カエルが1匹混じっている――
今回の決勝戦は、言うまでもなく1対3である。
日本プロ麻雀協会1人(石野豊)VS最高位戦日本プロ麻雀協会3人(飯田正人、清原大、水巻渉)?
それとも、「超」が付く有名選手の飯田VSそれ以外の3人?
初決勝の清原VS決勝常連の3人?
これらのような見方も可能か。
しかしながら、どれも本質を射抜いてはいない。
本質はこれだ。
「カエル1匹VS猛獣3頭」
これが本質。
一見すると、猛獣4頭の対決。
だが、実のところ、カエルが1匹混じっている。
「鈍感力」という造語がある。
『鈍感力』の著者で医学博士の渡辺淳一氏は、自身のブログで「鈍感力」を以下のように説明されている。
「なにかいやなことがあってもすぐ忘れて、前向きにすすんでいける力」
「たいていのことではへこたれない、鈍く逞しいもの」
簡潔に言えば、「精神強者」ということであろう。
猛獣は、総じて精神強者である。
大概のことではへこたれない。
それは、麻雀で勝ち抜くためには不可欠な能力。
麻雀は、悉くメンタルのゲームである。
精神強者であれば、たとえミスをしても崩れない。
例えば、1回戦の東1局、石野はミスを犯す。
それも、とんでもないミス。
8巡目にをポンしたオヤの石野は、2巡後にテンパイを果たし、同巡、清原から放たれたに首尾よく手牌を倒す。
ポン ロン ドラ
打点は7700?
いや、そもそもではアガれない。
誤ロンである。
すなわち、チョンボ。
決勝戦でのチョンボなど、前代未聞である。
チョンボは、規定で、トータルポイントから40Pがマイナスされる。
要するに、麻雀の点棒とは関係なく、トータルポイントから40Pがマイナスされる。
發王戦のルールは、一発ウラドラありで30000点持ちの30000点返し、順位ウマが10000点・30000点だから、40Pすなわち40000点のマイナスを帳消しにするためには、40000点持ちのトップが必要となる。
実に大きな痛手を開始2分で背負ってしまった石野。
しかし、当の本人は、「失礼しました」と頭を下げ、ケロっとしている様子で、やり直しの東1局を打ち始めている。
例えば、これが「鈍感力」。
石野が精神強者の猛獣たる所以。
この様子を見て、少し思う――石野の連覇、あるかもしれない。
実際、今日1日を通して最もブレなく自分の麻雀を打ち続けたのは石野であった、と私は思う。
これでラッキーだったのは南家の清原。
試合前、清原のことをよく知る最高位戦所属の竹中に話を聞いた。
「きよさんは、ちょっと面白いこと言うんだよね。『1回戦の東1局とかにいきなり手が入ってほしくない』って。リーグ戦とかでも。」
ふーん。なんだ、それ?
実際に清原にも聞いてみる。すると、竹中の言う通り、次のようなコメントが返ってきた。
「手がぶつかるのが好きじゃないんですよ。例えばドラ1の中途半端な打点の良形イーシャンテンとかだと、このルールでは大体押さなきゃいけなくなるじゃな いですか。でも、押し返される可能性が結構ありますよね。そこでぶつかって序盤に失点するのが嫌なんです。下から追い上げるのが好きじゃないんで、そうい うのは避けたいんですよね。」
なるほど。
しかし、その思いとは裏腹に、今局、清原にいきなり手が入ってしまっていた。
ドラ
7巡目にはこの形。
これはおそらく、大体リーチになってしまうのではなかろうか。
ところがこれを石野のチョンボのおかげで回避する。
回避?
これだけの手牌が消えてなくなったら、一般的に「回避」とは言わないのだが。
清原としては「あー、よかった。」という気持ちであっただろう。
これは、この世の中で清原にとってのみ「ツイテル」出来事。
1回戦
座順は起家から石野、清原、水巻、飯田。
東1局 ドラ
さて、仕切り直しの東1局。
ここでもオヤの石野が先制する。7巡目にこのリーチ。
これに対して、安全牌ばかりを切っていた水巻が16巡目に静かに追いつく。
ツモ
もも1枚切れ。は生牌。
水巻は無筋の切りリーチを選択する。確かに、ピンズが安く、十分アガリが見込めそうである。
実際に3枚丸々ヤマに残っていたアガリ牌のうち、石野がを一発でつかんで放銃。
ロン(一発) ドラ ウラ
リーチ棒込みで水巻が9000点の収入を得る。
水巻の麻雀は「やわらかい」。
相手の攻撃に対して柔軟に対応し、逃げ回っているように見せて、隙あらば瞬発力のあるアガリを確実に決める。
猛獣のそれとは根本的に質が違う。
これは、小動物の行動に近い。
そう、例えば、カエルのような弱小動物の類。
この決勝戦は、1匹のカエルを猛獣3頭のうち誰が捕まえるか。
そういうゲームである。
一見すると簡単に捕まりそうなものだが、このカエルが実にしぶとい。
大捕り物の予感。
東2局 ドラ
ここでも先制リーチを入れたのは北家の石野。9巡目に以下のリーチ。
これに対し、今度は西家の飯田が追いかける。11巡目に追いかけリーチ。
すると、またしても石野が一発でをつかんで放銃の憂き目。
ロン(一発) ドラ ウラ
石野はまたしてもリーチ棒込みの9000点を失う。
東3局 ドラ
ここでもやはり西家石野が12巡目に先制リーチ。
待ちは生牌のドラ単騎であるが、2局で18000点を支出した石野としては、リーチが自然であろう。
しかし、これもすんなりとはいかない。
北家の清原は、リーチの一発目にを引く。
ツモ
は石野に対して無筋であるため、仕方なく現物のとする。
すると、次巡に望外のドラを引き込み、追いかけリーチ。
この2軒リーチに対して、実は2人よりも早い7巡目から以下のヤミテンを組んでいたオヤの水巻が対応する。
水巻は言う。
「これは即リーチしていることも多いんだけど、は嫌だったんだよね。か引いて手替わりしたときだけリーチしようと思ってました。」
ちなみに関連牌はいずれも生牌で、オヤということも加味すれば、7巡目に先制リーチという選択によって得をすることも多いであろう。
ところが、水巻はヤミテンを選択した。
そして、このヤミテン選択が結果的に大正解。
清原のリーチ一発目に水巻が引かされた牌は、清原のアガリ牌である。
水巻が先制リーチをしていれば、結果的に、清原に一発放銃であった可能性が高い。
水巻は当然このを手牌にしまいこみ、今通ったばかりのに手をかける。
その後、次々巡には清原が切ったをチーしてテンパイ復活を果たす。
チー
結局、その次巡に1枚切れのをつかんでオリに回るのだが、場がよく見えている印象を受けた。
