(インタビュー・執筆:成田裕和)
石井一馬、それまでの最高位戦の常識を覆す、鳴きを多用するスタイルで20代の間に複数タイトルを獲得した若きトップ選手である。
先日A2リーグに復帰を果たした石井に、タイトル獲得の遥か昔から知る中嶋和正の印象を尋ねると、いつものいたずらっぽい笑顔でこう答えた。
石井 「中嶋?モブキャラ感あるよね。だって、強そうな感じしないじゃん」
【モブキャラクター】
モブキャラクターは原則として名前を持たず、「群衆」として扱われる。漫画やアニメの中で、名前が明かされるキャラクターの背景に描かれる、偶然そこに居合わせた通行人達などが、モブキャラクターの典型的な例である。略してモブキャラともいう。
(wikipediaより)
デビュー当初から輝かしいタイトル獲得歴を誇り、メディア露出も多く、若くして著書まで出版した石井が少年漫画のド派手な主人公なら、確かに中嶋は地味なモブキャラなのかもしれない。
石井「でも、中嶋は麻雀強いよね」
ともにネット麻雀からA1リーグまで上り詰めた経験を持つ石井のこの一言が、何よりの証明だろう。
この男、モブキャラにしてツワモノ。
中嶋 和正(なかじま かずまさ)
最高位戦選手ページ https://saikouisen.com/members/nakajima-kazumasa/
Twitter https://twitter.com/kazumasa216
11月初旬。待ち合わせ場所の上野駅で待っていると、中嶋が姿を現した。5年程前から転勤で長野に在住しており、今回連休を取って東京に帰ってきていたところだったという。
「ぼく、あまりおもしろいこと言えないし、しゃべり得意でもないから、うまくまとめてね!」とはにかむ中嶋。喫茶店の一角で取材が始まった。
将棋のプロを目指した幼少期
中嶋は埼玉県で生まれた。小さい頃はとにかく将棋にハマっていたという。
将棋のプロになろうと思って、3歳から始めたんだよね。当時はめちゃくちゃ勝ってて、敵なしだったと思う。小学校2、3年生くらいの時かな、小学生の部で竜王獲ったりしてたね。けど、学年が上がるにつれて負けるようになって。当たり前なんだけど、学年が上がるにつれて強い人出てくるじゃん。そこで踏ん張れなかった。「楽しくないなあ」「つらい」が前面に出ちゃって。結局小学5年に上がる前に辞めちゃったんだよね。
おそらく麻雀プロの中でも、プロを目指してこんなにも早く将棋を始めたのは中嶋が初だろう。今でも将棋を嗜むほど、業界内では愛好家として知られている。やがて親が転勤族だったこともあり、中学・高校は千葉県の進学校へ。帰宅部となり、ゲームセンターに入り浸る日々が続く。格闘ゲームの『キングオブファイターズ』がお気に入りだったそうだ。
ゲームが好きなんだよね。格闘ゲームはそんなに考えなくてもできるゲームだけど、どっちかっていうと少し考える系のゲームが好き。中高時代はゲームと勉強、って感じだったなあ。ちゃんと勉強はして大学にもいったからね。
それもそのはず、中嶋は慶應義塾大学に入学するほど優秀な頭脳の持ち主。適度に遊びながら勉強にはしっかり取り組んでいたようだ。やがて大学入学後、麻雀と運命の出会いを果たす。
仲間内で麻雀してたのは最初だけで、とにかくフリー雀荘で打ちまくる日々だった。(大学のある)日吉の麻雀店に入り浸って朝から晩まで打ちまくってさ。何軒か麻雀店のバイトもして、とにかく麻雀三昧の大学生活だった。
そんでよく行ってた麻雀店の知り合いに、「競技プロが多く集まる大会に参加してみないか?」と言われて、興味本位で行ってみたら、そこでずんたん(村上淳)やけんちゃん(園田賢)と出会って、勉強会なんかもして一緒に打っていたのが最高位戦を受験するきっかけだった。その頃は自分が強いと思ってて、鼻が伸びてたね。それをポキッと折られた感じ。
大学で覚えた麻雀にのめり込み、麻雀漬けの日々を送ってきた中嶋だったが、学業を途中で投げ出すことなく、7年を要したが無事に卒業しメーカーに就職。中嶋と話していると、根が真面目なのだとすぐにわかった。
