≪譜 1回戦 東1局≫
(第35期最高位決定戦)の開局譜である。
この日を迎えるために全てを犠牲にしてきた者もいよう、身を削りながら最後の力をふり絞ってやってきた者もいよう、そしてこの日が来るのを夢のように待ち続けた者もいよう。それぞれの複雑な思いが交差する中、決定戦の幕が開いた。
飯田11巡目の手牌
ツモ。このは生牌だったのだが、このを引く前巡、水巻の手出し牌を見て、「ウ~ン」と小声で呻いていた。それは水巻の捨て牌がソーズの一色模様で、安全牌のを手出しできるところまで育っていることへの警戒感から発せられた呻きであった。
実際の水巻の手牌はこう
メンホンのリャンシャンテン形であったが、ドラがゆえ飯田は引いてきた生牌のを懐深くしまいこみ、アンコのを打ち出したのであった。
私は飯田の手牌が見えぬ位置に座っていたので、水巻に対する挑戦状を叩きつけたようにこのは見えた。恐らく私と同じような側で打っていた村上や佐藤もそのように感じていたように思う。
水巻は次巡ドラのを引いてを打ち出しているが、飯田のを見てを打つ気になれなかったような気がする。
水巻は反射神経の優れた打ち手なので、飯田の序盤の切り出しから、字牌が絡んだトイツっぽい手組みを想定していて、特にドラのが複数あるタンキ待ちやシャンポン待ちをケアしていたようだ。
通常の手順であれば、11巡目までが場に姿を見せないということは、誰かの手中にトイツ以上入っていると読み、ではなくのほうを手牌から切り離すのであるが、皮肉にも水巻の切りを見た飯田の切り返し牌がを打たせたのだった。
仮に水巻がを打っていると、次巡を引いて打、次々巡を引くのでテンパイとなり、ドラのを勝負すると手牌はこう
そして飯田も同巡チートイツのドラタンキになるので、この山越しのロン牌を佐藤が止められるかどうか見ものであった。
結局、譜にあるように、水巻はではなくを打ったがために押し切れる手牌にならず、をポンしてのタンキ形式テンパイに終わるのだが、最終打のツモ切りを見て、私は水巻の先ゆきに不安を感じた。
11巡目にを切らなかった男が、→と荒いところを事もなげに押し続ける飯田に対し、あまりに丁半バクチ的な最終打の生牌切りに見えたのであった。
もちろん勝負事なので、気合負けしないことは大切なことだが、流局した形を見て、水巻の切り、そしてそれ以前のソーズとの並びを見て、卓を囲む対局者たちの目にどう映るかぐらい、水巻ほどの打ち手であればわかるはずだ。
もし一歩も引かない気構えを見せたいのであれば、を通して手牌は伏せるアイデアがあってもよかったのではなかろうか。
開局譜に形式テンパイ受領の図を残すより、よほど意味のある譜になったように思えるし、この罰符の授受よりはインパクトのある存在になったはずである。
私のささやかな希望をもうひとつ言えば、やはり11巡目にを打って、メンホンテンパイ切りの絵図を描いて欲しかった。
≪譜 1回戦 東1局1本場≫
佐藤の今決定戦、初和了の譜である。
飯田から7巡目という早い段階でのリーチを受けた佐藤、10巡目にをツモってこの形になる。
佐藤はここで生牌のを抑えを切ったのだが、腹が括れてなかったのか、いかにも腰の引けた一打を放ってしまった。
そして12巡目にを引いてイーシャンテンになると、今度は意を決してを切っていく。まだ闘いは始まったばかり、しかもドラが2枚の好形好手牌。リャンシャンテンでを切る気構えを見せて欲しかった。
切った張ったの大一番においては、<大事に打とう>とすればするほど出遅れたり、相手のペースにハマり込んでしまうもので、とにかく前へ前へ出ていく姿勢を保つことに専心したほうがいい。もちろん、前のめりになってしまうほど出過ぎるのは考えものだが、ファイティングポーズを一瞬でも疎かにするとやられてしまう。
佐藤は14巡目にを引いてくる。
10巡目にを打っていると、12巡目が難しく、でもピンズの上目がいいので、かを打てるような気がする。
するとツモで次のテンパイになっている。
ところが現実にはピンズの上目のキー牌をより先に処理した佐藤の手順は、ツモ打で次のようになる。
場に2枚切れの待ち。さえ切らなければ、場に1枚切れの待ちになっているし、しかも序盤の各家の切り出しから、山に残っている可能性は十分にあった。