致命傷は避けねばならない。
弱小動物は大物手一撃で瀕死に追い込まれるのだから。
さて、その後、水巻のチーに殺された形になったのは、またしても石野。
チーで流れてきたハイテイ牌をめくると、そこに眠っていたのはあろうことか。
石野は、これで清原にも9000点を献上することとなった。
ロン(ハイテイ) ウラ
昨年の發王戦を見ていて、石野にはヘビのような麻雀をする印象を受けた。
大技のようなアガリこそ少ないが、細かくアガリを重ね、いつの間にか2着に滑り込む。
相手が気づいたときには、既に相手の体にしっかりと巻きついており、相手に浮上のきっかけを与えない。
そのように、じわりじわりと安定感のある攻めを展開していく麻雀である。
したがって、今回のように大きなビハインドを背負ったとき、追いつくのは難しいように思えた。
睨んだカエルに殺されたヘビ。
しかし、それでも、石野は最後まで自分の麻雀を打ち続ける。
石野の堅実な麻雀なくして、今回のような素晴らしい対局は実現しなかったであろう。
東4局 ドラ
1回戦の東ラスにして、早くも本決勝のポイントとなる局がやってくる。
オヤの飯田は、9巡目にテンパイを組むことができるを引く。
ツモ
現実的な選択肢は3つ。
①をツモ切ってテンパイとらず。
②を切ってヤミテン。
③を切ってリーチ。
少考の後に飯田が選択したのは切りのヤミテン。
しかし、これが最悪の結果を生む。
まず、11巡目に、西家の清原が安全牌(場に2枚切れ)のをツモったところで、とした。
ツモ打
無論、飯田がリーチをかけていれば出ることのなかったである。
すると、以下の牌姿だった水巻がこれをチー。
放たれる牌は当然。
飯田のアガリ牌である。
すぐそこに自分のアガリ牌がある。
しかし、飯田には指をくわえて眺めていることしかできない。
さて、同巡の飯田、ここでツモ切りリーチなどという選択もあるにはある。
飯田の顔を見る。
なんだか、自分でもどうしていいのかよくわからないといった表情に見える。
結局、飯田はツモってきたを静かに河に置く。
これに反応したのが南家の石野。
ここからをポン、安全牌のを残して打。
これも、飯田が即リーチしていればなかった仕掛けかもしれない。
これによって、北家の水巻に流れたがツモ切られる。
飯田、これもやはりアガることができない。
その後、飯田は手替わりせず、ヤミテンを続行。
その間に、ポンで飯田からを食い取った石野が、水巻から2000をアガリ切る。
ポン ロン
このもやはり生牌であり、飯田がリーチとしていれば出なかった牌であると思われる。
何か、飯田の様子がおかしい。
試合後、飯田に話を聞いたところ、真っ先にこの局に言及した。
「あのとき、まず、が入ること自体ダメだよね。最悪。優勝するようなときって、だけは入らないもんなんだよな。まあ、それは置いておいて、あそこは即リーチがよかったのかもしれないね。これが尾を引いちゃったなあ。なんかピンとこないんだよなあ。」
「ピンとこない」――どこかの若手選手が口にしたのなら、ほっぺたを引っぱたいているかもしれない。
しかし、飯田正人が口にした言葉なら、不思議とよくわかる。
言われてみて気づく。
この状況を的確に表す言葉は、「ピンとこない」以外に考えられない。
まあ、でも、飯田なら、そのうち「ピンとくる」んでしょ?
このとき私は、まだそのように楽観視していた。
南2局2本場 ドラ
その後は清原が少しずつ加点を続け、南2局2本場を迎えて、点数状況は以下の通りとなっていた。
東家清原45300
南家水巻34900
西家飯田36900
北家石野 2900
まずは、石野が第1打から魅せる。
ツモ
石野が第1打に選んだのは。
ああ。確かに、石野ならそう打つだろうな。
このを見ては、石野の大復活劇を期待せざるを得ない。
石野はこの手を6巡目に1枚目のから仕掛け始める。
これに対するは、西家の飯田。
飯田は石野より1巡早くをポンしており、7巡目には以下の形。
ポン
ここに割って入ったのが現在3着目の南家水巻である。
3者がいがみ合っている間に着々と手を進めていた水巻は、11巡目に以下のリーチを放つ。
マンズは安く、この-はヤマに3枚残っている。
この時点では仕掛けの2人にテンパイは入っていない。
これはさすがに水巻が勝ちそうである。
しかし、この3者が水巻を黙って逃がすわけがない。
まず、飯田が水巻のリーチ一発目に安全牌として取っておいたを切ると、石野がすかさず食いついてテンパイ。
チー ポン
は清原と水巻が直前に1枚ずつ切っており、2枚がヤマに眠っている。
このチーで流れてきたが入ってテンパイを果たしたのはオヤの清原。シレっと4枚目のを河に置いてヤミテン。
水巻のツモ切りをはさんでようやくテンパイを果たしたのは、1番最初に仕掛け始めた飯田。ド無筋のを勝負してテンパイ。
ポン
飯田の強さは、後手を踏んだときに最も発揮される。
後手を踏んでも、アガリ競争で自分に分があると思えば、果敢に直線的な攻めを見せる。
このとき、重視しているのは「打点」よりも「アガリ確率」であると思われる。
そして、そのようなアガリが決まったときには、そのままの勢いでトップを奪取してしまうのだ。
まるで、空へ一気に駆け上がる龍のよう。
うん、そうだな。龍。
同卓してる方はたまんないよなとよく思う。
決着はあっさりだった。
石野がすぐにをツモ切って飯田のアガリ。2600は3200。
これでトップ目の清原に約4000点差に迫る。
ああ、ここで飯田がトップを獲るようだと、全6回戦の趨勢が早くも決まってしまう。
南4局 ドラ
東家飯田38000
南家石野△1800
西家清原49400
北家水巻34400
その後、テンパイ料やヤミテンのアガリなどで清原が飯田との点差を10000点以上に広げてオーラスを迎える。
しかし、そのオーラスのオヤが問題である。
ラスオヤは、問題の飯田。
清原が、ここで飯田にまくられるようだと、もうほんとにヤバい。
また、飯田という選手には「このオーラス、なにかとんでもないことが起きるんじゃないか?」と思わせてしまう魔力のような空気があるため、対峙する相手としては飯田を意識せざるを得ない。
その飯田の配牌がこれである。
ああ。これを仕上げて飯田の優勝か。
正直、そう思った。
しかし、飯田のツモが噛み合わぬ間に、テンパイが入ったのは西家の清原だった。なんと、平凡な配牌からほぼムダヅモなしで5巡目テンパイを果たす。
飯田は?
