(インタビュー・執筆:成田裕和)
私がまだ最高位戦に入会する前のことである。ABEMAで麻雀番組『麻雀駅伝2018』を見ていると、眼鏡をかけた真面目そうな男が、親の仕掛けに対し打牌選択を迫られていた。
日本プロ麻雀連盟公式ルール(一発裏無し)東4局 ドラ
ツモ
カンのタンヤオイーペーコードラ1のテンパイを続行するか、を切ってのソーズ多面張のメンタンピンイーペーコーのコースを残すか。はたまたを切って強気にリーチもあるか。さまざまな選択肢がある、悩ましい手牌である。
少考したのち、その男はをツモ切った。数巡後、山に手を伸ばして持ってきた牌は、アガリ牌のカン。力強い2000/3900のツモアガリだ。ツモった牌が嬉しそうに跳ねる。解説者が口々に絶賛する。その後も淡々と打牌を積み重ね、半荘をトップで終えた。残りのメンバーに運命を託す。
数日後にすべての対局が終了し、最高位戦は見事大逆転で麻雀駅伝2018優勝を飾った。
正確無比な打牌を着実に積み重ねていく、安定感のあるバランス型の麻雀スタイル。
常に冷静で、勝負所で見せる麻雀に熱い一面。
その男に、私はいつしか興味を持つようになっていた。
時は巡って2020年10月某日。自宅を出ると、今日はあいにくの雨模様。
平日のせわしない電車を乗り継ぎ、待ち合わせ場所の最寄り駅である赤坂見附で降車する。
「強い麻雀プロはだれか?」という問いに対し、団体内外を問わず真っ先に名のあがる男。
A2リーグ所属、水巻渉(みずまき わたる)
最高位戦選手ページ https://saikouisen.com/members/mizumaki-wataru/
Twitter https://twitter.com/mizumakiwataru
「失礼します、成田です!」赤坂の麻雀店『あかまる』を訪ねると、営業準備をしている店主の姿が見えた。水巻である。
「今日はよろしくね!飲み物なんか飲む?」
直接会うのは3度目だが、変わらずさわやかに受け答えしてくれた。
水巻から受け取ったアイスコーヒーを飲みながら、取材の準備を整える。
『競技麻雀の教科書』『絶対バランス』の異名を持つ水巻。
いったいどんな話を聞かせてくれるのだろうか。
多くの麻雀プロを輩出する地、新潟で生まれ育つ
水巻は新潟県柏崎市生まれ。新潟といえば、『牌流定石』金子正輝の出身地であるとともに、プロ連盟の滝沢和典、魚谷侑未、プロ協会の五十嵐毅、堀慎吾など、数々の有名な麻雀プロが産声を上げている地だ。
小学校はミニバスと陸上に熱中。中学校時代は棒高跳びの選手として全国8位の実績を誇る選手だった。
一応結果は残せたんだけど、背も伸びなかったし、棒高跳びは中学で辞めちゃったね。高校は帰宅部だったよ。その時に親父から教えてもらった麻雀を本格的に始めたんだよね。実家に離れがあって、そこでしょっちゅう高校の友達とやっててさ。同時に麻雀のマンガや近代麻雀を読み漁って、麻雀にどんどんハマっていったね。大学入ってもずーっと麻雀してた。
高校から麻雀にのめりこんだ水巻。やがて日大の経済学部に入学し、より麻雀に全振りすることとなる。フリー雀荘に入り浸る日々が続いた。そこで転機を迎える。
その時の雀荘の知り合いに、「最高位戦のリーグ戦見に行ってみない?」って言われて、興味津々で見に行ったんだよね。そのときに出会ったのが、ずんたん(村上淳)、誠一さん(近藤誠一)だった。他の人は俺でも倒せそうだなあ、なんて思って見てたんだけど、この二人はもう強さが滲み出てたね。うわ、この人たちと打ってみたい!って思ったよ。プロになってからは、ずんたんなんて当時住んでる場所が一駅しか違わなくて、お互いお酒も好きだったからすぐ仲良くなった。いつも飲みにいってたね。
このリーグ戦観戦を機に、水巻は最高位戦の門を叩くことを決意。一発合格し、大学4年のころから麻雀プロとして活動し始める。吉祥寺の麻雀店でスタッフとして働きつつ、麻雀に打ち込む日が続く。
