第1日 10月29日
(全5日間20回戦)
プロローグ
下馬評のない 平らな戦い。
―そう、まさに、誰が勝っても微塵もおかしくない―
第33期最高位決定戦。
この4人の名前が挙がるのなら、皆がそう思うのではないかと思う。
そして、その戦いを見たいと、思うのではないだろうか。
―かく言う筆者は、決定戦初日の観戦記者として、卓の一番近くで見ることができることに、ひとまず興奮せずにいられなかった。
会場の片隅で、対局前の様子を傍観しながら、筆者自身もこの空気を味わおうと息を吐いた瞬間、その伝わる4人の空気に、思わず鳥肌が立ったのである。
―待ち受けるのは昨年連覇を成し遂げた覇者、張 敏賢。
飄々としたたたずまいは、いつもと変わらないようで、何かが違う。
― 久しぶりのこの最高位戦の対局、やはり自分1人休み明けだし、乗り切れない感がある
―そう、口にした。
他の3人は、最高位戦Aリーグ12節を勝ち残った、所謂、勝者だ。
この、半年のリーグ戦のないハンデ、勢いの違いを不安だというこの男、…去年も同じことを話し、そして最後は、最高潮のテンションで、最高位を防衛した。
今年は、どんなパフォーマンスで魅せてくれるのだろうか―
―早めに会場入りしたにも関わらず、筆者より先にのんびりと雰囲気を味わっていたのは、大魔神こと、飯田 正人である。
筆者の顔を見るなり、
女流負けちゃったの?おまえ頑張れよー
なんて、声を掛けてくれる優しい大魔神は、もう数え切れないほど決定戦に残り、Aリーグを一度も退くことなく戦い、最高位も8回勝ち取った―
―紛れもない、強者、である。
過去に何度か、氏の対局を観戦したり、採譜したりしたのだが、この強さはなんなんだと、思ったことがある。
そして、氏を知っている人は、それが飯田さんの強さだと、口を揃えて言う。
飯田 正人の、神がかった和了が見たい。この決定戦では、一体何度、魅せてくれるのだろうか―
―いつものように、長身で姿勢のよい金子 正輝が会場入りした瞬間には、急に冷たい何かが、張り詰めたようになった。
長年の最高位戦を、さらに麻雀界も賑わせてきた、ベテランの、主役の1人。氏が会場を少し歩くことだけでも、一際目を惹くのだ。
対局前は口数も少なく、筆者の問い掛けにも、前を見据えながら、ふ…、と笑っただけだった。
金子さん、意気込みはありますか?
―何かを狙うように、研ぎ澄ました目つきで会場を見渡したあと、飯田と軽く談笑して席についた。
繊細で、鋭く光る一打一打に、金子の魂が込められている。
筆者が確信できるのは、そんな摸打を、今年もギャラリーに魅せつけるだろう、ということなのだ―
―大きな目をギラギラさせながら、奥の椅子に腰掛けて、その雰囲気を身体中で味わっている男がいた。
優駿杯で初載冠、今年はノリにノってる、佐藤 崇だ。
最高位戦クラシック、ツインカップと決勝に進出。今年は佐藤の年だと、周りに言わしめてきた。
しかし、この決定戦だけは、勝てる自信が全くないと、最終節のAリーグ優勝後、問い掛けた筆者に言い切っていた。
読みや思考、攻守のバランスは、超一流なのである。
なにより、今年のAリーグでの1年間に積み上げてきたポイントと、数々のタイトル戦での実績は、彼の自信ではないのだろうか。
その、謙虚な気持ちではない、自信のなさとは、一体何だと言うのか―
―きっと、全て終わった時に、その答えが垣間見えるのだろう。
そして、始まりの瞬間は、時を待たずして静かに訪れた。
《1回戦》
起家 飯田
南家 佐藤
西家 金子
北家 張
【東1局・ドラ】
