コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.10】吉田光太 ~カリスマと呼ばれたドラゴンの輝きと挫折~【挫折編】

(インタビュー・執筆:浅見真紀)

※この記事は後編です。ぜひ前編からご覧ください。

 

龍と巨星の出会い。訪れた悲劇

六本木のお店も順調で、仲林圭(プロ協会)、橘哲也(プロ協会)、今をときめく堀慎吾(プロ協会)なんかが働いてくれて。このころから自分のツモの力を信じるようになっていて、チラっと龍も見えるようになってたかな。

ついに龍が登場した。吉田初心者のみなさんに説明する。

『龍』
出アガリではなく、ツモれる待ち(ヤマにいる待ち)でテンパイをしているとき、右手に宿るもの。
龍が出ると必ずツモることができ、その際右手は龍のような動きになることが多い。
Kotapediaより

ある日セットに呼ばれて初めてある大先輩と麻雀打ったんだけど、良いところも悪いところもなくトータル3位で終えたんだよね。その後もう1回同じメンツで開催されて、その日も勝てなかったの。俺の記憶では同じメンツで連続で負けたことなんてなかったから、これはおかしい、俺風邪でもひいてるのかって思った回目のセットで俺の流れが来た!って瞬間がやっと来て。そのとき下家にいた大先輩が、俺の捨てた牌をちらっと見て「チー」って。そのあと持ってきた牌をわざと全部ツモ切ってくるのよ。もちろんそれが全部有効牌なわけだけど、それを見た瞬間にこれはダメだ!こんな人いるんだ!って思った。この人は目の前の山の牌とかだけじゃなく、人や牌の全体的な流れを見ながら麻雀を打っていて、達人レベルの反射神経を持っているから俺のパンチが全然当たらなかったんだってわかって。

それまで見たこともなかった世界を覗き見て、爽快な衝撃を受けたであろうことが吉田の表情から感じられる。まるで昨日の出来事を話すかのように滑らかに話し続けた。

3回目のセットが終わって、「参りました」って人生で初めて言ったよ。それから「さすがに僕も馬鹿じゃないので三枚も四枚も上の方とはとても打てません。何回打っても結果が一緒なのはわかります。次回はぜひ後ろで見学させてください」ってお願いしたんだよね。そうしたらその人、初めてニコーって笑って「光太君っていい男だね。一緒に修練しよう」って言ってくれた。それが土田さん(土田浩翔)との出会い。その日、その場で入会しましたね、土田教に(笑)

この出会いが吉田の麻雀人生に更なる色を付けていく。当時のことを土田はこう語る。

なかなかの男前だなというのが第一印象。その次に自信と不安が真っ二つに同居しているような表情が印象的でした。そしてとても野心家に見えました

自信と不安というのは麻雀に対するものだったのか、それとも人間としてか。吉田の持つ光と影を的確に表すフレーズだ。

土田さんに会って、田舎で競技で街で少々勝ってきただけの若造が通用しないのはよくわかった。流れの話だけじゃなくてロジカルな部分も半端じゃない。解説を聞いてるとよくわかるでしょ?まず目がいい。次やその次の視点も早いし、食い流れた牌の未来を追うのも早い。計算もとにかく早いよね。ポイントの足し算や複雑な条件計算も瞬時に出てくる。そういった意味では脳のスペックが常人とは違うなって思った。麻雀界でそう感じたのは土田さんとたろうさん(鈴木たろう)だね二人とも脳みそが偏ってると思う

そういって笑う吉田だが、私からしてみれば吉田も十分に偏っている。何かに特化した人間というのはどこか抜けているところがあったりするものだ。得てしてそういう人間のほうが魅力があったりする。尊敬すべきところと可愛らしいところを両方兼ね備えているのだから。

ホテルニューオータニの麻雀教室にて元プロ野球選手の佐々木信也氏と。左:土田、右:吉田

 

