一日目 8月13日(水)

最終日 8月23日(日)

 

 

第4期最高位戦Classic決勝1日目観戦記:須田良規(日本プロ麻雀協会)

 

最高位戦Classicは、第22期(1997年)まで最高位戦で採用されていた、旧最高位戦ルールによるタイトル戦である。

昨年から最高位戦以外の競技団体所属者にも門戸が開かれ、私も参加させて頂いている。

一発裏ドラなし・ノーテン罰符なし・和了り連荘、というこの厳格なルールが、麻雀の単純な絵合わせでない側面の面白さを浮き彫りにさせてくれるのである。

近年麻雀の戦術は、そのルールに合わせてシンプルで分かりやすく、悪く言えば浅薄な方向に収束しつつある。しかし、丁寧な思考や手組みの正確さをより求められる Classic ルールは、麻雀の中の競技的基幹を色濃く映し出し、打つ側にも見る側にも忘れかけていた深い部分の情熱を思い出させてくれるのである。

その魅力を知る競技選手が、団体問わず多数このタイトル戦に出場するようになり、昨期は決勝に 2 人他団体の選手が勝ち進み、下出和洋選手(麻将連合)が見事栄冠に輝いている。

さて、今年の第4期Classic決勝進出者は以下の 4 人。

有賀 一宏 (最高位戦 31 期後期)
上野 龍一 (最高位戦 22 期)
根本 佳織 (最高位戦 28 期前期)
坂本 大志 (最高位戦 31 期前期) ※準決勝成績順

私がこのたび決勝初日の観戦記の依頼を受け、それを快諾したのはこの決勝面子によるところが大きい。

奇しくも、全員が最高位戦所属の選手による決勝戦なのである。

ちなみにこの 4 名、旧最高位戦ルールでリーグ戦を戦ったことはない。このルールに対する所属団体の有利というのはそうなかったはずである。実際、準決勝 16 名中 6 名が他団体の選手であった。

彼らは団体の枠など関係なく、ただ誰よりも麻雀の競技的基幹に優れ、 Classicルールの産みだす静かな“情熱”を愛していたのである。

せっかくの機会である。この素晴らしいルールによる戦いを最高位戦だけに独占させないために、僭越ながらその内容を綴らせていただこう。

その情熱を知る、全ての人に。

 

 

1 回戦

起親から坂本、有賀、根本、上野の座順。

東 1 局 ドラ

堂々と開局の賽子を振るは、坂本大志。

最高位戦 B2 リーグ所属。獲得タイトルはまだないが、準決勝以上には何度か駒を進めており、この世代の中堅選手としては出色の成績を残している。大舞台への慣れが、恰幅のよい坂本を今日は一際大きく見せていた。

 

この配牌。ドラドラだがまとまるには時間がかかりそうだ。

それに対して南家の有賀。

 ツモ

 

としていきなりのイーシャンテンである。

そして次巡ツモで、この形。

 

すぐに北家上野がを切るが、反応せず。

有賀一宏は、坂本と入会時期が近く、年齢も一つ違いである。共にフリー雀荘のメンバーを長くやって研鑽を積み、麻雀に囲まれた生活をしている。

当人たちにその意識はなかろうが、良きライバルと言っていいだろう。

有賀は準決勝以上への進出自体が初めてで、公式対局で牌譜を取られたこともない。競技麻雀でのこれまでの成果を問われれば、坂本には現状水をあけられた格好である。

平素と同じ端整で落ち着いた表情の有賀だが、この日の内容を見れば明らかであった。有賀は、確かに緊張していた。

有賀はその後 6 巡目にツモとして聴牌を果たすが、ヤミに構える。

 

が有賀の河を含め場に 2 枚。確かにどこからでもこぼれそうなではある。

一見 Classic ルールらしい、ありがちな役有りのダマテンかもしれない。

しかし、この 1300 を拾いに行くなら、最初のはポンすれば良いのではないか。これをスルーして門前で早々聴牌を入れたのなら、 1300・2600 の引き和了りで決めにいくリーチを敢行するべきではないだろうか。

