最高位戦Classicは、第22期(1997年)まで最高位戦で採用されていた、旧最高位戦ルールによるタイトル戦である。
昨年から最高位戦以外の競技団体所属者にも門戸が開かれ、私も参加させて頂いている。
一発裏ドラなし・ノーテン罰符なし・和了り連荘、というこの厳格なルールが、麻雀の単純な絵合わせでない側面の面白さを浮き彫りにさせてくれるのである。
近年麻雀の戦術は、そのルールに合わせてシンプルで分かりやすく、悪く言えば浅薄な方向に収束しつつある。しかし、丁寧な思考や手組みの正確さをより求め られるClassicルールは、麻雀の中の競技的基幹を色濃く映し出し、打つ側にも見る側にも忘れかけていた深い部分の情熱を思い出させてくれるのであ る。
その魅力を知る競技選手が、団体問わず多数このタイトル戦に出場するようになり、昨期は決勝に2人他団体の選手が勝ち進み、下出和洋選手(麻将連合)が見事栄冠に輝いている。
さて、今年の第4期Classic決勝進出者は以下の4人。
有賀 一宏 (最高位戦31期後期)
上野 龍一 (最高位戦22期)
根本 佳織 (最高位戦28期前期)
坂本 大志 (最高位戦31期前期) ※準決勝成績順
私がこのたび決勝初日の観戦記の依頼を受け、それを快諾したのはこの決勝面子によるところが大きい。
奇しくも、全員が最高位戦所属の選手による決勝戦なのである。
ちなみにこの4名、旧最高位戦ルールでリーグ戦を戦ったことはない。このルールに対する所属団体の有利というのはそうなかったはずである。実際、準決勝16名中6名が他団体の選手であった。
彼らは団体の枠など関係なく、ただ誰よりも麻雀の競技的基幹に優れ、Classicルールの産みだす静かな“情熱”を愛していたのである。
せっかくの機会である。この素晴らしいルールによる戦いを最高位戦だけに独占させないために、僭越ながらその内容を綴らせていただこう。
その情熱を知る、全ての人に。
1回戦
起親から坂本、有賀、根本、上野の座順。
東1局 ドラ
堂々と開局の賽子を振るは、坂本大志。
最高位戦B2リーグ所属。獲得タイトルはまだないが、準決勝以上には何度か駒を進めており、この世代の中堅選手としては出色の成績を残している。大舞台への慣れが、恰幅のよい坂本を今日は一際大きく見せていた。
この配牌。ドラドラだがまとまるには時間がかかりそうだ。
それに対して南家の有賀。
ツモ
打としていきなりのイーシャンテンである。
そして次巡ツモ打で、この形。
すぐに北家上野がを切るが、反応せず。
有賀一宏は、坂本と入会時期が近く、年齢も一つ違いである。共にフリー雀荘のメンバーを長くやって研鑽を積み、麻雀に囲まれた生活をしている。
当人たちにその意識はなかろうが、良きライバルと言っていいだろう。
有賀は準決勝以上への進出自体が初めてで、公式対局で牌譜を取られたこともない。競技麻雀でのこれまでの成果を問われれば、坂本には現状水をあけられた格好である。
平素と同じ端整で落ち着いた表情の有賀だが、この日の内容を見れば明らかであった。有賀は、確かに緊張していた。
有賀はその後6巡目にツモとして聴牌を果たすが、ヤミに構える。
が有賀の河を含め場に2枚。確かにどこからでもこぼれそうな-ではある。
一見Classicルールらしい、ありがちな役有りのダマテンかもしれない。
しかし、この1300を拾いに行くなら、最初のはポンすれば良いのではないか。これをスルーして門前で早々聴牌を入れたのなら、1300/2600の引き和了りで決めにいくリーチを敢行するべきではないだろうか。
ポンの声もリーチの声も、初めての決勝その開局で、有賀には重い言葉だったのである。
そして悠々手を進めた坂本が、9巡目に上野のツモ切ったを捕らえる。
ロン
