コラム・観戦記

FACES - “選手の素顔に迫る” 最高位戦インタビュー企画

【FACES / Vol.22】太野奈月 ~「嬉しいを増やしたい!」何度でも殻を破る、陽気で繊細なレモン系雀士~

(インタビュー・執筆:成田裕和)

7月某日。取材場所に向かっていると、同じく取材場所へ向かう太野の姿が見えた。追いかけて声をかける。

おお成田くん。お疲れ!昨日な、対局終わったの21時やで!プラスして終わったから良かったけどな、今日も連日で対局とかハードやわあ。ささ、中入ろう。

取材前日は太野の所属するB1リーグ第6節が行われていた。取材当日の今日もリーグ戦であるという。その午前中に取材を行わざるを得ない状況に申し訳ない気持ちもあったが、太野のまとうやわらかい雰囲気と陽気な関西弁に触れると、どこかほっとする。

私が太野と初めて出会ったのは昨年の10月。麻雀店での初勤務で緊張していたところに、「最初は緊張するよね、よろしくね」と優しく一声かけてくれた。大阪出身ということもあり、明るくユーモアのある雰囲気で、出会った際にはいつも明るく接してくれる。ノリが良く、一緒に笑ったりふざけたりするのはとても楽しい時間だ。

なかでも太野の印象的なエピソードは自身の宣材写真だ。

牌を持ってポーズをするのはベタやし、なんかおもろいのやりたいなあと思って、レモンかパプリカを持とうと思ってレモン持って撮影した。これ絶対目を引くでしょ。そしたらまもなく歌手の米津玄師さんが『Lemon』と『パプリカ』をリリースしてびっくりしたよね。私、米津さんじゃん!って。

(レモンを持つ宣材写真。麻雀プロでレモンを持つ選手はもちろん太野だけである)

なぜレモンとパプリカの2択になったのかはわからないが、少しでも人と違うことをする、こうした独創性やお茶目な部分は太野の大きな魅力である。

このように、私から見た太野は『天真爛漫で楽しい人』という印象が大きかった。

しかし今回の取材で、決してそうではない太野の知られざる部分、そして麻雀への熱い気持ちを聞くことができた。太野はこれまでどのように麻雀と向き合い、これからどう進んでいくのか。太野の素顔に迫る。

太野奈月(たの なつき)

Twitter

最高位戦選手ページ

 

女流リーグに出場しない選択肢

太野は前述したように、現在最高位戦のB1リーグに所属している。男女混合のリーグ戦に出場する一方、以前出ていた女流リーグには現在出場していない。これには理由があった。

まず仕事との兼ね合いで日程が合わないのも理由の1つではあるんだけど、一番の理由は通常のリーグ戦に集中したい気持ちが大きいことなんよね。9年やってB1リーグまできて、通年リーグで戦わせてもらっていて、強い人たちと戦うにつれて、もっとうまくなりたい、勝ちたいって気持ちが大きくなった。だから自然と私設リーグや勉強会もたくさん参加してる。

女流選手としてはA2リーガーの日向藍子に次ぐ、数少ない上位リーガーである。

周りからは「なんで女流リーグ出ないの?」ってめちゃ言われるんだけど、私はやっぱり男女混合のリーグ戦で昇級したい気持ちの方が強いんだよね。

女流最高位戦リーグは、Cリーグからでも優勝すればプレーオフへ参加が可能となり、1年で女流最高位を獲得することも可能である。D3から順に勝っていかなければならない最高位戦リーグに比べ、メディア露出やタイトル獲得のチャンスが多いことは確かだろう。にもかかわらず、太野はそのチャンスを棒に振ってまで最高位戦リーグに照準を合わせている。良し悪しはだれにも判断できないはずだが、このマイノリティの選択には相当な覚悟を感じた。

太野は最高位戦リーグのほかにも、男女混合の『麻雀の頂・朱雀リーグ』第一期で優勝を収めている。

朱雀リーグに参加しているのは、海老沢さん(海老沢稔)に誘ってもらったのがきっかけ。参加した初年度で優勝できたのは素直に嬉しかった。予選の最終戦にけっこう時間かけてみんなの条件確認して、さあオーラスだってときに、私が4巡目にチートイツをさくっとアガって、「条件確認の時間なんやったんや!」ってみんなに言われた思い出はなつかしいね。

(第一期『麻雀の頂・朱雀リーグ』で優勝を収めた時の写真。トロフィーを持って変顔をする太野)

