コラム・観戦記

第16期發王戦観戦記

 2年前の2月のことである。
 第14期發王戦は、ディフェンディング藤中慎一郎(当時日本プロ麻雀連盟所属)の3連続トップで幕を開けた。実に全6回戦中3回のトップである。3回戦終了後の休憩中、誰もが藤中の連覇を確信した。
 2着目の吉田賞二(麻将連合所属)と130ポイントほどの差。この段階での大方の予想は、本命―藤中連覇・対抗―なし・穴―吉田といったところであっただろう。
 まさか、200ポイント差をたった2半荘で逆転し、後半4~6回戦の3連勝で藤中からタイトルを奪い取る者がいるなどとは、誰が思いついただろうか。
 しかし、そんな離れ業をやってのけた規格外の打ち手は確かに実在する。
 私が初めて観た發王戦は、いまどき麻雀劇画でも敬遠されそうな大逆転劇で幕を閉じたのだった。
 
 あれから2年の月日が流れた2008年2月17日。
 今年も發王戦の決勝がやってきた。

 そしてそこには、「あの」男の姿。
 規格外の暴君―第14期發王位瀬戸熊直樹(日本プロ麻雀連盟所属)
 あの大逆転劇から1年のブランクを経て、暴君が決勝の舞台に帰ってきた。準決勝の圧勝ぶりを考えても、今年の決勝戦はやはりこの男を中心にまわるだろう。

 準決勝で瀬戸熊と同卓して勝ち上がったのは、石野豊(日本プロ麻雀協会所属)。日本プロ麻雀協会主催の雀竜位戦決勝では、5連続トップのあと安定感を見せつけ、雀竜位を奪取。發王戦準決勝でもその安定感は決して揺れることがなかった。

 安定感ということならもう1人―萱場貞二(101競技連盟)。
 準決勝を観ていて感じた抜群の安定感。石野は若干攻撃側に比重を置いた安定感の持ち主であるが、萱場は若干守備側に比重を置いた安定感。そのような印象を受ける。

 この2名の安定感が、瀬戸熊を「規格内」へと引きずりこむか。

 そして、最高位戦のベテラン嶋村俊幸(最高位戦日本プロ麻雀協会所属)。やはり大ベテランがいると場が引き締まるものである。そういえば、2年前も同じ ように最高位戦のベテラン清水昭が瀬戸熊と相対していた。發王戦では今一歩優勝に届かない最高位戦勢であるが、コンスタントに決勝進出を果たすベテラン勢 の底力を感じずにはいられない。プロ27年目の嶋村が悲願の發王位戴冠を狙う。

 ここで決勝戦のルールを簡単に確認しておこう。
 ルールは最高位戦ルールを使用。
 最高位戦ルールは主なところで、一発・ウラドラ・カンドラ・カンウラドラあり、途中流局一切無し、テンパイ連荘、30000点持ちの30000点返し、ウマが10000点、30000点である。
 決勝戦は全6半荘を行い、トータルポイント1位の選手が第16期發王位となる。

[1回戦]
 起家から、瀬戸熊、嶋村、萱場、石野の座順。

東1局 ドラ
 そこには、11時の試合開始と共にギャラリーを背負う瀬戸熊がいた。
2年前の發王戦決勝最終戦では、20人超のギャラリーを背負う藤中に対し、瀬戸熊の後ろに立つのはわずか3人であった。しかし、そこから大逆転で發王位に輝き、勢いそのままに鳳凰位戦へ。そこでは敗れたものの、最後の最後までトップを走り、大会を大いに盛り上げた。
 後ろに立つギャラリーの数は、この2年間瀬戸熊がしてきた活躍と努力を物語っている。

 起家を引いた瀬戸熊の第1配牌はごく平凡なものであったが、ここから一直線にアガリを目指し、ツモで以下の配姿になったのが16巡目。
 ツモ ドラ カンドラ
 15巡目に嶋村がをアンカンしており、が場に2枚切れ。河を見るに、はヤマに2枚とも生きていそうな塩梅である。それならリーチでいいだろう。
 ただ、大きな懸念材料がある。石野の仕掛けである。

石野は6巡目にをポン。その後の6巡で5回の手出しを経て、ここ3巡はツモ切り。河の濃さからしてもテンパイは明白である。カンドラのこそ2枚切れであるが、ドラのは初牌。
石野捨て牌(注:↓はツモ切り)


