コラム・観戦記

【第38期最高位決定戦第5節観戦記】鈴木聡一郎

 

 飯田橋「東南荘」の自動ドアが開く。

春特有の少し生ぬるい空気と総武線の音が混ざり、居心地が悪い。

今から10年前、当時の最下リーグである第29期最高位戦C2リーグ。

男はそこに座っていた。

筆者鈴木の最高位戦デビュー戦は、その新井という攻めっ気の強い打ち手によって苦い思い出となる。


新井はこのC2リーグで昇級を果たすと、1年後、苦労の末にようやくB2リーグへの切符を掴む。

昇級者発表のとき、僅差での昇級に、新井は嬉しさで飛び跳ねた。

今でも覚えている。

それ以上でもそれ以下でもない。

「飛び跳ねた」のだ。

新井が過ごした苦悩の日々を思えば、それぐらいは許される。


この観戦記執筆にあたり、対局後、筆者は新井に問うてみた。


―最高位戦入会直後~C1リーグに上がるまで、またBリーグ・Aリーグに上がるまでそれぞれかなり長いタイプの選手だと思いますが、どういう心境でしたか?例えば、最高位戦をやめようと思ったことはありますか?


2C2から陥落して、プロテスト3回受けてますから!

2回目の陥落のときはさすがにやめようかと思いました。

今思うと(入会と同時に)發王戦で準優勝したことが変な自信に繋がって、麻雀を変えられなかった。

後輩にどんどん抜かれるのは辛かったです。

あと、一昨年に800点差でAリーグ昇級を逃した際にも、また心が折れかけました」



ご存じだっただろうか。

入会から立て続けにC2リーグから2回陥落し、プロテストを受け直すこと2回。

最初にC2を脱出するのに、実に3年かかっているのである。


さらに問うた。

Dリーグが創設されたことで、これからの若手は長丁場になると思うので、彼らに一言。

 「若手選手へって、まだ自分も若手のつもりなんですがww」


実に図々しい男である。


「麻雀は基本負けるゲーム。

結果に謙虚に、負けを無駄にしないようにしてほしい。」


なるほど、良い言葉だ。


そして新井は、さらに一言添えた。

「あと、もっと七対子狙ったほうがいいと思うよ!」


チートイツか。

新井が言わんとすることはなんとなく理解できた。

 

 

 

17期發王戦決勝、筆者はやはり観戦記者として会場にいた。

 

 ツモ  ドラ

 

6回戦中3回戦終了時をトップで迎えた永世最高位飯田正人は、オヤで東18巡目に生牌のドラをツモると、あっさりを打ってチートイツ1本に構えた。是が非でもオヤ権を維持したい短期戦のこの局面で。

すると、15巡目には

 

 

このリーチを放ち、流局に持ち込んで大事なオヤ権を維持した。

与えられた配牌とツモで、唯一のテンパイ形がこのチートイツだった。

結果としては、なんてことない流局譜だ。

だが筆者はこの1局にこそ、最高位の、競技麻雀の真髄があるように感じたのであった。


チートイツは、非常に効率の悪い手役なのかもしれない。何しろ、イーシャンテンで9牌、テンパイで3牌しか受け入れが利かないのだから。

それゆえ、効率を好む若手にはあまり受け入れられていないように見える。

街の麻雀店では確かにそれでいいのかもしれない。

しかし、競技麻雀となると話は別だ。

成績を残している者は例外なくチートイツの使い方がうまい。

寿司屋は光り物とたまご焼きで店の実力がわかると言うが、競技麻雀も然り。

チートイツへの切り替えタイミング、残す牌を見ればおおよその麻雀力を掴むことはできるだろう。

チートイツの巧さは、競技麻雀が強いための必要条件であると考える。

この最高位決定戦においてもチートイツがキーポイントになってきたし、結果として最終日も重要な局面で勝負を左右したのはチートイツだった。


ところで新井は普段、麻雀教室の講師をしている。

―生徒さんからは応援メッセージありました?

「最終節前に

『先生楽勝ね!』

と言われてすごいプレッシャーでしたが、

『プレッシャーがかかるポジションにいられるとはなんて幸せなんだろう!』

と都合のいいように考えて臨めました。

 

 

この図々しさがあれば大丈夫。

あと1日、あと1日だけ図々しくこの位置に居座れば、ついに最高位だ。


16回戦終了時トータル

新井 220.5 村上 ▲26.8 近藤 ▲79.4 佐藤 ▲116.3

 

 

 

17回戦

起家から新井→佐藤→近藤→村上


11本場供託1000点 ドラ

新井32000 佐藤29000 近藤29000 村上29000

前局リーチを空振りした新井が、続けざまに8巡目オヤリーチで圧力をかけていく。

 


すると、同巡佐藤が追いかけリーチ。

 


続いてダマテンにしていた近藤がツモ切りリーチ。

 