散々麻雀やってたけど、大学はちゃんと4年で卒業したよ。ここ大事。でも、就活もせずに、5年弱くらいそのまま雀荘で働いてた。そのあとは何店舗か働いて、今の『赤まる』に至る感じ。
プロ活動は、C2リーグからスタートして、順調に昇級できて。その時はBリーグも一つしか無くて、順調に昇級を重ねていたころに、マスターズ(日本プロ麻雀連盟主催)のタイトルを獲れちゃったんだよね。そんですぐAリーグに上がれて、飯田さん(飯田正人永世最高位)、金子さんらレジェンドの人たちと戦うことになって。良い一年だったなあ。
順風満帆だったプロ生活。当時から水巻の強さは抜きんでていた。その後最高位戦のビッグタイトル第17期發王戦で優勝。22期、23期も優勝し、着実に結果を残していくのだが、その中で思わぬハプニングもあった。
いつだったかな、忘年会で調子乗っちゃって、カラオケ店でアキレス腱切っちゃったんだよね。そんで翌年の發王戦決勝(2014年・23期)、松葉杖つきながら対局に臨んだよ。あれはやっちゃった思い出だね。
麻雀では絶対バランスを誇る水巻。なんとカラオケ店ではバランスを崩してしまい、アキレス腱に痛恨の放銃となってしまった。たまにお茶目なところも見せてくれる。そんな水巻が最高位戦同期の話をし始めた。
同期はもうみんなやめちゃって、たったの3人になっちゃったね。寂しいけど、でも本当にいい仲間に恵まれたと思う。最高位戦の魅力って、やっぱり人なんだよね。自然に先輩方から受け継がれてる文化だと思うんだけど。もちろんみんな麻雀に熱いんだけど、偉そうにしないというか。どこか謙虚なんだよなあ。同期はもちろんだけど、先輩方には本当にお世話になったよ。
左から同期(23期)の浅野剛、いわますみえ、そして水巻。20年在籍の表彰時。
私も今年2月に入会してから、本当に多くの先輩方、そして同期の皆さんにお世話になっている。あたたかく、それでいて個性溢れる方々ばかりだ。タテとヨコのつながりが濃い団体であることを、水巻自身も肌で感じ取っていた。
団体戦でラスを引いたら死にたいくらい申し訳ない
さて、水巻といえば、数々のタイトルを獲得してきた実力者だが、そのなかでも印象に残っている対局はあるのだろうか。
いろんなタイトル戦の決勝とかは思い出に残ってるんだけど、やっぱり2016年の麻雀団体対抗戦(麻雀プロ団体日本一決定戦)と、2018年の麻雀駅伝かな。この二つは震えたよね。ラス引いたら死にたいくらい、申し訳なさでいっぱいになったし、逆にトップとったとき半端なく嬉しかった。
2016年は最高位戦ルール、2018年は連盟Aルール(日本プロ麻雀連盟公式ルール)で打たせてもらったんだけど、やっぱ特別な経験だったよね。団体対抗戦は負けてホントに悔しかったけど、麻雀駅伝では誠一さんとずんたんの猛攻で逆転優勝を果たせたんだよね。その時の控室の盛り上がりといったらもう、今でも覚えてるよ。二人の選択、神懸かってたからね。ああいう団体戦で打たせてもらったことは、大きな財産になったし、思い出に残ってるよ。
第二回麻雀駅伝優勝メンバー。東風戦を園田賢(写真左から一番目)、連盟Aルールを水巻・坂本大志(写真左から2番目・右から1番目)、三人麻雀を朝倉康心(写真右から2番目)、そしてRTDルールを近藤誠一・村上淳(写真中央)の黄金リレーで、見事優勝を果たした。最高位戦道場には、この優勝プレートが飾られている。
私がテレビ越しに見ていた、あのカンをツモり上げた2018麻雀駅伝。3着、4着ときていたところでの意地のトップだった。
時を超え、インタビューでこの話を伺えたことに、喜びを感じざるをいられない。
2018年に優勝した際の水巻の思い出の一局がこちら。
URL_YouTube『ひなたんの麻雀する?しない?』