このままじゃ自分が壊れていく

土田の教えを受け、打ち方を180度変えた吉田を待っていたのは地獄の日々であった。

それまでは流れ重視、ツモアガリ重視、切れ味だけで打ってきたけど、完全に重く手役重視に変えた。ドラがアンコでさツモサンアンコにも取れる手なんだけど、俺が甘くてリャンメンでリーチ打ったらすごい怒られたりしたな。この手はアンコ系なんだからシャンポンでしょって。流れに関することは土田さんとは共通見解だったから変えずにいられたのは助かったけどね。麻雀はどこで打ってもとにかく負けた。麻雀を壊して打ち方を変えるとバランスを崩すし誰もがぶつかる壁だと思うんだけど、死ぬほど負け始めた。それまで負けたことがなかったから、一人の人間が壊れていくってこういうことなんだって思った。絶望の果てまで落ちたね。

ちょうどこの、六本木のお店は経営もあんまりうまくいかなくなって閉めちゃって、池袋に心機一転お店を開くことになったんだよね。麻雀店ってさ、スタッフがどうしようもない制約にがんじがらめになったり、納得できないことが多かったりするじゃない?六本木で初めてできた部下達が可愛くて。プロの後輩でもある彼らが、スタッフの制約を完全に排除して真剣に打てるようなお店を作りたかったんだよね。

麻雀ひろばキングダム
池袋西口から徒歩1分の好立地に、「真剣勝負」をうたう吉田の城がある。従業員と楽しくコミュニケーションを取ることができるアットホームを売りにする麻雀店が多い中、「卓上での私語が厳禁」というルールがある異色の麻雀店だ。

キングダムがあるビルの一階にて

 

俺はホールでも喋らないし、愛想も無いけれど素敵なお客様に恵まれている。オープニングから絶えず優秀なスタッフも集まってくれて。昔は、真紀と実代子(華村実代子・プロ協会)とは100回ぐらいケンカしたよね(笑)今も、変わらずガチ雀荘だよ。現・女流桜花の川原舞子(プロ連盟)、新時代の怪物・佐治敏哲(プロ協会)など働いてくれているに、佐治は麻雀プロの枠を超えて、一人の打ち手として麻雀を尊敬して

 

最高位戦へ入会後、一番堪えたのは周りの言葉だった

2011年、34歳。キングダムを開店して2年目の春、吉田は所属を最高位戦へ変えることになる。そのきっかけは何だったのだろうか。

土田さんが麻雀プロとしての最後の人生を最高位戦で送るつもりだって聞いてついていきたくて。協会は大好きだし僕の青春の全てだったけど次のステップに進んだ。

B2(現B1リーグ)からの入会となったが、1年目は大敗を喫し降級した。当時は聞けなかった10年前の話を聞いてみた。

優遇して上のリーグから入れてもらって、期待されてるのはわかってた。リーグ戦の開幕はかなり緊張したんだけど、選手たちは暖かく迎えてくれたんだよね。言葉にはしてないけど「光太さんと打てるんだ!同じリーグでうれしいな」っていう心のメッセージが聞こえてきて。でも1節、2節とマイナスするにつれて周りの言葉や視線が気になってしまって、自分の麻雀も乱れているのがわかった。ものすごくイライラしてたし、それが余計焦りにつながって今思うと麻雀といえるものじゃなかったと思う。

リーグ戦負けてる最中にパーティー(年に1度開催される最高位戦就位祝賀パーティー)があって、会う人会う人に「光太どうしたの?調子悪いじゃん」って言われて。みんな純粋に聞いてきてるだけだったんだろうけど、責められてるように感じちゃって、うるさい、ほっといてくれって思ってた。その日、帰りのタクシーで悔しくて泣いたんだよね。あとはずんたん(村上淳)がリーグ戦の朝、毎回「今日B2だよね!頑張って!」ってメールくれるのよ。それも嫌になっちゃって「もう送ってこないでください、朝集中したいんで」って直接言ってさ。マメで優しい先輩だから連絡くれてたのに本当に申し訳なかったと思う。ずんたんは「ごめんごめん」って感じだったんだけど、それだけイライラしてたんだろうね。リーグ戦だけじゃなくて打つ麻雀すべて負けて。酒飲んで、また負けてみたいな。どこまで墜ちるんだ俺はって思ってた。