わずか1巡で3軒リーチとなる。

「新井のリーチ」=「絶好の直撃チャンス」

「新井のオヤ番」=「絶好のオヤかぶりチャンス」

新井の点数を削らなければならない3者からすれば、最終日は当然この2つのポイントを軸に動いていく。

そのため、上記2つを両方兼ね備えた「新井のオヤリーチ」に対しては、今局のような激しい押し返しが容易に想像できる。


ここでは、近藤がをツモって1300260014002700で新井のオヤかぶりに成功し、最終日のスタートを切った。

 

 ツモ   ドラ ウラ


2局 ドラ

佐藤26600 近藤37500 村上27600 新井28300 

オヤの佐藤が積極的に仕掛けてタンヤオのテンパイを入れる。

 

 ポン ポン


するとここに、またしても新井のリーチが10巡目に襲い掛かる。

 

 

新井の目からドラが全て見えているため佐藤に対して押しやすいというのももちろんあるが、最終日にトータルトップ目が開局から3局連続でのリーチ。

これを平然と敢行できるのが新井の強さ。


新井のリーチに対して押していた佐藤だったが、16巡目にを掴む。

 

 ポン ポン ツモ

 

佐藤がをポンしており、がリーチ後に通っているため、ピンズがあるとすればほぼ

さらにマンズもほぼ通っており、が現物。

佐藤は冷静にを抜いて回った。

その直後、ダマテンで若干押していた近藤が場に4枚目となるを手元に引き寄せる。

 

 ツモ

 

打点としては300500と小さいが、佐藤の冷静な打ち回しと、近藤の歯を食いしばった役なしテンパイ維持が新井を抑え込んだ。


3局 ドラ

近藤39600 村上27300 新井27000 佐藤26100

しかし、何度抑え込まれても攻撃し続けるのが新井。


7巡目、まずは北家佐藤がリーチ。

 


同巡、近藤のオヤリーチ。

 


これを受けた新井の9巡目。

 

 ツモ

 

捨て牌は下記の通り。

 

近藤

 

村上

 

新井

 

佐藤


が極端に薄く、は現物。

少しでも安全を意識すればノータイムでに手がかかる局面。


「ブンッ!」

この局面で新井が選択したのはやはりというかなんというか

3枚見えているワンチャンスであるとはいえ、2人に無筋の

を切ってダマテンに構え、村上が前巡に切っているがトイツ落としであることを狙いにいった。

このダマテンは凄い。


打点だけでいえば、麻雀には押し引きが何通りかある。

高いからダマテンで押す。

高いけれどさらに高くするためにリーチをかける。

安いからダマテンに構え、危険牌を引いたら手を崩す。

安いけれどリーチで押し返す。

そして、安い「けれど」「ダマテン」で「押し返す」。

おそらく、一発裏ドラがある最高位戦ルールで最も効率の悪い押し引きが、この「安いけれどダマテンで押し返す」であろう。

安いけれど押し返すのであれば、いっそリーチをしてしまった方が有利な局面が多くなるはずである。

最も効率の悪い行動であるがゆえ、「安いけれどダマテンで押し返す」ことは、待ちに対する自信と強い意志がバランス良くなければできない。

そして、タイトル獲得者の多くはこの選択をしたときの精度が極めて高いと感じる。


この局の新井はといえば、村上のがトイツ落としではないことを確認した次巡、ツモ切りリーチを敢行する。

 「安いけれどダマテンで押し返すのは、効率が悪い」。ただし、「もし村上のがトイツ落としであるなら、この1巡に限りダマテンにした方が得」。

この辺りの微妙なバランス感覚が素晴らしい。

すると、一発で佐藤がを掴み、ウラも乗って8000

 

 ロン  ドラ ウラ

 

6枚ヤマに残っている佐藤のより先に、3枚しか残っていないが掘り起こされた現実。

新井の連続リーチが4局目にしてようやく実を結び、戦闘神新井の決定戦最終日が動き出した。


1局 ドラ

全局リーチが飛び交った嵐のような東場を終え、点数状況は下記となっている。

新井35700 佐藤23300 近藤36800 村上24700

ここで、今まで一言も発していない門前派村上がついに「リッチ」。

河がこちら

 

 

で、手牌がこちら

 

 

1枚切れでが生牌。

新井からの直撃を狙ってダマテンも選択肢に入るところであるが、リーチをかけてをツモるとハネ満をオヤかぶりさせられる。また、字牌のシャンポンでは見逃しにくいし、リーチをかけても字牌だけが警戒される河ではないということでリーチを選択した。

佐藤は村上より前にテンパイしていたが、12巡目に村上が切っている1枚切れのを引くと、単騎から切り替えてリーチ。

 

 

やはり新井のオヤ番はこうなる。


ここは佐藤に1回もツモらせることなく村上が力強くツモアガリ。

 

 ツモ  ドラ ウラ

 

