コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.03】松井夢実 ~夢は見ない、自分の手で実らせる~

(インタビュー・執筆:梶田琴理)

 

2019年、最高位戦に新星が現れる。

 

11月。第44期新人王戦決勝の舞台。ネット配信用のカメラが設置された、静寂の対局室。女流選手で唯一駒を進めた彼女は、まだ入会1年目だ。もし優勝すれば、女性では初の新人王。周囲の目は自然と彼女に注がれる。

新人王戦の出場資格は入会5年以内の選手。配信対局には慣れていない選手がほとんどだ。重々しい緊張感が画面越しに視聴者にも伝わる。その中で淡々と打つ彼女は異彩を放っていた。新人離れした落ち着きぶり、堂々たる打ち回し。カメラが回っていることや、初の女性新人王がかかっていることなどは、微塵も気になっていないようだ。圧巻の2連勝でコールド(2戦終了時で2位との差が60ポイント以上)とし、優勝を決めてしまった。ちなみに、コールドでの新人王獲得も史上初だ。

トロフィーを手にし、感想を尋ねられた彼女。対局中に度々見せた押しの強さとは裏腹に、「嬉しいです」と一言。そして控え目に微笑んだ。

松井夢実。44期前期に入会し、新人王獲得、リーグ戦昇級、女流Cリーグ首位と、華々しいデビューを飾った。麻雀に「常勝」はないはずだが、それでも彼女の1年目を表現するならば「常勝」という言葉になるだろう。

 

松井 夢実(まつい ゆめみ)

最高位戦選手ページ→ https://saikouisen.com/members/matsui-yumemi/

Twitter→ @yumeyume0124

 

 

完全インドア派、ネット麻雀にハマった女子高生

松井は岐阜県の田舎で育った。

「おとなしい子だったかな。今もおとなしいけど。絵を描くのとかが好きだった」

中学校では陸上部で中距離走をしていた。

「体力づくりのため、かな。でもめっちゃキツかった。走るのは遅いんですよ。50メートルは10秒かかっちゃう。で800メートルとか1500メートルとかをやってました。大会で勝ったことなんてない。自分は運動オンチということが分かりました」

高校ではスポーツをする気はなくなり、書道部に入った。

「小学校のとき習い事でやってて、字を書くのも好きだったし」

絵を描いたり字を書いたりと、どうやら芸術肌の松井。今でもパソコンやスマホを使ってイラストを描くことがあるという。自身で描いたイラストをTwitterのアイコンにしていたこともあった。

 

麻雀を始めたのは女流選手にしては早い。高校1年生の時、『ハンゲーム』というオンラインゲームで麻雀を始めた。

「田舎すぎて、遊びに行く場所がなかったんですよね。カラオケまで自転車で50分とか。服屋でバイトもしてたから、終わって帰ってきたら友達と遊ぶ時間もないし。それでハンゲームをめっちゃしてた。3,000戦ぐらいはやった。チャット機能があって、当時参戦してたプロの人とかに教えてもらったりしてましたね。打って牌譜見てもらって。って言っても教わったのは牌効率ぐらいだけど。ハンゲームっていくつもアカウントを持てるから、「1回も鳴かないアカウント」とか「1回もリーチを打たないアカウント」とかを作ってました。めちゃくちゃ成績は落ちるけど、それで鳴きやリーチ判断の練習をしてた」

高校に通い、部活をし、アルバイトもしている中で費やした3,000戦という数字は、驚きに値するのではないだろうか。女子高生だった松井を、ネット麻雀の何がそこまで惹きつけたのか。

「終わりのないゲームが好きな傾向があるかな。あと、負けず嫌いですね」

戦術書を読んだことは全くない。自分で試行錯誤して、経験と体感で判断を磨いていく。それが松井のスタイルだ。

「数年後に『天鳳』ができて、ハンゲームのユーザーが結構流れていきました。私も天鳳をやり始めて、『Livetube』っていう配信サイトで生配信をしてました。黒歴史です(笑)。女子高生の麻雀配信者っていうので、当時の界隈では結構有名だったと思う。六段までいって、雀荘で働き始めてからはやめちゃいましたけど。アーカイブ?残してない!全部消しました」

 

高校卒業後、名古屋で一人暮らしをし、3人打ちの雀荘で働き始めた。

「『夢源』というお店で1年ぐらい働きました。名古屋は結構三麻も盛んですね。メンバーが良くてずっと楽しかった。週5日入ってました。今はそのお店はなくなって、違う雀荘になってます」