オヤとはいえ、安くて愚形かつ16巡目という深い巡目。さらに上記の河でテンパイ者がいるという状況。
 この状況下において、ノータイムでドラの切りリーチができる打ち手を私は知らない。というより、ここでを打つ者は負け組であろう。そんな負け組に属する打ち手が決勝に残っているはずがない。1回戦東1局なら、安全牌のトイツ落としが決勝進出者の打牌というものだ。オーソドックスな打ち手なら。
 しかしここに座っているのは暴君瀬戸熊直樹。
瀬戸熊は当然のように「リーチ」と言い、当然のようにノータイムで打ち出した牌を、当然のように横に曲げた。その滑らかな所作は、まるで安全牌を切り出すときのそれであった。
 そんな所作から打ち出されたドラに、1テンポあってから「ロン」は石野。さすがにやや驚いた様子で、一瞬手牌を確認してから「ロン。8000。」と言ったように見えた。
それもそうだろう。
この巡目で初牌のドラが出てきたのだから。そんな打ち手が決勝に残っていたのだから。
 ポン ロン
 大半の打ち手はこのを打ち続ければ負けるだろう。しかし、このを打ち続けることで勝ってきた者がいるのもまた事実。
 当然のようにを打った瀬戸熊。
当然のように仕掛けて、やや意外そうにアガった石野。
 互いに強者であるものの、選択してきた方法論の違いからそれが対照的に表れる。
 個性の強い4名が揃ったために、今回の決勝ではこういったコントラストがみどころとなるであろう。
 
東2局 ドラ
 東2局はオヤの嶋村がドラトイツの配牌をもらう。

 ここからピンズのホンイツを見つつ手を進め、12巡目にツモでテンパイすると即リーチ。
 ツモ
 これを2巡後にツモって4000オールの好発進。
 ツモ ドラ ウラ
 「これ、嶋村さんが(發王位を)獲っちゃうんじゃない?」
 このとき私はそう思った。この4000オールに、優勝する者が持つ得体の知れぬエネルギーのようなものを感じたのだ。
 対局後に嶋村に聞いてみると、このとき本人も「あれ?今日いけちゃうかもな。」と思ったそうである。
 準決勝から見ているが、今回の發王戦における嶋村の押し引きには目を見張るものがある。このツモはただの僥倖にすぎないが、あらゆる分岐点における選択がとにかく冴えているのである。この冴えに、天運とでも言うべき後押しが加わったなら―。
 發王位という称号が、ほんの少し顔をのぞかせた。

東3局2本場 ドラ
 流局などを挟んで迎えた東3局、ついに瀬戸熊の一撃が出る。

 配牌はこう。ここから第1ツモでを重ねると、5巡目にはツモで以下の牌姿。
 ツモ
 自風のは1枚切れ、は初牌である。
 さすがに打でいいだろう。というより、2巡目からここまでを引っ張ったのが不思議なくらいだ。を残すとしても、切りか―。
 そんな私の予想をあざ笑うかのように、瀬戸熊はノータイムで打を選択。
 えっーーーーー!??? 
 ピンズはを中心として場に安い。そのピンズ受けを絶ってまでを残すというのか?
 その理由はおそらく以下のようなところだろう。
 ここでを放さなければ、この手は仕掛けてのみとなる可能性が高い。それよりもトイツ手を見ていってアガれない方がましだ。理想形はこんなトイトイ。
 ポン ツモ
 ならば1枚切れのより、初牌であるの方が優秀である。
 そして何より、瀬戸熊にはあるんだろう―そうなる感触と、そうする意志が。
 結果は、次巡にをツモ切り、同巡に下家の嶋村が切ったに動かず。その後、と立て続けに引き、この8巡目リーチ。

 対して、並の打ち手なら
 ポン
 このテンパイに終わっているところだろう。
 
 しかしここに待ったをかけたのは南家石野。

 同巡にこのイーシャンテンになっていた石野は、ここからを掴むがイーシャンテンで粘る。そして16巡目、ついにテンパイを果たす。
 ツモ
 は前々巡に瀬戸熊がツモ切り、嶋村がそれに合わせている。すなわち2枚切れ。
 安全を追うならを切って単騎だが―。
 石野の選択は打
 石野もまた、強い意志を持って前に出る。
 が、これが瀬戸熊に捕まり、6400。
 ロン ドラ ウラ
 瀬戸熊の強い意志が、1300点の木に6400点の果実を実らせた。