まだ、この段階。
その後もツモ切りを続ける飯田を尻目に、清原が水巻のリーチ宣言牌を捕えてゲームセット。
1回戦結果
清原 50.7
飯田 18.0
水巻 △6.9
石野△101.8 (供託40)
ここでトップまで駆け上がれなかった飯田は、少々具合が悪いと見える。
それにしても、清原の戦いぶりは称賛されるべきである。
要所で勝負手をきっちり作り、それが決まった後も、テンパイ料や軽いヤミテンなどで加点していく。
それはまるで、川魚を狩る熊のよう。
大物が来るまで小さい魚を狩り続け、リズムを作ったところで大物を獲る。
その後もそのルーティンを維持する。
初決勝とは思えない、実に堂々とした戦いぶりである。
そういえば、1回戦が始まる前に、竹中がつぶやいた。
「きよさん、いつもより静かだなあ。緊張してるのかも。」
嘘こけ。
緊張どころか、堂々としすぎて、ちょっと怖いぐらいじゃないか。
見た目は「熊」というより「クマさん」という感じなのだが。
清原も「鈍感力」を持っていると思われる。
2回戦
座順は起家から清原、石野、水巻、飯田。
東4局1本場供託2000点 ドラ
2回戦は東4局1本場を迎えて以下の点数状況となっていた。
東家飯田30100
南家清原26800
西家石野32000
北家水巻29100
これは、分類するなら「接戦」のうちに入るだろう。
接戦であればあるほど、供託リーチ棒の行方が着順を左右すると言っても過言ではない。
それが2本ともなれば、今局の重要度は計り知れない。
みながアガリたいところ。
まずは、オヤの飯田が13巡目にリーチに踏み切る。
ちなみに、北家の水巻がピンズの一色手をやっているようで、ピンズに対する情報はわからない。
これを受けて一発目に2枚切れのを置いたのは南家の清原。これで、なんと清原にもテンパイが入る。待ちは両方とも飯田の現物である-。
その次にテンパイを果たしたのは西家の石野。飯田の現物で、かつ中盤に自ら、と続けて打ち出している河での単騎で、こちらはリーチ。
清原、石野の対応が対照的で面白い。
試合後、2人に話を聞いた。
石野「あのリーチはちょっとやりすぎだったかなあと思います。供託もあったし、あそこはヤミテンがよかったですね。」
清原「あの-は、ヤミテンなら水巻さんから出ると確信してました。2人のリーチを受けて、『安全牌引け!』と思ってツモったら、ドラ引いちゃうんだもん。『ああ、優勝しちゃうかも』って思っちゃいますよね(笑)」
2人のコメントからもわかるように、ここは清原のヤミテン選択に軍配が上がる。
清原は、次巡にツモで、安全牌のを打ち出し、打点を3900に上げてヤミテン続行。
これに対して、以下の牌姿となった水巻。
ツモ
飯田・石野双方の現物であるで清原に打ち上げた。
ロン
清原は、予定通り水巻から3900は4200を討ち取り、供託4000点を含め、8200点の収入で、ラス目から一気にトップ目に立つ。
これまでは、なんとかかすり傷程度で耐えてきた水巻、今日初めて傷らしい傷を負う。
それは、熊の静かな一撃。
このまま水巻がラスを喰うようだと、もう清原の優勝だろう。
これはあくまで、「水巻を狩る」、ただそれだけのゲームなのだから。
南1局 ドラ
東家清原35000
南家石野31000
西家水巻24900
北家飯田29100
しかし、ここから水巻が得意のピンポイント攻撃を見せる。
水巻は以下の配牌をもらう。
この手牌を見た瞬間にテーマが明確に浮かび上がる――それは「ドラを放すタイミング」である。
そのタイミング次第では大きな加点ができるかもしれないが、一歩間違えればオリという選択を余儀なくされる。
水巻の第1ツモは。
ツモ
極論を言えば、もうここでドラを放すことが考えられる。
水巻は打。
次に、4巡目にドラを放すタイミングがあったように思われる。
ツモ
注目すべきは飯田の河。前巡までに北家の飯田はと手出ししている。
3巡目のでホンイツが否定され、残される可能性は国士無双、チートイツ、チャンタといったところであろう。
ここで、ある想像をすることが可能である。
「もし發がトイツなら、変則手に向かったりするか?」
多くの場合はノーであろう。
ならば、飯田はなぜ変則手に向かったのか?
それは、1枚浮いているを切らない手作りを構想したからではないか?
だとすれば、現段階で石野・清原のどちらかにがトイツで入っている可能性はそれほど高くないのではないか?
