コラム・観戦記

第34期最高位決定戦5日目・最終節④

【20回戦・最終戦】

 

 

起家 石橋

南家 金子

西家 飯田

北家 尾崎

 

 

最終戦を迎えてのポイント差は、現状1位の飯田と3位の尾崎の差で9.8ポイント。

 

最高位戦ルールは、順位点が10-30。如何なる素点であろうとも、順位によるポイントで20の差がつく。

 

つまり、この半荘を制した者、もしくは石橋がこの半荘トップなら2着の者。石橋が2着の素点を10000点に押さえての20万点のトップ。この3パターンのみで優勝者が決まる着順勝負となった。

 

条件は、ないに等しい。石橋も、最高位戦の看板、Aリーグを担う柱の一本だ。トッププロらしい打ち方で魅せる筈だ。20万点のトップが取れないと思えば、誰かに肩を持たせないよう、放銃は避けるように打つ。

 

4節と3半荘を費やして繰り広げられた今期の最終決戦は、最後まで目の離せない壮絶な戦いと化していた。

 

 

─そういえば、19回戦が終了した時に、金子が叫んでいた。

 

 

 

『大変なことになっちゃったよ!』と。

 

 

 

決着を見届けようと、観客が増えてきたばかんすは、熱気と個々の最終戦への話で騒然としていたのだが、それは会場一面に響き渡るほどの大きな一言だった。

 

─間もなく、戦いは最後の半荘を静かに迎える。

 

サイの目は、最後まで目の離せない展開を期待するかのように、石橋を起家にして決まった。

 

そして、最高位戦屈指のエンターテイナーたちが、牌を通して、麻雀を介して、全ての観客を虜にする。

 

 

 

【東1局・ドラ

 

3巡目に金子が1枚目のオタ風のポンから仕掛けた。

 

《金子》

 

ポン

 

金子は3巡目にを暗刻にすると、打として形も打点もある一向聴。

さらに次々巡にペンを埋めて堂々の満貫聴牌を果たす。

 

いやしかし、決定戦の最終戦の東1局6巡目にこの手が入るとなれば、観客も息を殺して魅せられるしかない。

 

《金子》

 

 

ここに、飯田が積極的な仕掛けに出る。

 

《飯田・7巡目》

 

 ポン

 

ポンしての一向聴。金子に切れない役牌やドラの、対々和への危険牌を引き込む前に裁いてしまおうと、大魔神は最後の舞台でも金子に被せに出る。

 

そして次巡にを引くと加カン。が、新ドラも同じで金子が跳満まで打点を上げることになってしまう。

 

しかし飯田は、リンシャン牌を感触良く引き寄せていた。大魔神は絶好のを埋めて待ちでの三面張聴牌。打点こそ低く、金子が混一となれば同じ色のマンズにはなるが、躱し手としては十分といえる。

 

《飯田・9巡目》

 

 加カン

 

 

 

結局、終局まで2人の歯を食いしばるような闘牌が続いた。

 

この局、金子の生牌のシャンポン待ちは、尾崎に配牌から共に対子だった。飯田の三面張は、聴牌時は5枚生きだったが、1枚を王牌に残して石橋と尾崎に固まる。

 

しかし、最終戦だというのに、何か大きな打点が生まれそうな、そんな予感のある1局だった。

 

 

 

【東2局1本場・ドラ

 

飯田が先行リードでの仕上げに向かって一直線に向かう。

 

《飯田・5巡目》

 

ツモ

 

石橋の親がまず1回流れたところで、事実上金子、飯田、尾崎の三巴の決定戦になったこの東2局。

 

ソーズの形がよく、二盃口まで望める一向聴。飯田は寸分の間もなく、をツモ切り聴牌取らず。タンヤオもなくなる一盃口の聴牌は、例えが生牌でも取らなかった。

 

これは普段通りの飯田のスタンスだ。まだ巡目も浅く、待ちに自信の持てる要素もない。

だが、対戦真っ最中の金子の親番は、流しておきたいのも本音だろう。

 