対局開始時には、20名ほどの観戦者が揃っていた。
まず、誰が先手を取るのか。
皆の注目を集めたこの東1局、この日1日を示唆するかのような攻防が、いきなり繰り広げられてゆく。
開口一番は、10巡目、飯田の1枚切れで選んだ打に金子の【ポン】だった。
この時の飯田の手の内は
ドラ表のとの2枚の生牌を抱え、金子の仕掛けに向かうには、少し苦しいか。
飯田は、金子の仕掛け後にを食い下げられるのだが、それを見ると丁寧にを対子落としをし、オリに向かう。
まずまず先手を取れそうな形からのオリ、そして他家の和了。この日の飯田はこの後、終始に渡り、その選択を余儀なくされる。
金子は、ドラのを1枚抱え、重なっても不要になっても、前に出る形での積極的な仕掛けだった。
この一向聴で、終局まで攻め切る。金子は、攻撃寄りの姿勢を崩すことなく1日を終えるのだが、この東パツの1局からも、その意気込みを感じずにはいられないだろう。
一方でもう1人、下家に対し危険度の高い牌は押さなくとも、オリの気配はない男がいた。南家の佐藤だ。
金子が仕掛けたあとも、河に呼応しつつ丁寧に手出しを繰り返し、手を進めているようにも見えていた。終盤にドラを重ね、最終ツモでしぶとく七対子の聴牌を入れる。
この、ギリギリまで粘る強さ、際どいところまでの攻め。つまり、佐藤らしさ、を感じた1局である。
手が入らず序盤からオリに回った張、終日、序盤の段階で、攻守どちらに回るかがわかりやすい展開が多かった気がする。
結局、佐藤の1人聴牌にて終局した東1局。
終わってみたら、全てが凝縮された、色んなものが既に象徴されていた1局だった。
【東2局・ドラ】
きっと、誰もが渇望しただろう初和了は、8巡目にドラ切り後、闇テンに構えた張に、軍配があがる。
全員が和了に向かったこの局。親・佐藤のリーチに、一副露して混一に向かっていた飯田の、リーチに対して下ろした現物切り、これをすかさず、張が捕らえる。
飯田 ツモ
張
5200は5500。張が滑舌よく点数を告げる。
決定戦は、張の和了で、完全に幕を明けた。
【東3局】
親・金子がリーチ、15巡目にメンピンツモで1300オール。
1本場は、一手変わり三色の金子、手変わる前にツモって500は600オール。
派手さはないが、確実に和了を手繰り寄せる金子。落ち着いた表情で、積み棒を重ねた。
2本場、金子に噛み合ったツモが続き、13巡目、高めのを引き入れて、今度は打点も結び付いた聴牌のリーチ。
ドラ
が、傍目から早そうだったのは張。やはり、8巡目に役ありの闇テンが入っていた。
先行リーチも打てそうな聴牌だ。わずかにトップ目の張、何を思って、確実に打ち取る選択を取ったのだろう。
しかし結果は、一牌も押すことなく、親リーを蹴りあげることに成功する。張、同巡にをツモ。
静かな闘牌で、足早に時が進んでゆく。
【東4局・ドラ】
初めて、そしてこの半荘唯一、大きく動いたのがこの局だ。
佐藤が6巡目、しばらく悩んだのちに、牌を横にする。そして、微塵も表情を変えることなく、ツモ切りを繰り返した後、16巡目にようやくのツモ。―3000-6000。
ツモ 裏
このリーチ、宣言牌がだったのだが…。
萬子のターツを外しても、一通のみの聴牌維持したまま、門清の一向聴だ。
6巡目までの河には、が1枚切れているだけで、確かに若干ピンズは高い。
佐藤は序盤から、、、と4枚のピンズを引き入れての聴牌。
一発と裏のあるこのルール、ピンフ一通の6巡目リーチなど、願ってもない好形、好打点だろう。待ちにも申し分ない-である。