このように少々強引な推測を進めれば、ここでを放すこともなくはない。
しかし、水巻はまだ放さず、打。
その後、12巡目にテンパイするまでを引っ張り、三色のテンパイと同時に切りだす。
すると、その間にが重なっていたオヤの清原が、ポンして以下のイーシャンテンとする。
ポン
飯田も国士無双のイーシャンテンになっている。
次巡に石野のリーチも襲いかかり、完全に追い込まれたかに見えたが、石野のリーチ宣言牌がで、水巻が紙一重で5200のアガリ。
この局のテーマであった「ドラを放すタイミング」を見事にクリアし、持ち点を大幅に回復して2着にまで浮上する。
南4局1本場供託1000点 ドラ
しかし、その後、テンパイ料などで少しずつ持ち点を削られ、水巻は再びラス目に転落するが、オーラスを迎えて僅差である。
東家飯田36400
南家清原28400
西家石野29300
北家水巻24900
まずは石野が5巡目テンパイを果たす。
ツモや飯田直撃でも飯田をまくることができないばかりか、リーチ棒を出すと瞬間的に3着に落ちてしまうためヤミテン。
すると、わずか1巡でイーペーコーに振り替わり、切りリーチ。
ツモか飯田直撃、あるいは他家からの出アガリ+ウラ1でトップ逆転のリーチである。
これに向かったのは清原。すでにイーシャンテンだった清原は、すぐに追いついて3巡後に追いかけリーチ。
水巻ピンチ。
これはもう大体ラスのままで終わってしまうのではなかろうか。
ちなみに水巻も以下のイーシャンテンだったが、もう間に合わないか。
結局、石野が清原のリーチに対し、をつかんで、ウラものらず。
ロン ウラ
水巻、あっという間にラスを喰う。
はい、終了。
ん?石野のあの落胆の表情はなんだ?
えっ?一発?
一発放銃で5200なの?
5200ってことは、確か石野との差が4400点差だったから、水巻3着?
水巻、奇跡の3着浮上で、なんとか生き残る。
ゲーム続行。
2回戦結果
飯田 36.4
清原 15.9
水巻△15.1
石野△37.2
トータル
清原 66.6
飯田 54.4
水巻 △22.0
石野△139.0 (供託40)
2回戦は飯田がトップであったが、何か飯田らしいトップというわけではない。
ニュアンスの話。
飯田が優勝するなら、「ズバッ」と「もぎ獲った」トップが必要である。
今回のトップは、「ふわっ」となんとなく「獲れてしまった」トップという感じ。
逆に、清原が相当良い。
このまま優勝してしまうのではないか?
正直、会場にいた8割の人間がそう思った。
3回戦
座順は起家から飯田、石野、清原、水巻。
東2局 ドラ
3回戦は、水巻が卓上を駆け回って点棒をかき集める。
西家水巻
北家飯田
まずはこのリーチ合戦を制して、飯田からで3200を討ち取る。
東4局1本場 ドラ
東3局の1人テンパイでオヤを迎えた水巻は以下の13巡目リーチ。
これも1人テンパイで加点。
東4局2本場 ドラ
ツモ
水巻らしく柔軟にフリテンの-を残していると、そのフリテンを引き戻して切りリーチ。
すぐにをツモって1300は1500オール。
ツモ ウラ
東4局3本場 ドラ
次は、飯田と清原の仕掛けに対してきっちりヤミテンで、水巻が清原から3900は4800。
ロン
細かい点棒をかき集め、気づけば50000点のダントツ状態になっている。
ほらほら、誰かが捕まえにいかないとこのまま逃げられちゃうよ。
東4局4本場 ドラ
結局、4本場では、石野の早いテンパイに捕まって、5200は6400を放出するのだが、それでも2着の石野を11000点ほど離したダントツ状態には変わりない。
ロン
水巻43100
石野31900
清原22700
飯田22300
南4局 ドラ
結局、このまま決め手が出ぬまま、オーラスを迎える。
東家水巻40000
南家飯田26700
西家石野31200
北家清原22100
まず最初にテンパイとなる牌を引いたのは北家の清原。
4巡目にツモで以下の牌姿。
ツモ
例えば、これをドラ切りリーチしたとして、最悪のパターンは水巻か石野にアガリ牌を打たれ、ウラドラが乗らないケース。
これだとラスのままになってしまう。
ちなみに、から仕掛け始めた石野は、ピンズのホンイツ傾向の捨て牌である。
清原は、上記した最悪のパターンを回避すべく、ソウズを払うことを決断する。
打、ツモ打とし、マンズを厚く構えた。
確かに、マンズの手替わりなど、簡単に引けるだろう。
しかし、引けども引けどもマンズを引き当てることができない。
そうこうしている間に、マンズが次々に切られ、どんどん薄くなっていく。
石野にの仕掛けも入り、が出てきた。テンパイか?
清原は、自身が嫌ったも引く。
これは、もうダメだ。
結局、石野に対して危険牌のをつかんで、オリを余儀なくされる。
試合後に話を聞いた。
「あれは-でリーチがよさそうでしたね。」清原は残念そうにそう言った。
すると、水巻も話に加わってくる。「確かに、リーチの方がよかったかもね。でも、テンパイ外したくなるよね。おれも外しちゃうかも。」
麻雀における「選択」がそれほど難しいということの象徴であろう。
さて、清原脱落後は、石野対ヤマの勝負。
石野からすれば、ここでマンガンをツモってトップを獲らねば、いよいよ苦しくなってくる。
逆に、水巻もここでトップをまくられるようだと、ちょっと厳しいだろう。
この2人に対し、生き残りの椅子はわずかに1つ。
石野は、8巡目にテンパイを果たす。
ポン ポン
しかし、このは、対峙するヤマには1つも残っていない。
その後、ツモ切りを続ける石野にヤマからチャンスが与えられる。14巡目にツモで両面へ。
ポン ポン
はヤマに2枚。ツモれるか?