初戦を決定づける和了りが、いきなり飛び出した。まさにこれを生んだのは、坂本と有賀の経験の差であるといえるだろう。
有賀はこの日、必死に坂本の背中を追いかける。
有賀の詰めようとしたものは、決して数字上のポイントだけではないはずだ。
東2局2本場 ドラ
西家上野が、6巡目に根本の切った牌でポンテンを入れる。
上野龍一。4人の中ではもっとも年長だが、入会時期は同じAリーグの尾崎公太や村上淳と一緒で旧ルール経験者ではない。しかし、長く最高位戦でAリーグの看板を守っている熟練選手であり、他3人の前に立ちふさがる大きな壁であることは間違いない。
開局に11600を打って苦しい位置だが、ここで上野が門前にこだわって和了り逃しの緩手を打つことはなかった。
ほどなくしてピンフ聴牌の坂本から※発を討ち取り、1000は1600の和了り。
東3局 ドラ
東家根本が配牌でドラがカンツ。
根本佳織は、女流最高位戦4連覇中であり、目下女流ナンバーワン選手としての地位を確立しつつある。
常に感情を表に出さず、飄々と、しかし豪胆に和了りをものにする打ち手であり、その涼やかな佇まいからは想像できない強さを持っている。
この女王の手に対抗したのは、配牌で大きく劣る北家有賀であった。
根本が伸び悩む中、11巡目に有賀がポンテン。
出和了り5200、ツモれば1600/3200と、ドラなしだが十分な手を育てる。
待ちも良く、は場に1枚、は山生きである。
しかし14巡目にツモと来ると、ドラがであることもあって安全なと振り替えた。
これはどうだろう?
ポンの有賀に対し、上野・坂本は大人しく安牌を抜いている。をツモ切った根本も、手は変わっていない。
この日の有賀は、押し引きのバランスが微妙であるように感じた。確かに、1牌・1巡のタイミングというものは諸刃の剣であり、Classicルールならその判断は困難を極める。
結局次巡のツモでを抜いて降りるのだが、もう1牌、もう1巡の踏み込みを有賀は明らかに恐れていた。
確かに、有賀が手に溺れて突っ張っていると、さらに次のツモでドラカンツ根本への放銃となってしまう。
ただ、流石にここは聴牌の根本に手出しが入るため、警戒は強まるところ。先に潔く引いたことが有賀を救ったが、そのバランスには若干の不安を感じた。
根本の700/1300は800/1400、坂本の2600オールを挟んで、
南1局1本場 ドラ
南家有賀が5巡目にリーチ。
捨て牌は、
である。
現在、東家坂本と20400点差、西家根本とは3800点差の3着目。
次局親番が回ってくるとはいえ、ここでダブ雀頭の1300リーチが果たして得策であろうか。焦りと恐れが、攻めではなく逃げのリーチを有賀に打たせたと言っても過言ではないだろう。
直後に有賀が悲痛の思いでツモ切ったのは、であった。
こうしたリーチに対し、Classicの女神が微笑むことはない。
事実東家坂本は、聴牌形からを掴んでしっかりと降り、流れた次局、早い七対子で有賀から1600は1900を討ち取る。
南2局2本場供託1000点 ドラ
ロン
聴牌料など無論ないこのルール、有賀は2局潰してただ2900点を失った格好になる。
オーラスは根本がタンヤオ七対子をツモって、ひとまず2着で締めくくった。
南4局1本場 ドラ
ツモ
坂本+30.5 根本+11.1 有賀△12.3 上野△29.3
2回戦
起親から上野、有賀、坂本、根本の座順。
東1局 ドラ
初戦は手に恵まれなかった東家の上野、9巡目に先制のリーチ。
それを受けての10巡目、南家の有賀である。
ツモ
リーチの同巡に追いついていたのだが、すぐに不要なを持ってきた。
上野の捨て牌はこう。
上野が単純両面なら、18筋のうち通っているのは5筋。さらにがノーチャンスで1筋消えるため、ここでが当たるのは2/12=17%程度のギャンブルだ。
