―――。

11:20
「ちょっと早かったかな?もし誰も居なくても会場に入れるのかな?」そんな心配と共に私が会場入りすると、なんと運営スタッフの2人だけにあらず。その奥には、柔らかい表情の伊藤が見える。「良い感じにリラックスしているな。」そう感じた。

11:30~11:40
金子、尾崎、張の順に到着。
みな、さすがに落ち着いている。各自、思い思いの方法で集中力を高めている。

11:55
場決めまで済ませ、みなが一旦卓を離れると、ここで尾崎が同卓者1人1人に対し、何やら申し訳なさそうに声を掛けている。

11:58
席に着いた尾崎を見ると、大きなマスクで口が覆われていた。どうやら喉の調子が良くないようである。さきほどの行動も、同卓者にマスク着用許可を得るため のものだったのだろう。勝負を制するには、心・技・体が揃ってこそ。尾崎もそんなことは当然わかっている。しかし人間が生き物である以上、どんなに気を付 けても体調の悪化を避けられないときだってあるものだ。あれほど具合いが悪そうな尾崎を初めて見るが、目はいつもの輝きを保っている。

12:00――――試合開始。
止まっていた時が、再び動き出した。

※5回戦※
起家から、伊藤、尾崎、張、金子の座順。

開局早々の1人ノーテンで3000点を失った尾崎だったが、続く1本場。
 ツモ ドラウラ
この6巡目リーチを2巡後にツモアガリ、1000・2000は1100・2100ですぐさま失点を取り返すと、自身の親番を迎えた。

その東2局、東家尾崎の8巡目。
 ツモ ドラ
絶好のドラ表示牌を引き入れ、ノータイムでリーチを宣言。

一見、ピンズを外し、マンズに良形を求めるのがよさそうに見えるが、早くもが2枚切れており、マンズの変化を求めたとしても先にを引かなければ苦しそうである。その上、南家張が2巡目に、西家金子が第1打にとそれぞれ手出ししている。この2人に関しては、打牌の段階でを持っている可能性は低そうだ。北家伊藤に関しての所在はわからないが、親でこの条件の先手が取れるのなら、リーチという選択が有効であろう。打点的にも、一発ウラドラアリルールの「リーチ+1翻(例えば今局に関してはドラ1)」は非常に効率が良いといえる。

これをノータイムでリーチにいける辺り、体調の悪さは全く感じさせない。

また、これにノータイム、しかも一発で飛び込んだ張も、「悪くない。むしろ、結構良いんじゃないか?」と私に感じさせた。
 ここにを引いてのツモ切り。尾崎に対する現物は。打とする手はあるが、私が思うに、おそらくツモ切りが普段の張のバランス。親リーチに向かってこれをノータイムで打ち抜けるのなら、集中できている証拠である。

いきなり激しい火花が散った今局であったが、実はその陰でひっそりと良形のイーシャンテンを組んでいる者がいた。北家伊藤だ。

今局伊藤の配牌。第1ツモがで、何切る?
 ツモ
伊藤の指が一直線に向かった先は、<2s>。
一発ウラドラアリのルールで、多くの人が選ぶ牌といえば、辺りではなかろうか。

伊藤といえば、現在も101競技連盟にて選手として活躍しており、過去には名翔位、八翔位と獲得している打ち手である。101競技では一発ウラドラが無いため、大きな得点をするためには手役を作ることが不可欠となるだろう。
そして当然守備力も必要となる。アガリ以外連荘無し、ノーテン罰無しというルールなので、オリ切ることにはシビアになりそうだ。
評価法も、トップに+1、2着3着は変動無し、ラスが△1という順位戦であるため、トップ取りは元より、ラス抜けが重要となってくると考えられる。

普段からそういったルールでも打っている伊藤、安全牌候補の字牌を残し、将来的にほぼ切ることになるであろうを先切りで、123もしくは234などの三色を見据えた1打である。

その狙い通り、2つの三色が見えるリャンシャンテンになった6巡目にツモ
 ツモ
ここから打とし、1巡のツモ切りを経て尾崎のリーチが来るものの、は完全安全牌。非常にバランスの取れた素晴らしい手牌進行を見せてくれた。
伊藤にラスが少ないイメージがあるのは、このバランスと、ラス抜けが重要となる101で培われたラス抜けの技術が大きいのだろうなと感じる。