何事もなく、ツモ山が変わらずに場が進んでいたら…佐藤は13巡目にをツモったのちに、
ツモ
での和了があった。
しかし、これは麻雀なのだ。
6巡目に先行リーチを打ち、裏1の跳満をツモ和了るのが佐藤であり、この男の強さだ、ということなのだろう。
【南1局・ドラ】
ラス目の飯田、なんとか親で連荘したいところだが、ツモが悪く、手が進まない。
10巡目に仕掛けて前に出るも、同巡にドラを切り、聴牌濃厚な佐藤に、すぐさま捕まってしまう。
飯田
佐藤
次巡、飯田はをツモ切り。佐藤に2000を放銃し、出番なく親が終わる。
表情こそ変わらないものの、軽く溜息をもらしたり、深呼吸したり。大魔神は、苦しんでいたに違いない。
【南3局・ドラ】
南2局は、飯田を除く三者が、一向聴で立ち止まりそのまま終局した。
被ることもなく親を終えた佐藤のリードのまま、この半荘は終盤に向かう。
次局は親・金子、ようやくの聴牌でリーチ、佐藤にも聴牌が入っての流局だった。
続く1本場は、金子、佐藤に好配牌が入るも、結局全員が和了に向かう展開になる。
金子が12巡目にリーチ
ここに飯田もリーチ
14巡目に張も仕掛ける
この時の12巡目の佐藤の手牌がこれだ。
ツモ
またもや一手変わり門清、今度は二盃口だ。
しかし佐藤は、をツモった瞬間にふと失笑したあと、丁寧に金子の安牌、飯田にはワンチャンスのの対子を落とし場を見守る選択をした。
張も聴牌は1巡で、オリる。
最後は、程無く飯田がをツモり上げて、裏は乗らずも待望の初和了を迎えてのオーラスになるのだが。
ほんの一瞬しか見えない勝利という出口。この僅かな、1人分すら危うい隙間へ、4人もが向かってゆく。
―その闘志が、音を立てることもなく、しかし確実に、激しくぶつかりあっていた。
そして、1回戦は終焉を迎える。
【南4局・ドラ】
東家 張 28500
南家 飯田 19100
西家 佐藤 44300
北家 金子 28100
早々に先手を取ったのは、ラス目の飯田だった。
7巡目リーチ
ツモなら2着が見えるが、ツモだと裏1でもラスのまま。2着順違う和了、飯田はどうアガりきるか。
親の張、
9巡目
次巡はツモでリーチには筋の打。張はのポン聴を入れる準備もできている。
このを欲しかったのがもう1人、金子には大物手が入っていた。
11巡目、を持ってきて打としたあと、さらに次巡をツモる。
ツモ
実はこの前巡、トップ目の佐藤からリーチが入っていた。
この佐藤のリーチ、目下2着目の張の足を止めるには絶好である。
ツモられた場合以外の飯田、佐藤の和了、つまり、他家からリーチへの振り込みは、張にとっては追い風になるのだ。
実際、佐藤のリーチを受けて、張はオリを選択する。
金子は、共に初牌の対子、しばらく悩んだ末に打を選択する。
飯田が南家だったことが金子にを切らせる、が、奇しくも次巡の金子のツモは、だった…
河に並ぶ3枚のを見て、金子正輝は何を思ったのだろう。
もしもを切っていると、下家の張がポン聴を入れていた可能性が高くなるが、既にリーチをかけていた上家・佐藤の次巡ツモ牌も、であった。
金子が打を選択した場合、仕掛けの有無に関わらず、金子には聴牌が入っていたわけだ。
―しかし結果は、1つしかない。
数巡後、佐藤がを手元に手繰り寄せると、高らかに声をあげる。
佐藤の、圧勝の1回戦だった。
佐藤 53300 +53.3
金子 26100 +6.1
張 24500 -15.5
飯田 -43.9
《2回戦》
東家 佐藤 +53.3
南家 飯田 -43.9
西家 金子 +6.1
北家 張 -15.5