すぐさま安全牌集めに回っていた石橋からが零れた。だが大魔神は、少し視線を注ぐも、動揺するような素振りをおくびにも出さない。

 

そして数巡後、を引き高打点の聴牌を入れた飯田は、リーチに出る。

 

《飯田・9巡目リーチ》

 

 

メンタンピン一盃口、高め二盃口。は石橋の序盤に切った1枚見えだがは生牌。しかし配牌からオリている石橋がいる以上、山読みもし辛いし、ドラのも見えていない。

 

だがツモの一発か裏1なら倍満が見える。

 

─大魔神は、どこかで勝負に出て勝たなくては、勝ちはないと踏んでいたのかもしれない。

 

待ちのは決していい待ちではないし、闇テンでもなら出アガリ満貫、ツモなら跳ねるのだ。

 

飯田は、たまに知っているかのように和了を引き寄せる。

 

だがこの場面は、構わずに決めにいった勝負だった気がする。

 

 

 

─筆者が知っている飯田正人は、アガるときも自然だし、流局も、放銃も自然だ。けれど、そのどれもを達観したような強さがある。

 

この場面に至っては、飯田がリーチというならリーチなのだと、そういうことなのだろう。

その位言い切れてしまうほどに、飯田正人は強いのである。

 

待構えていたのは、やはり金子だった。飯田のリーチを受けて一向聴だった金子、14巡目に聴牌。

 

《金子》

 

ツモ

 

4枚目のが金子に舞い降りる。これで、2種類の待ち選択となる。

 

切りならのシャンポン、ツモれば三暗刻だ。共に生牌である。

 

次に飯田に中筋の切りリーチの待ちだが、飯田の宣言牌が4枚見えならでの放銃の可能性はほぼないと言える。待ちになるは序盤に石橋が1枚。は生牌だ。

 

打点を取るか、アガリ易さを取るか。

 

─山に眠る可能性が高そうに見えるを選んだ金子は、を取り、気持ちを込めてリーチを宣言する。

 

 

結局この局の金子対飯田も、和了に結び付かずに流局する。唯一、金子がシャンポンに受けていたら飯田が2巡後にを掴んでいたのだが、これは結果論とも言える。

 

ただ飯田と金子、2人の闘志が開始から激しく重なりぶつかり合っていたのは明らかだった。

 

このまま、尾崎は押されてしまうのかと観衆も、筆者も一寸危惧した、その時だった。─

 

 

【東2局2本場・ドラ

 

開始早々から2局の激しい捲り合いに、終始表情が険しかった尾崎。手牌が落ちない親の金子を出し抜き、先制のリーチ。

 

《尾崎・8巡目リーチ》

 

 

ドラを1枚使ってのさらにドラ受けの残る形のピンフの両面だが、尾崎はノータイムで仕留めにかかる。供託は2本。ここを決めれば、まず優位に立てるのは間違ない。

 

《金子》

 

 

リーチの直後、金子の上家の石橋が現物のを卸してきた。しかし、金子は鳴かずにツモ山に手を伸ばす。

 

金子の余剰になりそうな牌の内、が尾崎の現物だった。ここでの放銃は確かに命取りになり兼ねない。だが、一発も消え、前進もするのチーは、してもおかしくはないだろう。つまりあくまでぶつける時は正面からという気持ちでいる、金子の気持ちの表れが伺える。

 

─そして尾崎が山に手を伸ばすと、ツモ牌を強く握り締めてまた高らかに声を上げた。

 

一発目のツモはだった。そして今度はしっかりと噛み締めるように力強く裏を確認する。

裏はなかったが一発ツモで2000・4000。2本の供託と2本場で、対象となる2人に10000点を超える水を開ける。

 

この瞬間に尾崎が1人、冠に手を伸ばしかけた。いや、確実に手の届く位置にいた。

 

・・・そう、この時までは。

 

 

─もしもこれが跳満になっていたら。もしも金子がを鳴いていたら。

 

 

 そんなことは、麻雀に於いて、あってはならない結果論であり、キリがない話である。しかしそれを理解していてもこの発想にも至ってしまうのは、この後に訪れた、頭から離れない現実のせいなのかもしれない。