20004000で新井にオヤかぶりさせ、村上が新井をかわして2着目に浮上。トップ目近藤に迫る。


2局 ドラ

佐藤20300 近藤34300 村上33700 新井31700

新井が34巡目にトイツ落とし後、ツモ切りを続けている状況。

これは、一刻の猶予もない緊急事態を表している。

トイツ落としという選択が入っているということは手牌の方向性がある程度決まっている。

また、その後のツモ切りも加味すれば、リャンシャンテン以上の可能性が高いと見ておいた方がよい。

「新井のテンパイ前に1巡でも早くリーチをかけ、新井の手を崩させなければならない」

それが、多くの打ち手が描くこの局のテーマ。 

そんな状況下で、オヤの佐藤に7巡目テンパイが入る。

 

 ツモ

 

待望のテンパイ。

ここは待ちも打点も関係ない。

極端な話、筆者ならば待ちが全て切られていてもリーチをかける。

しかし、佐藤は打

テンパイすら取らない。

これは 「麻雀プロ 佐藤聖誠」としての矜持。

この手は三色で間に合わせる。

捨て牌からもが良さそうに見え、567の三色が狙い目となっている。

三色を狙うならリーチをかけないということになる。

リーチをかけないのであれば、テンパイを取る必要もない。

それなら、ツモでもリーチをかけられる打の方が打より優れている。

あとは新井とのテンパイスピード勝負。

 

 

新井がツモ切りを続ける。

 

 

佐藤がツモ切りを続ける。

 

 

両者がツモる度に息を飲む。

 

 

そして12巡目、ついにテンパイが入る。


テンパイを果たしたのは佐藤。

待望のツモで高目三色のリーチ。

 

 

解説席からも称賛の声が漏れる。

この時点ではヤマに残り2枚。

とにもかくにもこれで新井の手を崩させた。


佐藤のリーチに対して回っていた南家近藤は、15巡目にテンパイを果たすとダマテンを選択し、16巡目に無筋のを引く。

 

 ツモ

 

佐藤捨て牌

 

通常このはもう打てない。

ただ、トータルを考えると、佐藤をここでこの半荘の上位に押し上げることも悪くはない。

近藤は、放銃しても問題ないとばかりにをツモ切りすると、ハイテイで引いたドラのもほぼノータイムでツモ切った。

2人テンパイで流局。

この2人のテンパイ形は、新井に対する脅迫状のようなものである。

「簡単には獲らせないよ。わかってるよね?」

筆者が新井の立場なら、平常心ではいられまい。

 

22本場供託2000点 ドラ

流局をもう1局挟んだ2本場。

近藤が8巡目に盤石のドラ切りリーチ。

 


仕掛けていたオヤの佐藤も苦しい待ちだが真っ直ぐ勝負。

 

 チー ポン ポン

 

圧倒的に近藤有利だったが、近藤が最後のを掴んで佐藤に29003500の放銃。

これで一気に平たい点数状況となった。


23本場 ドラ

佐藤29300 近藤30300 村上31200 新井29200 

とにかく先制リーチをかけていくしかないオヤの佐藤が4巡目リーチ。

 

 

このリーチに対し、安全牌がないため真っ向から勝負していった村上が6巡目にテンパイ。

 

 ツモ

 

リーチ。

誰もがそう思った。

ところが、無音で置かれる

ダマテン。

これは最高位を取るために、村上が選んだイバラの道。

もし佐藤から出てしまったとき、再び佐藤に新井をまくってもらえるよう、打点を最小にしておきたい。

結果、すぐに佐藤がを掴んで20002900

村上の執念が、佐藤からの直撃を最小限で食い止める。


3局 ドラ

近藤30300 村上35100 新井29200 佐藤25400 

3者の執念が、新井を3着に抑え込んでいる。

できればこのまま新井を沈ませた状態でこの半荘を終わりたい。

そんな中、村上に6巡目テンパイが入る。

 

 

1枚切れの待ちチートイツ。

前局佐藤のリーチへの対応を見る限り、村上は新井を3着以下にすることを明確に狙っている。

そのため、前局との整合性を図るのであれば、仮にこのテンパイのまま近藤からが出ても、新井を2着目に押し上げないよう見逃すのだろう。

直後、実際に近藤が打

見逃しだ。

ん?おかしいぞ。

村上の手牌が倒れている。

 

 ロン

 

1600を近藤から取ると、新井が微差の2着目に浮上してしまう。

これはどうか?

確かに、2着争いはいずれにしても僅差になるため、ここではいったんアガっておき、オーラスのオヤで誰からアガるか選んでいくという選択もあるのだろうが、前局の強烈な意志をもったダマテンに対し、今局のアガリには意志が吹き込まれていないように見えた。

僅差とはいえ、近藤から1600をアガった後の下記点数状況では、新井がラスになることはかなり少ないのではないか。

村上36700 新井29200 佐藤25400 近藤28700

村上・近藤・佐藤どこからの攻撃に対してもオリることができ、流局時に唯一ラス落ちする1人ノーテンのケースでも、いったんラスには落ちるものの、もう1局ある。

この状況でオーラスを迎えるよりは、歯を食いしばって見逃した方がいいようにも感じられた。

ただ、自身のトップだけは守らなければならないため、非常に悩ましい選択であることは確かだろう。また、ポイント差を考えると、オーラスのオヤ番では連荘を狙っていくため、その後どのような展開になるかはわからないのでアガっておくという考え方もある。


