【19回戦】
起家 金子
南家 尾崎
西家 飯田
北家 石橋
18回戦のラスを押しつけられた石橋が、100ポイントのマイナスで戦線離脱。手作りを大物手のみアガリに向かう状態となった。
尾崎も、この半荘で2着以上を取らないと、最終戦での条件が苦しくなる。
飯田は、金子にトップさえ取られなければ、自身は3着以上でもまだ何とかなるところか。
金子は、ここでトップなら最終戦を前に当確ランプがつく可能性が高い。2着でもかなり優位に立つ。前に出てこれない石橋を盾に、マイナスは最小限に押さえれば最高位が近付く。
最終戦を前に一層緊迫してきた決定戦は、選手のオーラに圧倒されるように、会場内が一様に緊張感に覆いつくされていた。
【東1局・ドラ】
次々と急所を埋めて、順調に手が進んだのは、ここまであまり調子が良くなさそうだった大魔神だった。
《飯田・10巡目》
ツモ
早々のドラ対子から、3枚目の引きで万全の一向聴だった飯田。引きの聴牌を果たすと、厳しい顔つきで卓上に目を向ける。が3枚、と、は1枚切れ。中頃のソーズは比較的安いが、とは生牌である。もも固まっている可能性は否定できない。
しばしの間を置くも、険しい顔つきでドラのを選んで牌を曲げた。先制リーチは、メンピンドラドラの満貫だった。
ここに、親の金子が3巡で追いつく。
《金子・13巡目》
ツモ
リーチ後に引いた飯田に切りづらいを勝負して、リーチと出た親・金子。もも生牌のシャンポン待ちだが、の居所は0か2といったところか。
飯田は金子に執拗に被せているように見えるのは前にも書いたが、それは金子も同じだった。ライバル・飯田正人を止めるのは、金子しかいない。自負しているだろうその事実を、この2軒リーチがいつも感じさせる。
実際の残り枚数は、飯田の–は残り3枚、金子は1枚のみと、若干の差がある対決だった。
金子は、山が残り2牌となる最後のツモでを掴んでしまう。
東1局早々に8000の放銃で、前半2回戦で積んだ貯金に早くも危機が走った金子。
そして、この半荘で金子をラスに出来ると、一気に最高位獲りが近付く尾崎が、闘争心に火を点けて金子を押さえ付けに向かう。
東2局、尾崎が役牌を仕掛けて連荘を狙うと、石橋が選びに選んだ聴牌でリーチ。石橋から1500をアガると、満足そうに積み棒を重ねた。
【東2局1本場・ドラ】
4巡目に積極的に前に出た親・尾崎。
《尾崎》
ポン 打
のポンシャンテンとすると、次巡引きで両面にしてすかさずをチー。上家の金子の前向きな一打となる打でのあっさりと聴牌。
さらにこの後、を大明カン。
《尾崎・8巡目》
リンシャンのはツモ切りで新ドラはと乗らずだったのだが。
金子がを切らなければ、尾崎はを自力で引いていた、この引きで一向聴になっていたのは飯田だった。
《飯田》
ドラドラだが跨ぎの–が2度受けとなると少し苦しい所にが流れてきた飯田。
次々巡のはフリテンになるため、打点と形を見ると前を向かなければ仕方ないといった表情で、少し考えるも河に放った。
3900は4200と尾崎が確実に和了を重ねる。
この尾崎の連荘は、金子にとっても、飯田にとってもあまり歓迎できないもの。飯田は先に1枚を引いたことで形が良くなり前に出たのだが、結果的には金子が飯田に振らせることになってしまう。
まだまだ起こりうる波乱の予感が、瞬時に卓内を駆け巡る。
【東2局2本場・ドラ】
このあたりで尾崎の手綱を引いておかないと、戦いづらくなる飯田と金子。
いや、実際は、飯田のリーチだから金子が食い下がったのかもしれないのだが。
《飯田・9巡目》
ツモ
ドラのを余らせて聴牌を迎えた大魔神。
考える時間もそう置かずに、を手牌から抜き取ると、捨てたことによる結果を待つことなく即リーチ。
ここに、何か落ち着かない感じで金子が仕掛けた。
《金子・8巡目》
ポン 打
とが自分から3枚見えで、1枚切れのカン待ちの一通ドラドラ聴牌を先に入れていた金子。は飯田の現物だったが、ここはを鳴いて待ちの広い方に受け変える。
そして、飯田の一発目だったツモ牌のを金子がツモ切り、飯田に放銃となった。裏はなしで2000は2600。
一発ツモを得ていた飯田、満貫聴牌だった金子。
両者は、放銃者と和了した者というようなものではなく、共に満足した和了に辿り着けなかったことにだけ落胆していたに違いない。静まり返った卓内には、2人のやり取りだけが響き渡っていた。
