コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.66】馬場翔平 ~麻雀を楽しんでいたらいつの間にかA1リーガーになっていた令和のバビィ~

(インタビュー・執筆:梶谷 悠介

『バビィ』といえば麻雀業界ほとんどの人が故馬場裕一氏のことを思い浮かべると思う。しかし最高位戦42期後期本部入会のごく一部の者にとってはもう一人のことを指す。それが今回の主人公・馬場翔平だ。

馬場 翔平(ばば しょうへい)

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X(旧Twitter

ある日筆者が働いている麻雀店でいつものように味噌汁を作っていると、馬場からラインがきた。

お疲れ様です。FACESの編集長から連絡がきて今度取り上げられることになったんだけど、もしよかったら梶谷さんにライターをやってもらいたいなと思いまして。数少ない同期だし、前やってたMリーグの観戦記も面白かったから梶谷さんしかいないって思ったんですよね。難しいなら全然大丈夫だけどよかったら検討してください。

正直、大根を切りながら筆者は「めんどくせえよバビィ」と思った。こっちは2人の小さい子を子育てしながら休みなく働いているんだぞ。休みが少しでも欲しいって時期なのに新しく仕事を抱えようなんてどうかしてるだろ。まあ受けるけどさ。

考えてみたら自分たちの同期は筆者と馬場をいれてわずか4人にまで減っていた。入会から7年経てばそうなってしまうのも仕方のないことだろうが、今期のリーグ戦において同期で初めてA1リーグ昇級を馬場が決めた。それはおめでとうだろう。後述する馬場の人柄を見てもらえばわかるが、馬場に関しては同期ゆえの先を越されて悔しいという気持ちはほとんどない。それに馬場は過去に横浜で行った筆者の結婚式にもわざわざ群馬から足を運んでくれた。

わかったよバビィ、俺からのA1昇級祝いだ。受け取ってくれ。

 

今から7年前(2017)、馬場と筆者は最高位戦に入会した。当時はまだMリーグ前夜という感じで今ほど麻雀プロになろうという人は少なかったように思える。確か当時の同期は10数名だったと記憶しているがその内の9人で自分たちは同期グループを作っていた。この時期は新人研修やリーグ戦で顔を合わせる機会が多く、自然とその後は飲みにいく流れになる。東京ドームシティにみんなで遊びにいったのもいい思い出だ。

バビィなどという安易なあだ名もこのときに誰かが言い出して決まったものだ。ちなみに筆者は梶谷だから「かじやん」、他同期の山口(山口昌宏)は「ぐっさん」といった調子で実に安易である。この頃のことを思い出してもそういえば馬場に関する記憶があまりない。飲み会の席など一緒にいたことはよくあったが、話題は大体その日のリーグ戦のこととかで馬場のことはせいぜい群馬の雀荘で店長をしているということぐらいであまり聞かなかったかもしれない。

いい機会だ、馬場のことを深堀りしてみようじゃないか。

(群馬にはない?ロイヤルホストデビューを果たした馬場)

地元群馬を出たくて必死に勉強し入った高専がゴリゴリの体育会系だった

1990年3月、群馬県邑楽郡千代田町の田舎で馬場は生まれた。

まわりは田んぼばかり。地元の小中学校に通うごく普通の生活でした。

この土地を調べてみたが特に面白い点が見つからなかった。埼玉との県境に位置し群馬の中では比較的東京に近いのがウリの町だ。

馬場の人生に初めての転機が訪れたのは栃木の高専に入学したことだった。

なんとか地元を出たくて中3のときは必死に勉強しましたね。一応理系で機械工学科に入学しました。

高等専門学校、略して高専。筆者の勝手な理解で申し訳ないが、高専とは専門学校と大学を足して2で割ったような学校で一般の高校より専門色が強く高い学力が必要だ。馬場の母校も現在の偏差値はと高い。馬場は地元を出て入寮することになる。

ここが昭和みたいな学校だったんですよ。例えば先輩に呼ばれたらどんなに遠くても猛ダッシュでいかないといけなくて。お辞儀は当然90度ですよね。

いやいやまてまて、昔話といっても2000年代の話だろ?そんなことあるのか?