4局 ドラ

村上36700 新井29200 佐藤25400 近藤28700

オーラスはといえば、佐藤のマンズホンイツ仕掛けに対し、近藤がリーチをかけてあっさりツモ。

ウラも乗って20004000でトップを逆転した。

 

 ツモ  ドラ ウラ


終わってみれば村上の選択は結果にあまり影響しなかったようにも見えるが、新井に対して共同戦線を張らなければならない近藤・佐藤に対し、「村上は何でもある」と疑心暗鬼にさせてしまう材料としては十分であったように感じる。

この共同戦線の崩壊は、最終日を戦う上でポイント以上に大きな失点だった可能性が高い。


17回戦結果

近藤 +36.7 村上 +12.7 新井 ▲12.8 佐藤 ▲36.6

17回戦終了時トータル

新井 +207.7 村上 ▲14.1 近藤 ▲42.7 佐藤 ▲152.9

 

 

 

18回戦

起家から近藤→新井→佐藤→村上。

31本場供託2000点 ドラ

佐藤33700 村上29200 近藤27900 新井27200

ついに新井が崩れるときがやってきた。


北家新井の配牌

 

 

新井はここからオヤ佐藤の第1をポンする。

雀頭もなく、残った形も悪い。高打点が見えるかといえば、そういうわけでもない。

同じAリーグでもこれが石井や中嶋の仕掛けなら全く問題なく、むしろ仕掛けてこそ彼らの型というもの。

しかし、これが新井の仕掛けとあらば、「ついに崩れた」と思わざるを得ない。

確かに供託が2000点あり、アガリを取りにいきたいところではあるが、新井啓文はこれを仕掛けてはならないと思うのである。

この仕掛けについては、解説の土田・石橋も驚きの声とともに「ついに崩れたか?」との評をしていた。


この仕掛けに対応したのがオヤの佐藤。

7巡目に生牌のでチーして打

河はこちら。

 

 

1枚切れであるため、が薄いために鳴いたという性質のものではない。

翻牌はドラの以外すべて切られているため、第一候補としてはタンヤオになるのだろうか。

發が関係しているのであれば、手役が純粋に發だけになる可能性が高いため、アンコである可能性が高そうだ。

しかし、実際には純粋なバック。

 

 チー

 

これについても解説石橋が「仕掛けない方が良い気がする」とのコメントをしていたが、この仕掛けについては仕掛けるのも悪くはない気がする。

確かに、仕掛けると、アガるためには確実にがもう1枚必要な手牌になってしまう。

ただ、「少なくともオヤ番を維持する(=テンパイはしておきたい)

という思考が少しでも入っているのであれば、これは仕掛けたほうがよいのではないだろうか。タイミングとしても、リャンシャンテンがイーシャンテンになるという、仕掛けるにしては絶好のタイミングである。

さらに、この手牌を門前でテンパイし、かつ、アガり切れるかという点にも疑問がある。それならば、いっそ鳴いてしまうのも有効な方法の1つには思える。


実際には、意外な形でドラが場に放たれることになる。

10巡目、近藤がツモで一気通貫が確定してドラ切りリーチ。

 

 ツモ 打

 

このドラを佐藤がポンしてテンパイ。

 

 ポン チー

 

そう、これがあるのだ。

最終日では、下位者が前のめりに攻めることが想定される。

そのため、形ができれば十分ドラを放つケースが存在するのである。

佐藤は、この辺りの要素も加味して仕掛けたのであった。


3vs3

全くの互角だったが、近藤がを掴んで佐藤に12000の放銃。

このについては、見逃しという選択肢もある。

しかし、前半荘の南3局が佐藤に見逃しを拒ませていると感じた。

前半荘の南3局とは、村上のあのチートイツ近藤直撃である。

 

 ロン

 

あのアガリからは村上の最高位への執念を感じられない。

トータル2着目のこの姿勢を見せられては、佐藤の立場としては自然に打つことを心掛けざるをえないのではないだろうか。

これで嬉しいのは新井。

ラスにだけはなりたくない新井は3着に上がり、ラス目が大きく離れた。

しかもこの半荘のトップ目がトータルラスの佐藤とあらば、最高の展開である。

崩れたはずの新井であったが、結果的に展開も味方に付け、ラス抜けを果たしてしまった。


32本場 ドラ

佐藤49000 村上29200 近藤14600 新井27200


ラス抜けを果たした新井が7巡目にテンパイ。

 

 ツモ

 

は良い待ちであるが、ドラが見えない状況でリーチをかけるのは怖い。

だが、新井はノータイムでリーチをかけていく。

前局の新井らしくない仕掛けはどこへやら。

すっかり新井らしさが戻っている。


このリーチに対して一発でを切って追いかけリーチはオヤの佐藤。

 

 

絶好の新井直撃チャンスだが、新井が子方でリーチということは少なくとも両面である可能性が高いため、カンチャン待ちでは分が悪いことは佐藤も理解している。

しかし、ここはもう前に出るしかない。

結果、佐藤がを掴んで新井に放銃。

 

