コラム・観戦記

第19回 四角いジャングルの仕事師たち①

『J』が潰れて、もう1ヶ月近くになる。

 

私とケン坊は銀座にホームグラウンドを変えていたが、

 

トド松は、やはりサンマーの方がいいといって、船橋の方へ行っているらしい。

 

だから、毎日のようにサンマーを打ち合っていたトド松とは会う機会が

なくなっていたが、かわりにドンさんとは毎日顔を合わせることになった。

 

銀座はドンさんの根城なのだ。

                                                         

『J』で打っていた1年半、トド松やケン坊だけじゃない、

スーさん、リンカーン、井上(イノ)さん、田上(ター)さん、そしてマスター、

おっとそれからドンさんとも打ったっけ。

 

そういった常連達との熱い勝負が毎日のように続いた。

 

━━いい勝負だったな。

 

麻雀放浪記のセリフじゃないが、つくづくそう思う。

 

毎日が忘れがたい勝負の連続だった。

 

だが『J』がなくなったからといって勝負が終るわけじゃない。

 

銀座の新しい面々との勝負が始まるだけのことであって、

私自身はなんら変わるわけではないのだ。

 

ここにも、麻雀でメシを食っている連中は何人もいる。

 

だが、その連中は俗にいう”雀ゴロ”とか”仕事師”といった男達で、

麻雀職人といえるのは、やはりドンさんだけのようだった。

 

仕事師と麻雀職人、いったいどこが違うんだというむきも多いと思うが、

やはり格段の差がある。

 

仕事師というと、一昔前まではイカサマ師のことを指していたようだが、

現在では自動卓が普及したせいか、イカサマ師というのはほとんど

みかけなくなった。

 

だが、相変らず”下手殺し”を得意とする仕事師達は多い。

 

甘い牌が出てくるのが当然といった打ち方を見ていると、腹が立ってくる。

まるで、素人を騙して、金を巻き上げているようなものだ。

 

職人芸を見ているようなドンさんの麻雀とは雲泥の差だ。

 

ただ、勝負はどちらに転ぶかわからないところがある。

 

それが麻雀の面白いところでもあるが、所詮最後に笑うのは

麻雀職人の方である。

 

その日は、ドンさんが珍しく苦戦していた。

 

相手は、仕事師の鉄五郎に、常連の山内(ヤマ)さんと平川(ヒラ)さん

というメンバー。

 

東場で鉄五郎が、

 

 

  (チー)  ドラ

 

こんなダブ片アガリの親満をヤマさんから出アガって、勢いに乗ってきた。

 

その後もグイグイ押してくる鉄五郎に対して、

ドンさんは守勢に立たされ通しだった。

 

私は成り行きを見守っていた。

 

ドンさんが、いつ、どんなふうに、守勢から攻勢へ転じ劣勢をハネ返すのか、

そこが見たかった。

 

だが、鉄五郎の勢いは衰えを知らぬどころか、

ますます勢いを増していくかのような気さえする。

 

いったい、いつになったら反撃に出るのかみている私のほうが、

だんだんイラ立ってくるほど、ドンさんが出て行く気配はなかった。

 

そんなドンさんに、チャンス手が入ったのが、3回戦目の東ラス。

 

  ドラ

 

これが配牌、

 

ドラの対子が入っているソウズのメンツも魅力的だが、

なんといってもピンズの形がいい。

 

隠忍自重してきたドンさんだが、

このピンズの好形をみれば、いく気にもなるだろう。

 

 

第1ツモ打ち。

 

2巡目、ツモ打ち。

 

そして3巡目にを引き、一シャンテン。

 

を切り飛ばす。

 

やはり、いく気満々のようだ。

 

5巡目、ツモ

 

 

これで十分形になった。

 

局面はマンズが安く、のほうを引ければマチは

絶好のテンパイになる。

 

さすがに、この局はドンさんのアガリ、そう思った。

 

ところが、この形からテンパイが入らないのだ。

 

を少考の末、ツモ切り。 ツモ切りツモ切り………。

 

とうとう10巡目、鉄五郎から先制リーチがかかってきた。

 

を打ってのリーチだ。

 

このリーチに、

 

  

 

ドンさんから、こうふたつフーロしているヒラさんが、

一発でをツモ切ってきた。

 

リーチだけではない。

 

ここもソウズの一色手でテンパイだろう。

 

それもおそらく、もう1組三元牌を絡ませているか、ドラ含みの満貫級だろう。

 

それほど、のツモ切りは強烈に映った。

ここへ、ドンさんが引いたのがだった。

 

 

 

はリーチにも通ってないが、それよりもまず下家のソウズ屋に打てない。

 

しかし、ベタオリするのには、ちょっともったいないような気もする。

 

とりあえずを打っておき、もし、でも引ければ、

を強打して勝負か。

 

その前に、さらに危険牌を引かされれば、オリればいい。

 

ドンさんは少考していたが、とにかく1回はを打つだろう、そう思っていた。

 

ところが、ドンさんの打ったのは

 

これには、かなり驚いた。

 

チャンスも生まれる可能性があったのではないか、という気がしたからだ。

 