【東2局・ドラ】
2回戦は、張が、佐藤の親を一蹴りして開戦する。
続く東2局、親・飯田に、今日初めての、大きな聴牌が入る。
10巡目
愛でるように、配牌を何度も丁寧に理牌したあと、そっと寄せて行った混一色。
飯田は9巡目、先にを外しての一向聴に構えた所に、金子が、豪快にドラを切り飛ばして、リーチを打ってきた。
次巡を引き聴牌の飯田、闇テンのまま、金子に全力でぶつかってゆく。
3巡後、この形のまま捲り合う選択に決めた飯田、リーチを打つも一発目のツモ牌で金子のメンピン裏、3900に刺さってしまう。
―波に乗れない飯田、大魔神の襲撃はまだ、訪れない。
東3局は、張のリーチに全員が防戦し流局。
そして次局。観客にも、卓内にもざわめきが起こる。
【東4局・ドラ】
南家・佐藤が序盤から早そうな気配だったのだが、8巡目に手が止まり小考。打のツモ切りリーチが入る。
やはり聴牌が入っていたかと、溜息が聞こえそうなリーチ宣言だったのだが。
手牌はこうだ。
終わってから話しを聞いてみたのだが、本音はどうだったか、佐藤の返事はあっさりしたものだった。
おれは何だってあるぞ。先行リーチが、筋牌の役ありドラ単なんて、いいアピールだ。 と。
親の張は着々と手を進め、13巡目、タンピン一盃口を仕上げて、佐藤にリーチで襲いかかる。
しかし、佐藤は顔色一つ変えずに、張の入り目の無筋の危険牌を、ツモ切る。
筆者なら、胸中は穏やかではない筈だ。
佐藤は、当たるなら当たってみろと言わんばかりに、流局まで淡々と自分の和了を追い続ける。そして息を荒げながら聴牌を守った金子も、流局と共に手牌を開けた。
固唾を飲んで見守っていた観客も、思わず声を漏らしそうな、卓上に拡げられる世界。
―そう、1打1打が、渾身なのだ、ただ、ひたすらに。
続く1本場も、佐藤が先行リーチを打つが実らず。
積み上げられた本場、4本の供託と共に、時は、南場へと突入する。
【南1局・ドラ】
3巡目、金子から威勢よくリーチが入る。
回っていた飯田、チー聴を入れて応戦。
場にはピンズが圧倒的に高い。飯田はツモで、Wワンチャンスのを切るも、次ツモにてオリに回る、が、続いたツモは、。
―大魔神の顔が、ついに、苦笑で歪んだ。
【南2局・ドラ】
結局、金子のリーチは実らず、供託5本の4本場に。
我慢の続いたラス目の親・飯田が、ついに反撃の狼煙を挙げる、のだが…
配牌
第一打、ドラを放ち、他家を煽る。
次ツモ、とし、3巡目に役ありの聴牌。
しかしその後、ツモで打とスライド。飯田の打牌はかとも思っていた筆者は、それが、大魔神の嗅覚なのか、焦りなのかを探った。
供託は5本、積み場も高い。和了が、何より優先されるだろうこの場での、聴牌外しか否か…しかしまだ、巡目は浅い。
次巡ツモはだった。
飯田はぽつりと、『リーチだな』と一言。当然--のリーチを放つ。
一発目のツモは、だった。
―聴牌を一瞬外して、もしも一巡何事もないままなら…ド高めの即ツモだった。
ここで大魔神は、再び落胆の色を見せる。
しかし序盤から対応したものの、安牌がなくなった張が、後筋になったをオリ打つ。3900は5100に供託5000と、10100点の和了を手にした飯田。
―この結果は、果たして何をもたらしてゆくのか。
打点を補填し、手牌もまとまり始めた飯田だったが、次局は3着目に落ちた張の闇に、捕まった。
8巡目聴牌
9巡目ロン・ドラ
入り目のは、第一打のフリテンだったのだが、、と先に外して1枚切れのを抱えた西家・張。1500点の積み場、ドラターツ。フリテンの受けを残しを持つ。