ネット麻雀により培われた「鳴き」
中嶋といえば、A1リーグ随一といわれるほど、鳴きを多用する打ち手として知られている。麻雀における「鳴き」は技術介入要素が強く、簡単に身に着けられるものではないが、いったいどこで学んだのだろうか。
社会人になって少ししたとき、『東風荘』っていうネット麻雀を始めたんだよね。それがきっかけだった。レーティングっていう実力を示す物差しみたいなものがあるんだけど、当時のプロの中だとトップだったかな。バッシー(石橋伸洋)よりいい成績だったと思う。
東風荘の何切る?何鳴く?掲示板みたいなものがあって、そこでよく最高位戦選手やネット麻雀実力者の方と検討してたね。
東風荘は1997年にサービスが開始された、ネット麻雀の先駆けだ。今や「MJ」「天鳳」「雀魂」など様々な麻雀アプリが増えたが、東風荘以前は対CPU戦が主流だった。それが、東風荘の登場でがらりと変わる。対人戦でプレイ料金が無料ということもあり、当時はかなり人気があったという。
ハンドルネームは「理不尽大王」で、当時好きだったプロレスラー・冬木弘道選手のキャッチコピーから取ったんだよね。冬木選手はヒール(悪役)で、ほんとはベビーフェイス側(善玉役)の選手のコピーを使いたかったんだけど、それはすでに東風荘で使われてて登録できなかったから「理不尽大王」にした。でもこういうのって使ってると愛着湧いてきて、結局天鳳でも「理不尽大王」関連のハンドルネームにしてたね。
東風荘で好成績残してたら、Googleの「理不尽大王」検索で冬木選手本人よりぼくの麻雀アカウントの方が上に来るとこまできたりして、プロレスは中学のころから大好きだったからこれはうれしかったなあ。
意外なルーツのハンドルネーム「理不尽大王」はネット雀士の一人として、石橋伸洋、石井一馬、佐藤聖誠ら同団体の猛者や、東風荘の強豪たちと鍛錬を積んだ。その成果が表れ、リーグ戦も順調に昇級。5年ほど前からA1リーグに在籍している。
A1リーグといえば、麻雀プロの大半が夢あこがれる放送対局の場所でもある。
今は昔と違ってABEMAやスリアロで配信があるじゃん。A1リーグだとオープニング動画があってさ、そこで確か賢ちゃん(園田賢)とぼくが鳴いてアガる場面があると思うんだけど、賢ちゃんは緑一色アガってるのに、ぼくは4フーロの裸単騎、しかもイッツーのみだからね。どんなイメージやねん!って。
本人としては納得がいっていない様子だが、観戦者としては不思議な納得感もある。実際にリーグ戦を観戦してみると、中嶋はどんなに手が悪くても第一打に字牌から切ることが多い。真っ直ぐにアガリを諦めない積極性、強気でロジカルな鳴きが中嶋の真骨頂だ。攻めっ気のあるスタイルで勝ち上がってきた中嶋だが、配信におけるトークはかなり緊張するらしい。
人前で話すのが苦手なのもあるけど、画面の向こうでいろんな人に見られてるんだなあって思うと、ほんとに緊張するんだよね。オープニングトークなんか、毎回早く終わってくれって思ってるし。麻雀は集中してるから大丈夫なんだけど、トークはほんとに慣れないんだよなあ。
この辺りも、何やらモブキャラ気質が見え隠れする。取材中はいたって普通に話していたが、どうやら大勢の前で話すのが昔から苦手らしい。配信対局の際には、オープニングトーク直後に緊張から解き放たれた中嶋の様子に注目してみると違う楽しみ方があるかもしれない。
話すことに慣れるため、人狼イベントに参加
自身で「人前で話すことが苦手」と言い張る中嶋だが、趣味は意外なものだった。
趣味は人狼だね。実はけっこう前からハマってて、なんだかんだで10年くらいやってるかもしれないなあ。日本プロ麻雀協会の武中(武中真)に誘われて、スリアロの人狼配信にも出るようになってさ。人前でしゃべるの慣れるために参加してるのもあるけど、それ以上に人間関係ができたことが大きいかな。一歩踏み出してなかったら絶対会えない人たちと交流できたりするしね。人前に出るのいつも緊張しながら、しっかり楽しんでるよ。