しかし、次巡、今度はヤマが挑戦状を叩きつけてくる。ツモ。
ポン ポン ツモ
石野は--を選択し、打。
実はこれ、どちらに受けてもこの段階では1枚ずつしか残っていない。
奇跡を信じてヤマを掘る石野。
残りのチャンスはあと3回。
空振り。
あと2回。
を加カンし、チャンスが増えるも空振り。
そして、最後のチャンス――現發王位石野豊の敗退がほぼ決定的となった。
3回戦結果
水巻 39.0
石野 14.2
飯田△14.3
清原△38.9
トータル
飯田 40.1
清原 27.7
水巻 17.0
石野△124.8 (供託40)
4回戦
座順は起家から飯田、石野、清原、水巻。
3回戦と4回戦の間には、およそ30分間の休憩があるのだが、4回戦の東1局に、その休憩時間の充実度が顕著に表れる。
東1局 ドラ
オヤの飯田は、順調に手を進めていた。
しかし、8巡目に思わず手が止まる。
引いてきたのはドラの。
ツモ
一般的には、辺りを切っておくのかなと思う。
これは、「テンパイしたらドラを打ち出す」という思考に基づいた打牌である。
この思考に対し、飯田の選択は「このドラだけは絶対に打ち出さない」という覚悟を決めた打牌。
飯田、打で、ほぼチートイツ1本に狙いを絞る。
思わず感嘆の声が漏れそうになる。
これはすごい。
昨今、「オヤだから」という理由で、ドラを打ち出すことを前提とした打ち手のなんと多いことか。
飯田のこの崇高な思考を観られただけでも、私はこの上なく幸せである。
それに加えて、この4回戦から観戦に来た最高位戦所属の沖野が、4回戦終了後に私につぶやいた。
「飯田さんだけ、麻雀が楽しそうだね。」
確かに、私にもそのように映る。
それはまるで、「チートイツ1本に絞らされた」というネガティブな思考ではなく、「自らチートイツ1本に絞ってやった。この後はどうやって打ち進めていこうか」という麻雀を楽しむ気持ちが表れているよう。
心からこう思う――飯田が強いわけだな。
この後、次巡にツモ打で完全にメンツ手を否定すると、飯田の目論見通り、14巡目にはドラ単騎のヤミテンを組むことに成功する。
あのままメンツ手を見ていれば、おそらくテンパイにすら達しなかったのではなかろうか。
その上、何より、14巡目という深い巡目にもかかわらず、このドラが3枚ともヤマに眠っているから驚きだ。
次巡には、「他家が自由に打っている」ことを確認するや否や、ツモ切りリーチを発動。
ああ、6000オールだ。
しかし、残念ながらはバタバタと他家に流れ込み、流局。
それでも、後半戦の3半荘では飯田が大暴れしそうな予感が漂う。
東2局2本場供託2000点 ドラ
その予感が的中するかのように、流局続きで迎えた東2局2本場で、北家の飯田が後半戦の初アガリ。
加カン ロン
果敢に仕掛けて3200は3800を石野から。
東4局1本場供託1000点 ドラ
東家水巻28000
南家飯田33800
西家石野28200
北家清原29000
しかし、そんな飯田の背後にこっそり忍び寄る影。
水巻である。
オヤを迎えた水巻は、11巡目にをツモる。
ツモ
河は以下の通り(↓はツモ切り)。
東家水巻
↓↓↓↓
南家飯田
↓↓
西家石野
↓↓↓↓
北家清原
↓↓↓↓
おわかりのように、水巻は自らとを切っているため、マンズの横への伸びはほぼ期待できない。
すなわち、マンズを残すのであれば、-を直接捕えるしかない。
ドラをテンパイするまでは切らない腹積もりであることを考慮に入れれば、を打つ者も多いのではないか。
対して、水巻が少考の末に選んだのは打。
-残り1枚に対して、-はヤマに4枚も残っている。
次々巡、当然のようにを引き込んだ水巻はドラ切りリーチを敢行。
これに、水巻の現物待ちでテンパイの入った清原がで飛び込んで、ウラ1の5800は6100。
ロン ウラ
これは、水巻がを捕えていなければ、おそらく清原のアガリであっただろう。
またもや、ギリギリで他家の攻撃をかわした水巻。
この辺りの判断はさすがである。
東4局2本場 ドラ
すると、このご褒美とも言わんばかりに、5巡目リーチをあっさりツモって4000オール。
ツモ ウラ
水巻にとっては、本決勝で初めてのいわゆる「誰でもアガれるマンガン」であり、これで水巻は3回戦に引き続き、50000点近くの点数を手にする。
東4局3本場 ドラ
しかし、この独走には、後半戦の活躍が期待される飯田が黙っていない。
まず、南家の飯田は、11巡目に以下のテンパイを入れる。
待ちがドラであるが、ツモればハネ満の大物手である。
ここに、12巡目に石野がリーチを宣言する。
河は以下の通り。
西家石野
↓↓↓↓↓リーチ
飯田が一発目につかんだのは。
少考の後にツモ切り。
セーフ。
二発目は。
少考の後に、そのまま河に叩きつけられる。
会場中が凍る。
私は思う。
「これは、飯田がアガる」
もちろん、私は石野の手牌も知っていた。
こんな本手リーチである。
この時点で-はヤマに3枚。
対して、飯田のはヤマに1枚限り。
なのに、どうしても飯田がアガるところ以外を想像することができない。
今の感じなら、飯田が勝負にいったときには飯田のアガリなのである。
不思議なものなのだが、そうとしか言えない。
ツモ
飯田が口を開く――「3000・6000は3300・6300」。
を押した次巡の出来事だった。
飯田が一撃で圧倒的リードの水巻を抜き去った。
やはり、カエルが龍に捕まるのは自然の摂理なのか。
南1局 ドラ
東家飯田43500
南家石野19700
西家清原15400
北家水巻41400
しかし、このままトップを獲り切れないのが今日の飯田。
前述したハネ満ツモの次局には、逆にラス目の清原にハネ満をツモられ、オヤカブリであっさり2着に転落してしまう。
アンカン チー ツモ
飯田は、この半荘を落とすようだとちょっと厳しい。
南2局2本場供託1000点 ドラ
東家石野21700
南家清原25400
西家水巻36400
北家飯田35500
しかし、飯田はやっぱりすごかった。
北家の飯田は、この配牌をもらう。
供託もあり、打点よりも「アガリ」がほしいこの場面にはうってつけである。
飯田は、西家の水巻が切った第1打のから果敢に仕掛けていく。
をポンして打。
続けて、水巻が切り出したもポンして、さて何切る?