ポンの声もリーチの声も、初めての決勝その開局で、有賀には重い言葉だったのである。

そして悠々手を進めた坂本が、 9 巡目に上野のツモ切ったを捕らえる。

 ロン

 

初戦を決定づける和了りが、いきなり飛び出した。まさにこれを生んだのは、坂本と有賀の経験の差であるといえるだろう。

有賀はこの日、必死に坂本の背中を追いかける。

有賀の詰めようとしたものは、決して数字上のポイントだけではないはずだ。

 

東 2 局 2 本場 ドラ

西家上野が、 6 巡目に根本の切った牌でポンテンを入れる。

 

 

上野龍一。 4 人の中ではもっとも年長だが、入会時期は同じ A リーグの尾崎公太や村上淳と一緒で旧ルール経験者ではない。しかし、長く最高位戦で A リーグの看板を守っている熟練選手であり、他 3 人の前に立ちふさがる大きな壁であることは間違いない。

開局に 11600 を打って苦しい位置だが、ここで上野が門前にこだわって和了り逃しの緩手を打つことはなかった。

ほどなくしてピンフ聴牌の坂本からを討ち取り、 1000 は 1600 の和了り。

 

東 3 局 ドラ

東家根本が配牌でドラがカンツ。

 

根本佳織は、女流最高位戦 4 連覇中であり、目下女流ナンバーワン選手としての地位を確立しつつある。

常に感情を表に出さず、飄々と、しかし豪胆に和了りをものにする打ち手であり、その涼やかな佇まいからは想像できない強さを持っている。

この女王の手に対抗したのは、配牌で大きく劣る北家有賀であった。

 

根本が伸び悩む中、 11 巡目に有賀がポンテン。

 

 

出和了り 5200 、ツモれば 1600・3200 と、ドラなしだが十分な手を育てる。

待ちも良く、は場に 1 枚、は山生きである。

しかし 14 巡目にツモと来ると、ドラがであることもあって安全なと振り替えた。

これはどうだろう?

ポンの有賀に対し、上野・坂本は大人しく安牌を抜いている。をツモ切った根本も、手は変わっていない。

この日の有賀は、押し引きのバランスが微妙であるように感じた。確かに、 1 牌・ 1 巡のタイミングというものは諸刃の剣であり、 Classic ルールならその判断は困難を極める。

結局次巡のツモを抜いて降りるのだが、もう 1 牌、もう 1 巡の踏み込みを有賀は明らかに恐れていた。

確かに、有賀が手に溺れて突っ張っていると、さらに次のツモでドラカンツ根本への放銃となってしまう。

 

ただ、流石にここは聴牌の根本に手出しが入るため、警戒は強まるところ。先に潔く引いたことが有賀を救ったが、そのバランスには若干の不安を感じた。

 

根本の 700・1300 は 800・1400 、坂本の 2600 オールを挟んで、

南 1 局 1 本場 ドラ

南家有賀が 5 巡目にリーチ。

 

捨て牌は、

 

である。

現在、東家坂本と 20400 点差、西家根本とは 3800 点差の 3 着目。

次局親番が回ってくるとはいえ、ここでダブ雀頭の 1300 リーチが果たして得策であろうか。焦りと恐れが、攻めではなく逃げのリーチを有賀に打たせたと言っても過言ではないだろう。

直後に有賀が悲痛の思いでツモ切ったのは、であった。

こうしたリーチに対し、 Classic の女神が微笑むことはない。

事実東家坂本は、聴牌形からを掴んでしっかりと降り、流れた次局、早い七対子で有賀から 1600 は 1900 を討ち取る。

南 2 局 2 本場供託 1000 点 ドラ

 ロン

 

聴牌料など無論ないこのルール、有賀は 2 局潰してただ 2900 点を失った格好になる。

 

オーラスは根本がタンヤオ七対子をツモって、ひとまず 2 着で締めくくった。

南 4 局 1 本場 ドラ

 ツモ

 