普段の麻雀の感覚なら、これくらいは行ってよいと思う。ドラがなら安め打ちでもある。
しかし、Classicではこのギャンブルが結果に見合う行為ではない。ましてや有賀は現物のを暗刻落としで回れるのである。
ロン
結果有賀、上野へ2000の放銃。Classicルールに対し、今日の押し引きに不安のあった有賀。ここでもまたその洗礼を浴びる。
この焦りと恐れの払拭は、早くしないと取り返しのつかぬことになる。
東4局1本場供託1000点 ドラ
東家根本の7巡目リーチ。
これに真っ向から立ち向かう西家有賀、無筋をツモ切っていく。
脇から出たをポンするが、聴牌打牌のが根本に捕まる。
ロン
3900は4200。有賀、ぶつかり合った結果の仕方のない放銃ではあるが、これで3者と大きく離される。
東4局2本場 ドラ
今日の上野は終始手が重く、まるでAリーガーとしての枷をつけられているかのように、邪魔な役牌に悩まされていた。
無論手が早ければ切りたいのだが、その役牌を自ら切っていくような形にまとまらないのである。
その南家上野、
この遅い配牌を丹念にまとめ、
ロン
11巡目に有賀がツモ切った牌で、6400は7000。
周囲にその匂いすら感じさせぬ、まさに燻し銀の和了りであった。
南2局1本場供託1000点 ドラ
南家坂本が、8巡目にこの7700聴牌。
現在北家上野と共に36000程度の持ち点でトップを争っており、1回戦に続いてのびのびと打てている。
これを成就させて2回戦も決めてしまうかと思われたが、やはりAリーガー上野が立ちはだかった。
11巡目、上野はこの形。
ツモ
ここまで坂本の捨て牌は、
聴牌の8巡目打以降は、無論ツモ切りである。
混一かもしれないが、聴牌かどうかは判断しにくい。かといってダブポンは軽視もできぬ。
少考の末、上野は※六をツモ切って勝負。筒子は場に安く、役なしだがツモりに賭けた。
しかし次巡、上野のもとに訪れたのは、ドラの。
ツモ
もう12巡目、ここでドラのを放つリスクは負えない。上野は打とし、一旦回る。
しかしここまで我慢を重ねた上野に、僥倖が舞い降りる。
14巡目、ツモ。15巡目、さらにツモ!
ツモ
ドラの連続ツモで、大きな大きな貫禄の満貫である。
南4局1本場 ドラ
オーラスを迎え、南家上野は46200、北家坂本は34200である。
この12000点差をどう見るか。坂本の立場ならひとまずこれで満足と局を進めていくのではないだろうか。
初戦をトップで終え、この2回戦もプラスの2着。ましてや初戦ラスの上野がトップ目なのである。
ここから何かを狙うようなことが、果たしてあるのだろうか。
もう局も終焉の近づいた15巡目、その男は奇跡を起こす。
ツモ
タンヤオドラ1の聴牌に、ドラのを持ってきたところ。
「リーチ!」
振りかぶって、坂本はを投げた。
リーチだって?瞬間私は目を疑った。
あくまでトップにこだわるのなら、ここは打のツモり三暗刻に受けるべきではないだろうか。
打ならリーチ棒も出さず、ツモでもでもトップになる。ましてや萬子は場に安く、事実は山にある。
あと2巡で1000点減らすくらいなら、静かにシャンポンの聴牌を取り、偶然ツモったらトップでいいじゃないか。
もう一度言おう。残り、2巡しかないのである。
そんな私の小賢しい考えを打ち砕くように、坂本がその牌を力強く引き寄せる。
ツモ
周囲がどよめく。上野が坂本の和了り形を凝視した。
3000/6000は、3100/6100である。
後に坂本はこう語る。
「上野さんを捲るより、この長丁場のトータルポイントを見て単純に素点を叩きに行きました」
は場に1枚で、残る3枚で満貫が見込める。
さらにの3枚で跳満になるのなら、確かにシャンポンの三暗刻受けよりも攻めの一手としては優れている。