今回の決定戦進出者の中では唯一最高位を獲得したことのない伊藤だが、長年の選手生活で培われた、深く幅の広い経験を駆使した麻雀は見る者を惹きつける。

そしてもう1人、名翔位と八翔位を獲得している打ち手。――――第9、11,12、24期最高位金子正輝。

伊藤と同じく、長年の選手生活で培われた深く幅広い経験や知識は豊富で、彼の門を叩く若者が後を絶たない。そして金子を知るどんな者でも、「金子の武器 は?」と問われれば、「極限まで高めた集中力から紡ぎ出される、緻密な手牌読み」と答えるのではなかろうか。金子の手牌読みはそれほど精度が高く、その原 動力となる集中力は鬼気迫るものがある。

やはり最もギャラリーが多いのは、金子の後ろである。それは、彼が今までいかに多くの人を魅了してきたかがうかがい知れる。

さて、簡単な紹介と、私が感じた今日の様子を一通り伝えたところで、話をこの半荘に戻そう。流局を挟んでの同2本場、ドラは

ここで北家の伊藤、配牌を2ブロック取り終えたところで、そこには自風でドラのが2枚。この半荘、初のチャンス手らしいチャンス手は、伊藤の下に舞い降りた。もトイツで、無理なくピンズのホンイツまで狙えそうな好配牌である。

ここに待ったをかけたのは西家金子。
以下の4巡目リーチ。

4巡目にして早くもマンズが場に安く、絶好の待ちといえる。

しかし伊藤も当然黙っていない。

リーチ時点で上の牌姿となっており、5巡目にツモを勝負。
次巡金子がツモ切ったをチーして、(金子の河にがあり、が通ったのでスジとなる)打

5枚vs1枚ずつの計2枚という勝負。

「これはさすがに金子のアガリで簡単に決着が着きそうかな。」などと思って見ていると、次巡の出来事だった。金子のツモ番でやはり早期決着。

ただ、アガったのは金子ではなく伊藤の方。
 チー ロン
8000は8600。金子にとっては厳しい牌の巡り合わせとなった。

東3局
「このまま、2人のトップ争いと2人のラス争いという構図になるのかな。」などと早々に思ってしまった私が浅はかであったことを、1人の打ち手に気づかされる。

自身で2000点をアガって迎えた同1本場、東家の張に、アガれば最低12000が約束された配牌がやってくる。
 ドラ

しかし立ちはだかるのはまたしても南家金子。10巡目リーチを入れる。

次巡の張、以下の牌姿に絶好のを入れて切りリーチ。
 ツモ

決着は15巡目に張のツモアガリ。
ここでウラドラをめくると、そこにはどこかで見かけたことのある牌が―――。
 ツモ ドラ ウラ
ウラドラもで、12000は12100オール。

対局後の張に尋ねてみた。

―――金子プロがリーチしなければ、ダマテンにしていましたか?

「そうですね。ダマテンにします。ただ、その場合すぐにを引くので、そこで切りリーチしていると思います。」

結果論ではあるが、その場合の一発ツモはなので、サンアンコが付いていずれにせよ3倍満となる。つまり、金子のリーチの有無に関わらず、3倍満だったということだ。いまひとつ巡り合わせの悪い金子にしてみれば、皮肉にもそれがせめてもの救いか。

その後は小場で進み、南2局1本場。

点数状況はこのようになっていた。
東家尾崎26400
南家張 61000
西家金子 6300
北家伊藤26300

「今回はさすがに張が楽勝でトップだな。」
そんなことを思っていると、またもや別の打ち手に後ろから頭を叩かれる。

まずは11巡目、金子が以下のダマテンを入れる。
 ドラ

共に1枚切れだが、は4巡前に1度鳴かなかった牌なので、ダマテンならば死角に入る牌といえる。金子からすれば、手変わりを待ちつつ、ここは軽くアガって親番勝負といったところか。

しかし2巡後にという有効な手変わり牌を引き入れると、「この形になればリーチだ。」とばかりに今度は切りでリーチに踏み切った。

その直後、テンパイを果たしたのは大トップ目の張。

しかしこのは、すぐに金子にアンカンされてしまう。

さらにその直後、北家伊藤からリーチが飛んできた。

張からすれば、マンズが場に安いためアガれるかもしれないと思ったテンパイから、急遽アガリへの道が絶たれ、さらに2軒リーチを受ける立場となった逆境。ただ、共通安全牌はと2つあるので、オリることに関しては問題なさそうである。