人狼を嗜む麻雀プロは多く、同団体でもMリーガーの瑞原明奈、最高位獲得経験もある新井啓文などが有名で、人狼スリアロチャンネルでたびたび放送されている。中嶋は普段のおとなしい性格からは別人のように、頭脳を生かした論理的な語り口で視聴者を楽しませている。冷静に淡々と語ることから声量が小さく、「中嶋専用マイク」が導入されたこともあったが、しゃべるタイミングでマイクを口元から離すという「マイク芸」で、視聴者の笑いを誘ったこともある。
五反地清一郎(日本プロ麻雀協会)に腹太鼓される中嶋を見られるのも、この人狼スリアロチャンネルならではである。
そんですごいのが、人狼を始めて何年かしたときに、将棋やってたころのライバルと15年ぶりくらいに偶然再会できたんだよね。今その人はプロ棋士なんだけど、お互い違う道で選手を続けてこうやって会えて、嬉しかったのを覚えてる。
お互いプロとして突き進んだ、厳しく険しい道。共通の趣味によって再会できたことに喜びを噛みしめていた。
仲間とともに歩み続ける選手人生
中嶋は最高位戦に入会して12年。短くない選手生活を続けてきた中で、仲の良い選手はいるのだろうか。
よく会ったり練習したりしてるのは、キヨさん(醍醐大)とかいっしー(石田時敬)、あいしょー(藍島翔)だね。お互い会社勤めってこともあって時間が合いやすいから、練習は大体このメンツ。あと、たまにキヨさんの家にいってごはん食べたりすることもあるなあ。キヨさんと違ってぼくは全然料理できないけど。自分で作ったカレーが死ぬほどまずくて、それ以来料理しなくなった。キヨさんは料理上手くてほんとうらやましいよ。
一人暮らし歴も長いという中嶋。器用そうに見えるが、料理はからっきしのようだ。
最高位戦の仲間との練習や人狼イベントへの参加など、様々な交流を大切にしてきた中嶋だが、団体の中堅となった今、若手選手に伝えたいことがあるという。
今は麻雀プロになる人が増えて競争は激しくなっているけど、昔より今の方が強くなれる環境は整っているからね。だからこそぼくも含めて淘汰していってほしい。ぼくも負けていられないって思うよ。
あと同期とは交流を持っていて絶対損はない。同期が活躍しているの見るとさ、「あいつ頑張ってるな」とかモチベーションにもなるしね。同期だと浅井(浅井裕介)とかジュウザ(中村英樹)とか、他にもいるんだけどいまだにけっこうみんな仲良くて、たまに集まって飲んだりしてる。先輩との絡みも大切だけど、同期のつながりは大切にしてほしいな。
麻雀という素晴らしいゲームを通じて出会えた仲間を大切に。若手プロのみならず、麻雀に通ずる全ての方々へのメッセージとして受け取った。一方で、中嶋は別れなければならない仲間がいたことについても語り始めた。
麻雀プロを長いことやってるとさ、色んな理由で選手を続けられない人たちとの別れもあるよね。特に死別はつらい。まず、にせん(仁専寛史)ね。仁専はぼくに麻雀プロになることを勧めてくれたんだよね。ちなみに、ぼくの「ゆとり」っていうあだ名はにせんが付けた。たぶん、色々ゆとってたんだろうね(笑)
あと、いわおちゃん(田中巌)ね。人狼を始めたのもいわおちゃんに勧められて試しにやってみたのがきっかけだった。元々一緒に旅行に行くぐらい仲良かったんだけど、人狼でさらに仲良くなった感じ。たぶん性格が似てるから、お互い居心地がよかったんだと思うなあ。穏やかというか、まあやっぱり「ゆとり」なのかもね。いわおちゃんとは人狼の考え方は似てるんだけど、麻雀の話は一切噛み合わなかったなあ。いわおちゃんはどっしり門前で構えるタイプで、ぼくとは全然違ったからね。
何かの理由で選手を続けたいのに続けられなかった人ってたくさんいると思うんだよね。そういう人の分もって言ったら大げさかもしれないけど、ぼくは今打ててるわけだからひとつひとつ大事に打っていくしかないよね。