 

 

 

【東3局・ドラ

 

勝負手が2局流れてしまった金子と飯田を出し抜き、鋭く和了をさらっていった尾崎を捕らえるべく、飯田は手にした配牌を静かに並べると、それでもいつもと変わらぬ顔つきで前を向き、座っていた。

 

《飯田・配牌》

 

 

端は欠けているが、ターツは足りている。を選び河に捨てると、混一に一直線に向かっていく。

 

3巡目に1つ目の急所カンを埋めると、すぐさまをポン。

 

《飯田・4巡目》

 

 

《捨て牌》

 

 

飯田の上家は金子だ。を叩いてこの河なら、マンズは1枚も鳴けない可能性もある。

 

このあと、3巡何も引けずにいた大魔神をよそに、有効牌を続けて引いた尾崎が先に聴牌を果たした。

 

《尾崎・7巡目》

 

  ツモ

 

は飯田が1枚、金子が3巡目のあとにを挟みを続けて切っていて、はその後飯田がツモ切り、石橋が1枚合わせて切っている。既に飯田の現物を選んで切っていた石橋を見ると、は持っていないように見える。は生牌だが、待ちはかなり良く見える。

 

しかしを鳴かれたら、はまだ生牌だ。一寸の隙も逃せない。それなら─

 

捕らえ切れると読んだ尾崎は、を叩き切るとまた、高らかにリーチを宣言した。今度は、飯田の親を蹴り上げるために。

 

そして、その想いを汲み上げるように、金子が応えていた。リーチが入った時点で一向聴だった金子は、無筋のピンズを3筋飛ばして聴牌に辿り着く。

 

《金子・10巡目》

 

  ツモ

 

は、たった今飯田が手出した牌だった。は、鳴かれない。

 

飯田は、をポンした後、ずっとツモ切りをしていた。今切ったからは、手の内の進行具合は測れない。

 

手牌にある4枚のが作る壁。そして金子は、勝負に出る。を切ると、ドラの単騎でリーチ。

 

 

この時点で、尾崎のは未だに山に3枚。代わって金子のは石橋に2枚入っていてもう山にはないため勝算は0に等しい。

一向聴の飯田は、の2度受けと、先ほどを切った時に引いていたを含め、が残り1枚ずつ、は残り2枚。聴牌までは辛うじてありそうだが、引きや鳴きからの待ちになると勝算はかなり薄くなる。

 

ここは数字上、尾崎に軍配が上がりそうだが、勝算のない金子が上家にいてリーチとあれば、飯田にもまだ勝ち目が残っていた。

 

飯田は、金子のリーチ後、尾崎に当たる可能性が最も高い色、ソーズの無筋のを引いてきた。が通っているだけで、ピンズの3筋を金子が通していた。となると、危険度はかなり高い。1枚切れのを打てばまだ回れる。

 

小考した飯田は、歯を食いしばり、眉間に皺を寄せると、河に放り捨てた。覚悟の、1牌だった。

 

『俺が、決めるのだ』と─。

 

次巡、金子が一発目のツモで引いたのは、だった。

 

飯田が、勢いを上げて前進する。

 

《飯田・12巡目》

 

 

─追いついた。

金子にが4枚しまい込まれた瞬間に聴牌が遠ざかった飯田の手牌が、完成する。

 

 

追いあげてきた大魔神の影は恐怖だった。

尾崎は、立て続けにと掴み、恐怖におののくような強張った顔つきで、河に叩き切り並べ続けていた。

 

 

尾崎が探し求めたは、無情にも飯田の鳴きで石橋に流れていた。そして、もう観念したように掴んでしまったを並べると、飯田がまた知っていたかのように、12000の和了を告げた。

 

 

 

【東3局1本場・ドラ

 

尾崎が渾身のリーチで決めたリードを、ほんの一瞬の隙にさらい更に2本のリーチ棒も奪って上乗せした飯田。

 

この局は11巡目に聴牌を果たすと先制のリーチ。

 

《飯田》

 

 