https://www.youtube.com/watch?v=7WK_ehlBt7E&t=245s
やればやるほど麻雀わかんなくなる
このように圧倒的勝率を誇る水巻。みなさんが気になるであろう、強さの秘訣を聞いた。
特に何をしてるってわけではないけど、若いときは、とにかく強い人の後ろ見をしていたね。しかも見るだけじゃなく、疑問点は絶対に聞いてた。終わったあとは選手と飲みながら永遠と麻雀の話。感想戦もたくさんして、強者の思考を取り入れていってた。
なるほど、水巻は吸収力が抜群なのだなと実感した。と同時に、情報の取捨選択が上手いのだろう。そうやって自分の絶対バランスを固めてきたのかもしれない。
あとは、私設リーグで実践を積み重ねていることかな。『ばかんすリーグ』では多井さん(多井隆晴)、大志(坂本大志)、ばっしー(石橋伸洋)、ずんたんの5人でやってて、たまにたろうさん(鈴木たろう)が入ってきたりとかする。昔はずーっと最高位戦ルールでやってたけど、今はMリーグルールでやったりして、さらに幅を広げてる。
『VS研』は最高位戦選手のみだけど、きよだい(醍醐大)、賢ちゃん(園田賢)、アサピン(朝倉康心)、ずんたんとかをはじめ、ほんとに強い選手ばっかりで、どちらのリーグもホントにいい実践の場になってるよ。みんなとてつもなく強いしね。
VS研は私も何度か見学させてもらったことがあるが、上位リーグの有名選手が名を連ねており、メンツがとにかく濃い。一局終わるごとに手牌を開き、写真撮影。半荘が終わった後、討論に入るといった流れだ。毎回討論は熱を帯び、昼12時から始まって気づけば夜23時頃までやっていたことも。
本当に長いね。しかも、やればやるほど麻雀わかんなくなってくるよ。押し引きなんて特にそう。最近インターネットの普及でデータ面も見直されてきたけど、やはり対人ゲームな以上、同じシチュエーションと手牌なんてほとんどない。その都度考え続けなきゃいけないからね。昔の方が「こんなんこっちでしょ!」って、もっと自分に自信を持って打てていた気がするなあ。雀力は確実に上がってると思うけど、歳もあって記憶力も体力も低下してきたし、「これって本当に合ってんのかな?」って悩む局面も増えたね。
―やればやるほど麻雀わかんなくなるー
長年競技麻雀界の最前線で戦ってきた男が口にした言葉。それほど、麻雀は奥深く、繊細で、悩みがつきない競技であることを実感する。
ほんとリーグ戦4半荘目とかさ、もうクタクタだよ。脳はどんどん衰えていくのを感じてる。最近元太(竹内元太)に登山誘われててさ、「後半バテなくなったからおススメっすよ」って言われて、今度行こうかなって思ってるよ。俺とかずんたんは、だいぶ軽めな山になりそうだけどね。
現在44歳。体の衰えを感じる場面が増えた今、さらなる高みを目指し、さまざまな試行錯誤を続けているようだ。
強いと思う選手は同リーグのライバル
団体内外と問わず、評価の高い水巻。麻雀遊戯王の企画、『Mリーグチームを作ろう!』では、必ずといっていいほど名が挙がるほどだ。そんな水巻に、逆に「今、強いと思う選手」を聞いてみた。
いろんな団体があるけど最高位戦の若手でいうと、同じリーグになるけど、やっぱり元太、浅井(浅井裕介)だね。強いなと思うところは、二人共通で、今この状況下で何をしたら1番得かってことを的確に判断して、そしてそれをやり続けてくるとこかな。この二人はもうA1リーグいっても全然おかしくないよね。
あとは若い子全然知らないなあ。自分からあんまり若い子に全然声かけないのもあるけど。これからどんどん抜かれていくんだろうな、って思う。
同リーグのライバルを口にする水巻。確かに、名の挙がった二名は上位リーグやタイトル戦で活躍目覚ましい実力者だ。対戦相手へのリスペクトが感じ取られる。同時に、負けたくないという気持ちも言葉の片隅から漏れているように見えた。
趣味はお酒と○○応援!?