東4局1本場 ドラ
 平場で、追いかけリーチの嶋村を退け2000点をアガったオヤの石野。続く1本場では5巡目にこのリーチ。

 ここで5800以上アガると、嶋村をかわしてトップ目となる。さすがにこれをアガって石野のトップ浮上だろう。
 
 そんな予想を切り裂いたのは、これまでひたすら静寂を保ってきた萱場だった。
 石野のリーチを受けた一発目、萱場はツモで以下の牌姿となる。
 ツモ
 安全牌がの1枚だけしかないため、と外していくかなと思っていたところへのツモ
 こうなってしまっては打つ牌は1つ―萱場、当然の打
 その後も全く安全牌が増えず、仕方なく勝負していく萱場。とはいえ、メンツを壊せばという安全牌がいつでも手に入る状況である。萱場ほどすんなりとノータイムで無筋を打ち出せる者は少ないのではなかろうか。
 オヤリーチに対し、いきもいったり無筋4枚。しかも4枚目はドラのというおまけ付きである。
 石野のリーチから遅れること5巡、これで萱場も追いついた。

 石野の河にが落ちているということもあり、ヤミテンを選択。というより、何か少しでも危険な牌を掴んだときにオリるためのヤミだろう。そもそもいきたくていった手牌ではないのだから。
 いまだにアガリのない萱場だが、ここでしっかりヤミテンを選択できる辺りはさすがである。この冷静さに、萱場の揺れぬ心を見た。
 それにしても石野がなかなかアガれない。
 そうこうしている間に、萱場が14巡目にをツモ。打点こそ400・700だが、価値あるアガリで石野のオヤリーチを粉砕する。
 ツモ

南1局 ドラ
 ダンゴ状態の他家3人に対し、1万点ほど引き離したトップ目で南場を迎えた南家嶋村。12巡目にツモで以下の牌姿。
 ツモ
 が共に1枚切れ。
 唯一ドラが出ていくツモであるものの、私などは喜び勇んでドラ切りリーチをしてしまいそうである。
 しかし嶋村はノータイムで切りのヤミテンを選択。トップ目であることと、他家3人の手牌がまとまりをみせていることを踏まえての打牌であることは言うまでもない。
 さらに付け加えるなら、実は一貫性を持たせるためにはこのを切ることができないのである。嶋村の8巡目を見ていただこう。
 ツモ
 は初牌、は2枚切れ、が1枚切れである。
 嶋村はここから打を選択する。すなわち、「ドラだけは使い切りますよー。」という意思表示である。
 この8巡目があるため、おそらく嶋村の中では「12巡目のドラ切りリーチは一貫性がない」という結論になっているのだと考えられる。
 
 一方、対照的なのは、配牌から手広く構えていった西家萱場。
 11巡目にツモで安全牌のを切ってイーシャンテン。

 そして次巡に嶋村がカンのテンパイを組んだ直後、ツモで即リーチと出た。

 
 嶋村もカンのまま粘るが、15巡目に茅場がをツモ切り。
 嶋村がドラ切りリーチなら、このを拾えていた。
 これで勝負あったか、萱場が最終ツモでをツモり上げ、ウラものって2000・4000。
 ツモ ドラ ウラ 
 萱場がたった2局で嶋村をかわしてトップ目となった。

南2局 ドラ
 続く南2局は、リーチの石野vs仕掛けた瀬戸熊、というラス争い。
 西家石野が10巡目に以下のリーチ。

 すると、宣言牌のをチーして、北家瀬戸熊が3副露目。これでテンパイを果たす。
 チー チー ポン
 ここでアガった方がとりあえずのラス抜けと、上位への挑戦権を獲得する。
 この時点では両者の両面は4枚ずつヤマに残っていた。
 これがもつれるのだが、16巡目に石野がを掴み、苦笑い。瀬戸熊に3900の放銃となった。

南3局 ドラ
 点数状況は以下の通り。
東家萱場 35300
南家石野 22800
西家瀬戸熊26900
北家嶋村 35000
 トップ争いはここが正念場。
 瀬戸熊はマンガンクラスをアガリたいところ。
 ラスの石野はここで無理せずオーラスのオヤで勝負。しかし、そこそこの手が入ればもちろん押してくるだろう。

 すると瀬戸熊にチャンス配牌が到来。

 自風のがトイツで、トイトイ2役かホンイツ2役、もしくはピンズのメンホンチートイツが見える。正に注文通りの配牌である。

 しかし、チャンス手が舞い降りたのは瀬戸熊だけではなかった。東家萱場の配牌。

 萱場はここから打とし、あわよくばマンズかピンズのホンイツ。そこまで寄らなかったとしても2役ドラ1の7700を狙う。
 
 まず動いたのは瀬戸熊。
 2巡目に以下の牌姿となると、同巡に嶋村が切ったをポン。
 ここに萱場がと3,4巡目に連続でカブせ、瀬戸熊がわずか5巡でテンパイを果たす。
 ポン ポン ポン
 