すると、16巡目、そのを引いてきて苦悩の表情を見せる佐藤。そして渋々を切り出し、ドラとのシャンポンに受け替える。
次巡、ツモ牌を見た瞬間、佐藤の顔が歪む。
なんとラストをツモってきたのだ。カンのままにしておけばツモっているし、もっともカンならその前にツモっている。これはもうクラクラ状態、正常でいるほうがムリな話であり、哀しい顔つきでを手牌から切り離した佐藤の心情は察するに余りあるものがあった。
ところが・・・その佐藤よりもっと同情しなければならない男がいた。
同巡、リーチ後9回の空振りツモを続け、最後のツモをギュッと絞ると、そこにはの絵柄が。1度ならず2度までもアガりを逃したはずの佐藤へ、3度目の正直という僥倖をもたらす飯田の不運はここから始まるのだった。
それにしても・・・何度もアガりを逃しても和了できる日というのは滅多にあるものではない。普通の日は、アガりを逃した直後に、敵のアガり牌を掴まされるか、敵にアガられてしまう。
この局がすべてとまでは言わないが、決定戦の開幕日、勝負の女神が佐藤に加勢し、120P余りをプレゼントしてくれた雰囲気が伝わる1局だったことは間違いなかろう。
≪譜 1回戦 東2局1本場≫
水巻の今決定戦、初和了の譜である。
前局は親の佐藤が村上から親満を討ち取っていることもあって、水巻は佐藤の放った第1打にポンの声をかけた。
ひとことで言えば、水巻は<バランス型>のマージャン打ちである。そして判断力の速さと精度も一流プロと言って差し支えない。
この局のポンに迷いはなく、あらゆる条件を瞬時に判断し発声したはずである。
打。ピンズのペンチャンから外し、ワンズ一色手への移行も睨みつつ、ドラ引きにも備えるのかなと思ったが、ソーズへのくっつきリャンメンに備えるより、ペン引きを若干優先させたようだ。
それでも次巡を引くとペンチャン外しに出ているように、ワンズ一色手移行への比重が高い。もちろんこれは、上家の親佐藤への牽制球も含んでいるのだろう。
ところが想定外の事態が発生する。
3巡目に飯田からリーチがかかってしまうのである。そして水巻の手牌はこう。
ポン
リーチ直後のツモがで手牌は更に前進するが、6巡目にドラを引くと水巻は自風のをトイツ落としする
ポン
私のような手役好きは、ワンズの一色手しか見ないので、第1打か第2打にドラ表示牌を打っているので、きっとこの段階での手格好はこんな形になっている。
ポン
<バランス型>の水巻のほうが安定感があり、ハラハラドキドキの事態にはなりにくいのは火を見るより明らかである。
ただ、切りはどうなのかな?
を2枚河に並べている間に安全牌化する牌の種類が増えるのかもしれないが、ポンと仕掛けてのイーシャンテン手牌。の壁を頼って打としておいても良かったのでは?と思ったのだが、事は予想外に進んでいく。
1枚目のを外した巡目に、リーチをかけた飯田はを引いてくる。これが河に顔を見せたために、水巻の上家である親の佐藤が合わせ打ちし、これは水巻がチー、打
チー ポン
あああ、このあとどうするの?<バランス型>らしくない仕掛けだな~、→と勝負していけば・・・
チー ポン
こうなっていれば十分勝負になったのにな~と見ていたら・・・何と!同巡、飯田がよりによってを持ってきてしまうではありませんか!?
飯田のリーチは<型>の入った早くて高い和了効果抜群のリーチだっただけに、この水巻の<肩透かし戦法>は、飯田の脳波にヒビを入れるに十分の値があった。
ただし、真っ向勝負の<型>対<型>対決となる最終形
ポン
このテンパイで飯田のリーチにぶつかっていく水巻も見てみたかったし、
チー ポン
このテンパイでを仕留める水巻も見てみたかった。
水巻なりに<バランス>をとったのだろうが、なんだか腰砕けのようなアガりに見えたのは私だけだろうか。
とにもかくにも水巻の初和了となったわけだが、先行きに一抹の不安を覚える和了に見えた。と同時に、飯田の不運なのか不調なのかよくわからない不発弾の連続に、これまた大いなる不安を覚えたのだった。
≪譜 1回戦 東3局≫
不可思議な譜がここにある。
パッと見ただけでは、単なる親の連荘譜にしか見えないだろうが、水巻の麻雀観に切りこんでみたくなる1局である。
ペンターツを3~4巡目に払っているが、初手から外してソーズの一色手にチャレンジする気は全く無かったのだろうか?