ここで少し麻雀の話から離れ、趣味について聞いてみた。
基本はお酒好きだから、飲みに行くのが一番楽しいよね。ビールと焼酎が好きで、昔はよく朝まで飲んでたなあ。今は疲れちゃうからあんまり深酒もしないけどね。
あとは10年前くらいからかな、ももクロ(ももいろクローバーZ)にハマっちゃってさ。アイドルなんて好きになったこと一回も無かったんだけどね。今は落ち着いたけど、熱狂してた時は全国のライブとにかく申し込んでたよ。ちなみに箱推し兼かなこ推し(百田夏菜子)だね。
自身のお店『あかまる』の玄関付近には、かなこのポスターが二枚。そして今日のコーデも、ももクロ×北斗の拳がプリントされたTシャツである。徹底してかなこ一色。かなこ清一色である。
かなこはね、太陽だよね。ちょっと抜けてるところも好き。なんなら多井さんと二人で武道館ライブ見に行ったこともあるし。もうね、今は彼女たちが頑張っているのを見ると感動して泣いちゃったりしてさ、もう完全にお父さんの気持ちだよね。
とにかくかなこ愛が溢れて止まらない。上の写真は数年前のペアマッチの時のものだが、もはやここがライブ会場かと錯覚するほど、完全にファンモードである。
いつかまた、水巻の気合のこもったももクロ衣装が見られるに違いない。
間違えないところを見てほしい
ここで話を麻雀に戻す。水巻に今後の目標を聞いてみた。
目標はやっぱりA1リーグ昇級かな。なんとしても昇級したいよね。なんかA2リーグなのに「最高位なります!」っていうのもおこがましいというか。まずは昇級してからだね。
リーグ戦って1節4半荘あるじゃない。その4半荘を自分の納得いく麻雀を打ち切れればこの上なく嬉しいし、それはもう何事にも代えがたいんだよね。その積み重ねを着実にしていきたい。
11月15日現在、A2リーグ第11節終了時の成績。水巻は前節で惜しくも敗れ、残り1節で大逆転のA1リーグ昇級なるか、といったところ。最終節は11月22日(日)。最後の4半荘に魂を込める。
では、自身の麻雀で見てほしいポイントはどんなところなのだろうか。
強い強いって言われるけど、いたって普通の麻雀なんだよね。だから、あんまり特徴も無いし、ここ見てください!っていうポイントもないかな。普通の麻雀が売りっていうのもおかしいけど、そうなっちゃうね。強いて言うなら、「間違えないところ」を見てほしいかな。
自身の麻雀を「普通の麻雀」と言い切る水巻。強い選手は何かと抜きんでた特徴があるものだが、「普通」の麻雀、ミスの少ない麻雀は、思っているより遥かに難しい。麻雀は運要素もあるが、ミスが少ない人が勝つゲーム。「間違えないところを見てほしい」とさらっと言えるのは、長年の経験が培った強靭な雀力からくるのかもしれない。
でも麻雀っておもしろいよね。最高峰のA1リーグでも、大志、きよだい、ずんたん、誠一さん、賢ちゃんとかいろんな人がいるけど、みんなタイプが違うのにあんなに強いってすごいよね。むしろ普通の人がいないくらい。
確かにA1リーグは、個性溢れる打ち手が多い印象だ。門前でゴリゴリ行くタイプもいれば、鳴きや他家操作を多用するテクニックタイプ、ここぞという場面での踏み込みが鋭いタイプなど、本当に多種多様だ。この人たちの麻雀を見ていると、「強さ」にはいろんな種類があるのだな、とつくづくと思わされる。
そして何より、A1リーグという最高峰の舞台で、水巻のバランス良い、丁寧な麻雀を熱望するファンはかなり多くいるはずだ。今後の昇級に向けた一挙手一投足に、踊る心、止まらない。
坂本現最高位の努力を見続けて…
最後に「どういう人が麻雀が強くなれると思うか」という質問をぶつけてみた。
すると、水巻の声のトーンががらりと変わった。力強い声が口から放たれる。
いろんな技術を身に着けることも大切だけど、強くなれる人はやっぱり、日々情熱を持って、「継続」できる人だと思う。大志(坂本大志)なんてまさにそう。日々麻雀に打ち込んで、結果に恵まれなくても、努力を「継続」したからこそ、今最高位になってるよね。ほんと尊敬しているし、俺も見習わなきゃなって思う。おれもプロ生活20年くらいしてきたけど、これだけは忘れずにやっていきたいって、いつも思ってる。
競技麻雀界で第一線を走ってきた男。と同時に、研究会等で坂本最高位の努力を間近で見続けてきた男でもある。
今や同志は、団体の頂点に立った。さあ、次は俺の番だ。
さらに研鑽を積まんとする水巻の目の奥には、赤い炎が静かに熱く宿っていた。
どこまでも謙虚に、努力を惜しまない水巻。ファンのため、そして自分のため。
己の「教科書」に、新たな1ページを刻み続ける。