 対する萱場は打ちでこのイーシャンテン。

 すぐに瀬戸熊がをツモ切り、それをポン。こちらも7700のテンパイを果たす。
 ポン

 11巡目のこの時点ではヤマに3枚。
 残りの2人は対応するのに一苦労といった様子。
 萱場vs瀬戸熊の仕掛け対決はどちらが制するのだろうか。

 しかし、そこに割って入ったのが石野である。下家の瀬戸熊をケアしつつまわっているように見えた石野だったが、萱場がをポンした同巡、抑えていたを切ってのリーチに踏み切った。

 それを受けて苦しくなったのが嶋村。
 嶋村は上家の瀬戸熊をケアしつつ、その仕掛けにと切り飛ばしていったオヤの萱場にも注意を払い、2人に挟まれながら打ち進めてきた。しかし、石野へのケアは全くしていなかったように見える。というより、たった数巡でこれだけ戦況が動いてしまっては、準備しろという方が無理である。
 石野のリーチを受けた一発目。嶋村はツモで以下の手牌となる。
 ツモ

 河は以下の通り。(_は抜かされたツモ番。)
萱場 _
石野 ___リーチ
瀬戸熊
嶋村 _
 
 共通安全牌ゼロ。
 ここから、嶋村が吸い込まれるようにを切る。
 確かに最も当たり障りのないところだろう。
 
 しかし、そこには地獄が口を開けて待っていた。
 ロン(一発) ドラ ウラ
 この12000で嶋村をラスに叩き落し、地獄から這い上がったのは石野。この一撃で、なんとトップ目の萱場に500点差の2着に浮上した。

 オーラスは石野が手なりで門前ホンイツのテンパイを入れるが、萱場が仕掛けて1000点をアガリ切り1回戦のトップをもぎ取った。

1回戦終了時
萱場  36.3
石野  13.8
瀬戸熊△13.1
嶋村 △37.0

2回戦
 座順は起家から石野、嶋村、萱場、瀬戸熊の順。

東1局 ドラ
 前回トップの西家萱場は、7巡目に初牌をツモって以下の手牌。
 ツモ
 ツモ切りでよさそうだが、オヤの石野が5巡目にダブ東をポンして早そうである。
石野の捨て牌

 間に合わせるにはソウズをここで払うしかないか―。
 萱場はここでソウズのカンチャン外しを選択する。まずは打
 次巡、石野はをツモ切り。
 萱場はツモで打
 「よし、これで勝負になる。」
 そう思った次の瞬間、石野の手が開けられた。
 ポン ロン
 ドラが雀頭のポンテン。事故ともいえるこの放銃で、萱場が12000を放出する。
 
南1局 ドラ
 その後の東場は静かに進み、南入した。
 ここで萱場にチャンス到来。数巡アンカンのタイミングをうかがっていたが、6巡目にをツモったところでをアンカン。
 ツモ
 確かにアンカンするタイミングとしてはここであったように感じるが、これが最悪。1巡前に手出ししたばかりのをリンシャンからツモ切ると、この直後に北家瀬戸熊、東家石野の2軒リーチに挟まれてしまう。
北家瀬戸熊

東家石野

 河から得られる情報はほとんどないため、自分の都合で手を進めるしかない萱場。一発目こそ初牌ので凌いだが、瀬戸熊のアンカンを経て、2発目のツモが
 アンカン ツモ
 が3枚、が1枚切れていることもあり、打
 これがオヤの石野に捕まり、またもや12000を献上する結果となった。
 ロン ドラ ウラ

南2局2本場 ドラ
 ここはオヤの嶋村がこのリーチをツモって2000オール。
 ツモ ドラ ウラ
 これで点数状況は以下の通り。
嶋村 37600
萱場  △300
瀬戸熊29100
石野 53600
 嶋村は石野の背中が見えてきた。そして、萱場はついにハコを割る。

南3局4本場 ドラ
 南2局3本場はドラ単騎のリーチをかけるも流局に終わった瀬戸熊。なんと今局も大物のトイツ手をリーチ。

 スーアンコである。
 「これ、ツモっちゃうのか!?いてもおかしくないぞ。これツモったら突き抜けちゃうな。」
 しかしこの時点でヤマに1枚残っていたは、脇に流れて流局となった。
 今日の瀬戸熊は今ひとつ勝負手をアガリ切れない。1つでもアガることができればきっかけを掴めるのだろうが、今日はそれができない。いや、周りがそうさせてくれないのか。
 好調時に比べてリズムが悪い印象を受ける。好調時の瀬戸熊は、放銃してはアガリ、また放銃してはアガるという繰り返し。そしてそのうちに、アガリっ放しの状態となるのだ。
 今日はといえば、放銃に至るまでの手格好にすらなっていないことが多い。また、手が整ったとしても先手が取れて1人旅になってしまう。
 打ち合いにこそ力を発揮する瀬戸熊であるが、その打ち合いをさせてもらえない。今のところ完封されているといって差し支えないだろう。