負けが続いているときは、同じ事象に対しても受ける印象が変わってしまったりするものだ。この不可思議さを、麻雀を打つ人間なら誰しも感じたことがあるのではないだろうか。しかし、それほど負け続けて、土田から離れようとは思わなかったのだろうか。

土田さんに絶対の信頼を寄せていたというよりは逆かな、あれだけ負けを知らなかった自分を初めて負かした人は絶対に正しいだろうと。だから勝っていた自分に対する信頼かもしれないそれから俺は物事を教わるときはでもだって絶対に言わないようにしてるんだよね。一度、全部受け止め。だから土田さんから離れる選択肢は全くなかった。

ともすれば逃げ出したくなってしまうような状況にも思える。当時の吉田を支えていたものについて聞いた。

俺が負け続けた暗黒の5年間は土田さんの麻雀が間違っていたり伝え方が悪かったせいじゃなくて、ただ俺の技術と心が足りなかっただけ。それなのに「土田さんの真似をしても無理なのに」とか「あんなに強かったのに」って言葉もよく耳にして悔しかった。全てを恨んだけど、が俺を見捨てなかったと思える唯一の要素キングダムっていうお店を持てたことだった。仕事だけは前向きにって自分を正せたから、店の存在にすごく救われてたと思う。

それから俺が周りに色々言われる中で、わたるん(水巻渉)と、大脇(伊達直樹・元プロ協会)だけはいつも俺を擁護してくれたんだよね。「光太は強いから大丈夫。今まで右バッターだった人が、左打ちに矯正してるようなもんだから」って。二人には本当に感謝してる。俺はプロ協会を離れてしまったけれど、逆に言えば二つの団体に大好きな先輩、ライバル、後輩を持ててるんだよね。あのとき扉を開いて本当に良かったと思ってるよ。

 

龍を取り戻せ!

挫折の中でひたむきに土田の全てを吸収しようとしていた吉田に一つの転機が訪れる。

きよさん(醍醐大)に頭を下げてVSに参加させてもらうことになった

『VS研』。2010年にスタートした醍醐大主催の最高位戦選手による1年間に渡るリーグ戦形式の研究会である。参加メンバーは村上淳・園田賢・水巻渉・曽木達志・藍島翔・有賀一宏など。この猛者たちが集まる研究会で吉田はついに結果を残す。

みんなの麻雀を見ているうちに、少しずつ最高位戦の麻雀にアジャストできるようになってきて、あれだけのメンバーに囲まれて2年連続優勝した。もちろんツキもあったけれど、ここまで吸収してきたことが決して間違ってなかったんだなって思えた。龍を取り戻せたね。

 

B1リーグ最終節、まさかの4ラス。あの日吉田は何を思ったのか

一時はC1リーグまで降級したが、再び龍を手にした吉田はB1リーグまで這い上がる。今期2020年のB1 リーグでは8位までが昇級というシステムで最終節を2位で迎えた。4連続ラスを引かなければ昇級できる、誰がどう見ても有利なポジションだ。しかし、その最終節に吉田は4連続ラスを引き、安泰かと思われた昇級を逃した。

今思うと初手からたぶん俺はおかしかった。1回戦東1局で勝負は決まってたんだよ。200ポイント勝たなきゃ降級の酒井君(酒井一興)が起家で、楽勝で昇級の俺と一馬君(石井一馬)、そして大きく負けなければ昇級石﨑さん(石﨑光雄)がいて。ドラは白だったんだけど石﨑さんが3巡目に東を二鳴きするのよ。俺は大した手じゃないのにその仕掛けの後にドラの白を切って石崎さんにポンされて。無理するようなポイントじゃない俺がドラを切る必要なんてないじゃん。それくらい前がかっちゃってたんだよね。結局その局は親からすぐリーチが入ってメンピン一発ツモドラ1って言われて、その次局も早いリーチで6000オールツモられた。そこからもう崩れていったね。

麻雀はメンタルゲームとも言える。ミスをしてしまっても構わず局は進んでいく。その中でどう自分を立て直していけるかというのも非常に大事になってくるが、この日、吉田は開局のドラ切りをきっかけに冷静な判断ができなくなったのかもしれない。