2巡目と5巡目にをツモ切りしているが、ペンチャンから外せば3巡目には
となり、ここにをツモるので、さすがにもしくはを切って、ソーズに向かったのではないだろうか。
結果論として書いているのではなく、5巡目の、8巡目のを捕まえることが出来れば、次のようなテンパイが入っていた
ポン
そして同巡、飯田はをツモ切りしているが、そのときの手牌は
こうなっているところへ、ツモ。生牌のを抱えているだけに、を落とすのかもしれないが、そうなると飯田の手組みはガラリ一変し、10巡目には次の形になるはず
ところが実際は水巻が手役は追わずに連荘優先で打ったため、ソーズが打ち出しやすくなった飯田は、11巡目にこの形になる
もも生牌である。
ここから飯田は、前巡佐藤の通したのトイツ落としをし、<受け>に入ったかに見える。ところが、次巡がアンコになり、その次巡まで引いてくると、突然気が入り直したかのように、生牌のを横に曲げる。
エッ?!いくら気合いが入ったとはいえ、カンという待ちが場況から良く見えているわけではないので、実に不可思議なリーチに映った。もちろん、開幕戦ということも手伝ってのゴリゴリリーチなのだろうが、もしかすると戦前から立てていた戦略のひとつなのかな?とも思った。
結果は至極穏当な500オールで終わったものの、とても気になる両者の攻めだったので取り上げてみた。
水巻は基本的には4メンツ1雀頭作りを精密に遂行するタイプの打ち手なのだろう。<バランス型>に見えるのも、条件が付いていない局は極力和了優先で打っているからなのかもしれない。
≪譜 1回戦 東4局2本場≫
村上は天真爛漫な男である。純粋にマージャンを愛していることが一模一打から伝わってくるし、何より謙虚に牌と向き合っている姿が素晴らしい。こういう男は牌たちに愛されること必定で、突如として噴火する可能性を絶えず秘めているのである。
そしてこのリーチ。
地獄待ちだから出易いかも・・・とか、海底でツモったらブッ高いよな・・・とか、そういう不純物の混じったリーチではない。
水巻のリーチと闘うに値する手牌と、確実に山に眠っている待ち牌であることがマッチしたからリーチ宣言しただけのこと。
残り1巡、正確に言えば、水巻の最終ツモと村上自身の最終ツモ、このたった2枚に賭ける勝負をしたのである。
結果は運悪く、水巻のロン牌を掴まされたが、勝負の入り方としては面白く、村上にとっては価値のある1局だったように思える。
≪譜 1回戦 南1局≫
この佐藤の和了をご覧あれ。
9巡目にを切った時の手牌がこれ
次巡、を引いてを打っているが、この意図は今イチわからず、強いて言えばポンテンをかけられることくらいか。
そして次巡を引いてトイツ落としに見せる空切り。もちろん、もう1度を切り直そうかと考えたためなのだろうが・・・。
案の定、次巡致命傷になろうかというを引き、顔を引きつらせながらツモ切りする。本来であればテンパイとなっている牌。
ところがこの日の佐藤は違った。
手痛いツモ切りの余韻冷めやらぬ次巡、何とを引き入れてテンパイを果たしてしまう。そして待ちのカンは、この時点で山に3枚も眠っているのだから恐ろしいものである。
16巡目、ビックリしたような表情でをツモり上げる佐藤。ツキの神様がいるとするならば、間違いなく佐藤の肩に乗ってくれていたはずである。
佐藤恐るべしの1局であった。
≪譜 1回戦 南4局≫
箱割れ寸前の村上が、決定戦初和了を決めた譜である。
ツキの神様は正直である。
ずっと佐藤の肩に乗っていたのに、この軽はずみな仕掛けを見た瞬間、ポ~ンと村上の肩に乗り移ったのである。
この形から3巡目に北家水巻が切ったにポンの声をかける佐藤。
親の飯田のツモ番を飛ばせるメリットもさることながら、リャンメンターツ3組を抱えてのリャンシャンテン手牌なので、トントン拍子に終局できると踏んだのだろう。
ポンをしなければ、村上のツモ牌が佐藤の正規のツモ牌なので、6巡目にはこうなる
親が永世最高位だったからなのか、はたまた調子に乗ってたからか、仕掛けの背景はわからないが、悠々自適に打てる身分にいる者の仕掛けとしてはお粗末である。
『勝負はゲタを履くまではわからない』から確実に終局させるために仕掛けたという言い分は通らない。なぜなら、残り19回戦もあるのだから、勝負はまだ始まったばかり。慌てて自らのツモ筋を放棄する理由はどこにも無い。
一発ツモ牌のに村上は天まで跳ねたい気分だったろう。それに対し、ハネ満の親っカブリをした飯田は、どんな思いで村上の手に踊ったを眺めていたのだろうか。
こうした波瀾万丈の(第35期最高位決定戦)の幕が開いた。
1回戦にこれだけの紙面を割いたのは、私の信条からくるものがあったからだ。
それは、1回戦であれ、東1局であれ、第1打であれ、最初の一歩が大切であり、そこに確かなキーワードが存在しているものなので、今決定戦の全容を解明するヒントを提供したかったのである。
五部構成の観戦記の第一部がこのような形となったこと、どうか御理解いただきたい。