 ロン  ドラ ウラ

 

ウラ126003200

これで新井が再度2着目に復帰する。


4局 ドラ

村上29200 近藤14600 新井31400 佐藤44800

ここに待ったをかけたのは近藤だった。

近藤は終盤にテンパイを組むと、この5200をダマテン。

 

 

リーチをかけたくなるところだが、ぐっとこらえてダマテンを選択する。

まだ最高位を諦めていない。

「新井からしかアガる気なし」

そんな意志がビンビン伝わってくる。

そして、近藤の目論見通り新井がを掴む。

 

 ツモ


新井がこれをスッと切り、近藤の意志が大きな5200直撃という形で実を結んだ。

 

 ロン

 

「まだ諦めない」

現最高位の気迫が、新井を3着に突き返す。


1局 ドラ

近藤19800 新井26200 佐藤44800 村上29200

この近藤の気迫に佐藤も呼応する。

佐藤は仕掛けて10巡目にテンパイ果たす。

 

 ポン

 

同巡村上からが放たれるも、佐藤は微動だにせず。

準優勝を狙うなら絶好の村上直撃なのだが、それを拒否していく。

これは、前局の近藤のダマテンを見て、「近藤が諦めていないのならば」と最高位へたどり着くために最も確率の高い道を選択したもの。

現最高位近藤の意志が佐藤に伝播し、共同戦線を修復した。


直後に近藤からオヤリーチ。

 


佐藤、無情にも一発で近藤のアタリ牌を引く。

 

 ポン ツモ

 

近藤捨て牌


これは出てしまうかもしれない。

もしが通り、新井がを掴めば出る可能性があるからだ。

しかし、佐藤はをノータイムで手の内に入れ、打

勝負を近藤に委ねた。

ラス目の近藤にはむしろアガって新井をまくってほしい。

佐藤の最高位への熱い想いと冷静さが、このを止めさせた。

近藤とテンパイ復帰を果たした佐藤の2人テンパイで流局。

この2局で近藤と佐藤の執念が織りなしたハーモニーは、観ている者に最高位への想いを伝えるには十分な内容であったように感じられた。

38期最高位決定戦の注目局を5つ挙げろと言われれば、筆者は間違いなく1つにはこの局を挙げる。

それほどに、2人の想いには感銘を受け、震えた。


11本場供託1000点 ドラ

近藤20300 新井24700 佐藤46300 村上27700

しかし、そんな共同戦線を幾度となく破壊し、今の位置に君臨するのが新井であることを忘れてはならない。

3着目に押し戻された新井の7巡目。

 

 ツモ

 

保留のがマジョリティだろうか。

他方新井は、前巡に自分で切っているを再び切ってチートイツに固定する。

これはできそうでできない一打。

新井は、この辺りのチートイツへの切り替えが実に鋭い。

確かにこの手は、トータルトップが真っ直ぐ進めるべき手ではない。

安全牌が持ちにくく、仕掛けてアガれたとしてもそこまで高くはならない。

それならば、後々安全牌を抱えることのできるチートイツに決めてしまった方が、安定感がある。

すると、チートイツに決めた次巡にを引いて待ちのテンパイ。

さらに次巡に引いた1枚切れのに待ち替えして打

はオヤである近藤の現物で、ソウズの下は場に安く、絶好の待ちといえる。


このに反応したのは佐藤。

 

 

新井の手牌が動いていることを察知した佐藤は、上記手牌からをチーして強引に新井の動きを封じにいくが、一手間に合わず打で新井に放銃となった。

 

 ロン

 

32003500


実は佐藤、前巡に余剰牌の選択があった。

 

 ツモ

 

は近藤の現物、は村上の現物。

当然オヤである近藤の安全牌を残し、次巡の放銃となってしまった。


もし、新井があのとき保留してを切っていたら、チーが入ってテンパイすらしていない可能性が高い。

新井が、これしかないという鋭いチートイツで、張り巡らされたバリケードを切り裂く。


31本場供託1000点 ドラ

佐藤44300 村上28200 近藤18800 新井27700

この近藤・佐藤の姿勢を見ては、村上も黙っていられない。

4巡目リーチを終盤にツモって1300260014002700

 

 ツモ  ドラ ウラ

 

これでまだ戦える。


4局 ドラ

村上34700 近藤17400 新井26300 佐藤41600

とはいえ、微妙な点差でオーラスを迎えることとなってしまった。

村上と新井の差は8400で、村上は近藤か佐藤にならマンガンを放銃しても2着に残るのだが、逆に新井と近藤の差も8900で、新井が佐藤にマンガンを放銃しても新井がラスに落ちることはない。

しかも、ちょうどそのマンガンが佐藤に入る。佐藤が近藤からドラをポンしてテンパイ。

 

 ポン チー


直後の村上

 

 ツモ

 