坂本+30 . 5 根本+11 . 1 有賀△12 . 3 上野△29 . 3

 

 

2 回戦

起親から上野、有賀、坂本、根本の座順。

東 1 局 ドラ

初戦は手に恵まれなかった東家の上野、 9 巡目に先制のリーチ。

それを受けての 10 巡目、南家の有賀である。

 ツモ

 

リーチの同巡に追いついていたのだが、すぐに不要なを持ってきた。

上野の捨て牌はこう。

 

上野が単純両面なら、 18 筋のうち通っているのは 5 筋。さらにがノーチャンスで 1 筋消えるため、ここでが当たるのは 2/12 = 17 %程度のギャンブルだ。

普段の麻雀の感覚なら、これくらいは行ってよいと思う。ドラがなら安め打ちでもある。

しかし、 Classic ではこのギャンブルが結果に見合う行為ではない。ましてや有賀は現物のを暗刻落としで回れるのである。

 ロン

 

結果有賀、上野へ 2000 の放銃。 Classic ルールに対し、今日の押し引きに不安のあった有賀。ここでもまたその洗礼を浴びる。

この焦りと恐れの払拭は、早くしないと取り返しのつかぬことになる。

 

東 4 局 1 本場供託 1000 点 ドラ

東家根本の 7 巡目リーチ。

 

これに真っ向から立ち向かう西家有賀、無筋をツモ切っていく。

 

脇から出たをポンするが、聴牌打牌のが根本に捕まる。

 ロン

 

3900 は 4200 。有賀、ぶつかり合った結果の仕方のない放銃ではあるが、これで 3 者と大きく離される。

 

東 4 局 2 本場 ドラ

今日の上野は終始手が重く、まるで A リーガーとしての枷をつけられているかのように、邪魔な役牌に悩まされていた。

無論手が早ければ切りたいのだが、その役牌を自ら切っていくような形にまとまらないのである。

その南家上野、

 

この遅い配牌を丹念にまとめ、

 ロン

 

11 巡目に有賀がツモ切った牌で、 6400 は 7000 。

周囲にその匂いすら感じさせぬ、まさに燻し銀の和了りであった。

 

南 2 局 1 本場供託 1000 点 ドラ

南家坂本が、 8 巡目にこの 7700 聴牌。

 

 

現在北家上野と共に 36000 程度の持ち点でトップを争っており、 1 回戦に続いてのびのびと打てている。

これを成就させて 2 回戦も決めてしまうかと思われたが、やはり A リーガー上野が立ちはだかった。

11 巡目、上野はこの形。

 ツモ

 

ここまで坂本の捨て牌は、

 

聴牌の 8 巡目打以降は、無論ツモ切りである。

混一かもしれないが、聴牌かどうかは判断しにくい。かといってダブポンは軽視もできぬ。

少考の末、上野はをツモ切って勝負。筒子は場に安く、役なしだがツモりに賭けた。

しかし次巡、上野のもとに訪れたのは、ドラの

 ツモ

 

もう 12 巡目、ここでドラのを放つリスクは負えない。上野は打とし、一旦回る。

しかしここまで我慢を重ねた上野に、僥倖が舞い降りる。

14 巡目、ツモ。 15 巡目、さらにツモ

 ツモ

 

ドラの連続ツモで、大きな大きな貫禄の満貫である。

 

南 4 局 1 本場 ドラ

オーラスを迎え、南家上野は 46200 、北家坂本は 34200 である。

この 12000 点差をどう見るか。坂本の立場ならひとまずこれで満足と局を進めていくのではないだろうか。

初戦をトップで終え、この 2 回戦もプラスの 2 着。ましてや初戦ラスの上野がトップ目なのである。

ここから何かを狙うようなことが、果たしてあるのだろうか。

もう局も終焉の近づいた 15 巡目、その男は奇跡を起こす。

 ツモ

 

タンヤオドラ 1 の聴牌に、ドラのを持ってきたところ。

「リーチ!」

振りかぶって、坂本はを投げた。

 