ポン ポン
ドラ受けを残してやを打ち出す者も多いのではなかろうか。
試合後、この局について、飯田は以下のように話している。
「あの局はね、とにかくアガリたかったんだよ。じゃなきゃ、下りポン(上家からのポン)してまで2つも鳴かないよな。この局は、誰かからリーチが入っても押す気なんだよね。だから、押し返せる待ちにしないといけない。そう考えると、ペンとかカンとかの待ちは最悪でしょ?だからアガリやすさでを残しました。」
言うは易し。
実際に、ここでドラ受けを嫌うのには、結構な勇気がいる。
その勇気と意志を持って、飯田はノータイムでを切り出した。
この後、すぐにを引き、5巡目に水巻が放ったを捕えて最速のアガリを決める。
ポン ポン ロン
ここでの2000は2600の直撃は大きい。
たった5巡。
されど5巡。
誰でもアガれるように見えるが、実は緻密なファインプレーが隠れている。
飯田、發王位戴冠へ1歩前進。
南4局1本場供託1000点 ドラ
飯田がトップ目のままオーラス1本場を迎えて、点数状況は以下のようになっていた。
東家水巻36600
南家飯田37600
西家石野20200
北家清原24600
まずは、水巻が丁寧に打ち進めて11巡目に先制リーチ。
これをアガれば、この半荘のトップをほぼ手中に収めることができる。
これに、同巡、北家の清原が追いつく。
ツモ
は、水巻がリーチの前巡にツモ切っていて1枚切れ。他の2人は相当の確率でを持っていないことが読める。
清原は、切りリーチで勝負を賭けた。
清原は言う――「あのは手応え良かったですねー。1枚はほぼ確実にヤマにいるし、水巻さんが持っていなければ2枚ヤマですからね。」
しかし、清原は次巡に8枚目の-となるをつかみ、水巻への放銃となってしまう。
ウラも乗って7700は8000の大きなアガリ。
ロン ウラ
実はここにも、水巻のファインプレーが隠されている。
リーチの前巡、水巻はをツモ切っているのである。
すなわち、上の牌姿にをツモってツモ切り。
が2枚切れということもあるが、水巻本人に聞いたところ、「清原に対して無スジのよりも、清原のスジであるを残した」とのこと。
仮に、水巻がを一旦手牌にしまい込み、リーチ宣言牌がであったなら、清原もカンのリーチには踏み切らなかったであろう。
このでのアガリは、実はこのように緻密な「1牌の後先」によって成立しているのである。
水巻の動きに翻弄された清原、これでトータル的にも優勝からかなり遠ざかった。
南4局2本場 ドラ
これで、点数状況は以下のように変わり、水巻がトップ目に立った。
東家水巻46600
南家飯田37600
西家石野20200
北家清原15600
飯田は、これをまくり返すべく、7巡目リーチを放つ。
は1枚切れだが、ヤマに2枚残っている。
しかし、2枚とも脇に流れ、流局。
飯田、無念の2着。
4回戦結果
水巻 45.6
飯田 19.6
石野△20.8
清原△45.4
トータル
水巻 62.6
飯田 59.7
清原 △17.7
石野△145.6 (供託41)
ついに、卓上を動き回った水巻が猛獣たちを出し抜くことに成功し、本日初めてトータルトップに躍り出た。
特に、4回戦の勝負どころでトップをさらったのは大きい。
ここからは、飯田と一騎打ちの様相を呈するであろう。
5回戦
座順は、起家から石野、水巻、飯田、清原。
東3局1本場供託1000点 ドラ
ほぼフラットな点数状況で迎えた東3局1本場。
ここがこの決勝最大のヤマ場。
まず、オヤの飯田がドラアンコの配牌を授かる。
すぐにが重なり、5巡目にはをポンしてこのイーシャンテン。
ポン
しかし、これが少しも動かず、11巡目には西家の石野からリーチが入ってしまう。
その後も飯田はなかなかテンパイすることができない。
この石野のリーチに困ったのは北家の水巻である。
丁寧に安全牌を探していくが、16巡目に安全牌が完全に尽きる。
残っているのは無スジのみ。
水巻は少考の末、を打ち出す。
--はフリテンだが、残り1回の自分のツモでアガれる可能性が高い方を選択したのである。
これに手を止めたのは下家の飯田。
飯田はこの段階で以下のようになっていた。
ポン
おそらく、安全牌のマンズを払っていく予定だったところに、突如が打たれ、戸惑ったのだろう。
しばし手を止め、とにらめっこ。
数秒後、飯田は意を決したかのように口を開く――「チー」。
そのとき私は、チーしてマンズを払うのだろうと思った。
しかし、飯田の選択は打。
そして、これは同時に石野の高目。
ロン ウラ
8000は8300。飯田、痛恨のラス落ち。
水巻が打ち出したと飯田が打ち出した。
その危険度の差はほぼ同じである(注:厳密にはが通った後のの方が危険度は高い)。
しかし、通ったと当たった。
この差に思いを巡らせずにはいられない。
私は思う――片や、自分の手で未来を切り拓こうとした勇気ある。片や、他の動きによって前に出させられただけの。
またもや、カエルの動きに翻弄された獣が1頭。
南1局 ドラ
この後も、堰を切ったように飯田が失点を続け、南入して点数状況は以下の通りとなった。
東家石野38900
南家水巻29100
西家飯田18600
北家清原33400
このあたりでアガって上位に食い込みたい水巻にドラアンコの手が入り、6巡目テンパイ。
ツモ
ここで、水巻が少々手を止める。
関連牌は、が2枚切れ、が1枚切れ。
なるほど。ホンイツやピンフへの手替わりを考えているのだろう。
そうまでして確実にものにしたいチャンス手。
わかる。確かに気持ちはわかる。
しかし、水巻はそのような邪念を捨て、正面突破を試みる。
数秒後、水巻の口から絞り出された決断は「リーチ」。
「現状で勝負」
これが、水巻の出した答えだった。
カエルは蛇にはなれぬ。
まして熊や龍などとはほど遠い。
しかし、やり方次第では十分に戦えるのである。
水巻は、5回戦・6回戦のことを以下のように振り返る。
「ぼくは、他の3人とは違って小心者なんで、5回戦・6回戦は結構弱気になっちゃってたんですよね。1~4回戦の麻雀は万人に観てもらいたいけど、5回戦と6回戦の麻雀は正直自信ないです。メンタルが弱いんですよ。自分でもわかってはいるんだけどなあ。」
そんな水巻が、意を決して試みた正面突破。
ほんとにほんとの勝負どころでは、やはり正面突破しかない。
ここに、オヤの石野が襲いかかる。11巡目に追いついて、このリーチ。
もうそこまでヘビが来ている。
-は残り3枚。
-も残り3枚。
どうなんだ?