朱雀リーグは4団体(日本プロ麻雀協会、麻将連合、RMU、最高位戦)に所属する120名強の有志による赤ありの私設リーグ戦で、ルールはMリーグに準拠。予選が10節開催され、その後トーナメントを行い優勝を争うものだ。こうして太野は初代朱雀リーグの王者となり、私設リーグながら自身初の優勝を経験した。

 

勉強会やリーグ戦で落ち込むことがあるくらい、自分は結構ミスをするタイプ

最高位戦でも上位リーグに在籍しながら、私設リーグでは優勝も経験し、いかにも順風満帆な競技人生に思えたが、太野の口から出てきた言葉は意外なものだった。

私、勉強会とか私設リーグにかなり参加してるのにすごいヘタなの。結構大きなミスとかもたまにしちゃうし。もともと自信家ではないんだけど、リーグ戦とかで負けたりしたらめちゃ落ち込む。麻雀向いてないなって思うことも多々あるんだよね。

前述したとおり、私設リーグや勉強会に足繁く参加する太野。前述した『朱雀リーグ』のほか、平賀聡彦主宰の『侍リーグ』、石田時敬主宰の『Reリーグ』に参加するなど、レベルの高い打ち手と一緒にいる環境づくりに余念がないが、太野に対してポジティブで明るい印象を持っていたなか、こうしたネガティブな言葉が放たれたのには驚いた。しかし、裏を返せば、自分のミスと向き合い、次に活かす能力に長けているとも言える。

勉強会や私設リーグでは日によって「今日はこうしよう」みたいな小テーマを決めてやることが多い。打点意識してみようとか、読みを意識してみようとか。そうやって練習しても、読みはほんとできないんだけどね。そういう読みとか考えすぎないほうが強かったりすることもあるから一概に悪いとは言えないけど。

侍リーグの仲間との写真。左から4番目、奥にいるのが太野)

ここでいう「読み」とは、捨て牌の特徴から、相手の手牌構成や挙動を考察し、自身の打牌に活かすことを指す。こうした部分は最近の戦術本でもよく取り扱われる部分だ。読みに関しては、過信しすぎてもダメだし、全く使わないのも勝利にはつながらない。適切な場面で適切な読みを正しい優先順位で使うことが重要だ。そうしたことを理解したうえで、太野は続ける。

検討の時とかも、どう読んで打牌を選んだのか、どう見えていたのかとかをもっとペラペラ話せるようになりたい。振り返りの時に強い人から「この手出しだと残る形はこの形とこの形しかない!」って言われると、「へっ!?」って感じでいつも咀嚼するまでに時間がかかっちゃうのよ。あんな境地になりたいなあって思うけど、ほんまにできる気がせんのよね。

私も太野と同じ『Reリーグ』に参加させていただいているのだが、レベルの高い打ち手と話していると、盤面の情報処理能力が高すぎて、理解が追いつけないことがしばしばある。太野も追いつくのに必死だという。

いろんな本を読んできただけあって、自分の麻雀は本に書いてあることを学んできたのがベースにあるんよ。だから概念的な部分はしっかりしてるんだろうけど、実践不足なんだろうね。もっと打たなきゃなと思ってる。自分の麻雀の特徴はあんまりないんだけど、よく人から守備型、攻撃型どっちも言われる。普通を目指してきたからいい感じになってきているのかもしれないけど、スゴイ人たちはもっといるもんね。早く追いつきたい。

麻雀は尖った武器を持つのも選手の魅力のひとつとなるが、弱点のない普通の麻雀、いわば10点満点の項目は無くても全ての能力を9点にできるように。欠点がない理想の麻雀を目指して、これからも太野は努力を続ける。

そんな太野は、身近で強いと感じる選手の名前を挙げてくれた。現A2リーガーで、同じ職場で働く品川直と、私設リーグ『Reリーグ』でも共に研鑽する石井一馬だ。

品川さんと初めてセットしたときに、この人強いなあと思って、「教えてくれ!」って泣きついた。頭の回転が速いのはもちろん、読みを駆使した踏み込み方がスゴイんだよね。何か聞いたらなんでも答えてくれるし、本当にお世話になってる。品川さんに教わるようになってから、自分の麻雀が良くなった気がするね。

一馬さんは後ろ見したときに、手組から全く違うし、一緒に打っても違う視点からすべてを見下ろしてる感じがして本当に強いなと思った。あれだけタイトルを獲ってる人だから、私の知らないところまで見えてるんだろうなと思うよね。