向かっていたのがチートイツでは、今ポンされたドラが止まるはずもなく、佐藤への放銃となった。

仮に村上の点数があと500点少なければ佐藤は見逃したであろうし、近藤があと1000点多く持っていても佐藤は見逃した可能性がある。

なんとも微妙な点数の巡り会わせで、村上が佐藤への放銃でトップまで突き抜けることができずに終了した。


18回戦結果

佐藤 +49.6 村上 +6.7 新井 ▲13.7 近藤 ▲42.6

 18回戦終了時トータル

新井 +194.0 村上 ▲7.4 近藤 ▲85.3 佐藤 ▲103.3


これで残り2回を残して新井と2着目村上との差が200

この200差という数字は、トップラスを2回続け、なおかつ素点で8万点差をつけなければならないことを指す。


 

 

19回戦

起家から佐藤→村上→近藤→新井。

新井がラスオヤを引き、追う3者にとっては開始前から厳しい展開となる。


2局 ドラ

村上30000 近藤33600 新井30000 佐藤26400

どれほどポイントを持っていようと、新井は攻撃の手を緩めない。

新井がここから1巡目に仕掛ける。

 

 

佐藤からをポンして打

これは、18回戦に見せた本来のスタイルではないポンとは異なる、新井啓文本来の仕掛け。

ホンイツやトイトイなど、打点を追いながら安全牌候補の字牌を抱えることができるバランスの良い仕掛けだ。

なお、さらに多く字牌を持っている下記のような手牌であれば1枚目からは鳴かないと思われる。

 

 

ここから鳴いてしまうとマンズか字牌があふれ、重なる可能性のあった牌を1枚放出しなければならなくなるからである。

逆に、今局のようにソウズやピンズがまだ23枚あるような手牌であれば、仮にあと23枚マンズか字牌を引いたとしても無駄なく吸収できるため、鳴くという判断になる。

実際にはここから5巡で目論見通り字牌を活かしたテンパイまでこぎつけ、9巡目にあっという間の13002600完成。

 

 ポン ツモ

 

最低打点(この仕掛けの場合にはおそらく3900)を設定し、頑なにそれ以上に照準を合わせてくる。

これが新井の重厚な攻撃。


4局 ドラ

新井33200 佐藤33100 村上25400 近藤28300

1つの山場、新井のオヤ番を迎えた。

オーラスは新井がオリて流局を狙ってくるため、新井が前に出てくるオヤ番としては実質的にここが最後となる。

その新井が4巡目にオヤリーチ。

 

 

完全に勝負を決めにきた。


新井のリーチを待っていましたとばかりに、村上が5巡目に追いかけリーチ。

 

 

村上にとっては、自身のオヤ番以外では、ここがほぼ最後の勝負どころ。

ここで新井の点数を少しでも削っておけると南場に望みがつながる。

しかし、逆にここで新井に加点されると、細い糸が切れる可能性さえある。


手に汗握る間もなく、次巡に決着。


村上がを掴んで5800の放銃。

 

 ロン  ドラ ウラ

 

これで一縷の望みすら絶たれた。

誰もがそう思った。


41本場 ドラ

新井40000 佐藤33100 村上18600 近藤28300

しかし、村上は諦めていない。

どれほど絶望的と思われる状況になろうとも、最善を尽くすのが村上の麻雀。

村上は5巡目にチートイツをテンパイすると、1枚切れの待ちでリーチ。

チートイツに絞れない河を作り、新井の捨てているで新井を捕えにいく。

 

 

村上本人に聞いたわけではないが、今度は佐藤か近藤から出ても見逃すのではないだろうか。筆者ならば、そうする可能性が高いように思う。

現状ラス目、新井もトップ目で押し返しにくいため、見逃しやすい状況といえる。

結果は、新井がドラトイツのイーシャンテンからを切って32003500の放銃。

 

 ロン  ドラ ウラ

 

裏ドラが乗らなかったのは少々不満ではあるが、構想通り新井からの直撃に成功し、なんとか新井から点数を削って南入することに成功した。


1局 ドラ

佐藤33100 村上22100 近藤28300 新井36500

前局に引き続き、村上が8巡目にリーチ。ダブ南アンコの勝負手である。

 


近藤もドラアンコのリーチですぐに追いかける。

 

 

しかし近藤の一発ツモがで、村上に6400の放銃となってしまう。

 

 ロン  ドラ ウラ


この決定戦最終日は、決勝戦でダントツがいる状況としては少し特殊な点数の動き方をしていることにお気づきだろうか。

通常このような状況下では、ツモアガリ、流局、トータルトップ目からの出アガリが多くなる。

追う3者がお互いに標的(ここでは新井)以外からは見逃すケースが増えるからである。

しかし、この最終日では、今局に代表されるような24着のいわば同士討ちが多い。

原因は、新井のスタイルに他ならない。

 

解説の金子が言う。

「新井さんのスタイルが自然に局を進めさせる状況を作っていますね。新井さんがオリずに向かっていってアガろうとするので、他の3人は『新井さんにアガらせるぐらいならアガっておかないと』という風になって自然にアガらざるをえない状況になっているのではないでしょうか」

 