そう思った矢先、幸か不幸か張が引いたのはアガれるテンパイが復活するである。
 ツモ ドラ カンドラ

※「↓」はツモ切り。
東家尾崎


南家張



西家金子


リーチ(アンカン)
北家伊藤


リーチ

張が選んだのは、ノーチャンスとはいえ2人共に通っていない

確かに、伊藤は手出しの後、を手出ししてのリーチなので、シャンポンでが当たる可能性は低そう。さらにトイツ落としのリーチだから、ほぼ単騎もないだろう。そう考えると伊藤には通りそうである。

さらに、金子もを手出しの後、と手出ししてリーチである。がさほど薄いわけでもないのに、からを温存してを切るだろうか。可能性は薄そうに見える。単騎待ちはといえば、からリーチ後にをアンカンしたことになるから、除外される。

以上のように考えれば、確かにはほぼ通りそうである。

しかし、実際にはこれが、絶対に打ってはならないはずだった伊藤に捕まる。

 ロン ドラ ウラ

ウラドラが3枚付いて12000は12300。伊藤はが埋まってのリーチであった。

確かに、通る可能性は「高そう」である。ただ、確実に「通る」牌があった。リーチした2人のうちどちらかがアガれば1局消化できる。こう考えればオリることもできただろうが、アガれそうなの誘惑に負けたか。
ただ、やや攻撃的バランスで打つ張からすれば、この放銃をするからこそアガれている場面もあるはずで、それが放銃点数を上回っているからこそ今まで勝ちを積み上げてきたのだろう。

とはいえ、このときばかりはやや焦った表情を浮かべた張。オーラスに早いピンフをアガリ切り無事トップで終えると、安堵のため息が漏れた。このとき後ろを振り返ると、伊藤は9100点差にまで迫っていた。

5回戦成績
張 +48.7
伊藤+15.6
尾崎△15.6
金子△48.7

※6回戦※
起家から伊藤、尾崎、金子、張の座順。

6回戦は5回戦とは打って変わって、小場の展開。しかも、なんと全9局。つまり1度しか親権が留まらなかったことになる。

そんな6回戦のハイライトは東4局1本場。

トップからラスまでがわずか6000点の中にひしめき合う大混戦。供託のリーチ棒も1本あるため、誰もが是非ともアガリたい。逆に言うと、ここでアガった者が一歩リードといったところ。

ドラはである。

ここで、金子にようやく待望のチャンス配牌が到来。
北家金子配牌

鳴いても3900から8000が見えるリャンシャンテンである。この状況を考えればベストともいえる配牌に、後ろで見ていた私の心も躍る。
「これが金子反撃の狼煙になるかもな。」そう思った。

3巡目にはこう。

ここに次巡、対面の南家伊藤が放った。金子はこれに反応しない。

その瞬間は驚いたが、よく河を見ると、鳴かないというのもわからなくはない。

西家尾崎が2巡目にを手出ししており、この段階でを持っている可能性は薄そうだ。そして南家伊藤4巡目のは、3巡目のに続けて放たれたものだから、伊藤もまたこの段階でを持っている可能性は極めて低いと言えるだろう。

以上の考えによって、からは慌てなくてもメンツができると踏んだのだろうか。確かにはヤマに4枚残っている。しかし今は4巡目であり、4枚丸々残っているからといって、さほど大したことではないようにも思う。

おそらく冴え渡っているときの金子は、リーチでこんな倍満に仕上げたりするのだろう。
 ツモ ウラ

ただ、点数状況と照らし合わせれば、これを鳴かないのはただの欲張りになるのではなかろうか。この手牌が10回来たとして、今欲しいのは7回アガれる「鳴き3900か鳴き8000」であり、1回アガれるかどうかというハネ満級は必要ないのである。

にも関わらず、金子は鳴かなかった。
「あー、これが金子正輝なんだな。」
どんなときでも常に金子正輝の麻雀を打ち続け、自分の読みと心中できる。これが、みなが追いかける金子の魅力なのではなかろうか。金子が打牌をすれば、その全ての牌に「金子正輝」と刻まれているかのように映る。