それがあったんですよ。寮で先輩達に挨拶回りをしなくちゃいけないときがあって、そのときは全員正座です。お風呂では先輩の背中を流さなければなりません。

なんとも眩暈がするような話だがどうも事実のようだ。しかし自分が上級生になったときに同じことを後輩にしていたのかを尋ねると、「それはしなかったです」というのは何とも馬場らしいエピソードである。

馬場の原点~ナシナシのオープンリーチあり麻雀~

この高専で馬場は麻雀との出会いを果たす。

寮のみんなが手積みで麻雀をやっていたんですよ。この頃に麻雀を覚えました。先輩が後輩に麻雀を教える文化があって。ルールも全然知らなかったんですけどそこで1から教わりました。素人同然で卓に入るので最初は負けまくりです。そしてルールが

ん?この流れでいうと先輩からはアガっちゃいけないとか?

いやそれはアガっていいんですけど、ナシナシのオープンリーチありだったんですよね。

この学校は校風ばかりでなく麻雀も昭和のようだ。くりかえすが2000年代の話である。ちなみにナシナシとは『喰いタン後付けなし』のことで鳴いてタンヤオがないばかりか、鳴いた時点で役が確定していなければならないルールを指す。一通や三色の片アガリはアガるとチョンボ。役牌のシングルバックもチョンボだ。当然門前でのアガリが多くなる。

それと明文化されてないルールというか空気みたいのもあって。満貫以上じゃないとアガっちゃいけないんです。

それはなに、満貫未満をアガるとどうなるの?

わからないです。アガったことがないので()。役計算でしたし翻数が足りなかったとき用にオープンリーチがありました。

オープンリーチがあったのはそういうことか。役計算とはその名の通り翻数に応じて点数が決まっている計算方法だ。4翻から満貫となるため、例えばリーチツモ平和ドラ1で満貫になるなど符計算より満貫になりやすい。最初に出会った麻雀がこの不思議なルールの麻雀だったことが、後々の馬場の打ち方の基礎になっていく。

不器用なので色々とスタイルを変化できないんですよ。今振り返るとこのときに役を確定させるために役牌は1鳴き、満貫以上の高打点を目指す、副露率は低く守備寄りという自分のスタイルが作られていきましたね。

就活に苦戦するも、川崎のプラント建設会社に入社

元々の不器用さが影響して5年制の高専を6年かけて卒業した馬場は就職か大学への進学かを迫られる。このとき21歳だった。

進学というのは考えなかったですね。60社くらいかな?たくさん面接を受けて落ちまくりました。そんな中やっと拾ってもらえたのが川崎のプラント建設会社でした。

馬場をみているとなんとなく就活が苦手だったのが想像できる。同期の中でも自己主張が強くもなく人の話をいつもニコニコして聞いている存在だった。馬場がやっと入ったのはどんな会社だったのだろうか。

ゴミ処理場や浄水場の機械のメンテナンス等が主な仕事だったんですけど、この会社がですね

また面白くなりそうな予感だ。

入社してすぐ登山研修っていうのがあって丹沢山にみんなで登山するんですよ。これがきつくてきつくて他にも富士登山研修っていうのがあって、17時頃に仕事が終わるんですけど、それからみんなバスで富士山を登りにいきます。明け方にご来光を見て下山するというチームワークを強化するためだったらしいですが。

社長さんの趣味が登山だったかどうかは定かではないが、とにかく会社から強制的に登山させられる社員はたまったものではない。しかも休みは実質週1、日曜だけで、土曜は休日出勤という名目で働いていた。話を聞いただけで即日辞表を提出したくなるブラックな話だが、せっかく入った会社で馬場は我慢強く働いた。しかも驚くことに麻雀への情熱も消えていなかった。