通常、このような状況下では「オヤvs新井」という対決が続き、新井がオリ続ける状況となるのだが、この最終日では今局のようにそれとは逆の「他2人による打ち合い」も存在するなど、ごく自然に局が進んでいる。

今まで幾度となく繰り出してきた新井の攻撃が作り上げたものは、大量の点数的リードだけではなく、むしろ「自然にアガらざるを得ない状況」なのかもしれない。


2局 ドラ

村上29500 近藤20900 新井36500佐藤33100

そして、同士討ちをやりすごした新井は、村上のオヤ番のような勝負どころではスッと前に出る。

 

 チー ポン ロン

 

1巡目にを仕掛けると、わずか8巡でロン。

1000点だが、もう打点は関係ない。


31本場 ドラ

ここでは配牌にも恵まれ、新井が3巡目テンパイを国士無双狙いの村上から5巡目にロン。39004200で、トップ目のままオーラスを迎える。

 

 ロン


4局 ドラ

新井41700 佐藤31100 村上24300 近藤22900 

勝負あった。

このオーラスは1局しか存在しない。

新井は役満でもアガらない限り連荘などしないからだ。

この1局で、村上・近藤の最低条件としては新井をまくることだが、仮にそれを達成したとしても19回戦開始時と何も変わらない。

できることなら、村上か近藤がハネ満以上を新井から直撃し、新井を3着に落としたいところ。


11巡目、村上に一応テンパイとなるが訪れる。

 

 ツモ

 

チャンタを狙っていたのだが、もう11巡目。

最終日で一番の静けさとともに村上の思考が続く。

いや、思考というよりは、どちらかというと思想に近いのかもしれない。

を切ってチャンタへの手替わりを待つか、切りリーチでツモウラ3条件に賭けるか。おそらく期待値としては後者の方が高いのではないか?ただ、このリーチをかけるということは―」


このリーチをかけるということは、ほとんど「新井の優勝を認めた」ということだ。

どのように思考しても、「最終戦を残して優勝を認めてしまうようなリーチをかけてよいのかどうか」という思想の部分にたどり着いてしまう。

それでも村上は自らの信念に基づき、優勝への可能性が最も高いと思われる選択をした。

こんなに無念そうな「リッチ」を聞いたことはない。

これは、リッチという名の投了宣言である。


すると、同巡、すでにテンパイを入れていた近藤も、自らへの数秒の問いの後、ツモ切りでリーチを宣言した。

 

 

「村上が投了ということは、自分ももう潔くそれに従わざるを得ない」



17巡目、村上が近藤からアガる。

ウラドラは乗らない。

 

 ロン  ドラ ウラ

 

映像には映っていなかったが、実況の小林が言う。

「村上が1つ深くお辞儀をしました」

これが、麻雀プロ村上淳の流儀であり、流儀に従って下した結論である。

それを近藤も受け止め、無論佐藤も受け止めた。


19回戦結果

新井 +41.7 佐藤 +11.1 村上 ▲12.1 近藤 ▲40.7

 19回戦終了時トータル

新井 +235.7 村上 ▲19.5 佐藤 ▲92.2 近藤 ▲126.0


 

 

20回戦

19回戦オーラスで、新井を除いた3者の共通認識は形成された。

「優勝は決した」

とすれば、この最終戦はどのような戦いになるのか。

おそらく3人の思いは同じ。


「麻雀をしよう」


視聴者の方に楽しんでもらえるような麻雀を。


各人がどこを見て麻雀をするのか。

それが問われる半荘が始まった。


起家から佐藤→近藤→村上→新井。


1局 ドラ

まずは村上が村上らしさを見せる。

村上は12巡目にツモでテンパイを果たす。

 

 ツモ

 

当然のリーチだと思った。

しかし、村上はに手をかける。

これは、待ちの悪さと、リーチをかけたときに押し返される可能性を考慮してのもの。

確かに21枚が切れていては薄そうなのだが、リーチを多用する村上がこれをリーチしないのは意外だった。

するとすぐにを引き、やはりダマテン。

 

 

打点が上がったからといってリーチするということはない。

なぜなら、さきほどのテンパイ時にリーチをかけなかった理由が「待ちに不満があるから」なのだから。

村上は、他家の動向に注意しつつ、ダマテンで押し切ってテンパイで流局に持ち込んだ。

両面ながら悪い待ちだと判断し、反撃に合う可能性がある場合には徹底的にダマテンに構える。

それが門前リーチ派村上を支える渾身の我慢という屋台骨。


41本場 ドラ

佐藤は下記のテンパイを果たすと、即リーチ。

 

 

3枚見えており、自分の河には

絶好ので、打点は低いがアガりやすい待ちでリーチをかける。

場に合わせた待ち取りで実利を取っていく佐藤らしい鋭いリーチ。


このリーチに対する近藤の対応も実に近藤らしい。

 

 ツモ

 