おそらく上記の状況ならば、多くの打ち手が「ポン」の声を発することだろう。それはさほど難しいことではない。
難しいのは、「多くの人がするであろうことを、しない」という意思決定である。

大舞台であればあるほど、人は、失敗したときの「もっともらしい言い分」がある方に流されやすいものだ。この舞台で自分を信じきり、マイノリティの選択をできることこそ強者の証であり、「麻雀プロ金子正輝」であることの証なのである。

しかし今局に限れば、結果論となるのだが、に「ポン」と一言発することさえできれば、12巡目にこんな理想的なマンガンをツモアガることとなった。
 ポン ツモ

一方、金子の最終形はこちらのダマテン。

皮肉にも、金子がアガるはずであった12巡目のでツモアガリを達成したのは、10巡目リーチの伊藤である。
 ツモ ウラ
ウラが1枚付いて1000・2000は1100・2100。

トータルポイントトップの伊藤が、ここでこの半荘のトップ目に立つ。

その後、南1局に張が金子から以下の8000を討ち取り、伊藤に並びかける。
 ロン ドラ ウラ

南2局を迎えて以下の点数状況。
東家尾崎32900
南家金子16600
西家張 33900
北家伊藤36600
    
その南2局ドラ、西家張の8巡目。
 ツモ
配牌からピンズのホンイツ一直線だった張。自身が3巡目にとばしている<4m>を引いてくると、比較的安全そうなを切り出し、を手の内に留めた。

このは場に2枚切れており、その近辺のマンズは場に安い。自分で切っているマンズもだけなので、直接が重なってしまう以外は、どういう風にくっついてもフリテンの心配も無い。他家が3者とも早そうで、おそらくこのままピンズの一色にいっても間に合わないと感じたのだろう。さらに、最も早そうな伊藤がを切っていたこともその理由の1つと考えられる。

すると次巡、東家尾崎から親リーチが入る。

これに対し、北家伊藤がと無筋(は伊藤の目から見ればノーチャンス)を一発目、二発目に連打。

これを受けた西家張の12巡目。
 ツモ
東家尾崎の河は以下の通り。

リーチ

ここで張が放った牌に、場が一気に凍りつく。張の選択はノータイムで打。カンのダマテンを組んだ。

ここは一旦現物のを切り、ホンイツテンパイでを勝負するのがマジョリティではなかろうか。
は無筋な上にドラそば。その上、が通ったところでこちらの打点は1300。さらに、いくら場にマンズが安いとはいえ、形はカンチャン。全ての状況が打を支持しているように思う。

同巡、北家伊藤も以下のダマテンを入れる。

これで3者がテンパイ。

そして決着はその次巡だった。張が引いたのは、。トップ目のかわし手、親リーチ、その2つを一気に潰す値千金の700・1300でトップ目に立つ。
 ツモ

5回戦の南2局1本場で、大トップ目の張が伊藤に12000を放銃したのを覚えているだろうか?
あのとき私はこう書いた。

「この放銃をするからこそアガれている場面もあるはず」と。

それが正にこのアガリである。ギリギリまで踏み込み、踏み込んだ局はスパッとアガリをさらっていく。その踏み込みの精度がなんといっても張の武器であり、見るものの目を惹きつける。

張もまた、強い意志でマイノリティの選択をし、さらにアガリに結び付けてきた。

結局この半荘は、伊藤が南3局で張を再びかわし、オーラス逃げ切ってわずか9局のスプリント戦を制したのだが、最も印象に残っているのはなんといっても、張の打ったと、張が当然のようにツモったであった。

6回戦成績
伊藤+46.5
張 +13.6
尾崎△14.0
金子△46.1

※7回戦※
座順は起家から張、尾崎、伊藤、金子。

東1局、西家伊藤の11巡目。
 ツモ ドラ
ドラがであるために残したなのだろうが、実は2巡目からマンズはこの形。2巡目にしてが2枚切れているため、いつ切ってもおかしくない牌なのだが、伊藤は手放さなかった。

「変わったを残すなあ。」と思い見ていると、をダイレクトに捉える。少々違和感のあるツモだし、さほどうれしくもない。しかし、ここまでことごとく正解を導き出してきた伊藤である。