土曜夜に麻雀を打って、日曜もまた一日中打つ。夜に帰ってまた仕事という生活を1年続けていました。でもだんだん疲れてきて、結局仕事を辞めて地元に帰りましたね。

地元の群馬で麻雀漬けの生活を送る中、最高位戦の門を叩く

地元に帰った馬場はしばらく貯金を切り崩しながら麻雀店に通う生活を半年ほど続けることになる。

昼間からずっと麻雀しかしていませんでした。それが今のお店の『麻雀SEED太田店』です。若いやつが毎日昼間から麻雀していてなにやってるんだって話になりますよね。そこでスカウトされてアルバイトとして週2~3日働くことになりました。

普通こういった身の丈話をするのに多少は感情の起伏を感じるものだが、馬場からはあまりそういったことを感じない。会社がきつかったこと、そこから抜け出して好きな麻雀を打っていたこと、アルバイトを始めたこと、すべてが同じ調子で淡々と話されていく。もっとこう「あの頃はきつくてでもそれから解放されて麻雀やっているときは楽しくてでも親にはうしろめたくて」みたいなことは一切言わなかった。

この後馬場は最高位戦を受験することになるのだが、2017年だから27歳のときだ。試験の前にSEEDから店長昇格への打診があったようだ。

  

近くの麻雀店が売りに出されるということで、オーナーがそれを買い取って店舗拡大に乗り出しました。それまでの店長がエリアマネージャーになって、僕に店長やれよって感じで。それまで麻雀しかやってこなかったから、仕事らしい仕事を何もしてなかったのに「いきなり店長かよ」って感じでした。それでなんていうかハクみたいなものもつけたくて、前々から興味があったプロ試験を受験してみようと思いました。周りのお客さんからもちょいちょい「プロにならないの?」とか言われてましたし。最高位戦だったのは特に理由はありません。試験日が一番近かったというだけです。

明確な目的があったわけではなく、流れるようにプロになった馬場。団体としてこんな魅力を感じたとか、憧れの~プロがいるからとか何かないのか。

憧れのプロか、強いていうなら園田賢さんです。例えば3軒リーチでチーしてリーチ者のツモを増やして横移動の機会を増やすみたいな、アガリに向かわない鳴きとかは真似できる気がしないですね。自分にはスタイルが違いすぎて一生できる気がしないので憧れますし、めちゃくちゃいろんなことを考えてて凄いなって思います。

目標という目標を立ててこなかったプロ生活

ここまで読んでくださった方はすでにピンと来ているだろうが、馬場からは何か自信とか目的意識だとかそういった類のものが感じられない。にも関わらず今期A2リーグを2位で終えた。来期からは団体最高峰のA1リーグに所属する。

いやほんと目標というものを今まで立ててこなかったんですよ。競技麻雀も楽しくてやってるだけで。C1リーグまでストレートで昇級したんですけど、そこから3期連続で残留でした。そこで思いました。ああ自分の適性リーグはここなんだろうって。でもそこから続けて昇級できて、A1まできちゃいました。上振れでここまで来たかって思いましたね。

今期A2リーグ最終節の2回戦目オーラス、昇級を確信した58mテンパイの瞬間。昇級争いを繰り広げる平賀聡彦との熾烈なデットヒートだったが、これをアガってこの半荘をトップで終え、A1昇級を確実なものに決めた。

筆者も同じ団体のプロとして不思議な気持ちで目の前の馬場を見ている。もちろん麻雀に運はつきものだ。実力が伴わなくても運よく上位リーグにタッチする可能性はある。とはいってもA1リーグだ。「運だけで勝ちました」じゃ説明不足というものだろう。普段麻雀の勉強はどのようにしているのだろうか。