このような強者と共に切磋琢磨し、できることを増やしていこうとする太野の言葉の端々からは、麻雀熱がほとばしっている。

 

音楽に熱中した青春時代、『アカギ』を読んで麻雀にハマる

このように麻雀熱を持つ太野は、果たしてどのようにして麻雀にハマったのか。太野の過去を聞いた。

小さい頃は『ぷよぷよ』(対戦型パズルゲーム)と絵を描くことに熱中してたね。ひたすらそのループだった。絵はキョンシーの紙芝居を描くのが好きだった。でも実はその時からちょっと病んでたこともあって、中学校もほぼ不登校やったんよね。でも部活の吹奏楽部の活動は楽しかったから、それだけ行ってた感じだった。中学ではパーカッションやってた。理由は気になる男の子がいたからやね。

明るい太野の意外な過去を聞いてますます驚いた。繊細な一面が幼少期の話からこぼれた瞬間だった。そんな中でも、好きな音楽にはとにかく熱中していたようだ。

高校も行きたくなかったけど、一応進学した。高校には吹奏楽部が無かったから、カラオケで歌ったりジャズに憧れて安いトランペットを買って吹いたりしてた。

やがて太野は好きな音楽の道へ進むことを決意。音楽の専門学校へ進む。

奨学金とかめっちゃ借りた。音楽の専門学校って、とにかく学費が高いんだよね。学校にある設備やスタジオもいつでも使ってよくて、環境としては恵まれてた。ボーカル専攻で、とにかく黒人みたいな歌手になりたい願望が当時はあったね。ちなみに最近よく聞く音楽はフレデリックさんの『オドループ』。洋楽やクラシックも好き。リーグ戦当日とかもよく音楽は聞いてるね。

でも専門学校に通うにあたって、すごい貧乏だったから、働きながらお金貯めようと思って1年間は頑張った。新聞配達とかもやった。

ぼやけているが、中央で歌うのが太野。その歌声は麻雀プロ仲間からも評価が高い)

このあたりが太野の気遣いなのだろう。親への金銭的負担はかけさせたくない。そうした気持ちから自然と自分で働くようになった。太野の気遣いは、学生時代に築かれたものなのだろう。

しかし、莫大な奨学金を返済するのは無理だと判断し、1年で専門学校を辞めてしまう。金銭的な問題で夢を諦めるのは本当に心苦しい。好きなことを諦めかけていた、そんな時に出会ったのが麻雀だった。

きっかけはマンガの『アカギ』を読んだことだった。福本伸行さんのマンガ『最強伝説 黒沢』が好きで、それを読み始めた流れでアカギを読むことになって。それが麻雀を知るきっかけだった。なんかようわからんけど、これはきっとおもろいゲームに違いないって直感的に思ったんよね。そもそも牌の絵とか、役の名前とか麻雀の存在自体がめっちゃかっこいいなと思ったのもハマったきっかけだね。打牌音も好きで、綺麗な音で切る人はそれだけで少し好きになっちゃうくらい。早速井出さん(井出洋介・麻将連合)の初心者用の本を買って勉強した。ゲーセンに行って打ったりもしたね。

このとき22歳。アカギに恋をしてまもなく麻雀のルールを覚えた太野は、関西の『マーチャオ』で働くこととなる。そこで影響を受けた麻雀プロが、当時麻将連合に所属していて、現在は最高位戦で活動している楠橋思だった。楠橋は今や同リーグで戦うライバルでもある。しかも、聞けば昨日のリーグ戦で同卓だったそうだ。

楠橋さんは麻雀店の働き方から何まで、いろんなことを教えてくれた大先輩。ちなみに昨日のリーグ戦ではコテンパンにやられましたけどね。楠橋さんの影響もあって、その頃から漠然とプロになるんだろうなっていう気持ちが芽生えてきて。当時は関西に最高位戦の支部がなかったから、東京に移住してプロ活動しようと思って、東京に引っ越して1年経ったタイミングでプロ試験を受けた。

こうしてプロテストを受けた太野だったが、忘れもしないハプニングがあったそうだ。

今だから言えるんだけど、当時最高位戦の先輩方を全く知らなくて、プロテストの時にタイトルホルダーの名前を書く問題があったんやけど、石橋さん(石橋伸洋)しかわからなくて石橋さんだけで解答欄埋めてしまったんよね。しまいには新津代表(新津潔)の下の名前も忘れてしまって、もうわからん!って新津伸洋って書いちゃった。しかもその時の面接官がなんと石橋さんで、「めちゃくちゃ石橋さんのこと好きな人」って思われてるんやろなあって恥ずかしい思いした記憶ある。黒歴史やね。