【東3局・ドラ】
3巡目、1枚目のを仕掛けたのは、もう後がない石橋。
《石橋》
ポン 打
三元牌を持っているか、役牌ありの混一、ドラ色の混一、ドラ対子以上か対々和。高打点の仕掛けの役は限られてくる。
実際はマンズの混一、ドラ引きのためにを残している形だが、1枚目のを仕掛けるのであれば、そこそこは纏まっていて、この局は和了に向かいたいという石橋の意志表示だと伝わってくる。
となるとここに放銃となれば、素点が削られてしまう可能性が高いため、3者の進行がより慎重になってくる。
2枚、1枚切れたところで、前向きに手を進めていた金子からが零れた。
《金子・6巡目》
ツモ 打
このも仕掛けて、マンズに染めていく石橋。
8巡目、先に三面張のが埋まって聴牌を果たしたのは親・飯田だった。下家にいる石橋の二副露、さらにドラはだが、点棒表示を今一度視線を落として確認すると、小考後リーチと出る。
《飯田・8巡目リーチ》
ツモ 打リーチ
《飯田・捨て牌》
ここで尾崎が立ち止まった。
《尾崎・9巡目》
ツモ
少しではあるが原点からは浮いている。
ここは、攻めどころか。飯田の連荘は避けたいが、石橋はマンズの混一。残る生牌はと。は飯田の現物だが、二副露の石橋からはまだ字牌、マンズの手出しはない。しかし1枚目のからの仕掛けだ─。
は3巡目に切られていて、リーチの時点で2枚切れ、現状はさらに金子から1枚手出しで切られている。は2枚切れだが、残る1枚は飯田にあるか、山にある。ドラがで安めのなら─。
導かれるように尾崎から放たれたで、大魔神は2000点と連荘を得ることに成功する。
が、結局大きく点棒を重ねることまでには至らなかった。次局も石橋にリーチで押され、39900点でのリードで東場の親を終えた。
【東4局2本場・ドラ】
この親だけは何とか素点を上げたかった親の石橋だったが、好配牌は、未だに手の落ちない飯田だった。
《飯田・配牌》
ツモの、で三色目もあるソーズのメンツを残すと、先にカンが埋まり、の2枚切れを見て–ターツを外した飯田。
この一向聴とすると、10巡目、ツモでタンヤオがつくピンフの聴牌。
《飯田》
供託が1本の2本場。引きの手変わりと、ドラ跨ぎ、そして今通ったばかりの金子の打を眺めながらヤミテンに構えた飯田。678の三色の一向聴だった金子からが零れて3900は4500。
現状の並びを考えたら、金子の素点を削れるのは満貫ツモよりも大きい。
相変わらず大魔神は少しも表情を変えることはなかったが、内心は躍動していたに違いない。
【南1局・ドラ】
このままラスを押しつけられたままでは、リードが一転、最終戦の条件がきつくなる金子。
2回目の親番で少しでも巻き返しを図るべく、魂を込めるように、気持ちを露わに摸打を繰り返す。
《金子・6巡目》
しかし金子の親番には、相変わらず大魔神が立ちはだかる。
《飯田・6巡目》
ポン 打
ドラは2巡目に切っていた飯田、ポンしての一向聴と気持ちが前に出ているように見える。
先に聴牌に辿り着いたのは金子だった。ツモでで1枚切れていたを外すと、次巡ツモでリーチに出る。
《金子・10巡目リーチ》
鳴かなければ、で聴牌だった飯田。リーチ後に引きで一転の窮地に立たされる。金子がリーチ後にをツモ切ると、南家の尾崎が合わせて切り。
このチーで聴牌を取らなかった飯田、次々に手牌は無筋ばかりと追い込まれる。
《飯田・15巡目》
ツモ
《金子・捨て牌》
大魔神はを選び歯を食いしばって強打。
さらにここに、もう1人手詰まっていたのが、石橋だった。
《石橋・16巡目》
大魔神が、選びに選んで押し通したで中筋になった、2巡凌げるを小考して河に投げた。
─12000。
空気が、音を立てて凍付くようだったこの瞬間。
石橋の手牌が見えなかったギャラリーにも、オリていての放銃の気配が伝わる。
飯田が苦し紛れに選んだには、聴牌の気配よりもホッとした空気が流れていたため、安全牌のを残しての中筋での放銃には若干丁寧さに欠けるようにも見える。しかし安全牌には恵まれていないこの手牌、終盤に安全牌を残し、今危険度が下がったを切る石橋の心境もわからないではない。
つまり要は、この手牌に仕上げて、リーチに踏切った金子の勝ちだという一言に尽きる。