Classicにおける勝負のリーチとは、こうやって打つものなのだ。
ふと、初戦で有賀の打った1300リーチが思い起こされた。
坂本の愚直な姿勢が、これ以上ない形で実を結んだ。坂本、2連勝。
坂本+28.5 上野+17.1 根本△11.1 有賀△34.5
2回戦終了時トータル
坂本+59.0
根本+ 0.0
上野△12.2
有賀△46.8
3回戦
起親から坂本、有賀、上野、根本の座順。
この日の有賀はやはりどこか調子が悪い。
先に言っておくが、有賀は予選から準決勝までのClassicルール18回戦、なんとただの一度もラスを引いていない。今年の参加者で、もっとも安定して危なげなく勝ち上がってきたのは有賀なのである。
2回戦は、有賀が今年Classicで初めてラスを引いた半荘となった。
このまま坂本の後塵を拝するわけがない。私はそんな期待を持って有賀を見ていた。
東2局1本場 ドラ
開局流れた後の、西家根本の3巡目リーチ。
もちろんリーチで問題はないのだが、3者がしっかりと降り切って流局。
東3局2本場供託1000点 ドラ
今度は西家坂本が、4巡目にドラ単騎で聴牌。
5巡目、南家根本は、
と勝負手の格好になるが、無論坂本が待ちを変えることはなく、睨み合いの流局。
南1局4本場供託1000点 ドラ
北家根本がまた、9巡目にリーチ。
状況と形が打たせたリーチとはいえ、やはり3者に受け切られて流局。
南2局5本場供託2000点 ドラ
ここまで一度の和了りもなく、3者が配給原点の30000持ち。根本だけがリーチ棒2本分マイナスしている。
Classicにおける、和了りの重要性、リーチの難しさがよく分かると思う。
この積み棒と供託をかっさらった者がこの半荘を制するのは明白である。この局、堰を切ったように場が動く。
気になる4人の配牌は、
東家有賀
南家上野
西家根本
北家坂本
全員一様に遅いが、上野だけは一通がはっきり見えており、方針は立てやすい。
実際4巡目にはこの形のイーシャンテン一番乗り。
しかしこの形が結局動かぬまま、道中を重ねた坂本が10巡目に根本の切ったを叩く。
そしてそれに呼応するように、根本も有賀のをポン。
有賀はこのときこの形。
それから進んで15巡目。根本が有賀のを叩いて聴牌。
直後の有賀、
ツモ
あの配牌が、16巡目にしてやっとここまで漕ぎ着けた。
しかし、飛び出していく牌は、生牌の。有賀が盤面に目を落とす。
根本は初手の字牌切りからの対子落としをしており、途中の切りからもタンヤオが濃厚。
「根本さんにが無いのは確信していました」
とは、後の有賀の談である。
坂本はどうだ?
坂本はポン打から、手出しはの2回。果たしては当たるのか。
有賀にとっては一見絶好のであったが、それは死神の誘い水ではなかっただろうか。
5本場の積み棒と供託の2000点。
根本・坂本はツモ切るであろうこの待ち。
そして、ライバルの2連勝――。
様々な思惑が有賀の脳裏を駆け巡ったであろう。
ロン
その重圧から逃れるように有賀が放ったを、坂本は逃さなかった。ドラ暗刻の、7700は9200。
南3局 ドラ
もう坂本の3連勝は確実なものになった。
この局北家有賀は、ラッキーな7700を東家上野からものにする。
ロン
上野はポンテンからの打ちで、有賀がドラポン直後にノベタンに振り替わったが、たまたま上野のツモ筋に続いていたに過ぎない。
有賀は3巡目にを放しており、上野もこの瞬間は止めようがない牌といえる。
Aリーガー上野、展開の悪さと牌の巡りも枷となる。
有賀はその結果2着で終えたものの、やはり内容の悪さは否めなかった。
坂本+23.2 有賀+2.5 根本△6.0 上野△19.7
3回戦終了時トータル
坂本+82.2
根本△ 6.0
上野△31.9
有賀△44.3