「これもアガってしまうのかな。」

この日の伊藤にはそう思わせるだけのものがある。伊藤も少々違和感を感じつつではあると思うが、こうなった以上、手をかける牌は1つである。打

が、これには尾崎が間に合っていた。
 ロン
打点は2600だが、伊藤にとっては相当嫌な放銃だったに違いない。

逆にここまで2半荘とも原点付近の3着で凌いできた尾崎、これが復調の兆しとなるか。

東2局、前局の嫌な放銃が嘘だったかのように、伊藤が1局で立て直す。

ドラで迎えた9巡目、南家伊藤。
 ツモ
絶好のドラ引きなのだが、どちらに受けるか。は1枚切れ、は初牌である。特に条件が与えられなければ、単騎に受けるだろう。ただ厄介なことに、西家金子の国士無双狙いが浮き彫りになっている。私なら、とりあえず単騎に受ける。

対して伊藤が小考の後、選択したのは単騎。そして次巡にツモアガり、見事なノーミスチートイツの完成で、2000・4000。
 ツモ

実は、東家尾崎がイーシャンテン、北家張がタンピンのイーシャンテン、さらには西家金子の国士もイーシャンテンまで進行しており、全てを紙一重でかわしたノーミスチートイツには脱帽である。は金子がトイツだったのだが、それでもあっさりツモアガる辺り、今日の伊藤は本当に強い。

続く東3局、この半荘の決定打は意外な形で生まれることとなる。

南家金子は8巡目に絶好のを引き入れる。
 ツモ ドラ
テンパイを果たし、リーチを宣言。しかしここで金子の指が思わぬ牌を横に曲げる―――。金子が宣言牌に選んだのはではなく、なんと

この理由を、金子を知っている者に尋ねれば、「金子正輝はそうするだろう。」という答えが返ってくる。金子は、先手を取ったと読み、かつ打牌選択が可能なとき、なるべく真ん中の牌を切るというのだ。

これは、真ん中の牌を切った方が、相手を追い込むことができるというものらしい。確かに、シャンポン、カンチャンなどを考慮すれば、真ん中の牌を切った方が、相手が考えるアガリパターンは増えるだろう。

しかしその分、例えば今回のケースならば、切りに比べ、確実にという1スジを消してしまうことになる。おそらくこの優劣の比較に関して、金子の中では「真ん中切り有利」という感覚になっているのだと考えられる。

だた、今局に関していえば、下家の張はを切っており、ならばまず鳴かれることはないだろう。ならば素直にを打つべきではなかっただろうか。

西家張
 ロン
これが張のダマテンに高めで捕まり、12000。

「先手を取った」と感じたのであろう金子。今日の金子は何かが少しズレているようで、終始苦しそうに見えた。

しかしその後は金子が3回のアガリで張に追いすがる。

まずは南1局2本場で5200は5800を伊藤から。
 ロン(一発) ドラ ウラ
ピンズの上が安く、自分の河にを置いた次巡にツモ切りリーチと出て、同巡に以下のテンパイとなった伊藤が捕まった。
 ツモ 打

南3局には以下の6巡目リーチを一発でツモアガリ、2000・4000。
 ツモ(一発) ドラ ウラ

オーラス1本場も伊藤のリーチをかわす1500。
 ロン ドラ

実にテンポ良くアガリ、キレを取り戻したかに見えた金子だったが、オーラス1本場ではテンパイを果たせず、張に5000点差まで迫るも、一歩及ばず2着で 終了。調子が悪そうとはいえ、1度崩れたところからここまで立て直す原動力となっているのが、やはり並外れた集中力。この集中力はさすがであると感嘆し た。

尾崎もオーラス1本場に、ツモるか張から出ればトップというメンホンチートイツのテンパイを入れるが、実らずに3着。

ラスは金子に5200を打ち上げた伊藤が担当。

しかし伊藤はこの半荘、守備で魅せてくれた。それは東4局ドラ、金子の親リーチを受けてのものだ。
東家金子
リーチ

対するは、一発目こそ目をつぶって初牌をなんとか通した後の、伊藤の手牌。

ここにツモときて万事休す。

このとき私は伊藤の後ろで見ていたのだが、「まあ、(初牌)だろうな。」と思っていた。困ったときは字牌。やはり数牌に比して圧倒的にアガリパターンの少ない字牌は、こういうときの第1打牌候補となりやすい。たとえそれが、連風牌とて同じことである。当たりさえしなければ、2翻も何もないのだから。