ハナから闇に構えるつもりだったのだろうか。-を先にツモったらどう受けたのだろう。
和了を手にした王者は、オリ打ちを強いられた前局に一矢報いて、密かに頂点を目指してゆく。
【南3局・ドラ】
ベテラン2人、揃ってドラ色の混一に向かっていくという怖いことが起こるのがこの局だった。
先行仕掛けは飯田
打
金子は
からの打。
次巡、有効牌を先に引き入れたのは、大魔神の方だった。
をツモり打。このを金子が叩くと、さらに飯田を引き、あっさりとをツモり上げる。
飯田は序盤からピンズが濃厚だったのだが、親・金子、仕掛けは苦しい形でのポン。
金子はこの満貫を被り、オーラスは、2着目・飯田に800点差、ラス親・張にも2900差に詰められてしまう。
これでもう一波乱起こりそうな気配もあったが、親・張が中盤もがいてる間に、金子が頷きながら和了を引き寄せて、なんとかトップを死守し、表情も穏やかに席を立つ。
そして、あっさり展開ラスを食わされた佐藤、もどかしい顔で休憩に引き上げてきた。
金子 34000 +34.0
飯田 31800 +11.8
張 29500 -10.5
佐藤 24700 -35.3
《3回戦》
東家 金子 +40.1
南家 飯田 -32.1
西家 佐藤 +18.0
北家 張 -26.0
【東1局・ドラ】
親・金子に対子で索子の混一に向かえる好配牌。
3巡目、三向聴からを仕掛けて、攻めの姿勢をむき出しにする。
打
9巡目
となったところで飯田がを強打してリーチ。
金子は、飯田に無筋のをツモり打とした後、をツモ切って3900を放銃。
金子の表情はさほど変わらずも、初の先手を取った大魔神の点数申告は、心なしか、さっきより軽やかだった。
【東3局・ドラ】
この日は、比較的闇テンが多かった張。
先制をせずに、静かに狙いすまして、躱していく。
この局は、自風の暗刻に、ドラ対子の両面聴牌を果たす。下家にピンズの染め手がいたこともあってか、ここでも寡黙を決めた、そして、そっとをツモアガる。
―これは躱し手ではない。本手の、満ツモである。
次局の自分の親番に追い風が吹くように…
それとも、違う何かを求めていたのだろうか。
張は、少し顔を紅く染めて、颯爽と配牌を取り出した。
【東4局・ドラ】
迎えた張の親番。急に風が吹いたのは、防戦を余儀なくされて、険しい展開になりつつあった、佐藤だった。
5巡目、を引き入れて先制リーチ。
リーチ直前に好形の一向聴になっていた金子、攻撃態勢を緩めず。
をツモ切っての高め裏なし、3900をまたも放銃。
金子は、攻める姿勢を貫くも、詰めきれない。
【南1局・南2局】
南パツは、全員が終盤にオリて、2度目の全員ノーテンで流れる。
次局は、張の2巡目リーチに、他家が皆オリて流局した。
スピードだけを増して、局だけが刻々と進んで行った。一瞬の一進一退で、見てる者を絶えず魅了させて。
【南3局・ドラ】
我慢を強要されていた親・佐藤に勝負手が入る。
5巡目
8巡目のツモでメンホン一向聴。10巡目ツモで、長考のちに打。この時、は生牌、、が1枚切れ、は3枚切れていた。
13巡目にツモにて、顔を歪める。
という牌姿に於いてなら、仕掛けても和了が見えるシャンテンが組めていただけに、13巡目の打は、悔しさも滲むところだろうか。
17巡目、七対子の聴牌が入っていた金子からが零れ、佐藤はどうにか聴牌をいれるも、和了には漕着けなかった。続いた1本場も、渋りながら仕掛けた直後に、金子に七対子をツモられてしまう。
オーラスは、ラス親・張がトップ目のまま突入した。
