直前インタビュー

第1日 10月17日

第2日 10月24日

第3日 10月31日

第4日 11月7日

最終日 11月14日


(全5日間20回戦)


―あれ?尾崎はまだ来てないの?―

金子正輝が会場を見渡す。
金子のすぐ背後で待機していた尾崎公太が、驚きながらすぐさま
「来てますよー」
と軽い口調で応えた。

第32期最高位決定戦 第四節。

重たいものしか漂っていなかった会場の空気を最初に癒したのは、麻雀界のトップを走り続ける、金子正輝、その人だった。

最高位戦に於いて、飯田と並ぶ看板のトッププロ。

長身にピンと伸びた背筋、堂々とした風格、若手には近寄り難いオーラを醸し出す。

そこにこの明るい一面、すべてが今もなお我々を魅了し続ける理由のなのだろう。

かく言う筆者も話しかけづらい気持ちでいたのだが、ファーストアプローチは、冒頭のやり取りに笑いが堪えられない私に、
「観戦記のネタだよー」と
氏からの笑顔の一言だった。

この日の会場一番乗りは、重戦車、伊藤英一郎。

最高位戦と101のAリーグにて、常に上位を走る重鎮。

今年は、クラシック、八翔位、名翔位でも上位を賑わせている。
まさに、ノってる一年だ。

今回の決定戦も、3節まで一位にて進めていた。

「今日はいつも以上に腰を重く、比較的 守備に重心をおいて慎重に攻めたい」
と伊藤。

そして、旨い酒を飲もうよと言って笑った。

今回までのポイントは以下の通り。

伊藤 +84.6
張 +82.6
尾崎 △39.7
金子 △127.5

Aリーグ最終節、大外から直線一気で決定戦にトップ通過した、第29期最高位の尾崎公太。
この日もいつもと変わらないポーカーフェイスでゆっくりと卓に着き、ボードを眺 めながらリラックスしているように見える。