リーチだって?瞬間私は目を疑った。

あくまでトップにこだわるのなら、ここは打のツモり三暗刻に受けるべきではないだろうか。

 

ならリーチ棒も出さず、ツモでもでもトップになる。ましてや萬子は場に安く、事実は山にある。

あと 2 巡で 1000 点減らすくらいなら、静かにシャンポンの聴牌を取り、偶然ツモったらトップでいいじゃないか。

もう一度言おう。残り、 2 巡しかないのである。

そんな私の小賢しい考えを打ち砕くように、坂本がその牌を力強く引き寄せる。

 ツモ

 

周囲がどよめく。上野が坂本の和了り形を凝視した。

3000・6000 は、 3100・6100 である。

後に坂本はこう語る。

「上野さんを捲るより、この長丁場のトータルポイントを見て単純に素点を叩きに行きました」

は場に 1 枚で、残る 3 枚で満貫が見込める。

さらにの 3 枚で跳満になるのなら、確かにシャンポンの三暗刻受けよりも攻めの一手としては優れている。

Classic における勝負のリーチとは、こうやって打つものなのだ。

ふと、初戦で有賀の打った 1300 リーチが思い起こされた。

坂本の愚直な姿勢が、これ以上ない形で実を結んだ。坂本、 2 連勝。

 

坂本+28 . 5 上野+17 . 1 根本△11 . 1 有賀△34 . 5

 

2 回戦終了時トータル

坂本+59.0

根本+ 0.0

上野△12.2

有賀△46.8

 

 

3 回戦

起親から坂本、有賀、上野、根本の座順。

この日の有賀はやはりどこか調子が悪い。

先に言っておくが、有賀は予選から準決勝までの Classic ルール 18 回戦、なんとただの一度もラスを引いていない。今年の参加者で、もっとも安定して危なげなく勝ち上がってきたのは有賀なのである。

2 回戦は、有賀が今年 Classic で初めてラスを引いた半荘となった。

このまま坂本の後塵を拝するわけがない。私はそんな期待を持って有賀を見ていた。

 

東 2 局 1 本場 ドラ

 

開局流れた後の、西家根本の 3 巡目リーチ。

もちろんリーチで問題はないのだが、 3 者がしっかりと降り切って流局。

 

東 3 局 2 本場供託 1000 点 ドラ

今度は西家坂本が、 4 巡目にドラ単騎で聴牌。

 

5 巡目、南家根本は、

 

と勝負手の格好になるが、無論坂本が待ちを変えることはなく、睨み合いの流局。

 

南 1 局 4 本場供託 1000 点 ドラ

北家根本がまた、 9 巡目にリーチ。

 

状況と形が打たせたリーチとはいえ、やはり 3 者に受け切られて流局。

 

南 2 局 5 本場供託 2000 点 ドラ

ここまで一度の和了りもなく、 3 者が配給原点の 30000 持ち。根本だけがリーチ棒 2 本分マイナスしている。

Classic における、和了りの重要性、リーチの難しさがよく分かると思う。

この積み棒と供託をかっさらった者がこの半荘を制するのは明白である。この局、堰を切ったように場が動く。

気になる 4 人の配牌は、

東家有賀 

南家上野 

西家根本 

北家坂本 

全員一様に遅いが、上野だけは一通がはっきり見えており、方針は立てやすい。

実際 4 巡目にはこの形のイーシャンテン一番乗り。

 

しかしこの形が結局動かぬまま、道中を重ねた坂本が 10 巡目に根本の切ったを叩く。

 

 

そしてそれに呼応するように、根本も有賀のをポン。

 

 

有賀はこのときこの形。

 

それから進んで 15 巡目。根本が有賀のを叩いて聴牌。

  

 

直後の有賀、

 ツモ

 

あの配牌が、 16 巡目にしてやっとここまで漕ぎ着けた。

しかし、飛び出していく牌は、生牌の。有賀が盤面に目を落とす。

根本は初手の字牌切りからの対子落としをしており、途中の切りからもタンヤオが濃厚。

「根本さんにが無いのは確信していました」

とは、後の有賀の談である。

坂本はどうだ?