中嶋が仲間を大事にする、そしてひたむきに麻雀と向き合う、その背景が少しわかった気がした。出会いがあれば別れがある。だから一期一会の麻雀は尊いし、そこで出会う仲間は何にも代えがたいものなのだろう。
サラリーマン麻雀プロとして挑む毎日
中嶋は發王位を二度獲得し、Aリーガーとして活躍してきた。次に見据えているのはもちろん最高位だという。数年前には最高位決定戦に進出するなど、あと一歩のところまで来ているだけあって、もう一度あの舞台へーその気持ちは誰よりも強い。サラリーマンとして働きつつリーグ戦のたびに長野から通う生活が続く中嶋だが、稽古は十分できているのだろうか。
麻雀プロ一本で食っていくことも考えたけど、会社員は続けていくつもり。自分が生活していくためでもあるしね。最近、会社員と両立している選手も増えてるよね。その道しるべじゃないけど、これからもサラリーマンとして働きながら麻雀と向き合っていくよ。
稽古に関しては、昔は打数をこなしていたけど、今はかなり打数が少なくなった。今は配信も始まって、自分の麻雀を見直すことができるようになったから、それを中心にやってるかな。対局が終わった後、電車で帰るときに一通り見直してひとり反省会してるよ。
リーグ戦のために行き来する電車の時間を活用し、効率よく自身の麻雀を振り返るデジタルな一面も見せる。動画や戦術本など便利な麻雀学習ツールが増えた現代において、中嶋は強者に意見を聞くほかに、「まずは自分で仮定して検討する」ことで自身の雀力の「幹」を太くしてきたという。
やっぱり大事なのって自分の頭で考えることなんだよね。まずは自分で考えて、そのうえで強者に意見を聞いたり、確認作業に入る。最初から人に聞くのって、強くなれないと思うんだよね。おっ、今いいこと言ったんじゃない?ここ書いてね。
―自分の頭で考えてから人に聞けー
自分の頭で考えたことは人から聞いたことよりも忘れにくく、頭に残りやすい。当たり前に思えることだが、一番意識している点だという。中嶋のプロフェッショナルとしての流儀だ。
中嶋は今期もA1リーグを懸命に戦い抜いた。しかし奮闘虚しく最下位となり、A2リーグへ降級。取材時には残り2節が残った状態で、「相当厳しいけど、頑張るしかないよね。まだ諦めていないから!」とはっきり口にしていたが、残留は叶わなかった。本人は明るく振舞っていたが悔しくないはずがない。
後日、降級が決まった直後におそるおそる中嶋に追加取材を依頼すると、私の心配とは裏腹に明るい声で快諾。今年のA1リーグを総括してくれた。
今年のA1リーグでは、ポイントがないときの打ち方が反省点かな。ターゲットとの差と残り回数を考慮して選択を決めていくんだよね。例えば仕掛けの判断で微妙なやつとかだとターゲットが上家なら鳴くけど下家なら鳴かないとか。でも、今年はそういうのをちょっと意識しすぎたかなって。
もう一つ反省してるのは、大振りの手組みをしたときの押し引き判断。普段小ぶりの手組みが多いから、ちょっと経験不足な感じだった。
もうしっかりと反省点を整理し、次を見据えていた。最高位戦の猛者が巣くう「魔境」A2リーグを鋭い鳴きで颯爽と抜け出し、再びA1リーグでひたむきにアガリへ向かう姿をファンは待っている。
最後に、2019年1月、第27期發王戦で2度目の發王位に輝いた中嶋和正の優勝コメントを紹介して結びとしよう。
「実はAリーグに上がってから、公式対局で近藤誠一さんに勝ったことが一度もなかった。今回も最後に追い詰められて本当に強いなと感じたが、なんとか勝つことができました。前回優勝した後は、リーグ戦も1位で突破して決定戦に進出できた。今年も發王位として、これに留まらず活躍できるように頑張ります」
実直に謙虚に答える中嶋の姿は、確かにド派手な主人公という感じではない。
サラリーマン雀士・中嶋和正。社会の荒波に揉まれてきた彼は、穏やかな性格の内に秘めたる闘争本能を燃やして、これからも1牌1牌に食らいついていく。
史上最強のモブキャラは、主人公への下克上を静かに狙っていた。