現最高位の張は、体調の良くなさそうな顔つきで、対局開始時間ギリギリまで卓につかなかった。

今年一年の頂点を争う戦闘前。

各々表現は違っても、目指すものは皆同じ。

―勝ちたい 勝つんだ ―

その気持ちが、見てる側へも緊張の糸を絡ませていくように感じた。

【13回戦・東1局】

起家・張はパッとしない配牌、一方の北家・伊藤は2巡目にドラの發を重ねて
3巡目、この日の開口一番となる仕掛けをいれる。

ポン

打3とするが二向聴。
伊藤にしてはかなり早いタイミングでの仕掛けに正直驚いた。

ここにやる気十分だったのは尾崎。さすがに普段の伊藤を知っているなら濃厚な發の対子〜暗子、一色手もある早仕掛け。

―捨てられる牌から気合いが伝わるような―

中盤に生牌の字牌を次々にツモ切りしていく。

一局目から魅せてくれるのかと、開局早々の戦闘モードに早くも目を奪われた。

13巡目、ようやくと言った表情の尾崎からリーチが入る。

伊藤は形を悪くしての一向聴のまま。

ここに一矢を報いたのは、冴えない配牌に淡々と対子手を作っていた起親の張だった。

尾崎のリーチ時には二向聴だったが、後半に急な仕上がりを見せ、16巡目、ドラを重ねての聴牌。

河と合わせ五萬が4枚、九萬が3枚見えている所に生牌の七をそっと切り、場に高く
尾崎にも切り辛い4索で待つ。

聴牌直後の17巡目、七萬を切った時のように、張がそっと4索を脇に置く。

―4000オール―

初和了は後手に見えた張だった。
少し上ずった声が会場に響く。

この4000オールが気持ちよすぎて、行き過ぎた感があったと、後日、落ちたトーンで張が語っていた。

―そう、この満貫、
麻雀の神様が勝者に与えるような、衝撃的かつ力強すぎる和了に見えたのは私だけではない筈である―


【東1局 1本場】

配牌ドラ対子で今度こそ前に出たい伊藤の前向きな姿勢にも、誰一人退かない攻撃戦になる。

結局伊藤は中盤に後退。
張の暗カンを受けドラ3になった金子が勢い良くリーチ、そこに追いかける尾崎の
リーチに対して金子が一発放銃。

メンタンピン一発一盃口ドラ1

12000は12300。

金子は「はい」と一言、歯切れのいい大きな返事をし、点棒を出す。

落胆の色もなく、堂々とした態度に、まだまだ諦めないという金子の強い精神力が漂っていたように見えた。

しかし、金子の親番は自分の出番ではなく、尾崎が絶好の張からの満貫出和了という形で流れる。

点数を告げる口調に高揚感いっぱいの尾崎。

前局の流局を思い出してか、天を仰ぐような仕草で洗牌する金子。

―2人の対照的な空気が会場全体を包み込んだ―


【東4局】

軽く瞬きしながら、いつものように目を瞑ってサイを振る伊藤。

静かに闘志を抱えて、重い腰と確実な和了でこれまでポイントを重ねてきた。

軽く眉間に皺を寄せながらおしぼりでしきりに顔を拭う張。

少し紅潮した顔つきで手のまとまった配牌を眺める尾崎。

そして、溜息もつかずに息を大きく吸い込み我慢の続く金子。

ここは俺の出番だと言いたげな伊藤。
軽い手つきで和了を重ね、尾崎に食らいつく。

しかし2本場、またもや尾崎の和了。

3巡目


という牌姿からようやくといった感の9巡目ツモ(4)打白、11巡目ツモ(7)打(3)にて聴牌直後の12巡目に(8)ツモ。

5本折れの満貫にか、ようやく和了れてホッとしたのか、
尾崎の点数を告げる声は、卓内にだけ届く位の、静かなものだった。

【南場】

大きな点棒の移動はないものの、各々が現況を考えての必死の攻防が続いていく。

打撃戦だった東場に比べて、やや慎重なやり取りで時が進む。

東場を力強くまとめた尾崎がトップであれば自分が2着なら十分か、伊藤は張をマークした姿勢でのオーラスを迎え、
尾崎が難なく50000点超のトップをモノにし13回戦が終了する。