坂本はポン打から、手出しはの2回。果たしては当たるのか。

有賀にとっては一見絶好のであったが、それは死神の誘い水ではなかっただろうか。

5 本場の積み棒と供託の 2000 点。

根本・坂本はツモ切るであろうこの待ち。

そして、ライバルの 2 連勝――。

様々な思惑が有賀の脳裏を駆け巡ったであろう。

 

  ロン

 

その重圧から逃れるように有賀が放ったを、坂本は逃さなかった。ドラ暗刻の、 7700 は 9200 。

 

南 3 局 ドラ

もう坂本の 3 連勝は確実なものになった。

この局北家有賀は、ラッキーな 7700 を東家上野からものにする。

  ロン

 

上野はポンテンからの打ちで、有賀がドラポン直後にノベタンに振り替わったが、たまたま上野のツモ筋に続いていたに過ぎない。

有賀は 3 巡目にを放しており、上野もこの瞬間は止めようがない牌といえる。

A リーガー上野、展開の悪さと牌の巡りも枷となる。

有賀はその結果 2 着で終えたものの、やはり内容の悪さは否めなかった。

 

坂本+23 . 2 有賀+2 . 5 根本△6 . 0 上野△19 . 7

 

3 回戦終了時トータル

坂本+82.2

根本△ 6.0

上野△31.9

有賀△44.3

 

 

4 回戦

起親から上野、根本、有賀、坂本の座順。

東 1 局 ドラ

東家上野の 8 巡目。

 

悪配牌を丁寧にまとめあげてのこの形である。

しかし同巡、南家根本がをポンすると、すぐに上野がを掴まされて 1000 の放銃。

  ロン

 

上野の受ける逆風はいまだ止まない。

 

東 2 局 ドラ

坂本の後をひたすらに追う南家の有賀、 11 巡目に表示牌をチーしてこの聴牌。

 

 

聴牌打牌は

西家坂本はこのとき、

 

であるが、もちろんに動くことはない。 2 枚目のも無論スルー。

坂本、このまま静観の構えかと思えば、 13 巡目、

 

ここで上家の有賀がツモ切ったにチー。安牌のを切って、一見立ち向かう気概をアピールする。

もちろん筒子の中目は有賀に打てないし、を使い切るならこうするしかないが、これは牽制の意味合いが強いだろう。

直後に坂本はもチーし、この形。

  

 

決勝戦のこの舞台で、この仕掛けが出来る者がどれだけいるだろう。

坂本の仕掛けがなければ悠々の一人旅だった有賀、途中引いた索子で少考の末、ツモ番を 2 回残して降り。

「坂本さんは流石に役牌暗刻でしょう。筒子、萬子と晒したところにさらに索子は・・・」

後にそう語った有賀の気持ちは十分わかる。

しかし、まさにこれが今坂本と有賀の間にある経験の差なのであろう。

この後坂本はさらに安牌のを手出しし、有賀が苦渋の表情をした。

私は、焦りと恐れが有賀を蝕んでいくのが怖かった。

 

東 4 局 2 本場 ドラ

5 巡目の北家有賀、ドラドラでこの形。

 

点棒の動きは、開局の上野から根本への 1000 だけ。有賀もこの手ばかりは成就させたい。

西家根本が中盤を仕掛けた後、 9 巡目にやっと有賀が聴牌。

 

ダマである。は場に3枚だが、今ならどこからでもこぼれそうだ。

和了りたい――。

有賀の祈りにも似た思いが、周囲ににじむように伝わった。

同巡、南家上野もを両面チーして追いつく。

 

 

12 巡目、根本もチーで聴牌。

  

 

焦りがまた、有賀を襲う。

そうして有賀に訪れた牌は、非情にもドラのであった。

 ツモ

 