佐藤リーチの次巡にを引いた近藤。

は比較的通りそうなのだが、がすでに2枚切れており、スーアンコを目指すのであればが不要牌となる。

しかし、は佐藤に無筋。

近藤は、少考の後スッとを打つ。

解説の金子・土田も思わず見事と唸る。

このをリアルタイムで見ることのできた視聴者の方は幸せだと思う。

このこそ、近藤という麻雀プロの意地、そして最高位の本気の意地であるからだ。

このを打つために、近藤はずっと麻雀牌を握ってきたのであるし、明日も麻雀牌を握るのである。

それが、1度でも最高位になった者の使命。


この局は佐藤がすぐにをツモって決着となるのだが、佐藤・近藤両者の持ち味が発揮された1局となった。


2局 ドラ

近藤がオヤリーチで連荘を狙っていく。

 


これに対し、新井が真っ直ぐ反撃。

新井はドラアンコのテンパイから平然と無筋を何枚も切り飛ばすと、近藤の最終手番でツモ切られたにロン。

 

 ロン

 

最後の一瞬まで押し通す。

新井啓文らしく勝つ。

それが新最高位となる新井の使命。


31本場供託1000点 ドラ

いよいよこの村上のオヤを落とせば優勝が確定する新井。

7巡目にツモ

 

 ツモ

 

ソウズの下は自分の目から4枚見えており、チートイツを狙うのであればは絶好。

とはいえ、それはも同じこと。ひとまずをツモ切りしておき、チートイツと三色の天秤をかけるというのがマジョリティだろう。

それも、おそらく感覚的には955ぐらいのマジョリティ。

しかし、新井はここからを放った。

でもなく、完全にチートイツに決めるである。

 

 

 

 

 

少しだけ、ほんの少しだけ、永世最高位飯田のチートイツが頭をよぎる。

 

 

 

 

 

すると次巡、次々巡とを連続で引き、狙い通りの待ちテンパイ。

 


最後は、マンズホンイツ狙いの近藤がすぐにをツモ切りして決着。

新井が優勝を確定させた手は、実に趣深い最速のチートイツであった。

 

 ロン




新井は、どこを見て打っているのだろうか。

最高位決定戦最終日から4か月が経ったある日、新井に尋ねてみた。

―最終的な目標は何ですか?

 

「還暦をAリーグで迎えることですね」

 

新井はそう答えた。

きっと新井なら、還暦までのあと四半世紀ぐらいは確実に趣深く押し続けることだろう。

 

  

―教室の生徒さんからお祝いの言葉とかありました?

 「最終節後は

『みんなに邪魔されて大変だったわねー』

とか言われましたよ()」



邪魔されても邪魔されても、共同戦線を張られても、力でこじ開ける。

ただそれだけの麻雀。

ただ、それだけは誰にも負けない。

そして、それができるのは、本当に強い打ち手だけだ。


ちょっと趣深さを持った苦悩の戦闘神、新井啓文。

最高位、戴冠。


38期最高位決定戦

優勝  新井啓文

準優勝 村上 淳

3位 佐藤聖誠

4位 近藤誠一




生ぬるい風の吹く季節がまたやってくる。


65期最高位戦Aリーグ開幕。


男は、前期B1リーグから4期ぶりにAリーグへの復帰を果たすと、發王戦では決勝進出。

昨年還暦を迎えたのだが、持ち味の攻撃にはますます磨きがかかっている。

いつしか「攻めっ気の強いじいさん」「うぜえww」「下がつっかえてるんでそろそろ引退してくんないすか?」なんてことを言われるようになった。

そういえば昔、狂気の戦闘神なんて呼ばれたこともあったっけな。


1回戦東1局、8巡目にして2軒リーチがかかる。

2人に対して2つ無筋を押してテンパイを果たした男は、ドラ表示牌のを切ってリーチを宣言。

その宣言牌に「ロン」の声が2つ重なる。

男は笑った。

嬉しそうに笑い、元気良く「はい」と応えて12000点を支払う。

そうだ、これが最高位戦Aリーグの空気だ。


38期最高位 新井啓文。

男はそこに座り続ける。


しばらくすると、外を走る電車の音に混じって新井の声が聞こえた。

8000オール」


観戦記者である私は、そのドラ待ちタンヤオチートイツの一発ツモを見てペンを走らせる―


   新井啓文、60歳。

    絶賛攻撃中。


史上最高の狂気が、そこに座っていた。


文・鈴木聡一郎




執筆後記 (観戦記者:鈴木聡一郎)

対局後かなり時間がかかっての掲載となってしまったことをお詫びいたします。

今後、動画牌譜連携のスピードアップ等を図り、観戦記を書きやすい環境の整備に努めてまいりたいと考えております。

これからも最高位戦日本プロ麻雀協会をよろしくお願いいたします。


最後に、対局前後にインタビューを受けてくださった対局者のみなさん、生放送をご視聴いただいたみなさま、観戦記を読んでくださったみなさま、いつも競技麻雀を応援してくださっているみなさまに、心から感謝の言葉を述べさせていただきます。

ありがとうございました。


みなさんに面白いと言っていただける観戦記を還暦まで書いていられるよう、一層精進してまいります。

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