そして20歳の頃、「なんか、ノリで」上京する。ある日、身一つで東京に来たという。周りからすれば驚くほどの一大決心に思えるが、彼女は淡々と語る。

「新宿の『fairy』で半年ぐらい働いて、それから六本木の『さん』でウェイトレスと、渋谷の『Question』っていう東風戦のお店でメンバーをしました。その後池袋の『キングダム』で働いて、今は静岡の『Beyond』にいます」

「Questionが一番長くて、7年ぐらいいた。周りが強かったから、その期間に一番成長したと思う。お客さんも初級者の人は少なかったし、何よりメンバーが普通以上に強くて。ちょっとでも運がないと持っていかれちゃう感じでした。皆がしている会話を聞いたりはしたけど、あとはひたすら実戦。自分から質問は…まぁ聞いたら教えてくれるだろうけど、何を聞いたらいいのか分からなかった」

松井の麻雀観はネット麻雀の頃から一貫して、自分の頭で考え、実践してしっくり来たことが基準になっている。師匠や尊敬している雀士はいるのかを尋ねると、「私ごときの強さで誰が強いとか全然分かんない。皆が強いって言ってる人が強いんじゃないですか?」とあっさり。誰かの二番煎じでなく、自分自身の中で裏打ちがある判断を続けているからこそ、ぶれない強さがあるのだろう。

 

最高位戦入りのきっかけは山田独歩

最高位戦入会のきっかけは、「独歩さんに誘われたからですね」。B2リーガー、山田独歩。三代目天鳳位で、麻雀界ではプロ入り前から有名人だ。松井と同じ44期前期に入会し、彼もまた1年目にして『新輝戦』のタイトルを獲得している。松井とは天鳳のオフ会をきっかけに仲良くなったという。独歩は何故松井に声を掛けたのか。

「(松井が)名古屋から東京に出てきてかなり長く麻雀店のスタッフをしていたのを見てきたけれど、何かこうくすぶっているというか…。もちろん仕事は真面目にやっているけど、熱を傾ける場面がないように見受けられたというか。負けず嫌いな性格なのは知っていたので、競技麻雀やったらハマるんじゃないかと思って、最高位戦受けたら?と声を掛けました。手組はかなりしっかりしていると思ったので、ひょっとしたら結果を残せるんじゃないかとは思っていたけれど、まさかこんなに早く結果を出すとは」

一方の松井自身はこう振り返る。

「プロになる気は全然なかった。それまで散々勧誘されたのを断ってたし、今更って感じでした。でも、仲の良かった独歩さんに言われて、じゃあ受けるかって。競技としての麻雀はやったことがなかったけど、今はリーグ戦が楽しい。プロになって良かったなって思います」

そんな松井のリーグ戦デビューの日は、まさかの4戦連続ラスだった。全5節しかないリーグ戦の第1節でいきなり△173と大きく凹んでしまう。

「さすがに悲しかったかなー。残留を目指そうって思ってた」

しかし、最終節が終わってみればなんと昇級していた。

「その後いっぱい勝ったみたいですね。国士をツモったような気がする」

リーグ戦で役満をあがれば鮮明に覚えていそうなものだが、松井はあっけらかんと話す。

 

放銃は怖くない、圧倒的攻撃型

プレイスタイルは自他共に認める“攻撃型”だ。

「門前型というわけでも副露型というわけでもなく、とにかく和了を目指す。待ちや打点に自信があればとことん押す。放銃は怖くない。掴んだら掴んだで仕方ないので。だから波はあるけど、トップを取るときは大きいトップが多いですね」

独歩も「とにかく和了の価値が高い環境で麻雀をしてきているので、変にひよらないし、和了に対して貪欲なのが彼女の麻雀の魅力。仕掛けもするし、門前で高い打点を目指した手組もするし、オールラウンダーな方なんじゃないかな。あと、性格的に負けん気が強いのもある。結果が出ない時期があると萎えたりすることもあるんですが、なにくそ!って思える気概は持ってるんじゃないかな」と評する。