切るのか。私は半ば、諦念の思いで状況を見つめていた。

これを打っては、今日の有賀はもうだめだ。

通常なら無論打てない牌だが、ここまでの内容の悪さが有賀を自棄にさせてもおかしくはない。

有賀、少考――。

歯を食い縛って、を抜く。

そう、打てない牌は打てない。私は、安堵した。

初めての決勝という舞台で緊張に踊らされていた有賀だが、ここまで勝ち上がってきた実力はこんなものではないはずだ。

しかし神の悪戯か、有賀を嘲笑うかのように次のツモにはいた。

有賀はそのとき、何を思っただろう。

決して、肩を落としてはならぬ。まだ、ライバルの背中も見えてはいないのだ。

 

南 1 局 3 本場 ドラ

3 連勝の坂本、

  ツモ

 

ここでも均衡を破って積み棒をさらうツモ和了りである。

苦もなくこの展開を得られるあたり、牌運にも恵まれている。

 

南 2 局 ドラ

東家根本が九種九牌。 3 巡目にドラもツモ切って、国士一直線。

9 巡目の打に、南家有賀が飛びついた。

 

 

このとき根本、 11 種 11 牌。

 

次巡ツモで、 13 面張のイーシャンテン。無論、ヤオチュウ牌を引けば何でも聴牌である。

 ツモ

 

ここにツモと来た。当然不要な牌だが、仕掛けた有賀の捨て牌がこう。

 

私が根本の立場なら、後々危ないを先に処理する。は全員の安牌でもあるし、放銃になるよりは鳴かれた方が良い。

 

 

チーした有賀のこの形、すぐにが出たとしたら、やはり鳴くのが自然ではないだろうか。

しかし根本は有賀の手を進めることを嫌ってか、打

ツモ番変わらずのその瞬間、根本の上家上野がツモって来た牌は、 4 枚目の

この瞬間根本の国士は潰える。

その後有賀は、を引いて待ち聴牌。

 

 

次巡、根本がツモで国士聴牌となるが、待ち牌のはもう山に残ってはいない。

 ツモ

 

余ったは、有賀へ 2000 の放銃となった。

牌の並びなど水物であるが――、先に切っておけば、と愚推せずにはいられない。

ともあれ、女王の豪腕は空振りに終わる。

 

南 4 局 1 本場 ドラ

坂本 32000 、有賀 31400 。

ここまで詰め寄った北家有賀、この 600 点差を是が非でも捲りたいところ。

東家坂本は 3 連勝のアドバンテージがあってか、無理に和了りにはいかなかった。どこにも打たないように、丁寧に安牌を並べる。

対して有賀。

 ツモ

 

12 巡目にこの形から、打で諦めたように降り。

これはどういうことだろう。

坂本は降りているし、西家根本も手が進んでいる様子はない。

南家上野はイーシャンテンだが、 7 巡目からずっとツモ切りである。

もう 1 牌、もう 1 巡の踏み込みの無さが、ここでも現れている。

ここは打と行って欲しかった。

すると 15 巡目、有賀はツモでこの聴牌が組めている。

 

この時点で、は、なんと山に 4 枚残り。

結局王牌にが 3 枚という不運で和了れることはなかったのだが、有賀の立場ならここはもう少し押さなければならない。

有賀、あと一歩が届かない。いや、踏み出せないのか。

坂本、磐石の 4 連勝。

 

坂本+14.0 有賀+5.4 根本△5 . 6 上野△13 . 8

 

4 回戦終了時トータル

坂本+96.2

根本△11.6

有賀△38.9

上野△45.7

 

 

5 回戦

起親から坂本、根本、上野、有賀の座順。

もうこのまま、今年の Classic は決してしまうのであろうか。確かに今日の坂本は完璧な内容を残しており、牌の巡りも味方している。

しかし、誰かがその首に鈴をつけなければならない。後悔は、全ての戦いを終えてからだろう。

流局を 2 回挟んで、まさに懸賞首、西家坂本の手牌。

東 3 局 2 本場 ドラ

 ツモ

 