伊藤の選択はというと、宣言牌のマタギである。場にが2枚、が2枚切れているだけのである。

続いてをツモり、安全牌が無い状況は継続。のワンチャンスで

次巡ツモで、いよいよ何も頼るものがなくなった。
 ツモ
ちなみには場に4枚なので、ドラであるはノーチャンス。ここで伊藤は驚愕の牌を打ち抜く―――

その後は安全牌が増え、死線から生きて帰ってきた伊藤はオリ切って流局。

対局後の伊藤に尋ねた。
―――あのを打たなかったのは、親リーチを字牌のシャンポンと感じてですか?

「いや、そうではないです。もちろん何度も打とうかと思いましたよ。ただ、親リーチをナメると痛い目をみるから、あのは打てませんね。あと、あので打ち込むと、相手の注文に嵌まるようなものでしょう。それだけは避けたかったですからね。」

つまりこういうことだ。
ここで私が考えた守備に関する最優先事項は「なるべく当たらないような牌を切ること」であるが、一方ここで伊藤が考えた守備に関する最優先事項とは「当たったときに致命傷となる牌で打たないこと」であるということだ。

なるほど、確かにで打てば最低7700だろう。一方数牌で打つ分には、平均してそれほどの打点は無いのではないか?おそらく伊藤の言う「親リーチをナメる」とは、「「通る確率が高そうだから」という理由だけで、打ち込めば致命傷となり得るダブを安易に放り投げること」を指している。

さらに伊藤は続ける。

「調子が悪いときの金子プロのリーチは何でもあるので、むしろド真ん中が通るんじゃないか?と思ったのも少しありました。」

いわゆる「人読み」である。なるほど、そう考えれば確かに打つ牌は辺りになるのかもしれない。

今局、実に興味深い凌ぎを見せてくれた伊藤だが、流局後に開かれた金子の手牌を見て何を思っただろう。

みなさんは、これを「結果論」だと感じますか?それとも、力でもぎ取った「結果」だと感じますか?

もちろんこの1局だけでは、「が当たりだったのは結果論。」と片付けられてしまうのかもしれないが、その1回をこの舞台で実行できるのは、紛れもなく伊藤の力であるといえるだろう。

7回戦成績
張 +37.0
金子+12.3
尾崎△10.9
伊藤△38.4

※8回戦※
壮絶な打撃戦で幕を開けた2日目も、ついにこれが最終半荘となる。
幕開けが派手なら、幕引きはもっと派手だった。

座順は起家から、伊藤、金子、尾崎、張。

東1局ドラ、さっそく大物手同士がぶつかり合う。

まずは東家伊藤が10巡目に、尾崎からダブをポンしてイーシャンテン。
 ポン

すると次巡、南家の金子から11巡目リーチ。

ウラドラ次第で倍満まで見える勝負手だ。先にダブポンが入った後では、どうせドラのなど出ないのだから、確かにそれならリーチが良さそうである。1日を通して苦しかった金子、これをアガって挽回となるか。

金子のリーチ後、1巡のツモ切りを挟んで13巡目テンパイは東家伊藤。
 ポン

このまま2人のドラを巡るめくり合いになるのか。―――そんな空気を切り裂いたのは、14巡目に北家張が放ったであった。

この、伊藤、金子の両者に無筋となっている。リーチ後に安全牌しか切っていなかった張が、一転してを切ってきたとあって、一旦回った後テンパイを果たしたことは明白。さらに、この終盤での勝負かつダマテンということは、ドラが2枚以上ありそうな大物手を予感させる。

しかし実際は、そんな私の予想を遥かに上回るテンパイが入っていた。

いわゆる「スーアンコ単騎」というやつである。

ただ、実はこれ、1度アガリ逃しをした形となっている。金子のリーチを受けた12巡目の張は以下の手牌。(ともに初牌)
 ツモ
一発目に東家伊藤が放ったには声をかけずに、直後のツモ。金子の河にソウズはのみである。