このような黒歴史も、太野が話すとどこかおもしろく、思わず笑ってしまう。

 

周りからも評価される太野の明るい雰囲気づくり

太野は現在、渋谷の『かめきたざわ』と南浦和の『麻雀カフェ』をメインに働いている。

『かめきたざわ』はリーグ戦後の飲みの席で、美穂さん(小池美穂)から誘われた。二つ返事で「やります!」って言ったのもあって、後で美穂さんから確認の連絡きたの覚えてる。「え?ほんとにやるの?」って(笑)。かれこれ7年くらいやってるよね。『麻雀カフェ』も同じくらい長く働いてて、誘ってくださった冨木さん(冨木賢吾)には感謝しかないですね。おかげさまで楽しく働かせていただいてます。

(勤務するかめきたざわで撮影したネタ写真。サングラスが絶妙に似合っている)

(左はかめきたざわの店長小池)

店長を務める小池はこう語る。

飲みの席でうちで働かない?って誘ったと思うんだけど、その時は気さくで天真爛漫な子って印象だった。でもその時は酔ってただけで、実はわりと内向的で人見知りなのが後でわかったんだよね。気遣いができて気配りやさんっていうのかな。あと、歌が超絶上手くて震えたね。歌手になればいいのにって思った。

陽気だが繊細な部分を、小池は感じ取っていたようだ。

一緒に働いてみて思ったのは、いつも場の雰囲気を和ませる一言を話せることかな。本当に彼女の魅力だよね。今も昔もワードセンスが抜群だなって感心するし、先回りしてやって欲しいことやってくれてたりするから賢いなって思う。

また、麻雀カフェで共に働く冨木はこう語る。

初めて会ったときは10年以上前かな?大宮の雀荘で働いていた太野ちゃんがいて当時僕はお客さんでした。当時の太野ちゃんは金髪で細身のめちゃくちゃ可愛い関西弁のギャルでしたね。

今一緒に私設リーグやってますけど、いつも一定のリズムでポーカーフェイスで打ってて、時たま結構強い牌をプリッと押してくるイメージはあります。麻雀は真剣に打ってるんだけど、話すと本当におもしろいんですよね。やっぱり彼女の魅力だなと思います。

麻雀店で働くうえで、こうした武器を持つ太野は今後も重宝されるだろう。小池や冨木同様、太野を知る周りの人間は、ユーモア溢れる雰囲気と気遣いのできる優しさに感心している様子だった。

 

小さな「嬉しい」を積み重ねていきたい

取材の締めくくりに、今後の目標を聞いてみた。

純粋に強くなりたい。強くなったら嬉しいから。麻雀を勉強しているのは、自分が嬉しくなるためだね。ほんで今後の目標を挙げるとしたら、「『読み』ができるようになること」かな。

もちろんタイトルを獲りたい気持ちはあるというが、真っ先に太野の口から出てきたのは「『読み』ができるようになること」だった。「え?それだけ?」と思う人もいるだろう。

だが、人間は以前できなかったことをできるようになることに成長を感じて、嬉しくなるものだ。太野は目の前の小さなことをできるようになる、そのことに喜びを感じている。「リーグ戦で1日を大きいプラスで終える」、「読めなかった部分を読めるようになる」。そうした「嬉しい」を積み重ねていきたいと太野は語る。

麻雀は役を作るなどの簡単なパズルと、読みなどのめちゃくちゃ頭脳を使う部分が共存する珍しいゲーム。打てば打つほど壁が出現するけど、努力で何とかなったりして何回でも自分の殻を破れるのが魅力だと思うね。

この言葉に、太野の原動力が垣間見えた気がした。何回でも殻を破ったその先には、とびきりの「嬉しい」が待っているはず。そう信じて、自身を正確に見つめることができる彼女は、これからもがむしゃらに目の前の壁に立ち向かっていく。

取材後、夏の強い日差しが照り付ける中、太野は日傘を差し、笑顔でリーグ戦会場である最高位戦道場へ向かった。

またひとつ、大好きな麻雀で「嬉しい!」を味わうために。

コラム・観戦記 トップに戻る