カンかカンを外していく形だが、東家上野が第 1 打にを切っている。

それに対応し、坂本はから放していく。

そして次巡、当たり前のように置かれた

上気した有賀の声がそれに間に合った。

 ロン

 

有賀、初手から七対子を見据え、上野の第 1 打を見てを残した。

値千金の 6400 は 7000 を、ライバルから討ち取る。

 

東 4 局 ドラ

そして親番を迎えた有賀、

 

配牌ドラドラのこの面子手。これが 8 巡目には

 ツモ

 

この形。これを七対子にシフトさせ、今対面の切ったを抜いていく。

そしてついに 14 巡目。

 ツモ

 

前巡引いて待ちとした。これを続けてツモっての、 4000 オール。

これでこの半荘はほぼ決定的となる。

やっと、やっと有賀が坂本を抑えつけた。

 

東 4 局 1 本場 ドラ

   ロン

 

次局は、南家坂本が、西家根本の聴牌打牌を捕らえて 8000 は 8300 。しぶとく 2 着目にのし上がる。

3 者も坂本をそのままラスに沈めておきたかっただろうが、やはり今日の坂本は、一筋縄ではいかない。

 

南 2 局 1 本場 ドラ

ここでの点棒状況は、有賀 52900 、坂本 25300 、上野 25000 、根本 16800 。

坂本が 2 着に残っては、一矢報いたとも言い難い。着順は一つでも下げなければならない。

この先坂本の順位を下回った者は、その掌から、少しずつ勝機という取り返しのつかないものを失ってしまうのだ。

初日の戦いは、ゆっくりと終焉に向かっていた。

南家上野、この配牌。

 

今日の上野は本当に手牌に恵まれなかった。この道の先人に敢えて与えられたかのように、重い枷がつきまとい、避けようのない放銃に見舞われた。

そして 9 巡目。

 ロン

 

これを坂本が打ったのは、この日最後に訪れた、上野にとっての微かな幸運だった。

 

そしてその瞬間の、東家根本。

 

根本もたった今聴牌したものの、ツモ山に手を伸ばすことすらなく終局。

ツモれば親倍となる高めのドラは、山に 3 枚生きていた。

女王、根本。豪腕振るわず、初日は沈黙。

 

南 4 局 1 本場 ドラ

東家有賀は 52900 持ちのダントツ。

思えば今日は長い道程だった。

自分と近い境遇のライバルを追い続け、やっと最後にその背中を捉えた。

経験の差が緊張を生み、この開きの一因を作ってしまった。

決してこれで終わるような力の選手ではない。 2 日目は最初から、全力を出し切って欲しい。

 

そして 8 巡目、有賀のツモ切った牌に、南家坂本が声を掛ける。

 ロン

 

1600 は 1900 の和了りは、 3 着のまま。

坂本は、 2 着目上野と 2300 点差、 4 着目根本と 7200 点差。

「根本さん以外からは、喜んで和了ろうと思っていました」

4 連勝男は、こう言ってのけた。

上野からなら直撃でもちろん着順は上がる。

そして有賀からなら、現在もっともポイントの近い有賀の素点を削れるなら、それも良しと。

今日満点と言っていい内容で締め括った坂本は、タイトル獲得を目前として、余裕と貫禄を確かにその身にまとっていた。

第 4 期 Classic 決勝は、その初日を終える。

 

有賀+33.0 上野+0.3 坂本△8 . 1 根本△25 . 2

 

5 回戦終了時トータル

坂本+88.1

有賀 △5.9

根本△36.8

上野△45.4

 

 

私は、最高位戦の選手を羨ましく思った。麻雀への情熱を思い出させるかつての旧き良きルールの場があり、才能あふれる若手と経験豊かな先人に恵まれている。そして、その中でのライバルの存在が、どれだけお互いを高め合ってくれることであろうか。

情熱の戦いの結末は、今回ばかりは最高位戦に預けておこう。

Classic 決勝 2 日目は、 8 月 23 日(日)。

 

 

文責:須田良規(日本プロ麻雀協会)