戦術本は有名どころを何冊か読んだ程度ですね。とつげき東北さんの『科学する麻雀』などは読みました。あとは普段働いているお店の麻雀を最高位戦ルールだと思って打つようにしています。というかルールの違いで器用に打ち分けられないんですよ。お店では赤が入っているんですけど、例えば35pを払うとして、5pが赤だとします。それでも赤5pの方から切ることが多いです。リーグ戦でも同じです。最高位戦ルールに即した麻雀を日々打つように心がけています。

不器用な馬場らしいなとは思ったが、他に麻雀を向上させることはしていないのだろうか。例えば天鳳などのネット麻雀を打つとか、A2リーグにも錚々たる面子がいるので質問してみるとか。

ネット麻雀はやってみたんですけどぼくには合わなかったんですよね。A2の後飲み会に参加して麻雀の話をすることもありますよ。でもみんな凄すぎてついていけないです。アサピン(朝倉康心)さんとか言ってることが難しすぎて全然理解が追い付かないですし()

目標はあとから、まずは最高峰の舞台を楽しむ

最後に聞きたいのだけど将来こうしたいとかあるの?目標ないって言っちゃってるけど。

まずはA1リーグを楽しみたいですね。せっかくここまできたんで。でも全然勝つとか思わないです。周りはみんな自分とはレベルが違います。最高位とか夢にも思わないですよ。将来こうしたいとかもない。今は競技麻雀が楽しくてしょうがないし、地元のみんなが応援してくれているのでやってやろうって気でいます。ABEMAで対局が放送されるのはちょっと不安です。コメントとか絶対見たくないですね()

目標はこれから考えます。これまで勝ったのって本当にたまたまなんですよ。今でも負けて当たり前だって思ってます。

こんなA1リーガーいる??A1リーガーというか普通麻雀プロって自分の麻雀には自信をもっているし、~で勝つという明確な目標があるはずだ。なのに馬場にはそれらが全然ない。それを麻雀プロとしてどうかと思うという人だっているだろう。だけどなんとなく馬場が麻雀をこれまで続けていた理由がこの言葉からわかる。

とにかく「麻雀が楽しい」んですよ。それも勝ち負けではなく1種のコミュニケーションツールとしてですね。

麻雀とは平等なゲームだ。どんなに引っ込み思案でも一度卓について大きな和がりをものにすればその卓の主人公になれる。自己主張が苦手な馬場は、麻雀のそういった部分に惹かれたのではないだろうか。

思い返せば馬場のようにいつもニコニコしているけど目立たない、いいやつなんだけど話ベタで、でもみんなで遊ぶときは必ず呼ばれるやつ、そんなやつがクラスに1人くらいいたような気がする。馬場が勝てば、全国の馬場みたいなやつに勇気を届けられるのではないかと思ったりした。本人は全く望んではいないだろうが。

最後に

ところで馬場には『群馬の巨人』という二つ名がある。かのジャイアント馬場氏の本名は馬場正平で読み方が同じところからきているらしいがいい加減すぎないか?馬場もそれでいいのか?ちなみに馬場の身長は178cm長身でスラっとしているが巨人というほどじゃない。実にツッコミ難い絶妙な身長をしている。もう少しかっこいい馬場に合った二つ名があったほうがいいだろう。もしいいのが浮かんだ方は教えてほしい。

どうだろう。馬場という人間が少しは理解してもらえただろうか。こういうやつだから先を越されて悔しいとか思わないんだよ。麻雀に対する自信のなさとか謙遜じゃなくて本当にないみたいだ。じゃあ麻雀は弱いのか?といったらそんなことはない。自店での平均着順は2.3後半だそうだ。普通に強い。だからいっちゃえよ、このまま無理無理言いながら最高位まで。そしてインタビューで「楽しくて麻雀やってたらここまで来ちゃいました」って言ってほしい。そしたら同期集めて祝勝会だな。

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