プロローグ
今でも鮮明に思い出せる。
あれは今年の1月だったろうか。私が最高位戦入りする前の話である。
「もしキム◯クが最高位戦に入りたいって言い出したらどのリーグからですかね?」
飲み会で飛び出した、タートルトークの亀もビックリするくらいの他愛もない質問。
「もちろん、一番下のリーグからやってもらうことになるだろうね」
ノータイムでそう答えたのはこの男。
淺井裕介。
日本一キレやすいプロ雀士として名を馳せたのも昔の話。
実際にあってみると人当たりがよく、とても優しい男だ。でも芯の熱さだけは健在である。
そうだよね、センパイ。
麻雀プロにとって、知名度や見てくれも重要と言われるようになってきた昨今だが、やはり一番大切なのはどこまでいっても麻雀なのだ。
最高位戦が昔のまま、麻雀にアチィ団体で良かったぜ。
今夜はとことん飲みましょう!センパイ!
Classicルールの魅力
まだ夏の暑さが残る9月の土曜日。
そんなアチィ男・浅井裕介選手と、アイドル級にかわいい塚田美紀選手をゲストに迎え、東海Classicプロアマリーグは開幕した。
Classicのルールはちょっと特殊であり、敬遠されてる方もいるかもしれない。そこで今回はClassicの魅力を伝えながら書いていく。
魅力① みんな分からない
Classicのルールをざっくり説明すると、一発・裏ドラ…そしてノーテン罰符すらないルールである。
だからリーチして流局した後も、手牌を伏せる。
むなしい。テンパイ料はいらないから、せめて作り上げた手牌を他家に見せつけたい気持ちになる。
他家もオリた牌が放銃だったのか気になってウズウズしているはずだ。
でも、見せない。見せずに歯を食いしばって手牌を伏せる。
これが日本の持つ「侘び寂び」の文化ではないだろうか。ち、ちがうかー。
他の麻雀と比較して、あまりに文化が違いすぎて、戸惑ってしまうかもしれない。
でも、慣れてないから…で敬遠するのは勿体ない。
慣れてないのはみんな同じなので安心してほしい。
研究が進み、ある程度の戦術論がかたまりつつある麻雀において、Classicはみんな(これでいいのかな…)と首を傾げながら打っている。
だからこそ、考えるのが面白い。
新しいゲームを始めたときのような気持ちを思い出させてくれる。
それでも不安がある方は、10時半から無料の講習会を開いている。
こうやって、東海支部の選手たちが手取り足取りClassicの基本を教えてくれるのだ。
魅力② 早く終局する
Classicはアガリ連荘である。
親のアガリがない限り、サクサクと局は進んでいく。
これがワンデーの大会と非常に相性がいい。かなりの確率でオーラスまでいくからだ。
こうしてあっという間に4半荘が終わった。
(スコアがプラスの方のみ掲載)
プロ選手が辞退したのでエキシビジョンマッチには、はひゅうさんと大浦隆行さんが進出した。
二度目のエキシビジョン
東家・浅井裕介
南家・大浦隆行
西家・はひゅう
北家・塚田美紀
始まるやいなや、西家のはひゅうが鬼配牌を手にした。
タンピン三色のイーシャンテンである。
はひゅうは、エキシビジョンマッチ2回目の進出になる。
ただしClassicは初めてだと言う。
はひゅうは始まるまでにシミュレートしていた。
ツイートからも苦悩がうかがえる。
さきほど「Classicはみんな試行錯誤している、そこが楽しい」と語ったが、まさにこのツイートのようにみんな手探りしながら打っているのだ。
6巡目、そんなはひゅうにテンパイが入る。
打、打の二択に、それぞれリーチするかの選択も絡んできて難しい。
通常のルールならリーチで構わないのだが、一発と裏ドラがないので打点上昇は限定的。さらに全員にオリられ、テンパイ料すらもらえず豊潤な手牌を歯を食いしばりながら伏せるはめになるのもClassicによくある光景だ。
そこではひゅうはを切ってダマテンに構えた。
345の三色を見切り、出アガリ5200、ツモアガリ2000/3900に固定。
そうそう、Classicでは子の30符4翻は8000ではなく7700なのだ。
なかなか慣れなくて間違えてしまいがちだが、もともとは7700が本来の姿であり、「なんであいつだけ切り上げとんねん」と3900ちゃんがブチ切れているのも順当である。
話を戻して、加点することが大切と考えたはひゅうの選択。
6巡目なら切ってリーチするのがマジョリティかな…とは思うが、それすら正解がわからない。この手牌は345だけではなく、をツモっての456もある。
ツモ「2000/4000」
こうしてエキシビジョンマッチは、はひゅうのマンガンツモで幕を開けた。
東3局、迎えた親番ではひゅうは
3巡目にこの手牌でを打たれた。鳴くかどうか?
あまり高くなりそうにないし、Classicはリーチの価値が低い。
これもポンする人が多そうだなと思って見ていたが、はひゅうはスルーした。
かを重ねてのホンイツ。もしくは…
123の三色で高くなるルートがある!