あそこでに声をかけなかった以上、ここで打つ牌は1つしかない。張の選択は当然のトイツ落としで、もう気分は半分オリ。

しかしここからこの手が予想外の伸びを見せる。
ツモ、ツモと来て、2巡でスーアンコ単騎となって帰ってきた。はフリテンとなるため、を切って単騎。それが上記のテンパイである。

高打点3者のめくり合い。
一体誰が制するのだろう―――。そんなことを考える間もなく、張がを切ったわずか数秒後、「ツモ」の発声と共に卓上に置かれる

 ポン ツモ
ツモったのは伊藤。今日の伊藤は鬼神の如き強さである。4000オールでまず先行。

流局を挟み、親が金子へと移った東2局2本場、ドラは。またしても激しい攻防が勃発。

東家金子、祈るように振ったサイコロが指定した好配牌は、4巡目には以下のように変化を遂げていた。
 ツモ
マジョリティは、一通と三色を見た打であろうか。しかし金子はここから打とする。

マンズが良いと思ったため、先にが入ったときにマンズをフル活用できる打を選んだのだそうだ。

確かに8巡目、金子の構想通りツモ、打で以下の形となるのだが、いささか「アガること」だけに比重を置きすぎのような感は否めない。

ただ、それには理由がありそうだ。3巡目までの北家伊藤の捨て牌。これに不穏な空気を感じ、最速のアガリを取りにいったものであると考えられる。

そして中盤までくると、伊藤のその不穏な空気と捨て牌は、とある四字熟語を克明に映し出した。

―――「国士無双」。伊藤の河は1巡毎に、その一画一画をはっきりと記していく。

伊藤が11巡目に放ったドラの。これで最後の一画まで書き終えた。あとはこの作品が世に出る機会を待つばかりである。

は 金子が序盤に切った1枚だけ。この段階でヤマに3枚眠っている。しかも、その後の切り出しを見る限り、この段階では、他家は3人とも「伊藤はほぼ100% イーシャンテンで、テンパイではない。」と思っているように見えたため、いわば4人でツモっている状態である。このままこの作品が世に出てしまうのか。

しかし、アガリを取りにいくべく打点を見切った金子も黙ってはいない。その12巡目。
 ツモ
ツモで小考の後、切りでリーチといった。

東家金子の捨て牌

リーチ

このリーチに対する一発目、伊藤がツモってきた牌をそのまま投げる。
その牌は、金子にはピンズならそこしかないという

トップ目の伊藤がその牌を投げることの意味、それを3者は理解している。

―――「100%テンパイが入っている。」

3者の情報が180度修正された。
そのときの金子の「しまった。」という表情がそれを象徴しているかのようで、印象的だった。

巡目は進み、15巡目の伊藤。をツモって手が止まる。
 ツモ

河は以下の通り。
東家金子

リーチ

南家尾崎



西家張



北家伊藤


私はこのとき伊藤と金子の間で見ていたため、伊藤がをツモったことも、金子にが当たることも見えていた。

「ツモ切りで金子のアガリだ。」

後ろで見ていた誰もがそのように感じただろう。両面で当たるとすれば、がそれぞれ2枚ずつ見えているから、危険度は共に同程度。であるなら、初牌と2枚切れの違いはあれど、ドラをまたがないが良さそうに見える。

ところが、伊藤放銃での終局を感じた私が「伊藤→金子2000点」とメモを取ろうとし、ノートに目を落としたその瞬間、手牌の真ん中を横切る伊藤の指が視界に入った。

「えっ?は右端ですけど?」

伊藤の打牌音とともに、金子の発声が聞こえることはなかった。河に置かれた牌はなんと

対局後の伊藤に尋ねた。

―――あそこは、どうしてを打たなかったんでしょうか?

「オカルトなんですが・・・・」と伊藤は語り始めた。

「オカルトなんですが、金子プロのリーチの1巡前に張プロがを切っていました。調子が悪い人(金子)のリーチって、前巡に間に合わされていることが多いように感じるんです。だからを打ちました。」

いわゆる「流れ否定派」ならば、笑う者もいるのかもしれない。しかし、重要なのはそこではなく、自分の思考や感覚に100%従えるかどうかではないだろうか。

考えてもみてほしい。100人居たら90人はを切る場面ではなかろうか。それを拒否し、感覚に従ってを打ち出す。もしそれで放銃したとき、何とコメントするのか。失敗を恐れず、これを大舞台でできるというのは強者の証であろう。