3回戦目の東1局ドラが、俺は起家で西家の酒井からという河でリーチが入ったのよ。一馬がピンズホンイツ気配でピンズがやや高い状況なんだけど、俺はそのリーチを受けてションパイのの中からどれかを選ぶか、今対子になったを選ぶか、中スジのを選ぶかの三択になったの。一馬が字牌を持っていそうだから字牌を選ぶのもあるんだけど、切りがほぼノータイムだったから、リャンメンリーチだろうな、最低ドラ1はありそうだなと読んだ。2枚ある切りも頭をよぎったけど、今一番通りやすそうなのはだと思って一発目に切ったら、それがリーチ一発七対子オモオモウラウラで16000の放銃。あの瞬間は声が出なかった。「ハイ」って言ったつもりだったけど、声になってなかったように思えてもう1回「ハイ」って言い直した。

不運な放銃にも思えるが、5s切り以外の選択もあっただけに避けられたかもしれない結果である。そんなときに限って上昇のきっかけになるアガリを拾うこともできず、吉田はこの日4着を4回という不名誉な結果を残し、目の前に見えていた昇級を逃した。敗因はどこにあったのだろうか。

一昨年(2019年)も『(飯田正人杯 最高位戦)Classic準決勝で2連勝スタートのあと大きくマイナスして敗退していて、過去には王位戦もベスト28で大コケしたんだよね。「ここさえ凌げれば!」っていう大事なところで勝てないの。今回のリーグ戦で改めて痛感したのは、自分の思いがあまりに強すぎるってこと。今まで悔しい思いをした分、自分流の麻雀を打って首位で昇級して周りを認めさせたいってそれだけ考えちゃうんだよね。そういう考え方をしてるから大事な場面で4連敗したりするんだと思う

普段は俺って結構守備的に打つじゃない?でもいざ大事な場面になると、エイヤッ!って前に出ようとする昔の自分が出てきちゃうの。直したくて、土田さんにどうしたらいいですかって相談したことがあるのよ。そしたら、もうそういう人間なんだから治らないって言われちゃった。でも麻雀を通じて自分は荒くなったり前のめりになっちゃったりする人間なんだって知ることができたんだからよかったじゃない、これから先の人生で気を付ければいいんじゃない?」って。確かにそうだなと思ったよね。

 

土田浩翔から授かった麻雀で天下を獲りたい

最後に、プレイヤーとしてのこれからの目標を聞いた。

俺の麻雀打ちとしてのテーマであり目標は、美しく打って美しく勝つこと。同卓した人に「また打ちたいな」と思ってもらえるようなプロになりたい。所作と発声と姿勢は常に一番であるよう心掛けてる。強い人はいくらでもいるけど、勝ちにこだわるより魅力的な打ち手でありたいな。勝ちはいらないのかって?勝つってなに?最高位を取るとか?背景やストーリーがないと勝ってもうれしくないよね。どういう人生を歩んでいるかで勝利の重みは変わってくるから、俺は良いストーリーを持った選手になりたい。つらいことや後悔することなんてたくさんあるけど、それがあるから次の喜びが倍増したり生きる活力になるってことを僕らは知ってるから

「勝ちたい」。そんなことは誰にでも言える。吉田の目指す先はただの「勝ち」ではなく、「美しく勝つ」ことだった。その理想に少しでも近づくために彼は今まで悩み、苦しみ、幾度となく挫折を味わってきた。だからこそ次の勝利は誰よりも美しい勝利となるに違いない。

やっぱり、土田さんから授かった麻雀で天下を獲りたいとは思うよ。その麻雀を表現しつつ、自分しか魅せられないような、歴史を変えるようなツモアガリをしていきたいそれから勝っても負けても美しく。俺が麻雀打ちとして生きている意味はタイトルを取ることやお金持ちになることではなく、生きている間にどれだけ素晴らしい勝負ができるか、その勝負ができるライバルや仲間に出会えるか。

少年の様な笑みを浮かべて夢を語る吉田は、今も衰えぬ輝きを放っていた。かつてのカリスマは「美しい勝利」を求めてこの先も闘い続ける。龍とともに。

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