南4局5本場 ドラ
 南2,3局と自らのリーチで2回流局させ、迎えた瀬戸熊のオヤ番。
 まずは5巡目に以下の牌姿となる。

 すると北家萱場が放ったに反応。ここから仕掛け始める。
 チー
 チーして何切る?
 は共に初牌である。供託のリーチ棒が2本と5本場があるとはいえ、ここからマンズに手をかける打ち手も少なくないはずだ。しかし打が瀬戸熊流。
 「おっ、これは!」
 見ている私にまで伝わってきた好感触。
 私は普段、流れというものを意識することはないが、これはたぶんアガれる。そしてこれは「きっかけ」になり得る。これをきっかけに大連荘が始まる。
 そんな予感が猛烈に押し寄せた。
 結果は萱場のリーチを振り切り、16巡目にツモアガリ。
 チー ツモ
 500オールだが、5本場でプラス1500点、供託で3000点を加点し、2着の嶋村をまくる大きなアガリとなった。

南4局6本場 ドラ
 しかし、またしても脇がリズムを作らせてくれない。
 瀬戸熊を3500点差、石野を16000点差で追いかける西家嶋村がなんと4巡目リーチ。

 ツモってウラ1か石野直撃でトップとなるが、これはアガれず1人テンパイで流局。嶋村がリーチ棒を出した関係で、瀬戸熊がギリギリ2着を死守。石野は5万点の大トップ。ハコ下3000点の萱場は1回戦のトップ分を食いつぶし、逆に30ポイント近いマイナスとなった。
2回戦結果
石野  49.1
瀬戸熊 16.6
嶋村 △ 3.9
萱場 △62.8

2回戦終了時トータル
石野  62.9
瀬戸熊  3.5
萱場 △26.5
嶋村 △40.9  (供託1.0)

3回戦
座順は家から嶋村、石野、瀬戸熊、萱場の順。

東1局1本場 ドラ
 東1局は、1人テンパイでオヤ権を維持した嶋村が1本場で以下の1000は1100オール。
 チー ツモ
 石野、萱場共に仕掛けてテンパイを入れていたが、それを掻い潜る見事なアガリである。実はこれ、12巡目に以下のような分岐点があった。
 ツモ
 が2枚、が3枚、が1枚、が1枚、が3枚切れている。
 非常に悩ましい選択を強いられたが、ここから嶋村はトイツ落としで最速のアガリをものにした。相変わらず冴えている。願わくばこのまま初トップといきたいところ。

 しかし、それを許さなかったのは、前回ハコラスの萱場。なんとここから3連続和了で点棒の山を築く。
東1局2本場 ドラ ウラ
 ツモ
 まずはこのリーチをツモって1300・2600は1500・2800。これで嶋村に並ぶ。
東2局 ドラ
 ポン ロン
 この12000に飛び込んだのがトップ争いをしていた嶋村。

 嶋村はこのピンフドラドラのヤミテンを組んでいるところに、を引いてのツモ切り。萱場はまだマンズを余らせてはいなかったが、16巡目とあらばオリる選択肢もあったかもしれない。
 とにかくこれで萱場のダントツが出来上がる。
東3局 ドラ ウラ
 ダントツの萱場はさらに畳み掛ける。絶好のカンを引き入れ、6巡目リーチ。
 ツモ
これを8巡目ツモで2000・4000。
まさに嵐のようなアガリラッシュで、萱場が前回のハコラス分を挽回した。

南1局 ドラ
 まずはトップ目の北家萱場が3巡目にのポンテンを入れる。
 ポン
 しかしこれが長引き、南家瀬戸熊が10巡目に追いつく。
 ツモ
 が3枚、が2枚、が1枚、が1枚切れている。瀬戸熊はここから切りでリーチといった。

 
これにオヤの嶋村がはまってしまう。14巡目にツモで安全牌ゼロ。
 ツモ
 も初牌である。ここから打で瀬戸熊に5200は5500を放銃。

 ロン ドラ ウラ
 瀬戸熊の鋭い待ちが決まった。
 しかしここから続かないのが今日の瀬戸熊。
南2局 ドラ

 瀬戸熊は中盤この形となるが、ツモ切ったに萱場がロン。
 チー ロン
 この2000点で、アガれそうな手を潰される。
南3局1本場 ドラ
 平場では瀬戸熊のオヤリーチで流局。
 そしてこの1本場でも、以下のリーチで先手を取る。