これ、水巻が負けちゃうのか?
次巡だった。
カエルが跳ねた。
いや、正確には、「カエルが跳ねているような絵に見える牌」が卓上に跳ねた。
ロン ウラ
カエルが真っ向勝負でヘビを攻略。
水巻、トップ目の石野から8000の直撃でトップ目に立つ。
この後は、細かいアガリが続き、南4局も水巻がアガって締め、着順はこのまま。
すなわち、飯田とのトップラスを決めた。
5回戦結果
水巻 40.7
清原 11.8
石野△11.1
飯田△41.4
トータル
水巻 103.3
飯田 18.3
清原 △5.9
石野△156.7 (供託41)
最終戦
最終戦は、オヤ決めのサイコロを振るところから重要である。
まず、仮オヤが石野に決まる。
座順は石野から、飯田、水巻、清原。
石野の振ったサイコロの目が指す者が、起家となる。
このとき、水巻は思ったそうだ。
「3、7、11だけは出ないでくれ!!」
なぜならば、3、7、11のいずれかが出ると目下の敵である飯田がラスオヤになってしまうからである。
タイトル戦決勝の最終戦は、今回のように大量の得点差がある状態で始まることが多い。
そうなるとどうなるのか?
オヤが残っている者のみが前に出て、オヤのなくなった者は役満を狙うことになる。
すなわち、飯田がラスオヤになってしまうと、飯田の南場のオヤ番で自分以外に積極的にアガリに来る者がいなくなるのである。
したがって、最後は飯田と1対1の直接対決を余儀なくされる。
これは避けたい。
しかし、石野が振ったサイコロの目は、無情にも「7」。
飯田がラスオヤとなる「7」。
私が水巻なら、もうこの段階で、「何か」が起こりそうな気がしてしまう。
飯田とは、相手にそう思わせてしまう打ち手である。
後ろにいた最高位戦Aリーグの平賀と思わず目が合う。
試合後、平賀は「まあ、飯田さんがあそこでラスオヤ引けるぐらいは当然だよね。そういう星の下にいるんだから。」と冗談を言った。
「星」か――
かくして、起家から水巻、清原、石野、飯田という座順で最終戦が始まった。
東1局 ドラ
北家の飯田は、6巡目に以下のアガリが難しそうな手牌構成となっている。
やすやすとドラが処理できない以上、この手は中盤以降のオリを想定して進めるべき手である。
しかし、次巡のツモがなんとそのである。
悪い冗談か何かだと思った。
おいおい。これ、アガれちゃうのかよ。
ところが、これは清原の先制リーチに押し返すも、テンパイせずに流局。
東2局1本場供託1000点 ドラ
西家の飯田は以下の配牌。
これもアガリは遠そうだ。
第一、前局と同様に、ドラが処理できない。
飯田が第1ツモを手牌に組み込み、打牌を済ませる。
えっ?
目をつぶってみる。
ゆっくり目を開けてみる。
やっぱりそこにはが仲良く並んでいた。
飯田の第1ツモはなんとドラの。
誰かが言ってたな――「星」。
こうなると笑えない。
しかし、これも、清原の先制リーチに押し返すも、テンパイせずに流局。
東2局2本場供託2000点 ドラ
ここでは、石野が意地を見せ、終盤に清原から8000は8600を討ち取り、奇跡の大逆転を目指す。
ロン
東3局 ドラ
南家飯田の配牌はこう。
これを見て、私がまず思ったことは「軽くアガって次局のオヤ番を持ってくる」である。
しかし、これも第1ツモがドラのでアガリが遠くなる。
ところが、3巡目に飯田が引いた牌は、なんとまたもや――もう言わなくてもいいですかね?