―すると、突然、大魔神が襲いかかる。
【南4局・ドラ】
張 36400
佐藤 30500
飯田 27300
金子 25800
丁寧に点棒を守っていた張が、4巡目にペン、6巡目にカンと絶好のツモで聴牌を果たし、堂々とリーチを放つ。
すると同巡、大魔神が一言発声し、牌を、横に曲げた。
張は、揚々と1発目のツモ牌に手を伸ばす。自分の待ち牌でないことだけを確認して、そっと2段目の河の端に並べた。
金子が、一向聴から祈るように気合いのツモを見せた直後に、また、大魔神が発声した。
―今度は、 ツモ と一言。
ツモ 裏
麻雀に於いて、和了は、増してトップは、細すぎる糸を、いかに手繰り寄せるか、なのだ。
大魔神が、大魔神であるが故なのか。か細い1本の糸が、飯田を引き寄せて、この半荘の頂上へと誘(いざな)う。
飯田 36300 +36.3
張 31400 +11.4
佐藤 28500 -11.5
金子 23800 -36.2
《4回戦》
東家 金子 +3.9
南家 飯田 +4.2
西家 佐藤 +6.5
北家 張 -14.6
【東2局・ドラ】
東1局は、飯田、積極的に仕掛け、他を叩き下ろしての1人聴牌をもぎ取る。
続いた自親、好配牌が早々のシャンテンになり、8巡目に先制リーチ。
と直後に下家・佐藤が、牌を脇に置いて手牌を開けた。
ツモ
今度は、役がない。が手変わりで好形、打点共に見込める、ドラの単騎だ。
親のリーチを受けた直後なら、尚更の値千金の和了。のけ反る飯田を横目に、佐藤が力強く、前進する。
【東3局・ドラ】
3巡目、親・佐藤に先手を取れそうな一向聴に。
ここに金子からリーチ。
佐藤は、押し続けた。力を込めて、ツモ切りを繰り返す。
11巡目、ついにドラを引き聴牌。金子の現物の-だ。
しかし、が3枚切れ、は初牌だ。自信を持ち切れなかった佐藤は、リーチを被せずにそっと、を手から出す。
一発目のツモは、だった。首を傾げながら、1300オールを申告する。裏ドラは、だった。
―もしリーチを打っていたら。
6000オールを逃した感は、やはり、否定仕切れなかった。
次局は、さらに佐藤がリーチで相手を圧倒する。3者聴牌のところで、金子から5800は6100を出和了り。これで、一気に勢いを増して行く。
2本場は、張が待ち絶好の牌で、飯田からドラドラ七対子をアガる。佐藤、金子の気配十分だった1局を、張がまたそっと、一蹴して応戦する。
【東4局・ドラ】
黙っていた大魔神が、ここから前に向かい出す。
軽めの仕掛けで躱しに賭ける。親・張、好配牌から聴牌に辿り着いた瞬間、飯田がをツモ。
―そしてこの日の、最後の南場へと、歩き始めた。
【南1局・ドラ】
親の金子を差し置こうとばかりに、飯田が再び、軽めに仕掛けていく。
先に両面のを仕掛けて、打。は、親の現物だ。
しかし今度は、佐藤が襲いかかる。
9巡目
宣言牌のは飯田に危険度が高かったが、これを押すのは決めていたらしい。佐藤の、熱い気持ちが卓に溢れ出る。
驚いたのは、この後の大魔神の摸打だ。
確かに、1枚足りとも安全牌はない。筋を追ってオリ打つのは、若干ちぐはぐにも見える。飯田は、腹を括って、全力で押し続ける。
―結果、誰の和了も選ばずに、局は流れた。
【南2局・2本場】
最後の親番を迎えた大魔神、何とか凌ぎ切って続けた2本場、先行リーチで相手を牽制する。
ドラ
張、金子、共に序盤から気配があったのだが、親のリーチを受けても、さらに攻める。
結局、ここも流局となるのだが、張は、ドラドラの七対子の単騎。金子はなんと単騎の七対子のみの聴牌だった。
