コラム・観戦記

第13回 本物のバクチ打ちドンさん③

バサッ、バサッと、分厚い札入れから、ドンさんが札束を4つ、卓の上に放り出した。


その札束から、私とケン坊、トド松に4枚づつ、これはサシウマの分。トップ者のトド松にはさらに9枚払って、お釣りが少々。


最後に側で見ているモカの旦那に12枚払い終ると、もう4つめの札束が崩されていた。


初戦は3人の連係プレーが予想以上にうまくいって、とうとうドンさんがチンマイのままラスを引いていたが、サシウマと外ウマを一手に受けているドンさんがラスになると、これだけの金額がいっぺんに出ていってしまうのである。


もちろん連係プレーといっても通しをやっているわけではないのであって、通しのようなちゃちな手段が通じる相手でもない。


ではいったい連係プレーというのはどういった手段をさすのかというと、一口で言えばドンさんには常にマークがかかる、ということなのである。


ドンさんがでてくれば、3人が一斉に引き、逆に遅れているとみれば、一斉に襲いかかるのである。


このような連係プレーは意外とキツイもので、一色手だろうがクイタンだろうが、あるいはトイトイだろうが、ドンさんがアガリに向かった局は、鳴きたい牌を全て押さえ込んでしまう。


ひとつ喰らってしまえば、ふたつめは喰えない。仮にふたつめが出てきても、今度はそこが間違いなくテンパイなのだから、うかつには動けない。


つまり滅多なことでは仕掛けられなくなってしまうのである。


門前手に対しても同じであって、特にドンさんのヤミテンに対しては十分な警戒がなされている。


素人目には、「そんなことをしていたら、他の3人もアガれないから、ノーテン罰符で負けてしまうんはないか」そう思われても当然だが、それはちょっと違うので、麻雀は毎局アガリにかけられるものではない。


毎局アガリにかけるなどというのは、それこそ素人のやることで、攻撃に出ればどうしてもガードが甘くなる。そこで先制パンチを喰らわないためには、こちらの方が先にテンパイを入れる必要があるが、クズ手のときはどんなにうまく打とうが、やはり相手の方が早い。


相手の方が先にテンパイが入り、繰り出してくるパンチを、そこから躱すのではどうしてもガードが甘くなる。


それならばどうせ遅い手で攻撃に出るよりも、相手にできるだけテンパイが入らないように努力した方がよい。その方が鉄壁のガードを張れるのだ。


つまり、アガリにかけるには、4人中で一番グッドな配牌とツモが必要になってくるのだが、そんなチャンスは平均すれば半荘に2回か3回がせいぜいであろう。


その数少ないチャンスを潰そうというのが連携プレーの狙い。


数少ないチャンス手を全員で潰すことによって、ドンさんの牌勢を落とし、いわゆるツキの無い状態にしようというのだ。一回戦はこの大包囲網が成功したのである。

 

 

 

 

 

2戦目、これには相当の自信があった。


初戦の連係プレーが功を奏したからには、2戦目にいきなりドンが暴れだすなんてことはまず、ない。


もし今の状態のまま前に出ようとしてもドロ沼にはまるだけ。いかにドンさんとはいえ、そのことに変りあるはずないのだ。


その予想通り、2戦目のドンさん、状態はよくないらしく、南1局の親番で初めて強気の打牌を見せたが、それが潰されると、後は手を出してこなかった。そして2戦目もほとんど手も足も出ないといった有様でラスを引いていた。