まあ、一応言っておきますか。
大体ですよね。
「軽くアガって」なんて言った私がバカでした。ごめんなさい、ごめんなさい。
しかし、飯田にが重なる直前、2巡目に既にを処理していた者が1名。
2巡目、西家の水巻はここからを切り出していた。
ツモ
好判断。
すると、その後に入った飯田のポンと石野のタンヤオ仕掛けを振り切り、13巡目には水巻が石野の打牌を捕える。
ロン
1000だが、水巻にとって、もはや打点は関係ない。
局を潰して逃げるだけ。
まず1局を潰し、「東4局」1度目の大勝負、飯田のオヤ番を迎える。
東4局 ドラ
14巡目に北家の石野がリーチ。
これに対し、オヤの飯田は、以下のイーシャンテンに4枚目となるを引くと、アンカン。
めくれた新ドラ表示牌は――。
というころは、新ドラはか。
ん?は確か、どこかにトイツだったのを見たぞ。
飯田の手牌に目を落とす。
確かにある。
トイツ。
出た。
またか。
こういうのを見てしまうと、この人は本当に麻雀と相思相愛だなと思ってしまう。
しかし、飯田がテンパイを果たしたのは最終ツモ。
アンカン ツモ
<5p>も<6p>も石野には無スジ。
しかし、これはどちらかを切らねばならない。
それほどに、最終戦のオヤ番とは価値があるものなのである。
飯田は、何事もなかったかのようにを打ち出した。
さすが。
勝負どころをわきまえている。
東4局1本場供託1000点 ドラ
かくして、飯田のオヤ番は延長戦に突入。
まずは飯田が仕掛けてテンパイ。
チー
これに対して水巻も仕掛け返す。
、と連続で仕掛けてテンパイを果たす。
次巡、飯田のツモは。
水巻は、前巡、前々巡に連続でを手出ししており、-が危険であるように見える。
飯田も、そのように考え、何の気なしにをツモ切る。
しかし、これがカエルのトリック。生きる術。
チー チー ロン
が続けて打たれたのは、が4枚切れだったためである。
水巻、まずは、飯田のオヤ番その1を終わらせることに成功。
南2局1本場供託1000点 ドラ
自身のオヤを無難に終わらせ、残りは3局となった水巻。
何はともあれ、あと3局逃げ切れば生還。
点数状況は以下の通り。
東家清原25900
南家石野37100
西家飯田27200
北家水巻28800
7巡目、飯田の手が止まる。
ツモ
少考し、不満そうにを切ってリーチ。
その後、オヤの清原が追いかけリーチに出るも、1度もツモることなく飯田のツモアガリ。
ツモ
500・1000は600・1100。
ツモの声も不満そうなら、ウラドラが乗らなかったことにも不満そうである。
ああ、この人は、やっぱり麻雀を楽しんでいるんだな。
南3局 ドラ
ここでも、飯田が先制リーチ。
オヤの石野が仕掛け返すが、飯田があっさりツモ。
ツモ ウラ
2000・4000。
南4局 ドラ
ついに飯田がトップ目に立ち、オーラスを迎える。
東家飯田39500
南家水巻26200
西家清原21800
北家石野32500
水巻は、このときの心境をこのように語っている。
「飯田さんがカンのマンガンを簡単にツモったとき、オーラスで何か起こる気しかしなかったんですよね。うわっ、絶対何か起こるよーって思いました。ほんとメンタル弱いです。」
水巻は、いわゆる「デジタル派」の打ち手である。
すなわち、前局と今局を繋げて考えることはしない。
例えば、前局にあんな簡単なマンガンをアガれたんだから、今回も良い手が入るでしょ?といった思考は一切ない。
しかし、その水巻をもってしても飯田は別物。
「何か」を起こしてきたから、ここに座っている。
それが飯田正人である。
このオーラスはもう、飯田と水巻の一騎打ち。
飯田が連荘を続けて条件を満たすか、水巻がアガるかしか、99.9%終わらない。
具体的に飯田は、水巻をラスに落とすことができるなら、水巻とさらに約12000点差をつければよく、水巻が3着のままなら、あと約30000点差をつけることが必要となる。
石野・清原の両名は、序盤に中張牌から切り出し、中盤以降にオリていくことだろう。
飯田配牌
まずまずだが、このがネック。
なぜなら、前述のように中盤以降にオリに回る脇の2人にが流れてしまえば、もう一生出てこないからだ。
これは、が鳴けないことを前提として打ち進めるのがベター。
それでも、テンパイは果たせるであろう。
水巻配牌
これは酷い。
まず、アガリを取るなら、ほぼチートイツ1本に絞るしかない。
なぜなら飯田と同様の理由でのポンを期待せずに打ち進めることが要求されるからである。
が鳴けないのなら、メンツ手は厳しいであろう。
したがって、狙いはチートイツほぼ1本となる。
あれだけバリエーションの多い攻撃を見せ、柔軟に本手・かわし手を使い分けてきた水巻に、最後に与えられた配牌がこれとは。
仕掛けという武器を失い、自身のツモ1本、それもチートイツというアガリ競争で最も不利とされる手役しか狙うことができない状況。
そんな状況に追い込まれた水巻。
最後の最後で、龍に対して真っ向勝負を強いられる。
水巻の第1打はであったが、飯田はなんとこれを鳴かない。
なるほど。
この手牌なら不自由なくテンパイすることはできそうだから、ある程度の打点、例えば三色等を狙っていく作戦か。
確かに、大きな点差を詰めなくてはいけないのだ。
これぐらいのを鳴いていたのでは、それも難しい。
最後まで、飯田正人は飯田正人なんだな。
最後まで麻雀を楽しんでいる。
水巻は、2巡目にが重なり、4トイツ目が完成。
あと3つ。
水巻、3巡目に、以下のようになると、ここからドラ切りを敢行。
飯田に鳴かれでもしたら、とんでもないことになるである。
この切りからも伝わる水巻の決意――「ここで決める」。
飯田、6巡目には以下のリャンシャンテンへ。
水巻、同巡ツモでイーシャンテンへ。
飯田の安全牌として取っておいたを放し、ノーガードでアガリへ向かう。
飯田、7巡目にツモ打で以下の牌姿へ。
実にゆったりとした構え。
実に飯田らしい。
水巻、同巡、ツモでテンパイ。
が1枚切れのため、生牌のに受ける。
同巡、清原が何気なく放ったのは、その。
ロン
今回の決勝戦は最後まで面白かった。
飯田正人は、飯田正人として負け、
清原大も清原大として負け、
石野豊もまた、石野豊の麻雀を最後まで貫いた。
そして、その3名が血眼になって追いかけた1匹のカエルは、致命傷を避け、かすり傷だらけになりながらも無事に逃げ切り、優勝を決めた。
カエル?
なんかカエルっていうんじゃないんだよなあ。
もっと力強い。
じゃー、これは一体何だ?
蛇か?
熊か?
龍か?
これは何だ?
これは――ミズマキワタルという麻雀打ちである。
最終結果
優勝 水巻 渉
準優勝 飯田正人
第3位 清原 大
第4位 石野 豊
さて、ではこの辺で、私のような小心者のカエルは失礼するとしよう。
ピョン。
文・鈴木聡一郎