おっとりとした見た目とはギャップのある麻雀スタイルにも思えるが、彼女の対局シーンを見れば誰もが納得するはずだ。

冒頭の新人王戦の決勝戦。1回戦の東4局、松井は微差のラス目だった。自風のをポンし、早々にの聴牌。は4巡目で松井から4枚見え、が場に1枚と、絶好の待ちに見える。だが、11巡目に山田清治からリーチが入る。松井は一発目に持ってきた無筋のをノータイムでツモ切り。次巡、親の平島洋太からもリーチが飛んでくる。ここで持ってきたのは。平島の中筋、山田にはは通ってはいるものの無筋だ。これもノータイムでツモ切る。そして平島から狙い通りのを打ち取った。解説の坂本大志は「すごい…もうちょっと考えてくれないと追いつかないよ。いやぁこの辺もう、腹括れてるっていうか、すごいですね」と舌を巻いた。当の松井にこのシーンを振り返ってもらうと「このってかなり良さそうな待ちでしたよね?これぐらいは普通に押します」と涼しい顔で言ってのけた。勝負するにしても、何のためらいもなく打ち切れる選手は少ないはずだ。こういう部分が松井の攻撃型たる所以だろう。

2回戦の南3局には、威圧感抜群の仕掛けで他家に対応させて一人聴牌をもぎ取り、2着目からトップに浮上。

「ああいう威圧込みの仕掛けも結構やる。自分では和了に向かってるつもりでしたけどね。コールドにしたかったんで、トップ狙いに行ってました」

坂本も「あの局が優勝を決めた1局になったと思う」と絶賛。引き出しの多さも見せつけ、堂々の優勝だった。

「個人的には普通にやっただけ。新人王なんて獲れるわけない、獲れたらいいねって思ってて、逆に落ち着いてました。麻雀中はあまり緊張しない。緊張するのもおこがましい。緊張するほど(の時間を)費やしてきたわけじゃないから」

大物感漂う感想を話してくれた。

(最高位戦44期前期の同期メンバーと)

 

写真は新人王の祝勝会をしてもらった時のものだそうだ。松井の同期44期前期と言えば、前出の山田独歩をはじめ、入会1年目にして最高位戦Classicの決勝に進んだ多喜田翔吾、入会前の学生時代に最高位戦プロアマリーグ決勝に残った嵯峨寛彬ら、有望視されている選手が多い。黄金世代に今後なっていくのかもしれない。そんな同期たちを、松井は意識したりするのか。

「皆活躍してて置いてかれてるなぁ。どんどん昇級してってますし。意識は…あんまりしてないかな。同期の女流(羽月まりえ、生沼紗織、柴田恵里ら)には負けたくないなって思いますけど。皆で集まってご飯作って食べたりもしたし、仲はいいですよ」

取材日、松井との待ち合わせ前にたまたま渋谷で遭遇した同期の谷一貴に松井の印象を聞くと、「ツンデレ」というワードが出てきた。そのことを思い切って松井に言うと、「谷くんにデレた覚えは一度もないけど、まぁツンデレなのかな?サバサバしてるし、寄せ付けないオーラがあるっては結構言われる」とのこと。

 

取材後、松井は「百恵ちゃんの追っかけに行く」と言う。仲の良い田渕百恵が、武蔵小山の麻雀バー 『R』でゲストの日だったのだ。「お酒自体はそんなに好きじゃないけど、お酒を飲む場は好き。家では飲まないなぁ」。前期のリーグ戦で見事C1リーグへの昇級を決めた田渕のために「昇級祝いって持って行った方がいいのかな。何がいいかなぁ」と言いながら、最終的には「まぁいっか」とケロリ。あまりこだわらない性格のようだ。

(左:田渕百恵、右:松井夢実)

 

こだわらないと言えば、松井の宣材写真を撮ったときの服は「300円と500円。大須(愛知県)で買ったの」。300・500とは麻雀を意識しているのかどうか定かではないが、宣材写真には気合を入れて臨む女流プロが多い中で松井はあまりにも潔い。好きな食べ物は「からあげ、ギョーザ、カレー」だそうだ。とても庶民的である。「休みの日は絶対に麻雀はしないで違うことをしてますね。何かに没頭したいんですけど、何かないですか?」。おすすめがあれば、松井に伝えてあげてほしい。

 

1年目の活躍により、ついた二つ名は“常勝ドリーマー”。ドリーマーとは松井夢実の“夢”から来ているのだろうが、「ドリーマーではないですね。かなりリアリストだと思います。いろいろな人に評価してもらえたことはありがたいなって思ってた。でも自分では麻雀が強いとは思っていなくて、結果がたまたま出ちゃっただけ」。終わりなき道を、正面から冷静に見つめる。

 

「女流最高位を獲りたい」

次の目標を聞くと、こうきっぱりと答えた。彼女の名前は松井夢実。夢は見るのではなく、実らせるのだ。

 

 

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