危険牌の強打は金子の方が数が多かったのだが、これが強者の勝負感なのだろうか。
―3者聴牌の中、金子の手牌だけが、何故か光る。
結局、飯田の親は、金子が、痺れを切らしたかのようなタンヤオ仕掛けをしての、300-500の和了で終わった。
ここでの供託3本の3本場は、ラス目の金子にはかなり大きな収入である。そう、金子正輝は、諦めずにまだ、攻め続ける。
【南3局・ドラ】
6巡目、大魔神は、シュンツ手も見える二向聴で、初牌のドラをツモ、顔をしかめた。
ツモ 打
9巡目、ツモとし、七対子に決め打つ。
ここで選んだのは打。これが裏目って次巡をツモり、河に並べて、表情が曇る。
11巡目の飯田、先にを重ねての一向聴。しかも12巡目には、傍目から待ちのよいを重ねて聴牌、単騎を選択する。
すると15巡目、金子からリーチが飛んできた。
大魔神は、序盤にを切っていて、聴牌後も、フリテンになるをツモ切りしていた。そこに金子のリーチ、飯田は一発目に、3枚目のを、掴む。
目下、3着目の飯田。これをアガると、オーラス、2着は確実に見える位置につけられる。
―大魔神は、自らの和了を選んだ。
即座に飯田からを打ち取った金子、その瞬間、自分の和了の前に、飯田にドラドラ七対子が入っていたことを悟り驚いたらしい。
裏は、―。
痛恨過ぎる痛手を負った大魔神は、それでも、はっきりと はい と一言放ち、見たところは落胆しきることなく、12000点分の点棒を、静かに脇に取り出して、置いた。
【南4局・ドラ】
佐藤 42100
張 34700
金子 31400
飯田 11800
ここにきて2着が危ぶまれたのは、今日1日、そう目立ち切ることもなく、守る姿勢も貫いた張だ。
―3回戦のオーラスもあっさりと捲られて、運からは、確かに見放され気味だった。
金子が8巡目に、ドラをノータイムでツモ切った。目立ちたくなかったのにと、後で笑いながら話したこの場面。金子、条件を満たす役あり聴牌濃厚である。
金子の1人聴牌では、張はまた、捲られる。前に出なくてはならなくなった張。一見はそこまで危険に見えない不要牌が、金子に捕まった。
張 ツモ 打
金子
―タンヤオ三色、5200。
佐藤 42100 +42.1
金子 36600 +16.6
張 29500 -10.5
飯田 11800 -48.2
―ラス目親落ちから、2局で2着順上げた金子は、テンションも最高潮に席を立ち、観戦者に向かって、一日を意気揚々と振り返っていた。
終始手牌がまとまっていた佐藤、最後の金子の5200も読み切って応戦していたのだ。実際危険牌を一切押さず、役ありの聴牌すら果たしている。
―このツキと手牌でポイントを加算できなかったことに、さらに不安を抱えて退陣する。
飯田は、 20半荘…長いな〜 と呟いた対戦前と、さほど表情も変わらずに早々と会場を後にした。我慢が続き、苦しい状態だった大魔神は、ポイントを最小限のマイナスにとどめた気がしてならない。
ツキのなかった王者は、冷静に振り返って、巻き返しを堂々と宣言した。今日以上に自分にとってマイナスな状態は、残す4日では起こらない筈だから、と。
打つ者に強者が揃うだけで、観てる者すら興奮する麻雀。まさに、最高峰の一戦である。
今後の展開からも、さらに目が離せるわけなどない。
―かくして開幕した最高位決定戦初日。
11月30日のその時まで、ドラマは、拍車をかけて、クライマックスを迎える。
4回戦終了
佐藤 +48.6
金子 +20.5
張 -25.1
飯田 -44.0
筆者・佐藤かづみ
(文中敬称略)