 これに対応する3者。当然のように安全牌しか出てこない。瀬戸熊最後のツモ番でもツモれず、誰もが「このまま流局か」と思ったその瞬間、「ツモ」の声は石野。
 ツモ
 2000・4000は2100・4100。リーチに対して受けた石野の手牌は急速な締まりを見せ、最後にはアガリ牌まで引き寄せた。
今日の石野は勝負どころで非常に強い。そして一撃が大きい。このアガリで供託のリーチ棒などもかっさらい、なんと萱場にマンガンツモで届くところまできてしまった。
 
南4局 ドラ
 オーラスを迎えて点数は以下の通り。
東家萱場 51100
南家嶋村  9400
西家石野 39200
北家瀬戸熊20300
こうなると石野がまくるところを想像してしまうが、萱場は驚くほど冷静。7巡目に以下の手牌となる。

 ここに北家瀬戸熊がツモ切りした。これに反応する。チーして打。とりあえず単騎のテンパイを組む。
 チー
 このに反応できる打ち手は以外に少ないのではなかろうか。
 この状況下で多くの者が考えることといえば「門前リーチで引き離す」であろう。
 しかし、ここで萱場が考えたのは「マンガンツモでまくられない点差へ」である。
 おそらく後者の方が得なのではなかろうか。リーチしてしまっては、いざというとき脇に差し込めなくなるし、何より石野の攻撃に対して無防備になってしまう。さらに、流局時にノーテン宣言ができない。
 ならば、仕掛けて1500点のテンパイを組んでおき、アガれれば「マンガンツモ逆転圏内」からの脱出ができ、流局したならノーテン宣言をするという方が柔軟というものである。
萱場は、淡々と、今自分ができる限りのことをしていく。「淡々」、「冷静沈着」という言葉は、今この会場では萱場のためにあるようなものである。
ただ、絶好の待ちに見えるが、嶋村にトイツであるために長引く。
 そして16巡目、ついに石野からリーチが入る。

 石野がツモる度にギャラリーの心拍数が上がるが、残り3回のツモは空を切り、流局となった。
 このリーチに対して萱場は安全牌を引き続け、とりあえず単騎のまま流局したが、ノーテンを宣言。これで安全にトップを確保した。

3回戦結果
萱場  50.1
石野  21.2
瀬戸熊△20.7
嶋村 △51.6  (供託1.0)

3回戦終了時トータル
石野  84.1
萱場  23.6
瀬戸熊△17.2
嶋村 △92.5  (供託2.0)

4回戦
 座順は起家から、嶋村、石野、瀬戸熊、萱場。

 3回戦と4回戦の間には1時間ほどの休憩が取られる。
 休憩を経て、嶋村の打牌スピードが上がったように見えた。今までは小考が目立ったが、それが消えて模打のテンポが一定になっている。
 大きくマイナスしたことによって迷いが消えたのだろう。吹っ切れた嶋村がこの半荘を制することとなる。
東1局 ドラ
 チー ポン ツモ
まずはこの2000オールで先制する。
東2局2本場 ドラ
 ツモ(一発)
この4巡目のピンフリーチを一発でツモると、ウラドラがの僥倖で3000・6000は3200・6200。
 これでトップを不動のものにすると、次局から他家の攻撃に遭うが、掴んだアタリ牌をことごとく握りつぶす。
南2局4本場 ドラ
そして、流局などでたまった本場を自ら処理。
 ツモ
1000・2000は1400・2400。
南4局 ドラ
 最後もヤミで3900をアガリ切り、この半荘の完全なる支配者といえる圧倒ぶりで6万点を叩き出した。
 ロン
 
 しかし、そんな半荘にあっても、石野は決して崩れない。早々に大トップ目ができたと見るや、きっちりと2着を獲りにいった。

4回戦結果
嶋村  61.3
石野   4.7
瀬戸熊△22.8
萱場 △43.2

4回戦終了時トータル
石野  88.8
萱場 △19.6
嶋村 △31.2
瀬戸熊△40.0

5回戦
 起家から、萱場、嶋村、石野、瀬戸熊の座順。

 4回戦は石野が望んだ通りの並びとなり、現在トータルは石野の1人浮きである。そしてその差は、最も近い萱場ですら100以上。5回戦で石野を崩してこの差を縮めなければ、6回戦での勝機はほとんどなくなる。
「この5回戦が一番の勝負どころ」
これは、打ち手はもちろん、ギャラリーを含めた会場全体の総意であろう。

 そんなことはわかっているのだろうが、休憩時間の瀬戸熊を見ていると、もうやる気がないように見える。かと思えば、「まだ終わってない」という表情にも見える。
この人だけはわからない。
まだ何かやってくれそうな期待感を抱いてしまうのは、やはりこの人。
 対局後、瀬戸熊に尋ねた。
 ―2年前は後半からの大逆転でしたが、今回もそれを思い出すことはありましたか?
「思い出すというようなことはなかったですが、点差は2年前よりも小さかったのでなんとかなるかなとは思いました。」