は1枚切れだが、皆一様に進行が遅いように見えていたのもあってか、手変わりを待たずに先制親リーチで相手を牽制する。

 

金子、尾崎と15000点の差をつけたこの場面でも、いつもと変わらぬ大魔神が、ここにはいた。

 

 

金子が同巡に聴牌を果たしてリーチに出るも、3巡後、をゆっくりと手繰り寄せた飯田。2000は2100オール。

 

最終戦の着順勝負。東3局の最初の親番までに、あっという間に自分のターンを作り上げてしまった大魔神。

 

こ の時点で50000点を裕に超すと、完全に仕上がってしまった飯田はさらに次局3900は4500を和了ったあと、美しい6000オールをツモアガり、持 ち点は70000点を大きく超えていた。そして事実上、第34期最高位決定戦はこの東3局で終止符が打たれたのだった。─

 

 

 

最後の半荘に、最高位連覇、10回目の最高位獲得を懸けて、果てしない強さを見せつけた飯田。

 

終了後のインタビューで、今回の決定戦を振り返った大魔神は、一番出来の良くなかった決定戦だと振り返っていた。

 

足が沼に嵌まってしまったかのように苦しんだ3日目。

 

しかしあの3日目の、マイナスを最小限に押さえる我慢、受け入れる器。これこそが、飯田の真の強さであると改めて筆者は思う。

 

そう言えば、昨年の決定戦の初日も、同じような展開で、マイナスを押さえていた。筆者なら、100は負けても仕方ないような運も何もない展開でも、飯田は黙って時を待ち続ける。苦しくても、無様にもがいたりしない。それが、飯田正人の強さの裏付けなのだと、切に感じる。

 

10回目の最高位の勲章を、屈託のない笑顔で受け取った飯田は、自身の還暦の節目に、また大きな足跡を歴史に刻み込んだ。

 

 

繊細な中に素直さが滲む大魔神の人柄が、麻雀にもよく顕れている。歪みがなく、とても芯が太い。

 

 

懐の深さを垣間見せるようなその堂々とした麻雀で、この第34期最高位という王者の称号を、連覇で獲得した。

 

 

 

準優勝はライバルであり、良き理解者の金子正輝。最後は瞬く間に水を開けられたが、絡み付くような金子の執念、鋭い攻めは、やはり強者であることを、改めて観衆に実感させてくれた。素晴らしい麻雀を、また来年のAリーグで長い間見れることが、もう既に楽しみでしかない。

 

 

そしてそれは尾崎に対しても同じである。

 

最後は隙とも呼べぬ程の、ほんの僅かな隙間が、尾崎の栄冠を遮ることになるきっかけになってしまったが、若手世代随一の勝負強さ、的確な読みで、エンターテイナー尾崎公太の絶大な魅力に、またとりつかれてしまったファンも多いことだろう。

 

 

今回初の舞台でも、堂々と戦い抜いた石橋伸洋は、幾度か見せた石橋らしい麻雀で、頂点に立つ日も近いのかもしれない。正確な山読み、物怖じしない華麗な仕掛 け。今回は王牌に飲まれ、運にも見離された展開も多かったが、天が味方したとき、胸を張って載冠を得る時がきっとくるだろう。

 

 

 

─最高位戦の誇る4人の戦士が長い戦いを終えると、惜しみない拍手が会場を包み、全ての戦士たちを称えていた。

 

麻雀というゲームが、これほどまでに感動を呼ぶのだということ、プロの麻雀打ちは、紛れもないエンターテイナーであることを、ファンに証明できたと断言できる、素晴らしい5日間だった。

 

 

 

第34期最高位

飯田正人

 

 

 

筆舌しがたい強さを、再三に渡り魅せてくれた大魔神に、今一度感謝を捧げたい。

 

そして、この観戦記を最後まで読んでくれた皆様に多大な感謝をすると共に、自身の腕磨きに惜しみない努力をすることをここに誓う。

 

 

 

─来期の最高位戦に、また素晴らしい未来が訪れんことを。

 

 

 

2009・12

最高位決定戦 全日程観戦記筆者 佐藤かづみ  (文中敬称略)

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