しかしさすがのドンさんというべきか、2回戦連続のラスにもかかわらず、私が一番嫌だと思っていた手を打ってきていた。


2戦目のラスは手も足も出なかったのではなく、手も足も出さなかった感が強い。


同じ手も足も出なかったんも、ジタバタとあがいてではない。状態の悪いのを知り、自分から引いたのである。


実は、これが一番恐いのであって、2戦目のラスは引かされたのではなく、自分から引いたのである。


そうとは知らないモカの旦那は、もう大喜びで、「今日のドンはオイシイぞ!」などと大声ではしゃぎまくっている。


バカヤロ、だからお前はモカなんていわれているんだよ。


モカというのはもちろんカモのことで、この旦那などはドンさんにどのくらいやられているかわからないほどの勝負音痴である。


3戦目に入ってようやく私が先行した。


これまでの1、2戦、常に先行していたのはトド松で、これは雀風の違いといえる。


なんといっても用心しなけれなならにことは、ドンさんの勢いづかすキッカケを作らないことだが、そのためにはスキをつくってはならない。


私などはスキができるのが恐くて、これは確実だと思えるとき以外はなかなか前へ出られないのだが、トド松の打ち筋は、相手より少しでも有位に立っているとみるや、手牌を最大限に突き詰めていくことに重点が置かれる。一シャンテン、テンパイ、アガリという各状態を相手より一歩でも先んじることによってスキを作らない打法なのだ。サンマー打法といってもいいくらいで、純粋なアガリ競争をすれば状態のいい方が上回る。


ただし、これも自分の状態の確認がよほどしっかりしていなければならず、相手より一歩先んじているというのか錯覚だった場合は墓穴を掘ることになる。


墓穴を掘り、状態を悪くしてしまうと、それを脱するのは並大抵の苦労ではない。


いい状態を持続させることと、悪い状態を脱すること、なにを隠そう、麻雀はこれは一番大事なのである。


それを知っているから、私などはうかつに前に出られない。トド松の打法が一面の真理とは知りながら、”打ち過ぎ”を恐れてるのである。その確実思える手牌がようやくきたのが、東の親番、


(ドラ
こうなったところにが出てポン。次巡をツモったのだ。


今の私には、この二六オール一発で十分だった。後は後ろに廻り込んで打っていればいい。


後ろに廻り込みながらのアガリはツキを増大させてくれる。その余裕を作ってくれた貴重なアガリなのだ。

 

 

 

 

 

局面は私の思惑通りに進んでいった。


ケン坊とトド松の2人が、ドンさんを封じ込めるのを前提としている分、トップめを維持できているというだけのことだが、この位置にいる有利を考えれば、これ以上は望むべくもない。


局は次第に進んでいく。私にとっては順調のはず、確かにそのはずなのだが、局が進むにつれ、私はいいしれぬ不安に襲われていた。


優位に立っているはずなのに、手には脂汗が滲み、緊張の度合いが増していくのが分かる。


私をこれほどの不安感に落とし入れているのはももちろん今のところ何の動きもないドンさん。


これが何を意味するのか、私にはよくわかるのだ。


力を蓄えているのである。 


状態が悪いときにジタバタ動いてくれるのなら、こちらはツキの差を利用して、反撃なり包囲なりできるのだが、チャンスにそれまで蓄えていたエネルギーを一気に使われるのだけは防ぎようがない。


牌勢の差を覆すには、半荘何回だろうが捨てる。そのぐらいの覚悟が必要だが、これはなかなかできることじゃない。
今、目の前でそれをやられている。


局が進むにつれ、ドンさんのところへエネルギーが蓄えられていくのがヒシヒシと伝わってくる。


わかっていても、これだけは防ぎようがない。不安はますます増していく。まるでこちらのツキまで吸い取られている、と錯覚するほどドンさんの表情は落ち着き払っていた。


オーラストップめは私で配原より(+)4500、2着はケン坊(+)2800、3着はトド松(+)700。


そしてラスの親のドンさんが、1、2回と同じくチンマイで(-)8000ちょうど。


私としては、自分でアガることよりも、むしろ中位陣がアガってくれることの方を望んでいた。

そのアガリがトップ逆転のアガリでもいいのである。


とにかく私としては、来たるドンの反撃に備えて、できるだけ余分なエネルギーはい使いたくないのであって、アガればトップだからと無理な仕掛けなどむろん論外、自然和了以外は遠慮したいのである。


私のトップ維持は、ドンさんのチンマイが最善という、中位陣の思惑に託すしかないのだが、その僅かな期待も空しく、7巡目トド松がリーチときた。


ここでリーチとくるからには、トド松のリーチはトップ狙いだろう。


現にトド松のリーチはこうだった。


(ドラ


私との点差は3800なのだから、ダマテンのままではツモっても変らないが、リーチなら無条件で逆転できる。


2連勝しているトド松としては、当然のリーチなのかもしれない。


私とケン坊は、満貫をツモられても配原を割らないから、ドンさんとのサシウマは倍の4枚入る。これはトップを取った場合の半分に相当するのだから大きい。だじゃら放銃わけにはいかない。