繰り返しになるが、大舞台であればあるほど、人は、失敗したときの「もっともらしい言い分」がある方に流れやすいものだ。今回のそれは「がドラまたぎだから」という理由にあたる。ただ、真の強者とはそれを越えたところに存在するように思う。

これは「流れ論」に限ったことではなく、手牌読みなどに関しても同じだ。自分の行為がマイノリティであろうとも、それに100%従える心。それが強者の条件であると感じる。

結局は3枚とも尾崎と張に流れ、今局は流局するのだが、伊藤の強さが見える1局であった。

ところで、リーチ後にすぐをツモ切っている金子。結果論だが、あの段階でさえ切れていればこのでアガっていた。
 ツモ
意志を込めた選択がことごとく裏目に出てしまう今日の金子。依然として苦しい。

さらに流局を挟み、東3局は親の尾崎が5巡目リーチを終盤にツモって1000は1400オール。供託のリーチ棒もかっさらう。
 ツモ ドラ ウラ

さらに次局には以下の5800は7300を張からアガり、伊藤に並びかける。
 ポン ロン ドラ

6本場こそ、ドラアンコのテンパイ打牌が先行リーチの張に捕まり、3900は5700を献上するが、ようやくいつものキレが戻ってきた様子の尾崎。

その後は小場で進み、南3局1本場を迎えて以下の点数状況となった。
東家尾崎29700
南家張 20500
西家伊藤42100
北家金子26700

ここで東家尾崎が魅せる。
 ドラ
この配牌をもらうと、3巡目には単騎の仮テンを入れ、4巡目に1枚切れのをツモって以下の形。
 ツモ
多くの人がを切ってピンフのに受けるのではないだろうか。

しかし、尾崎はこれを拒否。をツモ切り、7巡目に待望のを引き入れ、打のダマテン。三色片アガリのテンパイを果たす。

次巡には2枚切れのを引き、打。以下のテンパイへと変貌を遂げる。

さらに次巡、北家金子からリーチが入り、その現物で2枚切れのを抱えていた伊藤。当然の打で、これが尾崎に捕まった。

トップ目からの7700は8000の直撃と供託のリーチ棒2本で、尾崎が一躍トップ目に躍り出た。

この大舞台で、意志のこもったマイノリティの選択をし、さらにそれを決定打に結びつけてしまう尾崎もやはりただならぬ強者であると感じる。

この後伊藤が再び追いかけるも、オーラスは伊藤の仕掛けに尾崎が以下のドラ切りリーチを一発でツモってゲームセット。
 ツモ(一発) ドラ ウラ
今日の尾崎は苦しい3着で凌いできたが、最終半荘をトップで締め、苦しい1日をきっちりプラスでまとめてきた。

8回戦成績
尾崎+47.7
伊藤+15.3
金子△19.5
張 △43.5

8回戦終了時トータルポイント
伊藤英一郎 83.2
張敏賢   56.9
尾崎公太  19.8
金子正輝△159.9

トップラスで60ポイント以上がひっくり返る最高位戦ルール。しかもずっと直接対決であるため、1日で順位が総入れ替えということも十分ありえる。そのため、この段階でのトータルポイントをさほど気にすることもないだろう。

とはいえ、1日目、2日目と、苦しい戦いを強いられてきた金子にとっては、3日目でポイントを回復できなければ、相当厳しい4日、5日目になることは必至 である。持ち前の集中力で、3日目にしっかりと照準を合わせてくることだろう。3日目での金子の巻き返しを、多くの金子正輝ファンが期待している。

麻雀を「競技」として行うなどという行為は、世間一般から見ればマイノリティにあたるのだろう。

さらに、その競技で頂点を極めるために何かを犠牲にしてまで打ち込んできた者など、ほんの一つまみのマイノリティ。

その中で、今年の代表者である4名が、自身の生き様を賭けて戦いを繰り広げる。

「決してマジョリティが正解であるというわけではないのだ。」
打牌とともにそんな声を発しているかのような彼らは、どんな状況下に置かれようとも、決して自分を曲げることはない。

第32期最高位―――強固な意志を持つ4名の戦士に対し、その椅子はわずか1つ。

その戦いは、まだ動き始めたばかりといえる。

(敬称略)
                                文:鈴木聡一郎

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