東1局 ドラ

に振り替わり、嶋村が13巡目に上記のリーチ。
が2枚、が2枚、が2枚切れている。そして何より、自らを打っているため、フリテンである。
おそらくをツモってもツモ切るのではなかろうか。
しかし、一発だったらどうか。渋々アガるしかないか。
幸か不幸か、嶋村が一発で引いた牌は正に
嶋村はこのを叩きつけ、ツモを宣言。なにやら上気しているように見えた。
えっ?これで喜ぶぐらいなら、フリテンに受ける必要がないのでは?呼吸も少し乱れている。
ここへきて、大ベテランに若干のズレを感じた。しかしながら嶋村ほどのベテラン選手でも、プレッシャーや気負いと無縁であるというわけではないのだ。確実に緊張感が増してきている。それゆえの高ぶりか。当然といえば当然なのかもしれない。
とにもかくにも、嶋村が1300・2600の加点でスタートしたことには変わりない。

東2局 ドラ
 オヤの嶋村が9巡目リーチ。白は1枚切れである。

しかし、ここは2巡後に追いかけリーチの瀬戸熊に軍配。
 ツモ
 終盤にを引き勝って500・1000。
 嶋村と対照的なのは、実に不満足そうなところ。
 「あー、この人なら何かやっちゃうんじゃないか?」
 そう思わせる何かが瀬戸熊の魅力なのかもしれない。

東4局 ドラ<9>
 8巡目の萱場、ツモで以下の牌姿となる。
 ツモ
 萱場はここから打とするのだが、そのとき一瞬息が乱れた気がした。萱場も緊張しているのか。それともこの勝負手をアガらねばというプレッシャーなのか。
 そのとき、ふと瀬戸熊を見る。
 その落ち着きぶりの、なんと頼もしいことか。今局は全員ノーテンに終わるのだが、大事なオヤ番が流れてしまう瀬戸熊。息1つ乱さず、しっかりと手牌を伏せた。

南1局1本場 ドラ ウラ
 対面から見ていた私に、瀬戸熊の「リーチ」という声が届く。
 ありゃー本手だな。いや、なんとなく。本手のにおい。本物のにおい。
 ツモ
 2巡後にドラをツモアガリ。ウラ1で2000・4000は2100・4100。
 これを本手というべきかどうかわからない。おそらくは違うんだろう。
 ただ、そこにあるのはマンガンを加点したという事実。
 この半荘のトップ目に立ったという事実。
 寝ていた暴君が目を覚ましたという事実。

南2局 ドラ
点数状況は以下の通り。
東家嶋村 30400
南家石野 24800
西家瀬戸熊39300
北家萱場 25500
 石野以外の3者にとっては是非ともこの並びで終わらせたいところ。
 しかし、それを打ち砕くかのように、石野が7巡目リーチ。

 3者は当然のオリ。
 「石野だけにはアガらせない。アガらせてなるものか。」
 そんな声が今にも聞こえてきそうである。
 3人の執念が乗り移ったかのように、このはリーチした段階でヤマに2枚しか残っていない。そして次巡にそのうち1枚が瀬戸熊に流れ、残りは1枚。
 石野にのアンカンまで入るが、アガリ牌が残り1枚ではなかなかツモれるものでもない。
 オリる3人。
 ツモる手に力がこもる石野。
 それもそのはず。ここが天王山といっても過言ではない。ここで石野に2着浮上のアガリでもされようものなら、トータルでの逆転は相当難しくなる。
 逆に石野からすると、ここでこの手をツモってしまえばもうそれでほぼ優勝。
 そしてそのときはやってきた。
 誰もが流局を確信した16巡目。
 ラスは石野の下に舞い降りた。
 アンカン ツモ ドラ<3p> ウラ
 この2000・4000で石野は2着浮上。ほぼ優勝が決まった。

南3局 ドラ
前局でほぼ優勝が決まったとはいえ、南3局は石野のオヤ番。石野にすれば、ここさえ静かに終わらせることができたら、優勝が確実なものとなる。
 もちろんそうはさせまいと、北家嶋村が果敢に仕掛けていく。
 ポン ポン
 このテンパイを果たしたのが16巡目。はヤマに1枚。
 しかし、嶋村がテンパイした直後、ピンズに寄せていた萱場が手を開く。
 ポン ツモ
 2枚目のオタ風を渋々仕掛けた700・1300。確かに萱場自身は3着に上がるが、石野はほぼ無傷でオーラスとなってしまう。