その辺のことも計算の上のことだろうからますます当然のリーチ、と思えるのだが、次の瞬間思わぬことが起こった。
トド松のリーチと同巡、ドンさんが手牌の中からを見せ、「リーチ」と言ったのだ。


オープンリーチ、なのである。


ドラマチのカンチャン、これはもちろんオープンしなくても他の2人から出るはずがないから、追リーチをするならオープンは当然の策であろう。


ドンさんにはテンパイ気配などまるで感じていなかった。それがいきなりのツモ切りオープンに、3人共が一瞬、ギョッ、という気持ちになっていた。


、マチは悪形だが、ドンさんはここが勝機とみたようだ。
なるほど、このままダマテンでも出アガリのできるマチはない。仮にを引いてマチのリャンメンに変化したとしても、中盤過ぎの手出しにを放銃ってくるなどということは考えられない。


だいいち、それでは仮にアガったとしても点棒が足りないではないか。そこで、このままでリーチが考えられるが、ツモアガリ一点のリーチに、せっかくこれまで蓄えていたエネルギーを放出するのではもったいない。


失敗する率が高いのでは、なんのために2ラスに甘んじたか、わからないことになるからだ。


そのあたりの兼ね合いでかなり迷っていたことは想像つくが、そこへトド松のリーチである。


これで決心がついたことだろう。


マチが悪いことには変りはないが、先程とは比べものにならないほど条件は良くなっている。


ドンさんがここを勝機とみたのには納得がいく、確かにチャンスなのだ。


2巡、3巡、まだ勝負はつかない。


ドンさんがアガリ切った場合、次戦からが恐い。こちらとしてトド松にアガってほしいのだが、こう長引いてくると、もうどちらが勝つのか見当もつかない。


6巡後、とうとうトド松がを摑んだ。


ドンさんが手牌を開ける。



予想通り親満である。


これでドンさんには1万3千点が入り、(+)5000点で逆転トップ。


ここは、”アガリ止め”有りのルールなのだから終了である。


とうとう私の恐れていた状況になってしまった。スパッときられるような鮮やかなエネルギー放出を、ギリギリの局面で行なったドンさんの慧眼には恐れいるしかない。逆にトド松の打法の危険な点はここにあり、とうとうミスを打ってしまったのである。


次の半荘からは苦戦を強いられた。


これは当たり前の話で、ドンさんは牌勢で有利に立ってしまえば楽なのである。


先行してしまえば、もう無理をしなくとも配原さえ割らなければ、たとえトップを逆転されたとしても、ウマの方はトップ者に2枚払うだけで、3着、4着から4枚づつ、差し引き6枚、それと外ウマも同じだけ入ってくるのだから、プラス12枚なのである。


こちらとしても、ドンさんが先行してしまう力がある限りは、自分が浮きに回ることをまず考えなければならず、ドンさんマークは二の次になってしまう。


ドンさんの牌勢が落ちれば、また3人で取り囲むだろうが、それまではしかたがない。
もともと3人は敵同士なのだ。


結局、勝負が終わったのは、次の日の夕方。


ドンさんのトップは数える程しかないのだが、なんといっても牌勢を落とさないようにとの打ち方はしぶとく、なかなか配原を割ってはくれない。


3着だっていいのである。


配原さえ持っていればウマは全てチャラになる。


結局、誰が一番負けたかというと、モカの旦那である。ドンさん以外の3人はトップを1回取れば、配原を割った3着2回でもお釣りがくるが、モカの旦那は4枚のやられなのである。


なんといってもドンさんの方は外ウマが大きい。それを意識した打ち方はさすがといえた。


それともう1人やられたのはトド松、これは大したことはないが、それでも20枚。これは3回戦のラス分と少し。やはり、これだけのメンバーが揃うと、あのリーチの失着の分だけ響いてしまう。


それでも負けをその分くらいに押さえたのは最初の2連勝の貯金なんかではなく、トド松の地力だろう。


いい勝負だったな。


クタクタに疲れた身体をイスに寄りかからせながら私は、心底そう思っていた。


すると、トド松がマンズをひと摘み卓の外に出しているのに気が付いた。


それが何を意味するのかはすぐにわかった。28枚を抜き終わると、もうサイコロを振っている。


本当にこいつらは麻雀をやるために生まれてきた男たちだな。


ようし、負けるもんか!


丸一昼夜近い激闘のすぐ後、もうサンマーが始まっていた。

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