伊藤 +98.2
張 +69.3
尾崎 +13.3
金子 △180.8


【14回戦・東2局】

第一ツモで一向聴と、出だしから配牌がまとまり続ける北家尾崎。

尾崎のやる気十分の闘牌に、早くも序盤から守備に回る伊藤と金子。

尾崎はなかなか聴牌を入れられず、もどかしい表情で模打を繰り返す。

そんな表情を横目に見ながら着々と手を進めていた親・張。8巡目、先に聴牌を入れてリーチ棒を置く。

ヘッドが中、高め三色の聴牌だ。

同巡にドラの5を引き入れてようやく聴牌を果たした尾崎、すかさず追いかける。

11巡目、高めの7をそっとツモる。

けして大きくはない、それでいてはっきりとした口調で満貫の点数を告げたのは、

親の張だった。

点棒を手元にしまいこみながら、下を向き、息を大きく吐き出す。

―そして、気持ち良さそうな手つきで配牌を取り出した―

【東3局・2本場】

今度は、じっと構えていたベテラン伊藤。機を窺っていたかのような手を入れる。

5巡目牌姿



目の覚めるような一向聴。

7巡目、ツモ五打九にて聴牌。更に一手変わりで門清のツモスー。

この美しい牌姿を傍観しながら、伊藤の強さを恐怖にも感じた。

しかしこの局を鎮めたのは、もう一人のベテラン金子だった。

ピンフイーペーコーをすかさずリーチ、一発にて伊藤を打ち取る。

―まさに、言葉通り紙一重の戦いが刻々と繰り広げられていく―

【南2局】

伊藤にラスを押しつけてトップを狙う張。

焦る気持ちが、時折動く唇と、右手の伸びるスピードから伝わってくる。

南入してからせめぎあう展開になっていたところに親・張が抜け出す。

相変わらず好調気配の尾崎が7巡目先制リーチ。

リーチ時には三向聴だった張、一向聴から先に形を決める無筋の六打ち、気合い十分から11巡目、先に三面張の八ツモ

ツモ

で2枚目の無筋4をノータイムで切り飛ばしリーチ。

尾崎が力なくツモ切る3を捕まえ、裏一の満貫でこの半荘を決めたかのような一局になる。

1本場になり、ツモが格段に上がる張。またもや尾崎との捲り合いも、高めを引きあがり再度の満ツモ。

伊藤をラスにしての60000越えのトップなら文句ない張。

前の半荘より大きな声で持ち点を申告し、オーラスを迎えた。

【南4局】

このままでは終わらせない、と、金子の闘志溢れる連荘になる。

8巡目に高め三色のピンフを間髪入れずにリーチ宣言。

伊藤は慎重に手を育てるも2種類の無筋を掴み撤退。尾崎、張は並んで防戦体制。
これを見た金子、15巡目、安めの六をツモアガるも河に並べる。

―最高位戦では記録のために毎終局時に裏ドラを開示し記載する―

結局高めの三をツモることなく流局。

裏ドラ表示牌は二。

―乗っていなかったのをまるで知っていたかのように―

ひとつ大きく頷いて、金子が力強く積み棒を並べた。

3本場まで続いたオーラス、最終局は全員が前に出る展開となるが、尾崎がラスとなる、
伊藤への満貫放銃で半荘を終えることになる。

―観客は誰一人声をあげていないのに―

選手の挙動ひとつに、この場を包み込む空気が、波になって動くようにどよめく

まるで何かにとり憑かれてしまったような、

会場は、いつしかそんな異様な空間になっていた。

張 +128.1
伊藤 +85.5
尾崎 △51.8
金子 △161.8

【15回戦・東場序盤】

東1局から、終盤までの静かな凌ぎ合いが続く。

場に3000点のノーテン罰符。
必死の攻防で取りに行くさながらは、まさに最高位戦ルールの最高峰の戦いに於いて、全員が卓越した麻雀をし、
観客を魅了させたいという意識を持ち合わせていることを、より際立たせているようだった。

【東3局】

慎重だった場がスピードを纏い進み出す。

親・伊藤4巡目


で先制リーチ。

終盤までもつれていた展開が続いた序盤戦を、一段目の親リーで煽る伊藤。

全員丁寧におりての流局となるが、この時の裏ドラは『西』。

待ちとしていいとは言えない嵌張リーチのみの手が、伊藤にかかれば満貫級になりうる。

手を開くことで更に加わる無言の圧力。まさに至高の一番だ。

1本場

こんどは張からの3巡目リーチ。

続く早い攻撃に苦しそうに攻防を続ける3人。結局この局も流局となったのだが…

この時、張は今日一番の歪んだ顔をする。

3面子の好配牌からかなりスムーズに仕上がったこの聴牌。
ここまで、割と苦しい形から好ツモを繰り返し、凌ぎながら絶妙な和了を手にしてきた張。

―まだまだ楽に進ませない―

そんな風に耳元で誰かに囁かれたかの様に、悔しさを前面に滲ませた表情をした。

【東4局・流れ2本場】

この日対局が終わった後、筆者が一番に駆け寄り質問をした一局。それが、この局の尾崎の闘牌だった。

前半戦から好配牌とツモに恵まれていた尾崎。15回戦に入ると若干トーンダウンしているように見受けられたのだが、
6巡目、親・尾崎は、またもや早くて打点が望める一向聴が入る。



7巡目、絶好の四を引き入れて聴牌。ここで慎重にダマを選択する。
ドラの8もサラッとツモ切り黙々と模打を繰り返す尾崎。

しばらくすると金子が安めの6を切る。しかしロンはかけない。

尾崎は、金子からなら高めのみ、他の二者からは安めでも出和了ると決めていたのだ。

リーチも打たず3が放たれるのを静かに待つ尾崎。

15巡目、自らが3を引き上がっての4000オール。

同卓者の金子はところ構わず感嘆の声を上げた。そしてギャラリーも目を見張り尾崎の開けられた手牌を眺めた。

残すところ5半荘と半分。
表情を一寸も変えない尾崎の静かに漲る闘志が、ラシャの上に溢れて流れ出していた。

【南場】

子のダマ、親のリーチと決死の点棒収集が始まる。

前半から頬を膨らませ祈りをこめて闘牌するも、我慢の強いられた金子。
煙草のフィルターを噛み締めながら耐え続けた氏の親番もあっさりと躱され、これ以上は取れないラスを再度押しつけられる。