「リーチ!」
安目のでもドラ。これをアガれば決定打になるだろう。
はひゅうが一気に勝負を決めに行く!
(もう一度、あの舞台に立ちたい)
はひゅうが1牌ずつ、祈るようにツモ山に手を伸ばす。
--1週間前のこと。
はひゅうは、プロアマリーグの決勝に残っていた。
惨敗してしまったが、何物にも代えがたい経験をしたと語る。
私も漫画・ノーマーク爆牌党を見て、タイトル戦に憧れたものだ。
「抜け番」「採譜」「タイトル保持者」などの用語に加え、決められた半荘数で優勝者を決める濃密な戦い。自分が1人の登場人物になったような感覚。
「求めていたものはこれだ」
はひゅうの言葉に、シンジ君もびっくりするくらいのシンクロ率で共感する。
「ロン」
しかし、声を上げたのはもう1人のアマチュア、大浦だった。
「5200」
回想シーンに入ったら、勝利確定。
スポ根マンガの定石ではあるが、この観戦記は一筋縄ではいかせない。
はひゅうの独走を阻止する、非常に価値の高いアガリとなった。
アガった大浦は、なんと関東から名古屋に参戦したという。
「尊敬する人は土田浩翔さん。第一打に字牌を切りません。」
と言うので(なるほどなるほど、そっちの宗派の方か)と思っていたが、競技麻雀の猛者であり、内容はデジタルそのもの。
それに第1打に字牌、テンパイまでドラを切らないのはClassicルールに合ってるのかもしれないなんて思いつつ。
そんな大浦とはひゅうの叩き合いで局は進み、オーラスまできた。
大浦:39200点
はひ:30500点
浅井:19800点
塚田:28500点
供託2000点
大浦が頭1つ抜けており、はひゅう・塚田がそれを追う。
浅井に至っては一度もアガリがない。
流局が続くClassicにありがちな展開で、このルールは埋められない100点差というのが存在する。子がしっかりオリれば親はツモらない限り流局する。
大抵は逆転なんぞ起こらない。
それこそマンガの中だけの話なのだ。
オーラス・親の塚田の配牌を見ても…
ドラがトイツのチャンス手だが、時間がかかりそう。
そんな折、8巡目にトップ目の大浦がテンパイを入れる。
しかし大浦はここからテンパイを取らず、を切った。
リーチは打ちたくない、をツモっての平和、123での仕掛けを見た選択だ。
しかし大浦は西家である。
ヤミテンに構え、西ポンに備えつつひょっこりツモに期待するのがよいのではないだろうか。
「最後の最後で心の弱さがでてしまったのかもしれません」
そう語る大浦。
一方、塚田はドラトイツの配牌を丁寧に育て上げ…
リャンシャンテンまできていた。そして塚田はここからを切った。
出た!黒いデジタルの血脈、地獄のダブル引掛け!
「血は繋がってませんけどね」
13巡目、とうとう塚田のリーチが入る。
これを受けた、大浦の手牌。
塚田の捨て牌にある、どす黒いに目をやる。
大浦(は3枚見え…現物はの1枚か…)
こうして、運命のが選ばれたのだった。
「ロン、7700」
「はい」
手牌を確認すると、大浦は静かに点棒を置いた。
このときの心境を聞いてみたが、心の弱さをしっかり咎めてくれた塚田には、感謝の気持ちしかなく、次回の教訓に活かすという。いい人すぎか。
このアガリで一気にトップに躍り出た塚田。
あとは次局伏せるだけだが、塚田劇場(居酒屋みたいだな)はまだ終わらなかった。
1000は1300オールと連荘を重ねた4本場、はひゅうに渾身のテンパイが入る。
西は4枚見えているから役満こそないものの、この満貫(はひゅうは北家)をツモれば…
塚田:42700点
はひ:29200点
13500点差。4本場でキッチリ逆転できる。
追われる塚田の手牌をさかのぼると。
塚田はここからを切った。
は123の三色を見て残したのだろう。
ここでClassicルールの魅力3つ目になるが
魅力③ 手役狙いが報われる
リーチという武器が弱体化しているClassicにおいて、ドラがない者は手役で戦うしかない。遠くに残した手役が報われるケースが多く、このときの塚田もそうだった。
あの手牌が三色にもイッツーにもなるゴールデンイーシャンテン(昭和の人はそう呼ぶ)になり、見事三色でテンパイしたのだ。ペン待ちダマテン。
力を込めてツモるはひゅう。
さすがにこのを止めることはできなかった。
塚田の見事な3900のアガリ。
はひゅうも大浦もトップをその手に掴みかけていたものの、塚田の大逆転トップでエキシビジョンマッチは幕を閉じた。
あれ、もう一人はどこいった?
エピローグ
「もしキム◯クが最高位戦に入りたいって言い出したらどのリーグからですかね?」
「もちろん、一番下からさ」
この話には続きがある。
「じゃあ橋◯環奈だったら?」
浅井センパイは満面の笑みでこう答えた。
「最高位だね」
私はこの言葉を聞いて最高位戦に入りたいと心から思ったのだった。