ラス目に追いやられていた金子は、これで一気に息を吹き返すと、そっとサイ振りのボタンに手をかけた─。
【南1局1本場・ドラ】
金子が祈るように配牌を取り終えると、同じように丁寧に牌を並べている男がいた。
並べ終わると、手牌を改めて凝視し、何かを確認していた。
《飯田・配牌》
飯田に地和のチャンスが訪れていたのだ。
静かに、ゆっくりとツモ山に手を伸ばす大魔神。
─この男のこの動作に、観客は完全に魅入っていた。
大魔神の地和チャンス。魅入っていた人々は、己に訪れるその機会の時よりも、期待に胸を高ぶらせていたかもしれない。筆者も、飯田さんならやってしまうかもしれないと、むしろ見たいと切望してしまった。
第一ツモは、だった。
地和にはならずだったが、ドラもないこの愚形の聴牌、小考してダブルリーチ。
このを金子が勢いよく仕掛け、被せる気十分に見えた金子だったが、手が纏まる前に飯田が程なくしてをツモりあげる。
裏なしの1000・2000を3巡で手にした大魔神が、また知っていたかのように眉一つ動かすこともなく和了を引き寄せた。
南2局の尾崎の親は、尾崎以外に聴牌が入って流局する。
【南3局1本場・ドラ】
ノーテンで親が終了してしまった尾崎の表情は、ただ険しかった。
この半荘を得られれば、今の並びなら最終戦まで完全にもつれる。しかしここでポイントを上乗せできないまま、飯田に大きなトップを取られてしまうと、金子は3着のままならまだ条件は軽いものの、尾崎は少し離されてしまう。
洗牌する表情が厳しいのも、手に力が抜けているように見えるのも無理はなかった。
親が流れてしまったら、残された機会はもうあと僅かなのだった。
南3局は大魔神の親番。残す局はオーラスの石橋の親番のみ。50000点近く抱えた飯田が、この半荘も、そして最高位も捕らえにかかった、その時だった─。
飯田が5巡目に聴牌を逃す。
《飯田・4巡目》
ツモ
234の三色が濃く出ているが、ドラはとあればと、を外しにかかると、次巡ツモはと、裏目とは言い切れないのだが聴牌逃し。
次ツモを残して完全一向聴に受けると、7巡目、を仕掛けて聴牌。
《飯田》
少し離れたトップ目の飯田は、最終戦も見据えて更に点棒を重ねるべく連荘に向けて前に出る。
すると、11巡目、2着目の尾崎からリーチが入った。
《尾崎》
《尾崎・捨て牌》
飯田の仕掛けで、、と引き、最後はドラのを引いて満貫の聴牌に漕ぎ着けた尾崎。これなら和了で十分に素点を稼げる。
は飯田が1枚切っていて、とは3枚切れている。は生牌だがドラ側。山に眠っているのを祈るところか。
一発目の牌は、だった。ペン受けを最後まで引っ張っていれば、ツモアガリだっただ。しかし、早めに嫌ったのは、3枚切れていたからだ。がノーチャンスになれば、警戒度は下がる。
そして、尾崎の描いていたシナリオ通りか、飯田にが流れてきた。
飯田は、を確認すると、場をチラリと一瞥して、そのまま、河に並べた。
─その瞬間、尾崎の身体が、手が、遠目に見てもわかるほどに小刻みに震え出していた。
はたり手牌を倒すと、震える指先を制御しながら裏ドラを確認した尾崎。裏は乗らなかったが、身体の奥底から涌き上がる興奮が、確実に尾崎の全身を突き抜けていた。
─筆者も幾度か経験があるのだが、緊張と快感が最高の形で混ざり合うと突如訪れる、身体が痺れるような、何とも言い難い、ただとてつもない恍惚に包まれる瞬間。
麻雀打ちなら、誰もが知っているあの独特の感覚。
そしてこれを知ってしまうと、麻雀の魅力に取り憑かれてしまうのかもしれない。
喉から手が出るほど欲しかった飯田からの満貫直撃が、突如訪れた尾崎。
溜息と共に流れた前局の悔恨など、もう残像すら残っていなかっただろう。
─そして2000点のリードで迎えられたオーラスもまた、尾崎が力強くまとめあげた。
ラス前の1局に一撃で制した尾崎が、これで頂点取りに堂々と参戦。
第34期最高位決定戦は、最終戦だけを残し、全ての段取りが整った。
【19回戦】
尾崎 42900 +42.9
飯田 36900 +16.9
金子 24800 △15.2
石橋 15400 △44.6
【19回戦終了時】
飯田 + 54.9
金子 + 49.9
尾崎 + 46.1
石橋 △151.9