南4局 ドラ
東家瀬戸熊36600
南家石野 31500
西家萱場 26200
北家嶋村 25700

ここが本当に最後の勝負どころ。
 なんとか石野をラスに落としたいところ。それは難しいとしても、3着には落としたい。
 というより、落としておかねば、ほぼ逆転は不可能なのではなかろうか。
打倒石野の刺客、1人目は嶋村。
13巡目に以下のリーチ。

 直撃が最高だが、それは期待できないので、ツモって石野を3着にしたい。ヤミテンの5200では直撃でも石野をラスに落とせないので、致し方ないリーチといえる。
 
 このリーチを受け、14巡目、萱場は以下の手牌にツモ
 ツモ
 もちろんアガらず。
 とすると、打つ牌は自ずと1つに絞られる。
切りリーチでドラのを引きにいった。
第2の刺客萱場は、1度アガったところから刀を抜く。

瀬戸熊、石野はオリ。
2人の勝負の行方に会場中が固唾を呑む。
このころになると、ギャラリーは50人を軽く超えた。

しかし、両者ともにアガれず流局。5回戦が終了した。

5回戦結果
瀬戸熊 35.1
石野  10.0
萱場 △13.3
嶋村 △33.8  (供託2.0)

5回戦終了時トータル
石野  98.8
瀬戸熊△ 4.9
萱場 △32.9
嶋村 △65.0  (供託4.0)

最終6回戦
座順は起家から瀬戸熊、嶋村、萱場、石野。

 トータル2着目の瀬戸熊でさえ、石野と4万点差をつけたトップラス条件。5回戦でようやく初トップを獲った瀬戸熊だが、時既に遅しといった感は否めない。
 
 それでも、3者がオヤで大物手を成就させていく。石野をラスにしたい3者にしてみれば、これは理想的展開といえる。
 しかし、石野が他家の攻撃をかわしつつ、要所できっちりとアガる。そのため、3者ともに大連荘を作ることはできなかった。
東4局 ドラ
 そして極めつけは東場のオヤ番でのこと。
 なんと石野の第1打が曲がる。ダブルリーチである。

 これに嶋村が飛び込んで、ウラがの7700。

 この後は、条件に翻弄される3者を尻目に難なく逃げ切り、完全勝利。
 
 オーラスは18巡を丁寧にやり過ごし、石野が第16期發王位に輝いた。

6回戦結果
嶋村 38.6
瀬戸熊14.3
石野△13.3
萱場△39.6

総合成績
優勝  石野豊   85.5
準優勝 瀬戸熊直樹  9.4
第3位 嶋村俊幸 △26.4  
第4位 萱場貞二 △72.5   (供託4.0)

 石野の勝因はなんだろうか。
 ここには書ききれなかったが、とにかく手数が多いことではないだろうか。その手数の多さで、終始局面をリードし続けた。驚くべきことに、1~4回戦全 46局中、実に23局もの局でテンパイを入れているのだ。(トータルポイント状況が絡んできそうな5,6回戦のデータは除外。)
 そして、手数が多いのにもかかわらず、しっかりと点棒を守れること。アガれると思えば勝負にいき、間に合わないと思えば守る。麻雀というゲームにおいて至極当然の原理なのだが、石野はこれを徹底して行う。
 そして何より、バランス。どこでヤミテンにするのか。どこまでいくのか。その判断が同卓者の誰よりも的確であったように感じる。
 正に圧勝という言葉がふさわしい勝ち方であった。
 勝利者インタビューでは、「ありがとうございます。すごくうれしいです。」と一言。その人柄からか、最終戦では卓の周りに入りきらないほどの石野応援団が駆けつけた。
 そんな仲間と勝利を喜ぶ石野の姿が清々しく映る。

 一方、敗れた瀬戸熊にも話を聞いた。
 「完敗です。手が入らなかったということもありますが、オヤであんなにオリたのは久しぶりです。」
 ―2年前は後半からの大逆転劇でしたが、それを意識したりはしましたか?
 「いえ、特に意識したりとかはなかったんですが、2年前の前半戦は手が入って放銃していたのでまだよかったんです。自分らしく打てていると感じていましたし。今回は自分らしくなかったですね。」

 暴君瀬戸熊を手数で圧倒し、攻撃し続けることで他家を完璧に抑え込んだ石野。
 しかし、不思議と印象に残っている石野のアガリがないことに気付く。
 「終わってみたら石野の完勝」という勝ち方。
 今年の發王位は、そんなタイプの新たな暴君を王として迎え入れた。

(文中敬称略)

文:鈴木聡一郎

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