オーラス、少し離された張に食らいつきたい伊藤が、張を捲り2着を確保。結果の見えない展開が、残る数を減らしながら続いていく。

張 +116.3
伊藤 +97.6
尾崎 △13.2
金子 △200.7

【16回戦・東場】

手牌もモーションも速度が上がってきた起親・張。軽く仕上がった聴牌を東発から素早く和了りきるも、ベテランオーラがより一層漲る伊藤、金子に阻まれ始める。

それでも好調子を味方につけたか、もがきながらも張は、点棒を少しずつ重ね続ける。

これ以上マイナスを叩けない金子の攻める場面に相対するのは、何故か伊藤の好手時だった。

伊藤が金子に痛恨の放銃をすれば、張は自分の出番がない。

終盤に向かい出したこの戦い。極度の緊張感の中、冷静な状況判断も勝因となりうる。

4半荘目に入り、疲労からか表情にも余裕がなくなってきた選手たちは、それでも力を振り絞って最高の決死の攻防を続けていく―。


―しかし始まってからの長い時間、張り詰めたものしかないこの空間には、容赦なく結末が動き出していった―

【南2局】

金子の今日初めてのトップ目にも親・尾崎の牙が剥かれる。

伊藤、金子の濃い序盤の模打に、後手に回った張。2人に対して降り気味に打った牌を、すかさず尾崎が仕掛ける。

そして苦しそうに悶えながらも前に出る金子から、落ち着いて和了を決める尾崎。

―まだまだ終わらせない、最終節の最後まで、一瞬の隙も作らずすべての感覚を研ぎ澄ませて、獲りにいくんだ―

誰もがその一心であることを、感じなかった人は、もはやここにはもういない。

【南2局・一本場】

尾崎が、悩み、苦しみながらも丁寧に手を作りあげる。

8巡目
ドラ ツモ

ドラ対子の一色手に向かえそうな好配牌をもらいながら、序盤に合わせ打った白を被らせて、若干のロスの否めない尾崎。

長考して打八。
雀頭を固定し6と(5)を残す。

次巡、ツモ一で6を外す。次次巡ツモ三で打(5)。尾崎に大きな聴牌が入る。

この時、さり気なく押していた張は、ドラ待ちのチャンタ三色を聴牌していた。

さらに終盤にさしかかるところで、伊藤が4の暗カンをする。
ここには索子の混一ペン7待ちの聴牌が入っていたのだ。

完全に煮詰まったこの場面にも、三者誰一人降りずも掴まない。

最後の尾崎のツモ番。

伸ばす指先が震える。
そして、そこで開かれる時を待っていたのは、尾崎の当たり牌である、五萬だった。

尾崎の、手が、声が、微かに震える。


―ラシャには既に溢れ出していた闘志は、躰中にも途切れることなく駆け巡っていたのだ―

巡っていたものが、尾崎の頬をピンクに染める。
待望の和了を遂げた尾崎、微動を続ける唇で、他家に点数を告げた。

オーラスは、一矢を報いたいラス親・金子、丁寧に満貫をツモるも、次局、そっと牌を曲げた尾崎が、前に向かう金子をすかさず捉え、長かった一日の終局を迎えた。

この日最後の半荘で、並びも味方し、華麗なるトップを飾った尾崎。最終節を前に伊藤にほぼ並ぶ。

【第4節終了時成績】
張 +97.4
伊藤 +46.4
尾崎 +43.7
金子 △187.5


体調がひどく悪かったという張。いまいち乗り切れなかった感も否めず、最終節に向けてまず体調から整えたい、と反省を述べた。

終始紅潮が続いた尾崎は、2度目の最高峰を視界に捉えて、満足そうだった。一日を通して配牌にもツモにも恵まれていた割に、アガリきれない場面や押し切られる所も多かったが、納得していると話していた。

一日我慢の強いられた伊藤、金子の両ベテランは、スピードとパワーで和了を積み重ねる若き2人の敵手に、何を思ったのだろう。

今期の最高位決定戦は、きっと、最後の最後まで目が離せなくなるような、素晴らしい一進一退を繰り返し、誰をも魅了する対局を目撃することになるだろう。

期待と、確信をもって読者の皆様に約束したいと思う。

最後に、最高位という長き歴史あるタイトル戦の最終決戦の場を、間近で見、感じられたことに多大な感謝を。
そして、筆者自身の今後の成長もここに誓いたい。

(文中敬称略)


文責 佐藤かづみ