結局、この局はヒラさんがを放銃って鉄五郎のアガリになったのだが、

 

まだ、あそこはを打ってもよかったのではないか、

 

 

 そんな気持がくすぶっていた。

 

 

で、翌日、この局面をドンさんに、それとなく聞いてみた。

 

「とりあえずでしょう」

 

 

これに対するドンさんの答えが見事だった。

 

を打って、仮にテンパイが入っても、あのはアガレないよ。

それにが通る保証だってない」

 

 

そうだ。確かにその通りなのだ。

 

 

目先のことばかりに気をとられていて、一番肝心なことを見落していたのだ。

確かに、あのはテンパイしてもアガレないだろうな。

 

そのことがわからないやつが、結局は負け組なのだ。

 

とりあえずを打ち、でテンパイ、強打でリーチ。

 

それでアガレずに、

 

「アツイ!の3メンチャンでタンピンドラドラなのにツイテないよ!」

 

と騒ぐやつもいれば、も打たずにオリる男だっている。

 

見事なものだ・・・・・・・・・。

 

しばらくして、私とドンさん、それと鉄五郎という顔ぶれに偶然なった。

もう1人も、社長だが、戦前から麻雀を打っているというだけあって、

実に渋い麻雀を打つ、常連の安田(ヤス)さん。

 

私は、この前の鉄五郎の大勝をみているだけに、

(このメンバーでも、この前みたいに勢いに乗ってみろ、甘い牌なんか出ないぞ。)

そんな気持が強かった。

 

だが、そのせいか、この日はドンさんの猛攻を受けることになってしまったのだ。

 

ミスをしたのは私。

 

南1局までは動きの少ない展開で、これは予想通りといってよかった。

 

鉄五郎もさすがに今日は動きが少ない。

 

南1局、私の親番。

 

ここが勝負だと思った。

 

 

 

これが配牌。ドラが。789の三色が狙える。

 

ただし、第一打はではない。

 

 

こんな捨牌を作って、将来、

 

 

こんなテンパイになったときの布石にしようなどとは決して思わないのである。

 

とりあえず話を進めよう。

 

 

2巡目、ツモ。

 

これでドラ入りのメンツが完成する絶好のツモ、

配牌と共にツモにも手応えを感じる。

 

こんなときはチャンスだ。

 

そして、ここでもではなく、1枚切れのの方を打つ。

実に自然な打ち方である。

 

だが、次で間違えた。

 

4巡目のツモが

 

 

は三色があって切れない。

 

引きの一通があり切れない。と、をツモ切ってしまったのだ。

 

しかし、これは第1打にを打つのと同じ。

牌の流れに逆らっている。

 

手役を狙いたいというのは打ち手の勝手な希望であって、

牌がその通りに来てくれるとは限らない。

 

のツモ切りは、からと移行していった

 

牌の流れに完全に逆らっているのだ。

 

三色を狙いたい、一通も狙いたい、などというわがままでをツモ切って

しまったのだから、こんなもの結果はみえている。

 

次巡、ツモ

 

(バカな!)

 

思わず呻いたが、今ごろ気づいたってもう遅い。

 

しかたなくをツモ切ったが、

次のツモが

 

 

をツモ切らなければ、一発でツモアガっていた手牌が、ようやくテンパイ。

 

なんとも情けない。

 

三色を狙ったのだからしかたがない。などという人もいるかもしれないが、

そんな問題じゃない。

 

をツモ切った瞬間、すでに麻雀は終っている。

 

だが、それでも一応は、親でテンパイ。

 

どちらかを打ってテンパイにとるのだろうが、

もうどちらを打っても裏目に出るだろう。

 

もはや、三色になる流れじゃない。

 

とすると、を打っておいて、

 

 

一通、というよりもタンヤオへの手変りを含ませるのだろうが、

それにしても気になることがひとつあった。

 

こちらの手牌が好形だったのは、3人共が感じているはず。

 

その中で、ドンさんの打牌が強いのだ。

 

おそらく、テンパイかそれに匹敵する好形だろう。

 

悠長に手変りを待っている局面ではない。

 

そうすると、手段はふたつ。

 

ひとつは、この局はドンさんに譲るつもりで、オリ八分で手変りを狙っての

ダマテン。

 

もうひとつは、玉砕覚悟でリーチといってみるかだが、

 

ただし、その場合も、マチのとり方がふたつある。

 

 

捨牌にを捨ててあるのを言い訳にして、カンでリーチといくか。

 

しかし、ピンズが安い局面で、は初牌だ。

 

山に4枚とも生きているかもしれないが、誰かに固まっているかもしれない。

これは恐くて、ちょっとリーチはかけれない。

 

結局、私はのシャンポンでリーチをかけていた。

 

身を捨ててこそ浮かぶ瀬も、といった打ち方のほうを選んだわけだが、

結果は予想通り裏目と出た。

 

一発のツモがだったのだ。

 

だが、これはすでに悔やむようなことではない。

 

こうツモが来ることは、をツモ切ったときから覚悟はできている。

 

そして、をツモ切った同巡、ドンさんにツモられていた。

 

 

ツモられたのは

 

 

ドンさんの猛攻が始まった。

 

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